78話 竜子王と戦うキグルミ幼女
ハンスちゃんのコックピット内で、ネムはふむぅと竜子王を見ていた。艷やかな漆黒の竜鱗がキラリと光り、その身体は20メートル程の大きさだ。黄金の爬虫類の瞳が睥睨してきて、切れ味良さそうな大剣のような爪を持ち、首を伸ばして牙を剥き出しにし、四肢を地につけて威容を見せてきていた。
「我は夢野竜子王。偉大なる完全生命体! この世界の支配者なり!」
ワハハハと厨二病患者竜子、あっさりと力に呑み込まれて、ドシンドシンと得意げに足をうるさく踏み鳴らす。
「世界を半分渡そうと言ってこないのか?」
ギャオンと宣言する竜子に、ハンスちゃんはゲラゲラと馬鹿にしたように笑う。
「意志薄弱すぎますね。簡単に力に呑み込まれるなんて情けないです」
「主様はキグルミに呑まれていますけど」
「イラ、座布団一枚あげます」
コックピット内でネムの周りをパタパタ飛ぶちっこいコウモリモードのイラへと、なかなかうまい返しだよとクスリと笑う。
「でも、たんなるエネルギーだと危険なことはわかりました。暗黒パワーと共鳴すると、あんなになるんですね」
「主様の実験は成功でしたね〜」
水晶に落ちたネム。その正体はイラが操るネム製のキグルミだった。なんで狙われるのか、というか豆腐を食べたいんだろうなと、力を込めたキグルミをわざと竜子の前に向かわせたのだ。
ネムは通路の角に黒胡麻豆腐モードで隠れていました。意外と気づかれないもんなんだね。
ワクワクとどうなるか眺めていたら、ゲームのラスボスみたいな竜子が水晶にキグルミを取り込ませたのだ。う〜ん、吸収されるのは予想外だ。吸収されるように美味しい豆腐を意識したからかな? たしかに水晶にエネルギー充填できるからおかしい話ではないんだけど。
まさか闇のエネルギーっぽいのと融合するのは予想外です。
なんにせよ、超パワーアップした様子。それなら本来のモニョモニョエネルギーとしてならどうかな?
「ハンスちゃん、ROS起動!」
真剣に倒すかなと静香にお願いをして、真の力を解放するネム。
「主様、静香は外にいますよ?」
解放できなかった。やばいです、忘れていたよ。
「……ミルドをからかうとは良い度胸。死ねっ!」
口内に灼熱の塊を集める竜子に、ネムはやばいとリーナお姉ちゃんたちへと手を翳す。
『湯葉障壁』
湯葉は豆腐の仲間だと思いますと、二人を純白のバリアで覆う。もはや、豆腐パワーを操ることに慣れてきたネム。あらゆる攻撃をシャットダウンできるバリアを作り出した。
『竜子王息吹』
またもやミルドに戻った様子の竜子は魔法を構成して、灼熱の炎を吐き出した。ゴウッと真っ赤に輝く炎がハンスちゃんを呑み込み、辺りを溶かしていく。ドロドロと机も椅子も溶けていき、合金製の床も壁も熱せられる。
『寒波』
燃え尽きるかと思われたハンスちゃんは、その手のひらから光り輝く雪の結晶を生み出して横に腕を振るう。雪の結晶は炎に触れるや消火して、赤熱する部屋内の温度も下げていく。水蒸気が相殺されたことにより発生し、辺り一面を霧のように覆う。
「ふんっ!」
ドカンと足元を爆発させて、合金製の床を大きくへこませて、ハンスちゃんは竜子へと迫る。
「……見えている!」
竜子は水蒸気の霧の中から現れたハンスちゃんに動揺することなく、左右の爪を風を切るかのような速さで繰り出す。爪の通った跡に風が逆巻く中で、ハンスちゃんはニヤリと笑う。
「力比べといこうか!」
ハンマーを振り、竜子の左前脚へと合わせるようにぶつける。ガチンと金属のような音を立ててお互いが跳ねる。その反動を利用して、器用にハンスちゃんは身体を回転させて、右からの振り下ろしにもハンマーを合わせた。
