77話 笑い合うマッドサイエンティストとキグルミ幼女
静寂の中にモニタリングしている端末の音が響き、水晶がどんどん黒く染まっていく中で、ネムと竜子はにこやかに笑い合っている。
一見したら少女と幼女が和気あいあいとしているように見えるかもしれない。だが、彼女らがいる場所が、その雰囲気を裏切っていた。
広々とした部屋であった。サッカーでもできそうな程の広さを持つ実験室。
床には血溜まりが広がり、研究員であろう人々の死体が転がっている。机や椅子は散乱しており、壁には引っ掻き傷がついており、混乱と死の空気を醸し出している。水晶からはジワジワと黒い光が溜まっていっており、肉塊がポコポコと生まれ始めようとしていた。不気味なる世界がここには存在していた。
「………生きていて良かった。ひとり?」
「はい。触手では私の精霊力には敵わないのです。ピカーって浄化できますので。ところで、竜子さんもお一人です?」
竜子の問いかけに、ネムはニコリと笑顔で首を傾げる。途中で何もなかったのかな?
「……うん。強敵が現れたから、ミルドだけ先に来た」
「リーナお姉ちゃんたちが苦戦するほどの敵は残さなかったと思うです?」
第3研究室に繋がる通路は全て封鎖。出会う敵は殲滅してきたのに、まだ残っていた? 少し意外だが大丈夫かな……静香さんがいるから大丈夫か。信用しているからね、静香さん。
「……ネムの浄化の力は凄い。悪魔たちもその力には敵わない。でもこれは防げる?」
懐から竜子は拳銃を取り出して、ネムに向けてニヤリと嗤う。その笑いは悪そうな嗤いで、ろくでもない人間だと思わせるのに充分であった。
「………弾丸避けの魔法。お前は使えない。違うか?」
「竜子さん、ミルドだとは訂正しないんですね?」
竜子は鼻で嗤いながら、倒れている椅子を戻すとそこに座り足を組む。ちっこい身体なので、悪役ぶってもまったく似合わない。外見は中身以上に大事だと思わせます。
「……余裕の態度。撃たれないと思ってる?」
「私の力を求めているのであれば。一つ質問があります。竜子さん、貴女は嘘をついてましたね? 予算打ち切りとか、所長が実験を強行したとか」
冷ややかな視線でネムは竜子を見る。内心では銃は効かないんです、でも、幼女は空気を読める良い子だから、話をあわせてあげると、なぜか上目線でいたりする。真実を知らない可哀相な竜子であるので、その問いかけに面白そうな表情で、銃を振りながら答えてくる。真実を。
「……そりゃ、こんな素晴らしい研究、予算の打ち切りなんかあるわけない。もう悪魔さえ創れるようになった。進化の粒子だってこのままいけば、長い時間はかかるだろうが成功していたかもしれない」
幼女のようなドワーフ少女はクククと嗤うが、やっぱりちっこいので似合わない。学芸会風味です。
「映画版ウィルスハザードな感じですね。竜子さん。貴女、もしかして研究資料を持って逃げようとしていた? 誰がスパイだったかわからないように霧を発生させて。でも逃げるのに間に合わなかった」
「……そう。まさか非常用脱出路が梯子だとは思わなかった! 誰だ、あの通路考えたの! 普通地上まで梯子なんて長すぎてあり得ない! 体力の無い研究員が登りきれるかっ! 死ぬ思いをして地上に出たは良いが、もう粒子に体を汚染されていてね。君に助けてもらって助かった」
そうだと思ったよ。実験を強行して、その様子を最下層で一緒に眺めていたのに、なんで外にいたわけ? おかしいだろ。ゾンビ状態で外に出るには遠すぎる。普通なら研究室内にいて、銃をたくさん手に入れて、もはやゾンビは雑魚状態の主人公にやられるポジションでしょ。
