81話 邪教とキグルミ幼女
廊下での戦闘もあっさりと終わった。敵もかなりの腕前で、クリフが苦戦していたが、盾持ちなのでなんとか耐える中で、目の前の敵を倒したイアンが助けに入り、あっさりと倒した。
制圧を終えた一行は一気に部屋へと突入する。約1名は倒れた相手の懐を弄っていたが、誰かは言わなくてもわかると思います。
バタンとドアを開けて突入すると、魔法陣を囲んでいた者たちは、既に杖を構えて待ち構えていた。杖だ。剣ではない。全員魔法使いということだ。
「ちっ! エスター家の奴らか。なぜこの場所を知った?」
「ふん! 人の家に入って好き放題しておいて、気づかぬはずがなかろうが! 儂の家でよくも怪しげな儀式をしてくれたな!」
さっきまでは全然知らなかったビルおじさん。さすがは貴族である。嘘をつくのが上手い。
「だが、精霊の愛し子を連れてきたのは間違いであったな! これを見よ!」
全員で8人いる邪悪なる魔法使いたちが、それぞれ宝石を取り出し、魔力を籠める。黒き力が宝石から生み出されていく。
「ネムッ! 1000万パワーよっ!」
私の頭をガクガクと揺さぶりながら、静香が叫ぶ。静香さん、さっきまで廊下にいなかった?
「この脳筋パーティーは宝石を砕く可能性が高いわっ!」
「ピカーッ!」
たしかに一理あるなと、ネムは手を翳す。幼女のおててが神々しい光を解き放つ。
『白光』
辺りをまるで真昼のように照らして、栄養満点な白き光が黒きオーラで覆われそうな宝石を浄化する。
「な、なにっ?!」
驚愕しながら、手の中にある魔法の宝石がただの宝石になったことにより、狼狽する魔法使いたち。
『グランドスラッシュ』
イアンが破邪の剣を巨大な光の大剣へと闘気を込めることによりその姿を変えて、横薙ぎに振るう。
その軌道にいた魔法使いたちは吹き飛び、壁に叩きつけられる。また剣の腹の部分でイアンは薙払った模様。
残りは3人となって、慌てるように魔法を使い始める。
『中焦熱』
3人全員が絶対命中の魔法を使う。頭の良い戦法だ。絶対命中範囲魔法を連発されるとパーティーは簡単に崩壊する。ダンジョンで雑魚敵が全員使ってくると、ゲームではゲームオーバー確定、勇者よ、死んでしまうとは情けない、なのだ。何回それで死んだゲームがあったことやら。魔法使い全員が同じ魔法を一斉に使ってくるんじゃないよと言いたい。
『耐熱障壁』
だが、ミントお母様がすぐに対抗呪文を唱えると、熱された空気はそのまま霧散していく。
瞬時に対抗呪文を使えるとは、流石はミントお母様と感心しちゃう。私だと湯葉障壁が限界だ。受けてもアチチですむし。
「せやあっ!」
「たぁっ!」
クリフとリーナお姉ちゃんがここぞとばかりに攻めかかる。魔物を前衛にして戦おうとしていたみたいだが、魔物の召喚に失敗した魔法使いに勝ち目はない。
後衛のみのパーティーなどは、序盤のレベル上げでしか通用しないのだよ。
バタバタと倒れて、あっさりと全滅した邪悪なる魔法使いたち。テロテロリーン、イアンたちは邪悪なる魔法使いたちを倒した! 経験値1500、1500ゴールドを手に入れた。邪悪なる魔法使いたちはなんと宝箱を持っていた。しかし、全て静香に奪われてしまった。みたいな感じかな。
「どうやら魔法陣の中にいる者たちは攫われた者たちのようだな」
中心地点にイアンは向かい、倒れていた者たちを見る。薄汚れているが生きていそうで安心している。
ミントお母様がすぐに治癒魔法を使い始めて、魔法使いの宝石は黒髪幼女がガルルと肉を見つけた野良犬みたいに威嚇をしながら集めていた。宝石に手を伸ばすと噛みつかれそうです。