そうして突進の勢いが止まってしまったために、床に降りると後ろへと下がり間合いをとる。
互角の戦いに見えた攻防であったのだが……。
「グギャァ」
両方の前脚を竜子は粉砕されていた。爪は砕け指はあらぬ方向に曲がり、その手のひらはグシャグシャだ。
「力比べは俺の勝ちかい?」
「……ヌググ……あり得ない力。だが問題ない! これを見よ!」
苦悶の声をあげた竜子は砕けた前脚を見せるように掲げてくる。と、その前脚に黒い血管のような筋肉繊維が現れて覆い尽くす。覆い尽くされた前脚は棘の付いたさらに凶悪そうな爪を持つ物へと修復された。
「さらにっ!」
竜子が力を籠めると、前脚の付け根から新たなる腕が生み出されて、みるみるうちに2本の前脚へと変化した。
「見たかっ! これぞ進化の粒子の真骨頂。やられても、より強靭に進化して修復されるのだ」
なるほどねぇと、ハンスちゃんは面白そうに見つめながらハンマーを持つ手に力を籠める。
「たしか10ターン以内に倒せば良かったんだよな? いいぜ、あと7ターンってところか。チャレンジしてやるよ」
「意味のわからぬ減らず口を!」
今度は4本となった前脚を激しく振るい、竜子はハンスちゃんに襲いかかる。
「どこまで進化するのか見てやるよ!」
ハンスちゃんも、ハンマーを片手に持ち、その場をかき消えるように移動して対抗する。
ガシンガシンと前脚が金属音をたてて、先程と同じように粉砕されるが、よりしなやかに、より硬く、より筋肉を高めて竜子はハンスちゃんと激しく打ち合うのであった。
コックピット内でネムは真剣な表情でハンスちゃんを操作していた。もはや常人どころか、達人すらも見失うだろう速度でハンスちゃんを行動させて竜子と戦っている。
「まだまだ進化するとは凄いです。どこまで進化するんですかね?」
力任せにハンマーを振るい、お互いの攻撃がぶつかり合い、衝撃波が生み出されるまでに戦況はなっている。
ていていと、レバーに力を注ぎ込み、相手の前脚をまたもや破壊するネム。真剣すぎて言葉を忘れる、ゲーム実況者は無理だろう幼女。
「主様、気づいたことがあります!」
「はい、イラ」
コウモリがパタパタと羽を震わすので、発言を許可する。
「竜子は頭が進化していない可能性があります!」
「進化していますよ?」
ちょうど口を開き、燃え盛る炎を撃とうとしていた竜子をハンマーで顎をかちあげて吹き飛ばす。すぐに頭はより凶悪な刺々しい姿へと変えて復活し、噛みつこうとしてきたので、その牙を手で受け止めてへし折り、蹴りを繰り出しのけぞらせる。
「いえ、知力的なものです。武術的な進化は遂げていないですよね〜?」
頭は頭でも知力の方なのね、幼女は納得するが、そりゃそうだ。
「進化って、頭が良くなることはないと思うよ? 普通は身体的な強化になるです。最終的にアメーバーになった映画もありました」
武術的な物は長い間の研鑽で磨かれるもので、決して進化で手に入るものではない。
「愛を手に入れた悪魔が獣となったように、新たなる進化は必ずしも知性を持たせる訳では……そうか、なぜ竜子は自我を保っているんですかね?」
もはや、元の竜の形は留めていない。度重なるハンスちゃんのパワーアタックで肉体を破壊されていったために、脚は8本、頭も8本、鱗は棘だらけになっており、尻尾も3本となっていた。ヤマタノオロチのようだ。
