80話 名探偵な従姉妹とキグルミ幼女
サロメはぽよよんと胸を揺らして、自分たちが何をしていたのか、どこに行っていたのかを、簡潔に告げた。それを聞いて、イアンたちは驚きを示す。
「過去に行っていたと?」
「はい。あれは実際に過去にあった話ではないかと思うのです。恐らくは何某かの力が働いて、警告の意味で幻覚とも言える過去の世界に行っていたと思いますわ」
ちらりと意味ありげにネムを見てくるサロメ。何某かの力が精霊の愛し子が関係していると考えているのは明らかだ。
ナンダッテーと、ネムも口を開けて驚いちゃう。どして過去? ナシテ過去?
「とりあえずは屋敷に戻りましょう?」
「いえ、ミントおば様。それよりも行かないといけない場所があります。しかも早急に」
キリリとした真剣な顔つきでサロメは周りを見渡して、意味ありげに頷く。
「過去の世界で手に入れた情報。なぜ霧が生まれたのか、そこに行けばわかります。ご案内しますわ」
そうして、サロメが案内したのは、霧の世界にあった非常用通路の蓋であった。地面に隠れていたが、少し探すと簡単に見つかった。今まで見つからなかったのが不思議なぐらいに。
皆が驚く中でサロメは蓋を開いて地下へと降りる。どれぐらいの時が経過したのか、梯子は錆びついており、簡単に壊れそうだ。それとネムは面倒くさいので、落ちたら駄目かなとか思っていたりしたが、なんとか我慢した。良い子なので、我慢できるのだ。数百メートルはある縦穴をダイブしたら、両親は悲鳴をあげるだろうし。なので、イアンの背中におぶさりました。どちらにしても楽を選ぶおっさん幼女である。
地下は真っ暗であり、持続光で灯りを灯す。ボロボロな通路が目に入る……が。
「ぬ? これは変だな。足跡があるぞ?」
イアンが照らされた床を見て、顔を顰める。
埃が積もるどころか、堆積して新たなる床を形成してある中で、ベロリと埃が剥がれており、複数の足跡が残っていた。
「慎重に参りましょう。きっと何者かがいるのですわ」
「うむ。陣形を作れ。ネムはミントの側にいて離れるでないぞ」
山賊みたいなおっさんは破邪の剣を抜いて、前に立つ。ミント母様とビルおじさんは後ろに、イアンの横にサロメとクリフがついて、リーナお姉ちゃんがこちらを向く。うん、何を求めているのかわかります。
「もう力はないんです。また精霊界に行かないと無理です」
「そんなに美味しい話はないということね」
がっかりとするリーナお姉ちゃんだけど、ドーピングは良くないよ、ドーピングは。リーナお姉ちゃんの成長を妨げちゃう。
「良いわっ。少しだけコツがわかったから。はァァァ」
力を込めて瞬時に赤いオーラを身体から生み出すリーナお姉ちゃん。なんだか凄い力を感じます。
「ぬ? ひっとぽいんとを使えるようになったのか、リーナよ?」
「はい、父様! ネムがコツを教えてくれたの!」
元気にイアンへ答えるリーナお姉ちゃんだが、戦闘センスありすぎだろ。神に一度なったら、元に戻ってもその力を使えるようになったとか、そんな感じ? 次は髪の毛青くならないよね?