「竜王信仰……霧の出る我が街だからこそ狙ったのか?」
「いえ、お父様。この魔法陣、そして水晶……過去と同じことをしようとしていた形跡がありますわ」
「その辺はこ奴らを尋問すれば良いだろう」
ビルおじさんとサロメさんが難しいお話をしていて、クリフとリーナお姉ちゃんが辺りを警戒しているので、暇となったネムはてこてこと攫われていた人たちへと近寄る。
……なんというか、なんだろうなぁ。
倒れている人たちの中で小柄な少女の近くへと座ってつんつんとつつく。
「あの……ごめんなさいです。天丼はもうお腹いっぱいなんです」
初見ならなぁ。2回目だからね、これ。
つつかれた少女はピクリと身体を震わせる。
「ううん……こ、ここはどこ?」
「ここは進化の粒子研究室。貴女は進化の粒子を復活させようとした悪人です」
目を擦りながら起きようとする少女へとジト目で告げる。あんた、さっきまでは魔法陣の外にいたでしょ。逃げ方が別世界の竜子さんと一緒なんだけど。
「あっ! 本当だわっ! こいつ、私たちの見た世界で霧を生み出していた人だよっ!」
リーナお姉ちゃんが少女に気づいて指差す。
そこには夢野竜子がいた。今までと同じパターンだから、会うんじゃないかなと思っていたけど、お早い再会だったね、竜子さん。
「こんにちは、え〜と、お名前を聞いても良いですか? 私の名前は」
「……ふ〜っ、ネム・ヤーダ伯爵令嬢。精霊の愛し子として世界樹を復活させたことで有名。そしてダンジョンを復活させたことも。竜子の名前は夢野竜子。竜王の現在の巫女」
ため息を吐いて立ち上がりながら、先んじて私の名前を告げてくる竜子さん。その余裕ぶりに違和感を感じてしまう。この余裕の態度。切り札を持っているな?
こんな余裕のある悪人は常に逃げる準備万端なのだ。アニメや映画でもたくさん見たことあるのだ。だから、逃さないよと、注意しておく。
「随分余裕だな、竜王の巫女とやら? そなたを逮捕する。罪状は誘拐に不法侵入、殺人未遂、その他諸々だ」
イアンお父様が鋭い視線で竜子を睨む。その獅子のような恐ろしい目つきにも恐れることもなく、竜子はフッと鼻を鳴らす。
「無駄。私はたまたまこいつらに攫われた。竜王の巫女として。私の竜王信仰は穏やかなやつ。罪は無い」
「む………」
口籠るイアンお父様に、ニヤリと悪そうに笑う竜子。なるほどねぇ、無実をアピールするのね。でも、貴族の屋敷に忍び込んでタダですむと思っているのかなぁ? ここは一応、もしかして、たぶん、ふぁんたじ〜世界だよ? 貴族って偉いんだよ? 無礼打ちできちゃうんだよ? ごめんなさいと幼女なら、ウリュウリュおめめで謝れば許してくれると思うけど。
幼女パワーに絶対の自信を持つアホな幼女は、竜子を見て大丈夫かなぁと心配する。この世界の竜子も悪人なのかなぁ。ロリドワーフは貴重な存在なんだけど。……そういや対極にいる存在ロザリーはどこに行ったのかな? 部屋で寝ているのかなぁ。
「……そうか、貴様、どこかの貴族を後ろ盾にしているなっ? しかも儂よりも高位の爵位の者だっ!」
ビルおじさんが竜子の言葉の意味するところに気づいて額に青筋をたてて怒鳴る。あぁ、そういうことかぁ、なるほどねぇ。それだと手を出しにくいわけだ。ここで斬られない限りは。
ぐぬぬと歯噛みするビルおじさん。どうやらここで殺すことはしない模様。エスター家って、良い人ばかりぽいもんね。茶番とはいえ、攫われた面子の中にいたしなぁ、どこの世界でも、竜子は相変わらず狡賢いのね。
「ハッタリよ」
でも、もっと狡賢い人がいたよね。黒髪の幼女さん。
