83話 お家に戻るキグルミ幼女
ガラガラとでなく、ブルルンとエンジン音をたてながら、ふぁんたじ〜に喧嘩を売る存在、トレーラーハウスに乗ってネムたちはお家へと帰還した。
そうして、旅行は終わり、やっぱり自宅が一番だねと、幼女はコロンコロンとベッドに寝っ転がって寛いでいたり……しなかった。
「あづ〜。真夏ですよ、ようやく夏休みに世間一般は入る頃ですよ。クーラ欲しいです。ビルおじさん、エアコン何個か譲ってくれても良いのに」
ようやく7月も終わり、真夏に突入したアタミ船ヤーダ号。エアコンが搭載されていないので、暑くて仕方ないのだ。幼女は暑さに弱いのだ。無敵のモニョモニョパワーを持っていても、暑いものは暑いのです。
「氷の精霊を作りましょうよ。それでこの部屋を涼しくしない?」
茹だるような暑さに、静香も疲れたように手で扇ぎながら汗だくでお願いをしてくる。わかるんだけどね。
「部屋全体を涼しくする方法って難しいんです。局所的に燃やすとかの方が楽なんです。氷の柱も涼しいですけど、エアコンには敵わないですよね〜」
生活サイクルを一度上げると、元に戻るのはなかなか難しいのだ。ヤーダ家もそろそろ儲かり始めているんじゃないかなぁ? 冒険者、たくさん来ているし。あとは魔道具と言い張るエアコンを買えれば良いんだけど。
前世でもクーラーの中で暮らしてきたおっさんは、もはや氷の柱だけで涼をとるののは無理になったのだ。ふぁんたじ〜の世界に生きていけない幼女である。スローライフはエアコンとテレビ、酒は必須条件であるからして。
マグマの中に入っても、江戸っ子ならこれぐらいの熱さがちょうどよいですと見栄をはれる無敵の幼女のはずなのだが、その精神はアリンコレベルなのである。
「う〜ん、お手軽に家電製品を手に入れる方法は無いかしら?」
「お金あっても、家電製品を売るお店がないと意味ないです。景気が良くなったから、商店がこの領地に来る。内政チート系小説で数カ月でお店もたくさんできたりしますけど、そんなの現実だと無理ですよね」
暑いよ〜と、コロコロベッドの上に転がる幼女。ちっこい身体だと、コロコロ転がることができて楽しいねと思いながらも考える。店を誘致するって、前世の地球だって、すぐには無理だった。ふぁんたじ〜の皮をかぶるこの世界では幻獣や盗賊も現れるから、外都市との通行も難しい。簡単には増えないだろう。
現在、昔の施設を利用して宿屋や鍛冶屋が復活してきているけど、家電製品はどうなんかなぁ。
ネムと静香はゴロゴロして、暑さがなんとかなんないかと、駄べっていると、コンコンとドアがノックされて、ロザリーが入ってきた。
真面目な顔なので、ちゃんとした用事らしい。
「ネム様、訓練所にて、伯爵様たちがお待ちです。行きますか?」
「例の件です? それじゃ行きますです」
静香はぐでっとしているので、来る気はないらしい。なので、んしょんしょとネムだけベッドから降りると、ロザリーがヒョイと持ち上げて抱っこしてくれる。
ニコリと微笑んで、そのまま縫いぐるみのように運んでくれる模様。暑苦しいけど、ロザリーの胸がムニュムニュと当たるので我慢しちゃう。我慢じゃないだろ、この犯罪者めと、おっさんを責める存在はいないので大丈夫。
そうして、ロザリーに運ばれてネムは訓練所に行く。
城の訓練所はサッカーグラウンド程の広さで、真夏の陽射しがジリジリと地面を熱してとても暑い。
ネム一人なら、用事を思い出したとUターンするところだが、両親に兄姉、ジーライにサロメが待っているので仕方なく向かう。
「お待たせしました、お父様」
