82話 バカンスはおしまいとがっかりしちゃうキグルミ幼女
エスター家のプールサイド。ネムはプールサイドで優雅にちっこいおててでグラスを持って、グレープジュースをストローでクピクピ飲んでいた。
「くっ、まさか私がネム様アルバムを作っている最中にそんなことになっていたなんて! 申し訳ありません、ネム様」
そんな可愛らしい幼女に、泣くような後悔している声音でロザリーが謝罪をしていた。
なぜ今回ロザリーがいなかったのか? この幼女大好きエルフは、城の現像室を貸し切って、一晩中撮り溜めた私の写真を現像していたらしい。撮り溜めたって、一日でどれぐらい撮影したんだろ? 小脇に百科事典みたいな本を抱えているけど。
「ネム様のご勇姿を撮影したかった……。今後は気をつけます」
うんうん、言動と行動がさっぱり合ってないよ? なぜ、手に持つカメラのボタンを高速で押しているのかな? 指が残像で怖いことになっているよ? 高速撮影機能はないの? それとも機械を上回る撮影速度なのかしらん。
気をつけると言っておきながら、撮影をしまくるロザリーだが、水着は痴女みたいな赤いマイクロビキニを着ているので、ネムは許しちゃう。というか、後ろに取り付く悪霊よりたちの悪いおっさんはデヘヘと許していた。夏の陽射しでも消えない厄介な汚れである。
主従揃って相手を見て、グヘヘと笑っているので良いコンビだ。きっと結婚しても上手く暮らせるレベルであろう。
「次はロザリーが助けてくれることを期待しますね?」
「わかりました。お任せください。実家の秘術にて宝石に精霊を宿し、ネム様をお守りしたいと思います。ロザリーの手下という精霊を作れますので」
「それはやめてください。禁止ね? 絶対に駄目です。えっと私には既に精霊たる静香さんがいますから」
ネムの隣で優雅に寝そべっている静香さんが、その話を聞いて、こちらに注意しているような感じがします。
「そうね。ネムは私の加護のもとにいるから。………そうだわ、私がその宝石を預かると言うのはどうかしら?」
ポンと手を打って、良いことを思いついたわと、白々しく笑みを浮かべて提案する静香だが、絶対にパクるつもりでしょ。本当にパクリと食べちゃうかもだし。
「返ってこないのを、預かるとは言わないと思いますです。ロザリー、それは大事にとっておいてください」
「ネム様がそう仰っしゃられるのであれば承知しました」
危険な匂いをさせる静香を見て、勘が鋭いのかあっさりと承諾してくれたので、胸をなでおろす。
やれやれと幼女はクテッと寝そべって、う〜んと背伸びをして寛ぐ。ハァハァとロザリーがまたもや撮影をしてくるが、反省とはどういう意味だっけ? 異世界では違う意味なのかしらん。白旗が宣戦布告の意味を持っていたりね。
「それにしても、今回は色々とありました。私は疲れちゃいました。バカンスは最高でしたね」
今日でバカンスもおしまい。結構長い期間、ここで遊んでいた。遊ぶ以外にも、イアンたちの前で豆腐の光を見せたり、精霊界に行くふりをして、城下町で遊んだりと。そんでモニョモニョパワーをイアンたちにも分けてみたりと。結構忙しくもあり、精神的に疲れたが、良いバカンスと言えただろう。
良いバカンス……なるほど、指輪のとおりになったと、ちっこい指に嵌っている指輪をチラリと見る。この指輪、たしかに願いを叶えてはくれてるんだよなぁ……。叶えてはくれている。猿の手よりはマシだろう。お金が欲しいと願って、子供が死んだ保険金が手に入るなんてなさそうだし。
この指輪はどんな博士が作ったのだろうか。人智を超えた力を最近はヒシヒシと感じるよ。
「ネム〜。泳ぎましょうよっ! うちに戻っても泳げないしねっ」
プールでマグロのような速さで泳いでいたリーナお姉ちゃんが手を振りながら誘ってくるので、たしかにプールでは泳げないしねと、ぽてぽてとプールに向かう。真魚はお店大丈夫かなぁ。でも、イラの分身がいるし大丈夫か。
そうしてネムはバカンスを満喫するのであった。キャッキャッとリーナお姉ちゃんとお水を掛け合ったり、美味しいケーキをあ〜んとサロメに食べさせてもらったりと。
まるでリア充みたいなので、どこかの勇者様、魔王オッサーンを退治してください。
所変わって日の本王国の王都トーキョー。100万人を超える大都市であり、様々な魔道具だと言い張る自動車や映画館などがある。都会と言いたい所だが、自動車は生産不可能な物だし、映画館は何本かの古代の映画を繰り返し上映しているだけなのであり、他は石造りや木造の住宅や家屋が立ち並んでおり、なんとかふぁんたじ〜と言い張っても良い風景をたぶん保っていた。
騒がしい王都の中で、中心のトーキョー城にほど近い場所に、広い敷地を持つ屋敷があった。贅沢に平屋の屋敷であり、純和風のその家はいくつもの家屋が建っており、それらを廊下が繋いでいる。
平安時代の宮殿みたいな感じと言えよう。その広さだけで、その一族の持つ力が感じられる。
その屋敷内でもっとも奥の部屋にて、御簾に隠れた座の前で、ドワーフの少女夢野竜子は正座をしていた。
「……浅田士道公爵にご拝謁。光栄にてごじゃいます?」
いまいち敬語って難しいよと竜子は首を傾げる。
「あ〜、良い良い、そなたにはそう言うものは期待していねーから。というか、このクソ暑いのに御簾って邪魔だよな、エアコンの効いた部屋に移ろうぜ」
