76話 悪魔とキグルミ幼女
「コガォァァ!」
もっともポピュラーとも言える悪魔。山羊の頭と足に黒き獣の毛皮をもち、翼を生やすのは有名なバフォメットだ。金色に輝く瞳をこちらに向けて、力の籠もった咆哮を放つ。
黒きオーラが周囲に波紋のように拡がっていき、空気をビリビリと震わせて恐怖を与えようと、人の精神を掴もうとしてくる。
以前のリーナやサロメならその咆哮に恐怖して、氷の彫像のように身体を凍らせて、敵に殺されていただろう。だが、以前までの話だ。今は違う。
「無駄よっ!」
「そのとおりですわ!」
リーナとサロメは自らに宿る精霊力を解放する。
「ハァァァァァァ!」
気合と共に純白の光が体を覆う。ネムが見たら、やばいですよ、野菜人化してますと慌てちゃうだろう。
純白の光は闇のオーラを打ち消して、その心に勇気と力と豆腐の栄養を与えてくれる。豆腐は意外とカロリーが高いから太らないように気をつけないといけないだろう。
『双剣螺旋撃』
『螺旋演舞』
二人はバフォメットの周りを螺旋を描くように動き、お互いをカバーするように武技を使う。
双剣が螺旋の軌道で連撃を与えようとして、それを下がって回避しようとするバフォメットを円月輪を投擲し周囲を回転させることで退路を絶つ。
腕を交差して、バフォメットはリーナの攻撃を防御しようとするが、気にせずに双剣をリーナは振るい腕ごと斬り倒そうとするが
「えっ?」
純白の双剣は今まで悪魔をあっさりと豆腐のように簡単に斬りさいてきたのに、バフォメットは腕に黒きオーラを集めて、純白のオーラを相殺してきたのだ。そうして皮膚には浅い切り傷しか残らず、ダメージはほとんど入らないことに、リーナは動揺する。
その隙を逃さずに、バフォメットはガードしていた腕を解くと、黒いオーラを炎へと変換させて、横薙ぎに振るう。
ゴウッと炎がその動きに合わせて吹き荒れ、リーナたちを一瞬覆うが、気を取り直した二人はすぐさま間合いをとるべく後ろへと大きく飛びのいた。
炎により特殊合金製の床が赤く赤熱する。だがリーナたちは火傷一つ負ってはいない。
「ひっとぽいんとがあって助かったわっ」
「ですわね。ただ一つ気づきましたわ。私たちの力は急速に衰えています。ネムから貰った精霊力は有限でしたのね!」
バフォメットにダメージが入らなかったのは、黒きオーラで相殺されたためもあるが、先程よりも浄化の力が衰えていることにサロメは気づいた。炎を受けた際に、体内の力がごっそりと減ったことも。
「お手軽にパワーアップできる旨い話はありませんでしたのね。たんに精霊力を分け与えられていただけ。使えば消耗してしまう」
苦々しい表情となるサロメ。世の中はそんなに旨い話はないということだ。豆腐は旨いんだけどと、産まれたときにお手軽にパワーアップしたネムなら言うだろうが。
「それなら早く片付けないといけないわっ! ネムを助けないと!」
バフォメットへと双剣を身構えて、リーナは英雄譚の主人公みたいにかっこよい姿を見せて言う。
ニヤリと山羊の顔を歪ませて、自身の優位を理解しているのかバフォメットは嗤いながら、人差し指をたてる。と、人差し指の上に莫大な熱量をもつ火球が生み出された。
『魔王驚愕火球』
その炎逆巻く火球を見て、リーナはどうしようか迷う。かなり威力がありそうだ。受けたらひっとぽいんとをまた大きく削られてしまう。そうしたら倒すことができないかもしれない。
回避に専念しようと足に力をこめて、いつでも火球をかわせるようにする。バフォメットはそれを理解しているのか、人差し指をクイッと動かして、火球を放とうとした。
雷の光線がその火球に命中して吹き飛ばされなければ。
人の胴体ほどの太さを持つ雷光がリーナの後方から放たれて、バフォメットの火球を貫いたのだ。そのまま頭を命中して、バフォメットは後ろへと大きく吹き飛ばされて、轟音を響かせながら壁に叩きつけられた。
