85話 お父様とキグルミ幼女
冒険者ギルドの応接間にて、ネムはハンスちゃんに搭乗して盗賊の親分、イアンと対面していた。
違った、自分の父親だった。強面の髭もじゃおっさんのために、実の父親だけど、怖いと思っちゃう幼女である。
本当に怖いのは、幼女に巣くう謎の生命体おっさんだと思うのだがどうだろう。
年季の入ったソファにテーブル。コトンと置かれた麦茶。ソファにはハンスちゃんと対面にイアン。イアンの後ろにジーライたちが立っている。
「まずは我が娘たちを助けて頂き、感謝を。ありがとう、ハンス殿」
ソファに座るイアンが深々と頭を下げてお礼を言ってくる。貴族、しかも伯爵が頭を下げる。ファンタジーな世界だと体面を守るために、頭を下げてこないというパターンがあるが、ここはなんちゃってふぁんたじ〜の世界だ。頭を下げても良いのだろうか。
どちらにしても、体面よりも娘たちのことを考えてくれるイアンお父様にネムは好感と尊敬の念を抱く。
コトリとどら焼きが目の前に置かれたので、そちらにすぐに意識を逸しちゃったが。マジかよ、どら焼きだよ。遂に甘味がこの都市にもやってきたのか。
そうか、金を持った冒険者たちは湯水のように金を使うはず。贅沢品を渚はこの都市に運んできたな。その中でも、砂糖や酒は消耗品で腐りにくく運びやすい。そこを狙ったのか。良い狙い目である。
どうやったら、食べれるかと真剣に考える。今までにない真剣ぶりだ。霧の世界でもこんなに真剣には考え込まなかった。ハンスちゃんが口に入れて咀嚼したのを食べるのは嫌です。私はどこかの少女型ロボットを作った博士とは違うのだ。あれも咀嚼はしてなかったかな?
う〜ん、う〜んと考え込むアホなネムを置いておいて、イアンとの話はなぜか続いていた。レバーも握っていないで、細っこい腕を組んで考え込む幼女を放置して。オートモードが優秀すぎる模様。
「まずはお礼として少ないが貰って欲しい」
イアンが顎を引くと、ジーライが封筒を渡してくる。薄そうに見えるので、金一封みたいな感じ。いくらかなと、ハンスちゃんは封筒を手に取り、目の前で確かめる。かなり失礼な態度だが、ハンスちゃんはロンリートウフの一品豆腐。孤独を生きる男なのだ。傍若無人なのも仕方ない。
「ほう………随分儲かっているようだな」
中身は100円札が10枚。前世ならは1000万円の価値がある。ぺらぺらな封筒なので、いまいち有難味がないけど。
「うむ、貴殿の発見のおかげだ。アタミワンダーランドが復活したために、伯爵家は潤っておる。……どうやって復活したかを教えて欲しいところだが」
眼光鋭い目つきでの言葉に、ハンスちゃんはフッと笑って、どら焼きを一つ手にする。そっとどら焼きをごつい両手で包む。
そして、そっと両手を開くと意地悪そうにニヤリと笑う。そこにあるはずのどら焼きはどこにも無かった。
「手品の種はわかったら面白くない。それに情報とは独占しねぇと、俺みたいな風来坊はすぐにカラカラの豆腐みたいになっちまうんでね」
「むぅ……金をいくら積んでも教える気はないと?」
眉をひそめるイアン。この男が食えない男だと渋い表情になる。
ハンスちゃんのコックピットでは、やったぜ、どら焼きゲットと、手の中に隙間を作り出しコックピットまで移動させた幼女が、どら焼きを食べれるよと、喜びのダンスを踊っていた。
「残念ながら、教える気はない。たまたまだったんじゃないか?」
肩をすくめて、ポイポイとどら焼きを消していく手品師ハンスちゃん。あんまりやるとロンリートウフの渋いスタイルが崩れるので止めたほうが良いと思うが。
「たまたまではあるまいて。ハンスとやら、そなたは何者じゃ? 儂も少々調査調べてみたのじゃ。古い文献をのぅ」
ジーライ老が一歩前に出てくると、睨んで来ながら懐から随分古い紙束を取り出して、テーブルにバサリと置く。
チラリと見ると、なにやら伝承が書かれていた。なんだろうこれ?
