79話 バカンスは霧の中で
ハンスちゃんは水晶の中の竜子を睨む。と、竜子は既に顔を背けて気絶していた。
そう来るのねと、呆れながら砂の塊からキグルミネムちゃんを取り出す。取り出すように見せかけて、作り出したんだけどね。
そうしてイラにアイコンタクトをすると、パパッとコックピットで入れ替わり、可愛らしいキグルミネムちゃんとおっさんが取り憑いているネムちゃんが交代する。その間、コンマの速さである。
と言いたいところだが、んしょんしょとコックピットから出てきた幼女は足を引っ掛けてコロリンと飛び出ちゃったので、慌ててイラが操作するハンスちゃんが周りを光らせて誤魔化しました。
そのまま光り続けてハンスちゃんは溶けるように消えていったので、ナイスである。イラは影に戻ってきたし、ハンスちゃんは操作はネム以外だと、操作性がブリキロボット並みになるのでちょうどよい。それに常に動き続けるキグルミはエネルギー消費が激しいので、ネムが離れるとすぐに消滅しちゃうのだ。
静香だけは珍しく、気絶している竜子を助けに水晶をペタペタ触っていた。そうして、何度か叩くと、ピシリとヒビが入り砕け散る。
「とりあえず助けないとね。この娘は結局産業スパイだったのかしら? あら、服に宝石を縫いつけてあるのね。このままじゃ、寛げないわ。取っておきましょう」
鼻が効く静香は遠慮なく服に縫いつけてあった宝石を奪っていく。さっき盗らなかったのは善人の可能性があったからだろう。
ネムはてこてこと湯婆障壁の前に近づくと手を翳す。純白の障壁はしわしわと消えていき、リーナが飛び出して、またもやネムはぎゅうぎゅうと抱きしめられちゃう。
「良かった、ネム。無事だったのね!」
ポロポロと涙を流すリーナお姉ちゃんに、ネムもじ〜んと感動して抱きしめ返す。
「大丈夫です。世の中は4つに分裂してもなんともない感じで復活できる人もいるので、私も当然大丈夫です」
比べる対象が違うと思うが、なんとなくな空気に当てられて、リーナお姉ちゃんは良かった良かったと、ますますぎゅうぎゅうと抱きしめてくれて、サロメも涙を拭きながら、暖かい目でその光景を見ていた。
その近くでは黒髪幼女がロリドワーフの服をピリピリ破く絵面最悪のシーンです。呆れていると、竜子がうう〜んとうめき声をあげて目を覚ます。
「……ここはいったい? 竜子はたしか……悪魔を作る実験をしていたら、突然発生した黒い靄に覆われて……ここはどこ?」
「言わなくてもわかるでしょう? さ、衛兵の元へ連れて行ってあげるわ」
頭を振って、苦しそうに呻く竜子へとサロメが険しい目つきで近づき、リーナお姉ちゃんが許さないとばかりに双剣を構える。
が、二人を戸惑った様子で竜子は見てきて、口を開く。
「……貴女たちは誰? ここは……まさか研究所? なぜこんなに荒れ果てている?」
「そういうのいらないわ。罪はしっかりと償うのね、竜子さん?」
奪い取った宝石を手の中に握る宝石幼女。自分の姿は省みない模様。
「? 竜子は何がなにや」
「殺して欲しいなら言ってくださいませ。すぐに殺してあげますわ」
首にビッタリと円月輪を突きつけられて、竜子は青褪めて黙りこくる。
「というか、取り憑かれていたから悪くないとか、記憶喪失のフリをしても無駄です、竜子さん」
ネムはマスコットのようにリーナお姉ちゃんに抱きかかえられながら、竜子へと教えてあげる。無駄な抵抗だよと。
「……な、なんで? 竜子は記憶喪失かも知れない!」
「お忘れですか? 私の進化の粒子とやらをたっぷりと竜子さんは浴びたはずです。取り憑かれていたら、あの時に元に戻っていないとおかしいです。それに……」
「それに?」
「テンプレすぎます。そういう展開を竜子さんは好きそうですが、この世界は現実なので、そんな都合の良い展開はないんです」
都合よく神のような力を手にしている幼女も自身を省みることはせずに、ニッコリと微笑み、竜子はがっくりと項垂れるのであった。
「さて、と」
地上まで出てから、そこらにあったロープでぐるぐる巻きにした竜子をポイ捨てして、ネムはう〜と背伸びをした。背伸びする幼女の姿は可愛らしい。
「……待って? ねぇ、待ってくれない? 竜子は憤怒を司る悪魔ミルドに取り憑かれていた。間違いない。ここにポイ捨てしていかないで?」
「大丈夫よっ! 木にぶら下げておくからっ!」
ちょうどよい木の枝があったわと、リーナお姉ちゃんがロープを持って、枝に引っかけようとして、竜子は泣きながら助けを求めるが自業自得である。
「大丈夫です。この周囲には私のパワーを撒き散らしますから。ここを中心に撒けば、たぶん全ての失敗粒子はなくなるはずです」
「ふふっ、ついでに、私が今回の元凶ですと書いた紙を、貴女の額につけてあげるわ」
静香が悪戯そうに、木にぶら下げられようとする竜子の額に御札みたいに紙を貼る。
「待って? これを見た人間はきっと私をリンチにする! 罪悪感が生まれない? きっと私は貴女たちを呪う」
「あら、それじゃあ、その時はネムに浄化してもらうから安心してね」