「嘘よ。本当に貴族の後ろ盾があるなら黙って捕まったあとに手を回して解放されるのを待てば良いわ。でも貴族の後ろ盾が本当にあるのに、わざわざそれを仄めかす。その貴族は邪教の後ろ盾だと噂されて、エスター家に貸しを作ることになるわ。そんなことあり得ないと思わない?」
ふふっ、と妖しげな笑みで黒髪の幼女はおててに宝石を握りつつ、教えてくれる。おままごとに見える不思議。これも幼女パワーだね。
私も探偵役をやりたいと、ぽてぽてと静香の隣に移動して、ムフンと胸を張るアホな幼女もいたりした。
「ズバリ、貴女は嘘をついているでしょう!」
静香の功績に乗っかって、○男君みたいなセリフを叫ぶ幼女でもあった。あんまり話すとアホだとばれるのでそろそろ口を閉じていた方が良いと思います。
「そうか! たしかに精霊殿の言うとおり! 魑魅魍魎が住まう貴族社会で侯爵家に借りを作る馬鹿な高位貴族もいるまい。貴様、私が勘違いするようにわざと含みを持たせたな?」
「………仕方ない。こう言うとほとんどの貴族は動揺して、竜子を逃がすんだけど、こうなったら仕方ない。本当に仕方ない」
ハッタリだとばれても、動揺もせずにため息をつく竜子。ネムを興味深い目つきで見て、ニヤリと口元を歪める。
「精霊の愛し子が悪魔などに絶大な力を持っていることがわかった。半端に召喚できた竜王の破片も貴女が消した。違う?」
「そのとおりよっ! ネムは凄いんだから! 私の力も上げてくれたんだからねっ!」
リーナお姉ちゃんが自慢げにふんふんと鼻息荒く答えてくれた。クリフが横でアチャーと顔を手で覆っていたりもする。うん、二人の態度でそれが真実だとわかるね。家族だから気にしないよ。アチャーの態度はリーナお姉ちゃんの話の裏付けになっちゃってるよ、クリフお兄ちゃん?
情報駄々漏れ、個人情報保護法が欲しいよと、ネムはがっかりするが、竜子はもちろん目を輝かせた。
「それこそ、文献にあった精霊の力! 精霊の愛し子は精霊の力を精霊界から持ち出すことができると書いてあった! やはり祖先の書いた文献は正しかった!」
マジか。そんなん残ってたの? ……そうか、研究所の人たちは竜子から情報を取ることを優先して、司法取引に乗ったな? 迂闊だった。いや、この場合は別世界の話だから、この世界線では逃げることができたんかな?
「……ふふふ。進化を追求するこの夢野竜子の考えは正しかった! きっと竜王も復活できて、世界を支配することも可能!」
両手を翳して、狂ったように高笑いをする竜子。この展開はまずいと思います。
「そなたはここでお終いだ! 縛につけ!」
御用だ御用だと、ネムもうんうんとイアンの言葉に同意する。御用だって、江戸時代の岡っ引きがよく口にしているけど、実際はどういう意味なんだろうと斜め上に思考を現実逃避して。
「これにて、竜子はさようなら。またいつか会うときもあると思う! 蜘蛛の糸よ!」
新たに懐から白い糸を取り出して宙に放る竜子。白い糸はピカリと一瞬光ると、竜子の姿をかき消す。
「しまった! あやつ、ダンジョン脱出用の魔法具を持っていたか!」
ビルおじさんたちが、姿を消した竜子に慌てているが……うん、わかってたよ。予想できていたよ。
「ジョブを大魔王にしておくべきでしたね」
「なかなか大きなスポンサーが後ろには存在するみたいよ」
肩をすくめて、宝石を空に浮かべると消していく、いや、たぶん保管している静香。
「パラソルだって、負けないですよ。資本力で負けても、パワーと人材はパラソルの方が上です」
今度会ったら、絶対に捕まえてやると、テンプレな逃げ方をしてくれた竜子にため息をつくキグルミ幼女であった。