「これは儂が調べた調査書じゃ。冒険者ギルドに置きに来たのだがちょうど良い。ちらほらとある男が出てきている。世界樹の伝承。そして、この精霊の暴走。なにか精霊が関わるときに現れて、解決していく。トーガを着て雷を操る……。当初の伝承では違ってな。カウボーイハットにロングコートと思われる描写があったのだ。儂が思うに……神秘的な雰囲気を壊すので、恐らくは伝承が改竄されたのではないかと考える」
「はぁん? 爺、よく調べてあるじゃねぇか。なるほどねぇ」
今度はお茶が飲みたいなぁと、コックピット内の幼女はどら焼きを頬張って、口の中がパサパサしちゃったので思いながら、資料をモニター越しに眺める。
適当にパラパラと資料を眺めるが、私の知らないことまで書いてある。……なるほどねぇ。なんとな〜くだが、このからくりがわかってきた感じがするよ。
「なにか思いついたの、ネム?」
サークレットに変身している静香が尋ねてくるが、
「当たっていても、外れていても、今の私たちの行動とは関係ない、ということがわかりました。なので、今一番優先されるのは麦茶を飲みたいということです」
キリリと真剣な表情でアホなことを口にするキグルミ幼女である。頭を使いたくないのだ。アホで良いのだ。幼女なんだしね。
そんな韜晦するネムに静香は特に何も聞いてはこない。この幼女は宝石関係でなければ、あまり気にしない。
気にするのは知識を求める魔法使いだけだ。
「そなたは精霊であろう? その時代の精霊の愛し子を常に影から助ける精霊王だと、儂は睨んでおる! どうじゃ?」
筋肉マッチョの老爺さんは身を乗り出して聞いてくるが、ハンスちゃんとしては鼻で笑うだけだ。
「俺が精霊王なら、爺さんは精霊神か? 馬鹿馬鹿しい。たまたまだろ。なにか証拠があるのか?」
「ムググ……証拠はないが、そなたの力は強力すぎると聞いておる! その力は人間を超えておる!」
「ヤーダ伯爵殿も人間を超えているだろ? 俺と同じように」
お父様は物凄く強いのだ。なにしろパワーアップしたリーナお姉ちゃんを軽く訓練でいなす男なのだから。たしかに人間を超えています。
二の句を継げないジーライ老。人間を超えていないと否定できない模様。
「なるほど、ではそなたの正体は詮索しないことにしよう。だが、このクエストの中身は問題だな」
先程ハンスちゃんが受けたクエストの束をテーブルに置くイアン。結構な数のクエストの束だ。
薬草やキノコ、ちょっとした雑用クエストが主なのだが……。
「今まで誰も受けたことがなかった温泉街の幻獣退治が混ざっておる。しかもカジノに居座っている幻獣の群れもだ。かなりの強さを誇る敵の群れであり、この俺でも殲滅するのは不可能。カジノは死んでおるから倒す旨味もないしな」
大量の雑用クエストの間に混ぜておいた討伐クエストはしっかりバレていたらしい。まぁ、手続きをしないといけないから当たり前なんだけどね。タイミング悪いなぁ。
「ネムはカジノに随分と興味を持っていた。そしてすぐに精霊界へと向かったのだ。それを聞いた精霊がもしかしたら、その願いを叶えようとするかもな?」
ジロリと見てくる名探偵イアン。麻酔銃で眠らされていないのに、名推理だ。というか私が興味を持っていたのはバレバレでしたか、そうですか。
「精霊界には強力な精霊王がいるのかもな? 精霊の愛し子の願いを叶えようと、カジノを復活できる力を持つ精霊王が」