ぶらーんとミノムシへと変身した竜子は、ぶんぶんと身体を揺らすが無駄である。そんな竜子へと、てこてことネムは近づき、ちょんと身体をつつく。その瞬間、竜子の身体から純白の粒子が飛び出ていった。
「強靭な肉体に器用な体。良かったですね? 魔法は使えなくなりましたけど。それが貴女の望んだ姿となりますです」
「な、何を言って?」
「後から魔法を使って逃げようとしたです? そんな貴女の身体に浸透した私の力をさらさらエネルギーへと変換しました。これからは単純な身体強化や、ひっとぽいんと、武技は使えるでしょうが、魔法構成はエネルギーがさらさらすぎて伝えることができないようにしたです」
間抜けなフリをしても無駄なのだ。真剣に行動している私からは逃れられない。間抜けなフリをして、後から魔法で逃げようなんて、百も承知なのだよ、ワトソン君。
その言葉に、恐怖で今度こそ竜子は慌てて暴れる。先程よりも激しく抜け出そうと。記憶喪失から、間抜けなドワーフまで、さすがはスパイ。演技ご苦労さま。
いつもと違う明晰なる知力を発動させて、ネムは両手を天にかざしてモニョモニョパワーを発動させる。
『湯豆腐』
もはや意味がわからない技だろと世界の理がツッコミを入れそうな技。湯豆腐は湯気がモクモク出るんだよと、辺り一面を霧で覆い尽くす。一寸先は湯豆腐の水蒸気となって、まったく視界が通らなくなっていき、ネムはこっそりと消えていく竜子へと、危険な光をおめめに宿して言っておく。
「リーナお姉ちゃんたちが無事だから良かったですが……。無事でなければ、貴女はきっと酷いことになっていたでしょうね」
家族を傷つけられたら、おっさんは激怒するのだよ。優しい家族を大事に思っているのでね。
その冷酷な光に、ゾッとして身体をガタガタ竜子が震わせる中で、ネムは指輪の力を発動させるのであった。
「あれ? 元の家に戻ってるわっ!」
リーナお姉ちゃんが、素っ頓狂な声音で辺りを見て叫ぶ。霧が消えたあとは、不思議なことにエスター家の屋敷の前、お庭兼森林であった。
「本当です! リーナお姉ちゃん、戻れたみたいですよ」
驚いちゃったと、タコ踊りをクネクネ披露しちゃう幼女。幼女って、喜ぶとこんな感じの踊りをするよねと、演技がバッチリな中の人である。そんな姿も幼女なら愛らしいのだ。おっさんの場合は病院に連れて行かれるだろうことは間違いない。
キョロキョロと剪定された美しいお庭と言う名のだだっ広い森林を進む。遠くにお屋敷が見えるので、てこてこと短い足を動かしてネムはリーナお姉ちゃんたちと共に進む。
霧はすっかり晴れており、空は青空、森林の心地よい風が頬を撫でて、緑の薫りに癒やされる。森林浴って、良いねと、ニコニコと幼女スマイルでリーナお姉ちゃんとおててを繋ぎ進む。
仲良し姉妹なのだ。天空を駆けてゆく稲光とか知らんから。暴風が可視化できるほどの強さで逆巻いているなんて見えないから。
「あっ! 父様たちよ!」
たしかにお父様たちであった。
「山羊と戯れていますです」
ネムもリーナお姉ちゃんの喜ぶ声を聞きながら、辺りに倒れ伏している消えていく山羊さんの群れをスルーしながら、ちょこちょこ走る。
『超究極破邪剣』
ド派手に光って、分身を出すエフェクトをイアンが出して、目の前の黄金の山羊に高速の斬撃を繰り出していた。雲かな、主人公枠の雲さんかな? 山羊さんを虐めたらいけないと思います。
「オノレ……イマイッポデシンカデキタモノヲ……」
人語のような鳴き声をする珍しい山羊さんはメエェと鳴いて、傷だらけの身体を砂のように崩壊させて消えてゆくのであった。なんだろう、さすがは異世界の山羊さん。体長5メートル程の大きさを持つんだね。
「悪魔王キングバフォメットよ、何かわからんが、とりあえず滅びよ」
髭もじゃのおっさんは今日は大漁だったぜと、収穫があって喜ぶ山賊の親分のようににやりと笑い、光り輝く破邪の剣を鞘に収める。うん、悪魔王をとりあえずで倒さないで欲しい。どんだけ強いのお父様? それと悪魔王とキングバフォメット、王の部分が重なっているよ?
モヒカンの戦士より、主人公が似合わない親だなと思いながらぽてぽて近づく。ミント母様やクリフ、ビルおじさんも無事そうでピンピンしている。うちの家系は修羅なの? それとも野菜人と地球人のハーフ?
「父様っ! ただいまっ!」
「お母様、ただいまです」
姉妹は笑顔で駆け寄って抱きつき、ニパッと喜びの笑顔を見せる。どちらがどっちの親に抱きついたかは、別に気にしなくても良いだろう。
「おおっ! リーナにネム! それにサロメ嬢も静香殿も無事で何よりだ! どこに行っていたのだ? 心配していたのだぞ」
イアンの問いかけに、なんて答えようか迷ってしまう。黒竜ちゃんと散歩に出かけてましたで通るかな?
う〜んと、どうやって言い訳をしようかと、言い訳をしない方が良いだろうかとネムは迷ってしまう。と予想外の人が答えてくれた。
「イアン叔父様。お父様、どうやら私たちは過去の幻影を見せられていたらしいですわ」
真剣な表情で言うのはサロメであった。
過去? どういうこっちゃと、幼女はコテンと首を傾げて不思議に思うが、とりあえず話は聞こうかなと、名探偵サロメを見つめるのであった。




