74話 危険がいっぱいの研究所とキグルミ幼女
エスター家のおうちにそっくりな研究所。こんにちはとご挨拶して、お邪魔しましたと帰って良いでしょうか?
「あの、見た目が最悪なんですが。綺麗な研究所だけに気持ち悪いんですが」
ドーム型の神威研究所。総ガラス張りで綺麗な壁や未来的なフォルムの建物は正面玄関の中を覗くと金属探知機などの検査通路が見える。そして蔦のように這っている肉塊も。
ドクンドクンと脈打つ肉塊の蔓。綺麗な建物とのコントラストが物凄い不気味さを見せている。ゲームなら、最終面みたいな光景だ。現実でか弱い幼女が入るのは危険すぎると思います。
「……んん、ラッキー。シャッターが閉まっていない。これならすぐに奥に行ける」
竜子が喜びの表情で正面玄関にてこてこと駆けてゆく。
ウィーン、ガシャガシャン
正面玄関に辿り着く前に、分厚そうな金属の壁が地面から現れて封鎖をした。よくゲームとかであるパターンである。
「…………むぅ、もう少し慎重に近づくべきだった」
フラグを回収して、しょんぼりする竜子。大丈夫、これ慎重に進んでもシャッターが閉まる強制イベントだから。
「こんな壁破壊すれば良いんでしょっ!」
リーナが壁に双剣を叩きつける。ガンと重々しい音がして、浅い切り傷が生まれるのみであったが。さすがにこの壁を破壊するほどの力はない模様。
「このっ!」
ギュイっと足を擦らせて、高速で両手を振るい連撃を入れていく。懲りないで破壊するまで頑張るらしい。無数の切り傷があっという間に生まれていく……が、やはり壊れそうにはない。
太鼓のように叩き続けるリーナお姉ちゃんはおいておいて、ネムは竜子に向き直る。
「竜子さん、シャッターの閉まらない非常用通用口とかありますです?」
ゲームだとあるもんね。現実でもあると言って。予想通り、竜子はコクリと頷き歩き始める。
「……うん、こっちにある。あと、私の名前はミルド」
リーナは夢中になって壁を破壊しようとしていたが、こちらが歩き始めたので不満そうに頬を膨らませながら合流してくる。たしかにあと数時間叩いていれば壁は壊れたかも。
少しだけ歩くと、植え込みが広がる中で竜子は足を止めて、ガサガサと植え込みに手を突っ込む。
「……たしか、ここに……あった」
カコンと音がして、植え込みが開きマンホールのような蓋が現れる。船の扉とかでよくあるバルブのような取っ手がついている。
「なるほど、手動で入れる非常用通路です?」
「……うん、万が一のために作られた」
首肯する竜子であるが、万が一でこんな趣味的脱出路を作る会社は嫌だなと半眼になってしまう。もう少しまともな脱出路が現実では必要と思うよ?
「手を貸して」
「はい」
竜子がバルブのような取っ手に手をかけるので、ひ弱な幼女でも大丈夫かなと思いながら、ぽてぽてと近づき
ガシャン
蓋が開いて人の胴体ほどの太さの肉塊の蔓が現れて、ネムを巻き取り引きずり込んだ。
「アヒャァァァ!」
「ネムッ!」
「待ちなさいっ!」
リーナとサロメが手を伸ばすが、届かない。
なにこれ、天丼、天丼なの? 私はかき揚げの天丼も好きですよとアホなことを考えつつ、ネムは引きずり込まれる途中で静香にアイコンタクトをする。リーナたちを守ってねと。
任せてとコクリと頷いてくれる黒髪幼女だが、本当に大丈夫かなぁと不安に思うのであった。
「あれですね。新発見です。アニメとかゲームとかでも、触手に攫われるのって、よく見ますけど現実だと死にますね」
狭い縦穴をガンガンと身体をぶつけながら引きずられる。かなり長く地下に続くみたいで、触手が引きずり込む間に、壁に勢いよくネムはぶつかっていた。
イタイイタイとメタルな幼女はそれだけで傷一つ負わないが、普通の人なら頭蓋骨骨折とかで死ぬだろう。ナルホドアニメとかでよく見るシーンは嘘だったんだね。そっと運ばれないとどうしても壁に攫われたキャラクターはぶつかるので。
