87話 泥遊びをするキグルミ幼女
ガラガラとスクラップになったヘリから、ハンスちゃんたちは這い出す。もはや墜落したことにより、ヘリはめちゃくちゃである。ブレードローターはひん曲がって、装甲はへこんで機体は煙を噴き始めていた。
「よいせっと」
金属製の歪んだハッチに手をかけると、ハンスちゃんは分厚い装甲でできたハッチを飴細工のように捻じ曲げて放り投げる。ギシリと金属の悲鳴音をたてて、地面へとガランガランと大きな音をたてて落ちる。
「酷え目にあったぜ」
「おぬし、特殊合金をそんな簡単に捻じ曲げるとは……ち、力持ちなのだな」
ハンスちゃんのパワーに慄くフォーア王子。普通は闘気持ちでも無理なのだろう。
「全員無事で何よりだ」
ヘリに搭乗していた人たちはピンピンしていた。こういうのを見ると異世界だなぁと思う。墜落する寸前にジーライが『体力付与』を使用したのだ。
「戦う前から儂は魔力をかなり消耗してしもうた」
マジックポーションを飲みながら、苦々しい表情でジーライが言う。しっかりと回復アイテムは持ってきたのね。
外は鄙びた……いや、鄙びてはいないか。元土産物屋だったのだろう。シャッターが閉まっている建物が道沿いにずらりと並び、道端に幟がついていてのだろう、棒がほとんど汚れてボロボロになった判読不能な布切れが落ちている。
土産物屋って、観光地でよく並んでいるけど、あれってよくお互いの客を取り合って潰れないよなと思いつつ、辺りを注意深く確認するハンスちゃん。
シャッターがふぁんたじ〜感を無くしているような気はするけど、見ないふりをして石造りの……コンクリートのようにも見えるけど、気のせいとして、人気が全くない街を見渡す。
そこかしこから温泉の湯気が立ち昇っているので、温泉自体はまだまだ使えるのだろう。
「で? どうしてここに幻獣が繁殖したんだ? 防衛している騎士たちもいたんだろ?」
とりあえずは敵はいなさそうなので、イアンへとハンスちゃんは顔を向ける。
「うむ。もちろんここには騎士たちが常駐していた。しかしながら、敵は突如として大量に現れたらしい」
石造りの家々や店舗に3階建てのビル。窓ガラスが割れて、植物が家屋内に侵食しているのが垣間見える。雑草で道路も覆い尽くされており、キィキィとどこからか、木の軋むような音が聞こえてくる。なにやらポスターが壁に貼られているが下半分ほどしか残っていない。
ゴーストタウンと化している温泉街。家屋よりも店が多く、シャッターを閉めるのを放棄したのか、喫茶店らしき店の椅子はひっくり返り、テーブルも傾いている。店舗が多いところから、カジノが稼働していた頃はさぞ賑やかであったのだろう。
今は虫の鳴き声が聞こえてくる人の住まない寂しい街だが、かなりの広さを持つ街を制圧するほどの幻獣が現れた?
「魔物は泥田坊と言うのだ。かなりの強さを誇り、それでいて………来たようだな」
破邪の剣を抜くイアン。スラリと抜いた剣がキラリと陽射しを返して、その輝きが眩しい。
「泥田坊? 田畑を耕すやつだっけ?」
コックピット内でコテンと小首を傾げて、幼女は妖怪の名前だよねと思いだそうとする。が、可愛らしく小首を傾げても、記憶はなかった。おっさんのハードディスクはファイルが破損しているらしい。そろそろ捨てて、新しいのに買い替えたほうが良いと思います。
「う〜ん、幻獣というか妖怪よね。私もよく知らないわ。泥のゴーレムみたいだったはずよ」
サークレットがピコピコ光り、静香が教えてくれるが、同程度の知識らしい。
モニターには、土から泥の人形が生えだしてきている。溶けかけた人形のような幻獣だ。幻獣なの、あれ?
「るぉぁぉ」
良くわからないうめき声をあげて、体格は3メートルぐらいの泥田坊は目も鼻もどこにあるかわからないほど溶けているのに、こちらへとズリズリと身体を引きずって来る。下半身はアメーバーのように溶けており、ナメクジのように身体を擦りながら近寄ってくるので気持ち悪い。
その数は36体ほど。意外と速い動きで家屋の影から、砕けた店舗の中からと這い出るように近寄ってくる。
数とその重そうな体積で押し潰そうと言うのだろう。
「フハハハ! 第四王子の力を見たいと言うのだな! 良いだろう、王家の力、とくと見よ! ヌーラ、壁を作れ!」
高笑いをして、フォーア王子が前に出てくると、部下に命じる。こういった場合、テンプレだと馬鹿王子はだいたい震えているか、逃げ出すかするのに、随分と度胸がある模様。逃げ出す王子は最悪だから助かった。魔物がかなり厄介な洞窟だったのに、一人で逃げ出す王子も反対に度胸があったか。なんで魔物に殺されないのかと、不思議に思ったよ。
「了解です」
無口なる騎士のヌーラは冷静に懐から辞書みたいなもんを取り出すと手に持つ。何もしていないのに、辞書が開き、ページが風もないのにペラペラと捲れ始める。
「サモンピクシー」
その声と集められた魔力により、開かれた辞書の上に光る魔法陣が描かれると、その中から羽を生やした小さな少女が現れた。どうやらグリモアだった模様。
「続いてサモンカソ、サモンネコマタ」
その呟きと共に小さな鼠が炎を纏って現れる。ネコマタも現れるみたいだと、幼女はモニター越しに注目しちゃう。初期バージョン、初期バージョンでお願いします。エロいエンジェルが後期バージョンで出てきたんだから、もうネコマタも初期バージョンで良いでしょと、ゴクリとつばを飲み込むゲーム脳となるおっさん幼女。エンジェルもエロくなくなったけど。
「ニャア」
続けて現れたのは尻尾が二股に分かれている普通の大きさの三毛猫だった。可愛らしく鳴き声をあげて、ぴょんと出てくる。
「なんだ、普通のネコマタですよ。人化していないです」
「そうね、古き良き猫又ね。でも、あれはまずくない?」
しょんぼりしちゃうネムに静香が答えるが、なにがと問おうとして
「フニャー」
カソをパクリと猫又が食べちゃった。え、鼠だけど仲間を食べちゃうの? ヌーラは仲魔の選択を間違えたの?