リーナお姉ちゃんの成長を妨げちゃうどころか、大幅にパワーアップさせたようなのでドン引きする幼女である。
サロメはリーナお姉ちゃんのような戦闘民族でなかったようで、多少闘気が高まっただけらしい。ホッとしました。
通路は霧の世界の通路そのままであり、案内板も壁にかけられている。何もかも一緒だ。
だが、違うところがあった。それは何かというと……前方から人間の足音が聞こえてきたのだ。
「くそっ! なぜバレたんだ!」
黒いローブを着込む人たちが5人。剣を構えて迫ってくる。どう見て怪しい人たちだ。
「貴様ら、我が屋敷内で何をしているっ!」
ビルおじさんが裂帛の咆哮をあげる。が、敵は怯まなかった。
「ちょうどよい! 精霊の愛し子もいるぞ! 他は殺して、確保せよ!」
「汝らを敵と判断したぞっ!」
イアンがそのセリフに怒り、顔を般若のように変える。ネムが狙いだとわかり、家族を殺すと言われて憤怒して、床をガンと蹴る。
突風を纏わせてイアンは一気に間合いを詰める。20メートルはまだ間合いがあったにもかかわらず、その距離を瞬時にゼロにされて黒いローブを着込んだ者たちはワタワタと動揺し、慌てて身構える。
『サークルブレード』
円を描くようにイアンは武技を使う。チャキリと剣身を横に倒し不殺の構えとして、剣を振るう。イアンの腕が霞み、光のサークルが敵の身体を通り抜けるように過ぎ去っていく。
「ガハッ」
「グフ」
「ゴガ」
5人のうちの3人が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
ガキン
が、驚くことにイアンの武技を残りの二人は剣を構えて受け止めた。
『ディフレクト』
剣を盾に武技を発動させて。完全には受け止めることができなかったのか、押し負けて大きく後ろに下がってはいたが。
「む? こ奴ら?」
一撃で倒す予定であったイアンは眉を顰めて、剣を引き戻す。自分の攻撃を防げる程度には腕をもっていると理解したのだ。
「ちっ、お前! すぐに研究室へ行き侵入者が現れたと報告しろっ! 俺はこいつ等を足止めする! 来たれ我が悪魔『オルトロス』」
懐からポイッと煌めく大粒のトパーズを取り出すと、相手は宙へと放る。宙に浮いた宝石はその周囲に黒いオーラを生み出して、肉へと毛皮へと変えて、人よりも巨大な黒い魔犬へと姿を変える。
「オルトロス、奴らの動きを止めよっ!」
『電磁放射砲』
ワォォンと吠えようと、大きく口を開けたオルトロスの口に莫大な熱量を持つ雷光が貫いてあっさりとその身体を焼き尽くす。
「はあっ!」
消滅してトパーズへと戻るオルトロスを前のめりにズササッとスライディングをした黒髪幼女が叫びながら床を擦らせて、地面に落ちる前に、そのちっこいおててにトパーズを受け止める。勢いは止まらずに、壁に激突しちゃって、ゴインと痛そうな音もした。
「へ?」
召喚した瞬間に倒されてしまったオルトロスを見て、ポカンと口を開けて呆然とする男。奥に駆けてゆこうとした男も、同じように呆然として足を止めてしまった。
「むんっ!」
「てやっ!」
その隙を逃さずに、イアンと飛び込んできたリーナお姉ちゃんが剣をその腹に叩き込む。
ぐふっと、呻き声をあげて男たちは崩れ落ちる。
オルトロス、中ボスみたいな悪魔なのに、一撃で終了した模様。
「やったわ! これ本物のトパーズよ! 他に持っていないかしら?」
電磁投射砲を使い強敵を倒した正義を愛する宝石幼女は、敵の正体を探るべくその懐をゴソゴソとまさぐる。正義を愛する幼女なので悪人は許さないのだ。そういうことにしておこう。壁にぶつかった痛みはない様子。結構痛そうな音がしたんだけれども。
「ちっ! 他は何もないわ。宝石以外はこれだけね」
小さい本と財布、あとは薬草などが入っている小袋。ペイペイと手際よくそれらを取り出して、床へと放る。この幼女は昔は何だったかのか? 盗賊かな?
「静香さんは宝石を司る精霊なので、宝石には目がないんです」
一応ネムはフォローした。やる気のなさそうな声音だけど。トパーズを光球に近づけて、その輝きにウットリとしていたりする静香をジト目で見ながら。
「ふむ……この本は禁書だな。竜王信仰だ。かつて世界を滅ぼそうとした魔物、夢の世界に住む幻獣だと言われている」
ビルおじさんが、捨てられた本を拾い上げて、パラパラとページを捲りながら、難しい表情となる。
夢の世界の竜王。ヘー。王子様は2つに分離して夢の世界に封じられているのかな?