しかし、獣のように竜子は攻撃をひたすらしてこない。やられたら悔しがり、罵ってきながら連携を取るように、ブレスや噛みつきを含めて攻撃をしてくるので、自我はあるとわかる。
「あれではないですか? 自分が変身したらどうなるかわからないから隔離してあるんじゃないですかね〜?」
「そうですね。お金を求めるマッドサイエンティストにしても、世俗的な人です。きっと化け物になりたくなかったんですよ。融合シーンはブラフ。静香さんも疑問に思っていましたが、あんな融合で、普通なら自分が無事だとは思いませんものね」
イラの言葉にむふふと幼女は微笑んじゃう。それならば話は簡単だ。現実的なマッドサイエンティストを倒せば良いんでしょ。
「そろそろ終わりにしましょう。ハンスちゃん、フルパワー!」
レバーを握るちっこいおててからハンスちゃんにどんどん力を注ぎこむ。オーバー気味のモニョモニョパワーにより、ハンスちゃんは光り輝く。
「いったい何を?」
その光に照らされて、漆黒の竜は動きを鈍くさせて、たたらを踏む。
「その戸惑いこそが、人間すぎるぜ、竜子!」
ハンマーに力を注ぎ、身体と同様に純白の光で包み込む。竜子はその光に強大な力を感じ取り、一気に8本の首を伸ばして、噛みつこうとしてくるが、ハンスちゃんフルパワーモードは普通ではないのだ。変態的なパワーを持つ幼女は元からおかしいです。
『真雷霆』
もっとも基本でもっとも敵にダメージを与えられる武技をネムは放つ。純白の光でハンマーの先端が形成されて巨大化する。長方形のぷるんと美味しそうな純白のハンマーが迫る頭をひと薙ぎで全て吹き飛ばす。
バラバラとなっていく首が復活する前に、ハンスちゃんをネムは突進させて、竜子竜の胴体にハンマーの先端をねじ込む。
『フルインパクト!』
ハンマーの先端についていた絹ごし豆腐がエネルギーを解放する。竜の身体が内部から白い光で爆発し、ぐらりと身体をよろめかせる。
「さて、どこにいるかな、と」
ハンスちゃんはにやりと笑い、ハンマーを竜の体内でかき回して、カツンと反応があったので、手を突っ込む。
そうしてズリズリと引っ張ると、肉塊の触手をコードみたいに付けた小さな水晶が出てきた。中には竜子が慌てているのがよく見える。
「元気そうで何よりです。ていっ」
ポイッとネムは竜子の入った水晶を投げ捨てて、ポッカリと開いた胴体を見る。触手が蠢いており、身体を巡っていそうだ。
「これなら簡単だな。コォォォ。エネルギーをぶちこんでやるぜ!」
ハンスちゃんは嘘っぱちな豆腐法を使い、触手の束を手に取る。
「さようならだ!」
『エネルギー豆乳!』
とっても身体に良いんだよと、オヤジギャグを見せるネムはハンスちゃんを通して、莫大なエネルギーを惜しみなく叩き込む。触手を通して、竜の全てへとエネルギーは伝わっていき、その負荷に耐えられなくなった竜はボロボロと砂のように砕けていくのであった。
強大な敵だったねと、ネムはむふふと微笑む。本当ならばもっとが苦戦していたはず。
「敵の弱点は毒系統を使わなかったことです」
「ゲームの経験があれば変わっていたかもですね主様」
様々なアプローチを浅田機械のようにしてこなかった竜子はハンスちゃんを倒すことはできないのだよと、ハンマーを担がせて勝利をするキグルミ幼女。
「そこらへんの砂溜まりに幼女が埋まっていると思うので助けなきゃです。4つに分解されても生き返ることに疑問を持たれないから、吸収されても生きていておかしくないですよね?」
ネムは自身の偽装のために積もった竜の残骸の中にキグルミネムを作り出し、助ける。
人これをマッチポンプと呼ぶとか、呼ばないとか。