『冷却を開始します』
リーナたちが後ろを驚いて見ると、静香が長大な銃を構えていた。音叉のような銃口を持つメタリックカラーのライフルだ。4メートルはあるだろう長さの銃には横に六個の宝石のような突起があり、それが赤くなっており、冷気を吹き出している。
「ふふっ。とっておきの電磁投射砲よ。あら? でも一撃では倒せないみたいね?」
妖しく微笑みながら、髪をかきあげようとして、ガチャンととり落としちゃう。幼女だといまいち決まらない静香である。劇を頑張る可愛らしい幼女にしか見えなかった。
壁に叩きつけられたバフォメットは傷一つなく、頭を振りながら立ち上がろうしていた。やはりひっとぽいんとがあるのだろう。立ち上がりながら、こちらへと手を翳してくる。
「させませんわ! 『疾風輪』」
円月輪にサロメが魔力を注ぎ込む。重さがなくなる円月輪を腰をひねって、勢いよく腕を振るい放つ。
風と化した円月輪はその残像も残さずに、バフォメットへと命中するが、黒きオーラによるひっとぽいんとを持つ悪魔は動きを止めることなく魔法を解き放つ。
『極大焦熱波』
絶対命中の範囲呪文。リーナたちの足元から輝く灼熱の炎が吹き出そうとして、抵抗するべく力を込めて耐えようと少女たちは唇を強く噛む。
必殺の魔法を解き放ち、敵を焼き尽くうとニヤリと嗤うバフォメットであったが……。
「?!」
何も起こらないことに、目を見開く。空中にキラキラと何かが無数に浮いていた。花びらのような、金属の破片が無数に。
「ふふっ。範囲魔法が絶対命中なのはプログラム発動を敵を中心に発動させているからよね? これはね、空中を伝達するエネルギーを少しだけ撹乱するチャフなのよ」
素早くグレネードランチャーに持ち替えていた静香が薄く笑う。自身特製のチャフグレネードだ。
「これ味方の魔法も無効化されるんじゃありませんの?」
「魔法使いはいないから良いじゃない。それと手元から構成する魔法は防げないから気をつけなさいよ」
「そんなの躱せばいいものっ! 助かるわっ!」
脳筋リーナは絶対命中でなければ躱せるわと、強気の心で叫ぶ。リーナ8歳、将来の夢は何を目指すつもりなのでしょうか。
『魔炎』
再び火球を生み出すバフォメットだが、魔力が尽きかけているのか、先程よりも炎の威力が弱い。
炎を恐れずに、リーナは身体を前傾姿勢に加速して突進する。疾風の如き速さで迫る少女へと、火球を放つバフォメット。だが、さらに加速して命中する寸前でリーナは地を蹴り躱す。チリチリと炎がリーナを焼くがひっとぽいんとによりダメージを負うことはない。
『疾風嵐撃』
何人ものリーナが現れる。バフォメットへと分身したリーナは高速で突進しながら嵐のように双剣で斬りかかる。
悪魔もその双腕を振るい、迫るリーナに短剣のような爪を振るう。分身したリーナの数体を纏めて薙ぎ払いその身体を分断させるが、残像となり消えていく。
『ハウリングサークル』
キィンと金属音を響かせて、空中に無数の円月輪を浮かばせたサロメが投擲する。円月輪はお互いが奏でる音に唱和するように、その刃を振動させながらバフォメットへと向かい、ガスガスと叩きつける。
リーナの分身からの高速連撃と、サロメの空中を舞う円月輪により、バフォメットは翻弄されて、腕を振るい抵抗しようとするが、無駄に空を斬るのみ。
速度特化のリーナと、曲芸じみたトリックスターのサロメ。相性の良い二人の戦法に、強大な力を持つ悪魔は捉えることができずに、ひっとぽいんとを削られていく。
飛び交う羽虫のような二人だとバフォメットは苛立たしく思うが、絶対命中の範囲魔法はチャフにより封じられて、単体魔法は肉薄してくる少女に当てられない。
ステータスは圧倒的に上であるはずなのに、矮小な生命体を倒せないことに怒りを覚えて二人を倒すことに集中し
静香のことを思考から外してしまった。
最も危険な敵であったはずなのに。
『冷却が終了しました』