そこでおかしな話だと気づいたんだよ。そもそも所長は第一から第三まで研究室があるのに、予算が打ち切られそうになったから、自身で強行? それに悪魔を作ることには成功しているのなら、予算を打ち切られるわけないでしょ。
そこから導かれる答えは一つ。竜子は嘘をついている。なぜ嘘をついているか? パニック物はだいたいスパイが原因なんだよ。ジェラシックなテーマパークとか、バイオな映画とかさ。
「なぜ逃げないで、研究所に来たんです? 触手も悪魔も操れますね?」
不自然な触手によるネムの誘拐。悪魔の現れ方も途中から変だった。まるで研究室を守るかのように配置されていたし。
ネムの問いかけに、得意げな表情と竜子はなり顔を歪める。
「魔法さ! 君たちが操る方法と力をくれたんだ。構文と進化の粒子の混入した身体! 私はこれでも本業は科学者だ! 思念での構文での命令。簡単に理解できた! 何しろ悪魔たちも、この触手のようななり損ないの肉塊も私は作成に関わっているからね。構成を知っていれば、まったく問題なかったよ!」
ツバを飛ばしながら、興奮して話す竜子はたしかにスパイである前に科学者なのだろう。眠そうな目は見開いており、爛々と輝いている。
「あぁ、そういうことですか。知らざる知識を得たためだったのですね」
私たちが原因………。豆腐パワーが思念伝達を可能にしたのね。でも幼女悪くない。豆腐を悪用するなんて、なんて悪いやつだ。プンスコ幼女は怒るよ。私のせいじゃないからね?
「………だから戻ってきた。完成された力を手にするために! これが完成されれば私は大金持ち! そして最初に不死と強靭な身体を手に入れることができる! ネムの力を使えば余裕」
「マッドサイエンティストです。でも、どうやって私の力を使うつもりだったんですか?」
そこがよくわからない。なにかエネルギー吸収装置あったっけ? 肉塊は浄化させておいたんだけど。
「……そこの水晶。それはエルフがいる城の奥底に眠っていた砕けていた水晶。大枚はたいて会社が手に入れて修復した。ほら、水晶の中を覗いて?」
ふむ、とネムはちっこい手足を振り、ぽてぽてと歩いて水晶の近くに行く。幼女は好奇心が高いのだ。もはや水晶は真っ暗に染まりそうだが……中心になにかがある。
「骨? 人の骨?」
それは人の骨だった。いくつもの骨が中心に浮かんでいるのが見えた。そこから滲み出るように漆黒のパワーが噴き出ている。明らかに邪悪な感じです、ありがとうございます。
「……それは水晶を回収する際に見つけたエルフの骨。太古の骨でね。邪悪な感じがするだろう? 実際に回収した者たちが高熱を出して死んだんだ。調査したところ、太古のエルフではなく、ダークエルフと思われる。そのため、水晶を修復した際に、その骨を入れたところ、進化の粒子を生み出すようになった」
「で?」
「こうする」
竜子は引き金をあっさりと引いた。幼女に向けて躊躇いなく。
パンと軽い乾いた音がして、ネムの肩に銃弾は命中して、鮮血が舞う。
「ほいさっと、やられた〜」
ネムは銃弾を受けて、コロリンとキグルミのように水晶へと落ちて行ってしまうのであった。
リーナたちが第三研究室に入ったのは銃声がするのと同時であった。ネムが銃で撃たれ肩から血を流して、水晶へと落ちてゆくのと同時だった。
「ネムッ!」
吸い込まれるようにネムはキグルミみたいにカクカクとした動きで落ちてゆく。
「貴女はっ!」
円月輪をサロメが怒りの表情で椅子に座る竜子へと放つ。が、水晶から生み出された肉塊の触手が矢のように飛んできて、弾いてしまう。
「……んん、意外と来るのが早かった。バフォメットは簡単に殺られないはずなのに」
ふん、と鼻を鳴らして余裕そうにサロメへと頬杖をついて竜子はニヤリと嗤う。
