86話 温泉街のロンリートウフ
どうやって、日の本の王国の第四王子であるフォーアがここにやってきたかは、すぐに理解できた。外に出ると冒険者ギルドの訓練場に横になった扇風機がくるくると羽根を回転させていたので。
「この方こそは日の本王国、第四王子フォーア・大和なり!」
「ええい、控えい、控えおろう! 頭が高い」
「控えおろう!」
印籠を取り出して、ヘリへと近づこうとする冒険者たちへと周りへとアピールする王子たち。水戸のご老公っぽいけど、悪人いないのに、それをやったら駄目だろ。
コックピット内で、周りへと印籠を翳している王子をスルーして扇風機を眺める。かなりの大きさの扇風機だ。直径10メートルはあるかな?
「なんでしょう、これ? 暑いから、伯爵家へのプレゼントですかね?」
「ヘリよ」
「あれだけ大きいとお部屋に入れることができないです」
「ヘリよ。現実逃避は止めなさい」
ジト目で眺めているネムへと静香が容赦のない声をかけてくれる。ありがとうございます、たしかにヘリだよ、どう見てもヘリだよ。ふぁんたじ〜の世界にヘリだよ。
「ふぁんたじ〜の世界で、なんでヘリなんですか、どうしてヘリなんですか。あれって軍用機ですよね?」
バンバンとコンソールをちっこい腕で叩く駄々っ子幼女。おかしいだろ、なんでヘリなんだよ。
「たしかに武装はないけどヘリね。武装がないという理由は、弾除けの魔法が流行っているからね」
サラリとネムの抗議を静香はスルーする。ヘリは装甲が分厚くて、なんで空を飛んでいるかもわからない程だ。重さを考えると飛行できるとは思えない。揚力以外の力が働いているのだろう。
未来的なフォルムだ。横に展開するタイプのブレードローターが装甲内に収まっており、なんだか、赤いロボットに突撃できそうな機体だ。きっと婚約者を奪われた恨みと特攻するパイロットが過去に操作していたかのかも。ミサイル搭載機だったから、実はロボットより強かったとおっさんになってからは思うんだけどね。
それらしく考える幼女だが、いくら装甲を厚くしても、ヘリは嫌だよねと思う。なんか簡単に墜落しそう。不思議エンジンを搭載していても無駄じゃないかなぁ。
「この世界はふぁんたじ〜じゃないわ。あからさまに科学の力を感じるじゃない。高度な科学力をね」
「たしかに……まぁ、仕方ないから諦めます。では、ハンスちゃん、お任せしますよ」
レバーを握り締めて、ネムはハンスちゃんを操作し始めるのであった。
「では、ヘリで向かうと?」
イアンがフォーア王子へと尋ねている。
「うむ、山奥まで歩いて行くなど面倒くさいではないか。この暑い中で、王子たる僕に汗まみれの姿など似合わない」
フンスと鼻を鳴らす王子に、疑問はないらしい。なんということでしょう、こんなところばっかりふぁんたじ〜っぽい。馬鹿王子とお付きの者たち一行だ。
「あそこには空を飛ぶ幻獣たちも多いのです。重装甲ヘリでも破壊される可能性が高いのです」
「わかっておる。温泉街入口近くで着陸をする。このヘリを破壊されたらまずいからな。その後は残念ながら歩きだ」
入口近くとは一応考えているらしい。イアンは頷き、王子と共に金属製のハッチを開けて中に入っていく。
「俺も入らないといけないのかよ」(ラッキー、エアコンです)
ハンスちゃんも後についていく。中は軍用機らしく素っ気無い内装だ。ガチで空挺部隊が乗り込むようなヘリである。これで王子はやってきたわけ? 外見よりも王子は強いのかもしれない。パラシュートはしっかり用意してあるのかな?
「豪奢な内装だと思ったんだが、これは予想外だな」(エアコンに美味しいお菓子はないの?)