儚げな笑みを見せて、抱っこをされているネムは合流する。抱っこをされているので、か弱い虚弱さを見せている。暑さで弱っているので、ますます虚弱さに磨きがかかっている幼女。磨きすぎてメタルボディになっているとは、その姿を見て誰も思うまい。
「うむ、暑い中すまないな、ネム。気分は悪くないか?」
「大丈夫です、これぐらいの陽射しなら」
ニコリとネムは嘘をついた。さっきまでアヂーと言っていたおっさん幼女はどこの誰でしょうか。これぐらいの暑さなら、たぶん太陽に放り込まれても、これぐらいの暑さなら大丈夫です。
「では、伯爵。検証を致しましょう」
マッチョな老魔法使いのジーライが声をかけるので、うむとイアンは頷く。
「よろしい。ではネムよ、精霊力を出してくれ」
皆の横には机が置いてあり、コップもある。
「おろしてください、ロザリー」
「スゥ〜。……わかりましたネム様」
抱きしめていたネムの香りを嗅いでいた変態エルフは、残念がりながらも下ろしてくれる。
「では、私が精霊界で修行をして手に入れた力をお見せします」
精霊界で修行。いつも脳筋パワーで敵を殴り倒してきたことを修行というのだろうか。
たぶん修行したんだよと、ネムは紅葉のようなちっこいおててを翳す。
『純精霊力』
コポコポと宙から豆乳が湧き出して、コップに注がれる。純白に輝いているので豆乳と言うのは少し難しいかもしれない。
「これが純粋なエネルギーとしての精霊力です。これを体に入れると大幅に能力を高めます」
ようやくモニョモニョを自在に操れるようになったのだ。竜子の体内エネルギーも同じように操作したのである。
「飲んでみるわっ!」
躊躇うことなく、豆乳をクピクピと一気飲みするリーナお姉ちゃん。あの、宙から出てきたんだよ? 少し躊躇って? 豆乳って、ちょっと豆臭い感じがして私は普通の豆乳でも苦手だよ?
「ネム様の汁……ハァハァ、私にも一杯ください」
興奮した声音での幻聴が後ろから聞こえてくるが、気のせい、気のせい。
豆乳を飲んだリーナお姉ちゃんは、カッと目を見開き闘気を解放する。赤いオーラがリーナお姉ちゃんを包む。
「この間よりは全然少ないけどパワーアップしたわっ!」
「ひっとぽいんとがかなり増えているな……なるほど」
鑑定スキルでも持っているのか、最近チートな主人公枠と思ってきたイアンがリーナお姉ちゃんを見て感心する。見てわかるのね。
「これを吸収すれば凄い力が手に入るみたいです。私は自分自身には使えないのですが、取り込まれた時に、竜子王はパワーアップしたと聞いています」
「完全体となったとか言っていたわね、竜子は」
竜王信仰と、精霊の愛し子を調査するために、伯爵家にしばらく滞在する予定のサロメが胸を強調するように腕を組む。巨乳って素晴らしいね。
「この力は豆をすり潰した物みたいなものです。ニガリを入れたら豆腐になるみたいに、魔法のイメージ、構文を簡単に受け入れます」
もう一度豆乳をコポコポとコップに入れると、ミントお母様がコップに手を翳す。
『プロテクション』
コップの中の豆乳は消えて、ミントお母様の周囲を分厚い装甲のような緑光の障壁が生まれる。障壁は厚さ50センチとかありそうだ。普通のプロテクションではないことは、見るだけでわかる。
「精霊力を媒介に魔法を使うと、その威力は数倍になるのね。これは凄いわ」
感心しきりのミントお母様だが、不安げに眉をひそめる。わかるよ、私のことを心配しているんだよね。たしかにこんな力を生み出せる人って拉致される可能性は高し。
う〜む、皆が不安げになる中で、ネムはお皿に今度は手を翳す。
『亜精霊力』