余裕すぎる幼女である。助けてくれてありがとうと主人公を待てば良いのだろうか。
狭い縦穴を引きずり下ろされると、普通の通路に出る。そのまま引きずられていきそうなので、どうしようか迷う。が、すぐに決める。普通の通路だが、肉塊の蔓にかなり侵食されているのだ。
この通路も危なそうだ。追いかけてくるリーナお姉ちゃんたちが危ないかもしれない。と、すれば先行して危険を排除する方向にする。
「というわけで、触手さんはご苦労さまでした。なぜ私を狙うかはわかりませんが」
コォォォと息を吸って、平坦なお胸を膨らませ、紅葉のようなちっこいおててを触手にペタリとつける。
「特殊なる呼吸法により生み出されるエネルギー。これ、すなわち豆腐法なり! ていっ!」
どこらへんが豆腐なのかは不明だが、ネムはモニョモニョを流し込む。モニョモニョエネルギーが触手に注がれると、白く輝き砂のように崩れていく。合わせて通路を這っている肉塊の蔓も。どうやら繋がっていたらしい。
サラサラと粒子が辺りに舞う中で、勢いよく引きずられていたネムはというと、慣性の法則で壁へと勢いよく激突した。
「いでっ」
ゴチンと頭をぶつけて、タンコブができちゃうよと金属製の壁をへこませた威力をスルーして立ち上がる。
「さて、では今回はイラとのコンビですね」
「ほいさっ。お任せください主様」
影からぴょいんと黒髪ツインテールで、勝ち気そうに牙を覗かせる吸血鬼系美少女イラが現れる。いつものタンクトップとハーフパンツで健康的エロスを感じさせる娘だ。良きかな良きかな。
「ミニハンスちゃん、かむひあー」
片手を意味なく翳して、ネムもカウボーイハットにブカブカロングコートのミニハンスちゃんに変身する。夏になるのだが、このコートは涼しいので問題ない。
「主様。リーナさんたちを待たないんですか?」
「ちょうど良いから待たないです。リーナお姉ちゃんたちは強くなりましたけど、それでも敵わない敵はいると思うので。家族を危険に晒したくないです。行きますよ、イラ」
危険に突進する姉だが、ネムは傷ついて欲しくはないのだ。この場合、危険を排除するのは無敵パワーを持つ妹の役目だろう。
「ほいさ。了解しました。では先導しまーす」
紅くぬらりと妖しく光る血剣を生み出してイラが歩き始めるので幼女も短い手足を動かしてついていく。
「案内板がありますよ、主様」
「どこが本命か……第一研究室から第三までありますね」
壁に金属製のプレートが付けられており、それは研究所の案内板であった。こういった研究所で案内板は助かるねと見ていく。
「これ、地上の研究所はダミー。地下が本命です?」
「そうですね〜。6層に分かれているみたいですよ」
「危険な研究をしているという自覚はあったんですね。あの非常用縦穴。やけに地下深くまであると思ってましたが、最下層まで繋がってましたか」
本来は竜子がそばにいて、目的地を教えてくれるのだが、二人で来たためにどこに行けばよいかわからない。
「……普通に考えると第一研究室。一番大きな区画です」
「そこに行きますか? 主様」
イラの問いにふるふると首を横に振り否定する。そうして、一番小さな区画、第三研究室を指差す。
「竜子さんは予算打ち切りのために無理矢理稼働させていたと言ってました。小さい研究室ならその可能性が高い……んん? これ話が何か変です」
いつになく真面目に頭を使うネム。家族がかかわっているので、真剣に行動しているのだ。いつもはまったく考えなしに行動しているのがわかる幼女である。
「? なにか変なところがありましたか?」
「それはですね。竜子さんの話がおかしいんです。ほら、あの人はなんて言いました?」
「影の中から聞いてましたけど〜、たしか予算打ち切りの憂き目にあったから所長が実験を強行……あぁ、たしかに変ですね」
目を細めてイラもネムの言いたいことに気づく。
「戻りますか? 主様」
「いや、あちらは静香さんがいますし、敵はこちらに集中しているようですからね。私たちは先に進みましょう」