「カソを生贄に、ネコマタを進化。ハイパーネコマタへ」
淡々と言うヌーラ。その言葉を合図としたかのように、ネコマタは牛並みに身体を大きくさせて、毛を逆立たせ、牙を剥いて、凶暴そうな獣と化した。
「生贄ルールがありますよ! この世界の召喚魔法って、カードゲーム?」
「宝石を使わないのは残念ね」
マジかよと、もうこの世界はめちゃくちゃだよねと呆れ果てちゃう、もっともめちゃくちゃ存在と言えるおっさん幼女。静香としては宝石を使うと思っていたので残念がっていた。
「フカァ〜!」
ハイパーネコマタとやらが迫る泥田坊の前に立ち、鳴き声をあげると、敵たちの身体が赤く光りハイパーネコマタへと向きを変える。挑発スキルだった模様。
「あばぁ〜」
不気味なうめき声をあげて、泥田坊は泥の怪腕を振り上げて、その重量でネコマタを殴ろうとするが、掠るようなスレスレの攻撃で地面を穿つに留まる。
見ると他の泥田坊も同じようにハイパーネコマタの目の前に腕を振り下ろしていた。轟音とともに土が舞い、穴ができるが当たることはない。
「見たかっ! ハイパーネコマタのスキル『幻影鳴声』だ! ヌーラの必勝パターンに入ったぞ! あの鳴き声は挑発とハイパーネコマタの幻影を見せる効果があるのだ」
バトル漫画の説明役みたいに、得意げにフォーア王子が解説をするが、それってフラグを立てている感じがします。この王子は逃げ出す王子よりも、ろくでもないかもしれない。
「ピクシー! 『今際の雷』」
ヌーラの命令にピクシーが宙を舞い、その身体から強い光を放つ。そしてピクシーが雷となって爆発すると、その雷条は無数に放たれて、ハイパーネコマタを攻撃する泥田坊の群れに命中する。
泥田坊はその攻撃を受けて、プスプスと煙をたたせて、泥が乾き土となり、ボロボロと全てが崩れていくのであった。
「見たか! ヌーラが召喚中の召喚獣の維持魔力をできるだけ節約して、相手へと大打撃を与える必勝パターンを! この戦法で武道大会を優勝したのだ!」
「なんつーか、後味のわりい技だな」
ハンスちゃんは半眼となって、ヌーラの戦法の感想を言う。たしかにいくらでも出せるからこその戦法だ。合理的で効率的だが、見た目が悪い。なぜ第四王子の側付きになったのか、わかろうというものだ。上の王子はこの戦法で戦う側付きはいらないのだろう。自分の評価が下がる可能性が高い。
とはいえ、あっという間に敵を退治した。
「ふんっ! やはり王家の力は素晴らしい! このまま僕らが幻獣の群れを退治しても良いのだろう?」
王家の力……。フラグを立てることが王家の力なのだろうか? たしかに天才的なフラグの発行率だけど。
「フォーア王子、泥田坊はこれでお終いではないのです」
真剣な声音でイアンが注意をしてくるが、ひらひらと手を振って鼻で笑うフォーア王子。
「まだまだいると言うのだろう? 安心せよ、ヌーラは自爆系統のスキルを持つ召喚獣を何体も持っている。100や200が来たところでびくともせんわっ」
「いえ、他にも幻獣はいるのですが、そうではありません、あれを見てください」
砕けてバラバラになった泥田坊の死骸を指差すイアン。なんだろうと、注視していると、その身体が再び泥へと変わっていき、集まって泥田坊となり復活する。
「な、なぬ? 何だこいつ? さ、再生能力か? 弱点は何だ?」
周り全ての泥田坊が同じように再生していき、王子は驚愕の面持ちとなる。倒したと思っていたら、普通に復活してくるのだから当然だ。
「奴らは凍らせて置くしかないのです。凍らせても次々と泥田坊は土から生えてくるために駆除困難な幻獣となります」
「倒した文献によりますと、大規模魔法で地形を変えるほどの威力で滅ぼしたとか」
イアンの言葉に頷いて、ちらりとハンスちゃんを見てくるジーライのお爺ちゃん。ハンスちゃんが強大な力で倒すと予想している模様。
「そんな大規模魔法じゃ、街がなくなっちまうじゃねぇか。ま、俺のやり方でやらせてもらうか」
コキリと首を振って、ハンスちゃんはハンマーを肩に担ぐ。てくてくと泥田坊まで無防備に近づくと、敵は一斉に襲いかかってくる、が
「まずは再生能力がどれぐらいか確かめてやろう」
ハンマーを握りしめて、無造作に横に振る。
泥田坊たちを突風が通り過ぎていくと、パラバラの土塊となって吹き飛んでいた。軽い攻撃に見えるが、耐久力の高い泥田坊を一撃でハンスちゃんは吹き飛ばしていた。
だが土塊となった泥田坊たちは再び寄せ集まり復活する。
「いいぜ、やってやろうじゃないか」
危険な光の視線をハンスちゃんは向けてニヤリと笑うのであった。