お皿の上にこんもりと白いパサパサしていそうな物が現れる。まぁ、ぶっちゃけ、おからなんだけど。
「これは構文を受け付けない、エネルギーにしてもサラサラしすぎて、闘気にしか使えないパワーです。えっと過去の竜子さんにはこれを使い、魔法を使えないようにしました」
おからも栄養はあるけど、もはや豆腐にはなれない。構文を亜精霊力に入れても魔法にはならないのだ。
「いただきまーす!」
なぜかスプーンを持ったリーナお姉ちゃんがパクパク食べ始めるが、ふむ、と、首を傾げる。
「たしかになにか形のあるものに変換はできない感じね。魔法の構文は受け付けないみたい!」
本当に構文使ってみたの? と不思議に思うが口にはしない。おからも食べちゃうのね。それと幻聴は禁止用語に入りそうなので完全スルー。
「最後にこれです」
『白光』
パアッとおててから光を生み出す。その光を受けて、全員がバフを受けてステータスがアップする。
「これは、悪魔たちを浄化して、善なる者をパワーアップさせる栄養満点な光です」
最後の一言がいらないと思われるが、フンスと幼女は説明を終える。この3つが基本の豆腐パワーだ。あとはキグルミになるから秘密です。
というか、これなら訓練所じゃなくても良かったんじゃないかな? 人払いをしているのか、他には誰もいないけど。
「見てのとおりだ。これが精霊の愛し子の力。これに合わせて精霊に加護も受けている」
加護……いつも貴金属を磨いて満足そうな幼女のことなのかな? あの人、宝石に弱すぎだけど。
「ありがとうね、ネム。……旦那様、この力を敵は狙っているのですね?」
ネムの頭を優しく撫でながら、ミントお母様が心配そうにイアンに尋ねるとイアンは重々しく頷き返す。
「そのとおりだ……黒竜に竜王信仰の邪教徒。そろそろ上杉商会にドラゴンキラーが手に入ったか確認する時であろう」
邪なる目的を持つ多くの敵がネムを狙っていると再確認したイアン。
「良質な武具が必要となりますな。鉄の剣に鉄の鎧では少々騎士たちには厳しいかと」
ジーライの言葉に苦々しい表情となるイアン。
「昔ならば、手に入ったかもしれぬのだが……」
「昔? 昔なら手に入ったんですか、父さん」
クリフが不思議そうに尋ねるが、たしかに。昔は良い武器屋でもあったんかなぁ?
だが、難しそうな表情になり、イアンは予想外のことを口にした。
「昔はカジノが動いていたのだ。そこで手に入れたコインで珍しいアイテムと交換できた」
「カジノ? カジノがあったんですか、お父様!」
なぬ? とネムはその話に食いついた。餌を見つけたダボハゼのように食いついた。だってカジノだよ、カジノ! マジで?
「ん? ネムは知らなかったか? 山側の温泉街の奥にあったのだ。現在は幻獣の巣となり放棄されているがな」
「へーーーーーーーー。そうなんですか。カジノですか」
マジかよ、カジノだよ、カジノ。幼女が夏に楽しむ場所として相応しいよね?
「幻獣を退治したいが、強力であり、多種多様、そして数が多いので、殲滅できんのだ」
「お父様っ! 冒険者ギルドにクエスト依頼を出しましょう。そうしましょう。きっと凄腕冒険者が受けてくれるはずです」
「クエスト依頼ならば、昔から出しているぞ。誰も受けぬがな……」
「そんなに危険なんですか……。残念です。それはともかくとして、私は明日から精霊界でまた歌って踊って修行してきますね?」
カジノ復活。アタミワンダーランドよりも楽しそうだ。
絶対に復活させると、キグルミ幼女はメラメラと目に炎を宿すのだった。ただのメラメラだ。メラマオウバスターじゃないよ。
 