謎の男を演じたいがアチーよと、御簾を跳ね除けておっさんが出てくる。眼光鋭く薄笑いをしているおっさんだ。見ただけで危険な男だと思わせた。和服を着崩して頭をボリボリかきながら、部屋を移動する。
暑いのが嫌いなので、厨二病的な話はしたくないらしい。
ガンガンエアコンが効いて寒いくらいの応接間、調度品も家具も高価そうで、また、上品な調和のとれた内装だ。
「で、全部失敗したのか、お前は?」
ソファに座り足を組む士道を前に、竜子は素直に頷く。
「……どちらにしても今回は上手く行くはずがなかった。あんなに砕けた水晶じゃ、進化の粒子を生み出しても短時間な上に効果も弱い。そのうえ、どうやったかは知らないがエスター家が嗅ぎつけてきた」
悪びれずに言う竜子。静香の読み。バックに高位貴族はいないとの予想は外れていた。竜子はそう思わせないように立ち振る舞ったのである。
「お前さぁ、そこはガタガタ震えて顔を俯けて報告するところじゃないの? 不敵すぎるぞ」
「……竜子に失敗はなかった。充分な戦力も用意しておいた。魔獣の宝石も9個も用意したのに、あっさりと浄化された。件の精霊の愛し子に」
呆れる様子の士道に、淡々と竜子は語る。その二人の立場は主従には見えない。
精霊の愛し子と聞いて、士道は眉をピクリと動かす。
「そうか……そんなに凄えのか」
「どうやら他人に力を与えることもできるようだけど、そちらの真偽は不明。本人はか弱そうだから、自身の力は上げられないと見た」
「なるほどな…それならいくらでも攫う方法はある、か?」
竜子の予想は間違っている。火山に落ちても這い出てきてしまう幼女なのだ。だが、出会ったときは守られていたので、見事に勘違いをしてしまっていた。なにしろ、皆がネムを守ろうとする陣形なのだから。
幼女は弱いのは確定。きっと精霊力を持つために、その代わりに魔力を持てなかったのだと、二人は押し黙る。あくどい考えを持つふたり。真実を知らないとは、時に残酷である。
「そうか……精霊の愛し子は手元に置くだけで、天下を取れそうだ。そう思わないか?」
危険な光を目に宿す士道はニヤニヤと竜子へと言うが、竜子は眉をピクリと動かすのみ。馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らす。
「……天下を取りたいんだったら取れば良い。竜子はそんな物に興味はない。知識と力が手に入ればそれで良い」
「それが真実なら、俺と組むことはしないで片田舎で燻っているはずなんだけどなぁ?」
試すような視線にも竜子は動じず、冷ややかな目で返すのみ。それを見て飽きたのか、士道は顎をさすりながら呟くように言う。
「実験にはどでかい水晶と力が必要、か? しかしダンジョンコアででっかいやつなんぞ、厳重に国宝として護られていたりするからな。そう簡単には手を出せねぇ」
「……わかってる。だからといって、砕けた水晶を使っても今回と同じ結果になるだけ。しかも竜子は顔が割れた。きっと指名手配されているはず」
「指名手配はこちらで揉み消しておく。証拠もないのに、魔法を使えないドワーフを禁忌の儀式魔法を使っていたと指名手配にすると、ドワーフの王国と戦争になってしまうとな。理由なんざいくらでも作れるし、竜王信仰なんざ古臭い宗教だ。今は危険も何もない」
その言葉に竜子はホッと安堵をした。なんやかんや言っても指名手配されると動きにくいのだ。
「そうだな。そういや、アタミにはでかい水晶が一つあったよな? たしかカジノに使われていたやつだ」
「絶対に破壊できない箱の中に入っているとも聞いたことがある」
その噂は竜子も聞いたことがある。だが、不思議な金属の箱に入っており、取り出せないとの噂も聞いていた。しかも内部エネルギーは空であるので、放置されているのだ。
「水晶のエネルギーはなんとか充填する方法を考えれば良い。まずはひとつひとつ物事を解決していくんだ。ゲルマ!」
士道は竜子の言葉に笑い返しながら、パチリと指を鳴らす。と、くるりと壁が回転して着物姿の少女が現れた。
「ゲルマ、ここに」
跪くその腰には刀がさしてある。侍であるとの証拠とでも言えるその空気は毅然として凛とした空気を醸し出している。
「うむ、幻獣使いのゲルマ、よくぞ来た」
幻獣使いだった。侍ではなかった。
「そこは侍と言ってくださいませ、親方様」
「お前、刀の腕はさっぱりだろ」
「侍は刀と魔法を使いこなします。私は魔法と幻獣を使いこなすので、侍と言って良いでしょう」
キリリとした表情で間抜けなことを宣う。
「よし、ゲルマよ。そんなどうでも良いことはいい。何匹か幻獣を連れてアタミの宝箱を少し持ってこい。アラジンの鍵を持っていけ」
「ハハッ! このゲルマ、親方様のご指示どおりに。忍法煙玉!」
ボフンと煙を起こして消えるゲルマ。どうやら、忍法を使う少女の模様。
かなり煙たい煙であったので、士道と竜子はゲホゲホと咳き込んでしまう。
「ゲフンゲフン、あいつ、侍か忍者かハッキリしろ!」
煙を散らすために手を振る士道へと、ため息をついて竜子はツッコむ。
「……士道公爵はろくな部下がいない?」
「あいつの腕はたしかだ。馬鹿だけに戦闘でしか役に立たないがな」
そう、と肩をすくめて竜子は不安に思う。だが、この金持ちの公爵はそこそこ使えるのだ。
「世界を手にするのは竜子。貴族の士道如きには負けない」
小さく微笑み、ゲルマとか言う奴の結果を待つのであった。