よいせとハンスちゃんも乗り込む。お菓子がなくて、幼女はがっかりだ。馬鹿王子ならお菓子とか絶対に常備してあると思ったのに、小型冷蔵庫もないの?
「ふん、下々の者は分からぬだろうが、ヘリは数時間乗る程度だ。そんな短時間乗るためだけにそんな内装にするわけなかろう。質実剛健が僕ら王家の今季の目標だ」
威張る馬鹿王子だが、今季の目標? なにか変なことを口走ったぞ?
「それに、内装を変えたら墜落してしまったヘリが過去にあったのだ。なので、生産不可能なヘリは改造禁止が命じられている」
「さよけ」
カウボーイハットの向きを直しながらハンスちゃんは嘆息する。たしかに内装なんぞを直そうとしたら、壊れちゃうかもね。
「ヘリはもう5機しか残っていないからな。大事にしなくてはならない」
威張る王子だが……。
「マジですか、この王子、フラグを立てましたよ」
「死んだ時には、形見は回収しないとね」
「魔法がかかっている宝石はきっと回収しても、王家に没収されてしまいますです」
「残念ね、王子の遺体は見つからなかったわ」
「もう死んだことにしちゃった!」
宝石欲しがりすぎだろ、静香さん。味方から守らないといけないのかしらん。
あの馬鹿王子は謎の幼女スパイに狙われた。謎の幼女スパイは様子を見ている。
ゲームでいうと、次のターンで溜めた一撃で死にそうな感じである。やれやれだなと、ハンスちゃんは首を振って、椅子に座る。
「では、すぐに出発だ。この僕は仕事ができる男だからな! 今日命じられて、明日には仕事は終了だ。なんとできる男だと皆は感心するだろうよ。ウハハハ」
ハッチが閉まり始めて、イアンは疲れたようにため息をつく。お供はジーライ老と、二人の騎士、名前は……ピッピとかなんとか……忘れちゃった。幼女は忘れっぽいのだ。おっさんが忘れっぽいという訳じゃないよ。
意外なところでは、フォーアのお供が二人だというところ。運転席にヌーラが向かい、猫獣人のゲーレが横についている。そう、王子のお供は二人だけなのだ。いくら第4王子でも警護薄すぎない?
「なぁ、イアン伯爵。なんでそこの悪ガキはたった二人しか警護がいないんだ?」
ハンスちゃんは疑問に思い尋ねる。なんでなん? 普通は多くの騎士や侍従がついてくるんじゃないの? お菓子を持ってきていたりとか、お菓子を持ってきていたりとか。
「それはな、陛下に命じられて、すぐにヘリを奪ってここに来たからだ! ヘリは貴重すぎてなかなか乗れんからな! 止められる前に乗りたかったのだ。だから、僕の側近の二人しか間に合わなかった」
口を挟む馬鹿王子。うははと高笑いをして威張る。どうやら、ヘリは本来は使用できなかった模様。貴重すぎて使えない……この王子、フラグ立てすぎだろ。もはやこのヘリは墜落確実だね。
「しかし! 安心せよ!」
安心できないセリフを王子は吐く。
「ヌーラは召喚魔法を得意とするし、ゲーレは獣化を使える。無論魔法も使えて、剣の腕も良い。ひっとぽいんと持ちだ! 凄い強いんだからな!」
ふ〜んと、ハンスちゃんはゲーレを見る。黙ったままの寡黙の騎士だ。ミスリルの胸当てに、青く輝く剣を腰に差して、鏡のような盾を小脇に置いている凶暴そうな猫獣人。男なので、幼女は興味はない。
「二人とも数年前の武道大会での優勝者だ。側近として、王家は雇うことが多い。素性はしっかり確かめる。魔法での精神操作や嘘発見を使い危険分子は排除するしな」
イアンがその後を継いで教えてくれるが、なるほどねぇ。魔法がある世界だ。これ以上ない身分の確認ができるわけね。