話が戻っているじゃんと思いながら、コックピット内でどら焼きを喉に詰まらせて、ンガクックとやっていた。麦茶、麦茶が必要です。幼女の死因、どら焼きを詰まらせて死亡になっちゃう。
アワアワと慌てる幼女は放置して、ハンスちゃんは勝手に話を続けてくれる。もはや、ネムは必要ない可能性あり。
「はぁ〜。まぁ、そんなことはどうでも良いだろ? カジノが復活したら、喜べば良いだろ?」
手をふらふらと振って、面倒くさい感じを出してハンスちゃんは話を流そうとするが、
「なかなか面白そうな話だな! ならばその討伐。我がついていこうではないか!」
バタンと音を立てて、ドアが勢いよく開かれる。そうして、ノシノシと入って来たのは……。
「誰だ?」
フリフリの襟巻きみたいな首元や、ひらひらの襟をしている豪奢な貴族服を来た子供が入ってきた。誰こいつとハンスちゃんは首を傾げる。
なんだか、ゴテゴテとネックレスや指輪をつけており、後ろから騎士がついてくる。人間と猫獣人の騎士2人だ。
「王子っ?! なぜこのような辺境に?」
慌てて椅子から立ち上がるイアン。………王子? イアンたちは知っているらしく慌てて畏まって膝をつく。
「ふん、精霊の愛し子とやらの力は王都でも噂になってきておる! 陛下がその噂を確かめに行ってこいと、この私に直々に命令をしてくれたのだ」
なんというか、少し小太りだが、筋肉質っぽい。鍛えてはいるらしい。王子? 生意気そうな外見の12歳ぐらいの子供だ。
「そこの男は僕のことを知らないようだな! 僕は日の本王国の第四王子、フォーア。この騎士たちはヌーラにゲーレだ! 頭を垂れるが良いぞ」
偉そうに顎を持ち上げて、フォーアという王子は胸を張る。第四王子らしい。
「なんだ、あんまりやる気のない命令なんだな。お前、暇だったんだろ? なんの悪さをしたんだ?」
所詮は第四王子だろとハンスちゃんは鼻で笑い、イアンたちが王子を見ている間にその影が手を伸ばして、こっそりと麦茶を確保する。
「なっ! なんでわかるんだ? あ〜、ゴホン。貴様、今の話は聞いていたぞ。本当にダンジョンを復活できるのであれば、僕の配下にしてやっても良いぞ!」
「王子! この地は私の領地ですぞ? 先触れもなく訪問なさるのは、礼儀に外れているかと」
イアンがすぐに立ち上がると文句をつけるので、フォーア王子はうぐっと言葉に詰まり後退る。
どうやら、中央集権体制ではないらしい。王権はそこまで強くない。貴族たちの領地は貴族たちのものなのだと、イラが手に入れてくれた麦茶をクピクピ飲んでネムは思う。封、ふう…、もう歴史忘れたよ。
「お、王国に多大な利益を齎すだろう精霊の愛し子。陛下は早急に対応が必要と、僕を寄越したのだ。申し訳ない……」
第四王子なのだから、本気度がわかるというものだ。イアンたちもそれを理解して冷ややかな表情となっている。しかも盗み聞きをしていたと堂々と言ってくるのだから、呆れ果てて声も出ないとはこのことだろう。
「とにかく、これは王命だ。調査するようにと命じられたがちょうど良い。僕もその討伐についていこうではないか」
えっへんと胸を張るフォーアに、ハンスちゃんは呆れ果てて……。
「まぁ、良いだろう。その話を受けよう」
ニヤリと笑うのであった。どうやら王子と一緒の調査になったらしい。
「ちょっと、静香さん、勝手にハンスちゃんを操作しないでください!」
「幼い子供は保護しないといけないわ」
「静香さんの場合は宝石でしょ」
コックピット内で、二人の幼女がレバーを取り合っていたりもした。