その言葉が耳に入り、後方を慌てて見ると、電磁投射砲の赤い宝石のような突起が緑色になり、銃身に軽い音と共に仕舞われていた。
「さて、貴方のひっとぽいんととやら。次の電磁投射砲を防げるほど残っているのかしら」
バチバチと電磁投射砲の銃身に紫電が奔り、莫大なエネルギーが蓄えられていることにバフォメットは慄く。
あの一撃を受けたら、ひっとぽいんとは欠片も残らず無くなり、自身も砕かれるだろうと確信してしまう。
なので、対抗するべくバフォメットは最終手段を取ることにした。
ガッと手を地につけて、四肢を踏ん張り、力を溜めて咆哮する。
「メェェェ。ワタシ、ヤギデス」
山羊のふりをして逃れようとした。
「それじゃ今日は山羊肉ね」
静香はあっさりと引き金を引いた。慈悲はない。
銃口から膨大なエネルギーが雷の如く矢となってバフォメットに向かう。悪魔は敵の攻撃を躱そうとするが、円月輪が足にいつの間にか絡んでおり、動きを止めてしまう。
「ガガッ」
耐え受け流そうと全力で闇のオーラにてシールドを張るバフォメットだが、レールガンの超高熱に触れた瞬間にシャボン玉のように弾けて、その身体に命中する。
リーナたちの攻撃を切り傷程度で防いでいたバフォメットの硬い身体だが、なんの抵抗もないかのようにレールガンは貫いて、膨大な破壊のエネルギーが体内を巡らせて、崩壊させていくのであった。
特殊合金製の通路にはレールガンの通った後をドロリと溶かして、悪魔の体に穴をあけて、壁すらも破壊していた。
じゅうじゅうと熱が蒸気をあげる中で、レールガンを格納させると、ふふっと静香は妖しく微笑む。
「どうやら、2発で倒せたみたいね。結構強力な山羊だったのかしら」
「その魔法、後で教えてっ!」
「精霊の持つ武器はとてつもなく強力なのですね。あれ程の悪魔をたった2発で倒すなんて信じられませんわ」
リーナとサロメはバフォメットを倒したことに興奮して喜ぶ。
二人を見ながら肩をすくめて宝石幼女は周りを見渡す。
「それよりも竜子はどこに行ったのかしら?」
「え? そういえばあの娘いないわね?」
「悪魔との戦闘が開始してから、いつの間にかいないようですわ」
竜子がなぜかいなかった。激しい戦闘に驚き逃げたのだろうかとリーナとサロメは戸惑い、静香は目をすっと細める。
「先に進んだのかもしれないわ。追いかけましょう?」
きっと面白いことになると、静香は微かに口元を曲げるのであった。
分厚い金属製の扉。その上には第3研究室とプレートが貼ってある。そして……。
「……し、信じられない。マスターカードが無ければ入れないはずなのに……」
合金製の扉が開けられていた。というか、開けられていたというか歪ませて破壊されていた。外側から無理矢理力尽くで押し開かれていた。
ゼーゼーと息を切らせて、汗を拭いながら竜子は研究室に恐る恐る入るが、誰もいないことにホッと息を吐く。
荒れ果てた巨大な部屋であり、机や椅子がひっくり返っており、血溜まりと悪魔に殺されたのか屍がそこかしこに倒れ伏している。
中には巨大な透明の六角形の水晶がいくつものコードに繋がれて部屋の中心にある。その水晶を囲んでいたはずの強化ガラスは砕け散っており、細かい破片が床に散らばっている。端末が備え付けられており、まだ生きているのか、各種モニタリング結果を表示されていた。
ジャリと破片を踏みながら、竜子は端末を触る。
「……ちっ。やはり止まっている……。が、まだ動く……」
カチャカチャとキーボードを操作すると、ブゥゥンと水晶が黒く染まり始めて輝き始めていく。
「マッドサイエンティスト、たしか私はそう言いましたっけ?」
ニヤニヤと笑う竜子に、後ろから幼女の声がかけられて、竜子は目を細めて振り返る。
「……生きていて良かった」
「そりゃ、生きていますです。竜子さんはお一人でこちらへ?」
そこには硬い笑みをしたネムが立っていた。