「歓迎されているようですしね。ほいさっと」
血剣を話しながら横に振る。キィンと音がして、なにかが剣に弾かれて壁に突き刺さる。それは指ほどもある太い棘であった。ぬらりと毒々しい色を見せているので、刺さったら麻痺しそう。
通路の奥から現れたのはトゲトゲとハリネズミのような身体の人であった。いや、元人だったというべきだろうか。皮膚は黒い甲殻に覆われて、いかにも化け物に進化しましたと言わんばかりにペタペタと歩いてくる。
しかも壁や天井に張り付いてペタリペタリと
「そういう敵は間に合ってるんで。ほいさっと」
平然とした顔でイラは剣を横薙ぎにする。闇の輝線が空中に残り、その輝線が空間を引き裂くように開いていく。
『麻痺瞳』
引き裂かれた空間の中には不気味に輝く巨大な紅い瞳があった。それを見た瞬間に敵は硬直して動けなくなる。
『豆腐爆弾』
ぽいっと豆腐を(スタッフさんでもたべられない豆腐)を敵のど真ん中に投げるネム。閃光弾のような光が輝き、その眩しさに目を細める中で、敵はドロリと溶けていき、やはりドワーフが倒れて残る。
「雑魚は簡単ですけど、ボスには効かないみたいですね〜」
「各種耐性持ちですか。面倒くさい敵です」
消えてゆくハリネズミのようなゾンビとはべつに歩を進めてくる者がいた。
「クフゥ〜」
獣臭い匂いを吐きつつ現れたのは、3つの頭を持つ黒き魔犬ケルベロスであった。5メートルぐらいの体格で、凶暴そうな赤き瞳を爛々と輝かせて、歯をむき出しにこちらを見て唸っている。その毛皮は……。
「ダメージは入っているみたいです」
どろどろに溶けていた。本来は剛毛であり、敵の攻撃を難なく弾く防御力であったのだろうが、豆腐光により溶け落ちて見る影もない。こちらが罪悪感を感じちゃうほどだ。
「先を急がないとリーナお姉ちゃんたちが追いついてきますからね。さっさと片付けますです」
「了解です、主様。ほいさっと」
ミニハンスちゃんモードのネムが砲弾のように床を爆発させて突進する。それに合わせて、イラもコウモリの翼を背中から生やして、猛禽のように飛ぶ。
「わおぉぉぉん!」
3つの頭を持つケルベロスは大口を開けて、食いつこうと左右の頭を二人にバラバラに向けてくる。
ネムは噛みついてくる頭を冷静に見極めて、軽くハンマーを振り下ろし、ケルベロスの鼻先にぶつけると、反動でくるりと回転して頭上へと超えていく。
『回転豆腐槌』
小柄な身体を回転するたびに、ハンマーをケルベロスの頭へと叩きつけながら進む。ハンマーを叩きつけられるたびにケルベロスへと白き光は浸透し、その身体へと波紋のように流れ込ませる。
トロリと熱せられたバターのようにケルベロスの左頭は溶け落ちてゆく。
対して反対側のイラはというと、疾風迅雷の速さでケルベロスの横を通り過ぎながら剣を高速で振るう。赤き光が幾条にもケルベロスの頭に刻まれて、切られた箇所は枯れ木のように砕け落ちてゆく。
あっさりと同時に頭を2つ殺られたケルベロスは通り過ぎてゆくネムたちへとキャインと声をあげながらどちらを狙おうか迷いを見せる。
首を回して戸惑いながらどちらを攻撃しようか思考するケルベロス、しかし、それは致命的な隙となった。
「イラ!」
「主様!」
二人は声を掛け合い、通り過ぎたケルベロスへと振り返り、その手に力を集めていく。純白の光と漆黒の光が二人を照らす。
『白光』
『闇光』
お互いが同時に手を突き出して、純白と漆黒のエネルギー波を放ち、哀れケルベロスはその光に覆われて、何もできずに消滅するのであった。
「私たちの相手ではなかったみたいです」
ふふっと幼女は笑みを見せて、ハンマーを肩に乗せる。
「主様、今の技名変じゃなかったですか?」
イラは白光の名前が変だったようなと首を傾げて聞いてくるが
「気のせいです。それよりも急ぐです」
悪戯そうな表情でキグルミ幼女はトテチタと通路を先に進むのであった。