「早く助けなきゃ!」
ダンと床を蹴り、突風を巻き起こしてリーナが水晶へと駆け寄ろうとする。が、水晶の影からヤギ頭の悪魔たちが現れて行く手を阻む。
「こいつら、こんなに?」
先程と同じタイプの悪魔、バフォメットが今度は5体。メェェェとからかうように啼きながら現れた。
強さが同等とすると、かなり危険な相手だ。もうネムから貰った精霊力も残り少ない。サロメもそれを自覚しているためにその顔つきは険しい。
「………ふふふ。バフォメットが一匹だと思っていた? 切り札は予備をたくさん用意しておくべき。一匹は倒せたみたいだけど、5匹は無理みたい?」
「助けて貰った恩人を罠にかけるなんて、貴女、人間として終わってますわよ?」
余裕を見せる竜子に蔑みの目つきで、サロメが尖った声音で言う。だが、竜子は薄く嗤い肩をすくめて、馬鹿にしたように答える。
「……君たちとは違って、私は命をお金として換算できる。感謝はしている。本当なら化け物として私は生きるところだったのだから。さて、話は以上。完成された進化の粒子を浴びれば、私は不死と強靭な新たな身体を、そして一生使い切れない金を手に入れることができる!」
竜子は端末を素早く叩く。水晶が白と黒の光を放ち混じっていく。そうして、不気味な肉塊が艷やかな漆黒の色となり、陶器のような光沢を見せて竜子に絡みつく。
「……完成された粒子。それを完全に制御できる私。完璧なる生命体の誕生!」
触手に持ち上げられて、水晶へと向かう竜子。歪んだ嗤いと共に次々と生まれる触手に絡みつかれていき、竜子は水晶と共に融合していく。
「ねぇ、私は思うんだけど、こういうシーンで本人は本当に完全体になるとか思っているのかしら? どう考えてもろくでもない結末しか待っていないようにしか見えないんだけど」
さっくりとボスキャライベントシーンを切ってしまう静香。だが
「?」
「??」
リーナもサロメも不思議そうに見てくるだけで、静香の問いに答えてくれない。ネムがいないと駄目ねと、ボケ役不在にがっかりする静香。異世界人にはわからないフリだったのねと。
静香の問いはともかくとして、予測通りの結果になりそうであった。
触手に絡まれて融合をしていった竜子だが
「こ、ごればスゴイ、凄い力! 私は完全体になった! 世界を支配する! 金よりも支配の方が良い! 夢野竜子が世界を支配する! 夢野竜子王として!」
あっさりと力に呑み込まれたようで、その姿を漆黒の西洋竜へと変えて叫ぶ。天井が高くなかったら頭をぶつけてしまい、間抜けなことになっていたのだが、第三研究室とはいえ、危険な物を扱う実験室だ。50メートルはある天井だったので、その半分ぐらいの大きさとなった黒竜は大丈夫だった。
ちっこい幼女のような竜子。力に簡単に呑まれたことといい、若干頭が悪そうな人だったので、安心だったろう。
「やっぱりこうなるのね。ねぇ、あの娘は本当に科学者だったのかしら?」
静香の問いかけは空に消えていき、なにかが特殊合金製の壁を轟音をたてて壊して入ってくる。
「マッドサイエンティストって奴はこんなもんだろ!」
中に入って来たのはカウボーイハットにロングコートの男性だった。純白のハンマーを手にし、獰猛な獣のような顔つきの男。ハンス。
『雷霆』
手から稲光を解き放つと辺りを照らしながら紫電の光条はバフォメットたちを軒並み薙ぎ払い焼き尽くす。
「?! 何者?」
強靭なバフォメットたちを、ただの一撃で倒したことに竜子王は竜の目を見開く。
「さて、こういう時に現れるのは勇者とか言うやつじゃないのか? それか、通行人Aとかな」
からかうように言いながら、ハンマーを肩に担いでハンスは立ちはだかるのであった。