「剣聖たるイアン殿には一対一では負けるかもしれんが、二人揃ったら、負けはせぬ。温泉街とやらの幻獣も僕らに任せてもらっても構わないな。あっさりと倒してしまうかもしれんぞ? ウハハハ」
もうそれ以上言わないでと、ウヒャーと幼女はおててで顔を覆いイヤイヤをしちゃう。もう言わないでいいから。
「では出発します、殿下」
パイロットのヌーラが声をかけてきて、ヘリは浮遊し始める。窓から外を眺めると、地上がみるみるうちに遠ざかっていく。
こうやって上空から見ると、結構な大きさの街だとわかる。無駄に広いな。
というか……なんだろう。
「数分で到着します」
ヌーラが声をかけてくるので、そうだよねと、ネムは半眼になる。ヘリを使う距離じゃないだろ。細長い城壁が山に続いており、通路はきちんとあるらしい。
「そなたがダンジョンを復活できるとあれば、その功績で僕の臣籍後の領地も良い場所を貰えるはずだ。ウハハハ」
「どうだろうな? 俺じゃそんなことはできないかもしれないぜ?」
カウボーイハットを傾けて、目だけを凶暴に光らせてハンスちゃんは答える。これじゃ、ハンスちゃんのモードでは復活させることはできない。なにか方法を考えないといけないだろう。
窓の外はあっという間に木々が聳え立つ山へと近づく。前方に温泉街だったろう人気のないゴーストタウンが広がり、奥にかなりの大きさのドームがある。看板があるがネオンは光っておらず、消灯しているのは寂しさを感じさせた。
僅か5分でヘリは到着しようと高度を下げ始める。
「到着します、席を立たないでください」
「うむっ!」
窓の外を興味津々手眺めていた王子は椅子に戻ろうとするが
「ぬ? なにか光っておるぞ?」
地上に何かが光り輝くのを見て訝しげな言葉を吐く。皆が窓の外を釣られて見ると、輝きは森林にあり魔法陣っぽいのを形成していっている。
「いかん! あれは儀式魔法! 凶悪な魔法が使われようとしております!」
ジーライ老が警告を発するが遅かった。幾何学模様に光り輝く魔法陣から太陽のような火球が生まれる。そうして、火球はヘリへと飛んでくる。
「回避します」
抑揚のない声音でヘリを急速旋回するが、砲弾のように速い火球は回避しきれなかった。ヘリのブレードローターの片翼に火球は掠り、金属製の装甲はアイスのように簡単に溶けて火を吹き出す。
「不時着します」
「待て待て、なぜあんな凶悪な魔法があるのだ? ここはそんなに危険な場所なのか?」
「いえ、どうやら不審人物も入り込んでいたようですぞ、王子」
慌てる王子に、イアンは顔を手で覆う。予想外の頭の痛い結果になりそうだと。
ハンスちゃんの中で、幼女たちは予想通りだねと呆れているが。
「だから、ヘリって嫌なんですよね」
「確実に落ちるものね」
ヘリは制御を失い、機体を回転させてゴーストタウンに墜落するのであった。そりゃ、あんだけフラグを立ててれば墜落するだろ。
ゴーストタウンに爆発音が響き渡り、ぎゃぁぎゃぁと鳥たちが飛び立つのを森林に潜んでいたゲルマは冷酷な瞳で見つめていた。
「侍魔法、『爆裂』。軍用機といえどもこの魔法には叶わないでござる」
墜落したヘリから煙が立ち上る。
「だが、あの程度で死ぬような奴らではあるまい。拙者がカジノまで辿り着くまで、時間かせぎは必要でござるな、泥田坊よ、奴らの足止めをせよ」
そう呟くと、地面が揺らめいて泥でできたゴーレムが現れて、コクリと頷くと再び地面に潜っていく。
「侍ゲルマの幻獣の強さ。とくと味わうが良い」
ゲルマはフッと嗤うと森林の中へと消えてゆくのであった。