「かつて、この世界を霧で覆い尽くし、夢の世界を現実にしようとしたらしい」
色々とツッコミたいです。幼女はムズムズと口元をさせちゃう。なんだ、その設定? 夢野竜子さん……。長い期間が経過するとこんなことになるわけ?
「聞いたことがあります。竜王の加護を受けると人間を超えた力を手に入れることができるとか。大昔にドワーフを作って世界を支配しようとしたとの伝承もありますね。有名な話でドワーフにその話をすると怒りだします。白き神に我らは創られたのだと」
ミントお母様が話を補足してくれる。ヘーヘー。
「その時代と思わしき世界を私たちは見てきましたの。先に急ぎましょう、お父様」
本を見ているビルおじさんにサロメは声をかけて、先に進むことにする。
埃に塗れた通路をてこてこと、一行は移動する。
「恐らくは今起こっていることを教えるために過去の幻想へと私たちは移動しました。そこには邪悪なる魔法使いがおりました。進化を目指す魔法使い。そして、それを倒した謎の男ハンス……」
名探偵サロメは通路を歩きながら説明を続ける。
「きっと警告だったのですわ。ハンスという男がいなければ、きっと世界は霧に覆われていたか……世界が滅ばなくても、甚大な被害を与えて文明はなくなったのです。現に昔の世界は信じられないほど文明が進んでいました」
「なるほど、話がわかってきました。精霊の警告と言ったところですか」
うんうんとクリフ兄さんがもっともらしく頷くが……う〜ん、辻褄が微妙にあっているのが厭らしいな。この世界の人間なら信じちゃうかも。
「竜王信仰の始まりを見てきたというのか? ふむ……。にわかには信じがたいが、あの者たちを見ると信じざるを得まいか……」
第三研究室まで一直線に進んだ一行。と、そこには数人の先ほどと同じ格好をした者たちが剣を構えて待ち構えていた。やる気十分の殺気を見せている。
「残らず捕獲をするぞ!」
「はいっ!」
イアンの掛け声と共に一行は黒いローブ姿の男たちとぶつかり合う。相手も腕は良いようで、その剣は鋭く速い。カキンコキンと金属の打ち合う音が通路に響き、魔法を放ち合う。
『火球』
『風波』
相手が炎の火球を打ち出すと、ミントお母様が風の魔法を放ち、打ち消す。
イアンが、敵の剣を弾き飛ばし、返す刀で胴体へと叩き込む。クリフが堅実に盾で敵の攻撃を防きながら、攻撃を繰り出していき、リーナお姉ちゃんが緩急を使いこなし、ゆっくりと近づき、敵がそれに合わせて剣を振るおうとすると、加速してすり抜けながら双剣での連撃を叩き込む。
サロメは円月輪を投擲して軽やかに舞うように敵を翻弄しつつ倒していき、ビルおじさんは
『石化』
情け容赦なく敵を石化していた。治せば良いんだろうけど、容赦がなさすぎます。
静香は魔物を作り出さないかしらと、ワクワクと待ち構えており、ネムはこっそりと部屋の中を覗く。ゲームならばやってはいけないことをする幼女である。おっさんの時のゲームへの対応がわかるというものだ。
部屋の中では水晶が設置されていた場所に砕かれた水晶が散らばり、大きな魔法陣が描かれており、その中心に何人もの人間たちが倒れている。その周りにいかにも怪しげな儀式をしていますといった感じの黒いローブの者たちが詠唱をしている。黒いオーラがチビッと出現していたが、それ以上は何も起こることはない。
「………むぅ、さっきまでは進化の粒子を生み出せていたのに、なぜ消えた? おかしい」
黒いローブの人たちの中で、小さな体躯の者が悩んでいるなにやら聞き覚えのある声だねと、見ないふりをして元に戻るのであった。
ほら、家族の楽しいイベントを台無しにはできないよね?




