73話 研究所に向かうキグルミ幼女
マジかよと、てこてこと廃墟を歩きながらネムは絶望していた。周りは壊れた店舗、燃え尽きた廃屋、崩れたビルと旅行する風景ではない。
「なぜマジかよと思うか説明いりますです?」
横をぽてぽてと歩く黒髪幼女へと白銀髪の幼女は顔を向ける。
「言ってご覧なさい? 聞くだけは聞いてあげるわ」
肩をすくめる静香にむむむと口を尖らせながら、説明をする。
「どうして私が研究所に向かわないと行けないんです? 霧はシーフォートウフを何個か渡すからそれで晴らしてくださいと言いましたよね?」
「そうね。どうやって爆発させるのかと聞かれたから、てきとうに気合? と首を傾げて答えたわね」
クッ、と静香の答えに呻く。だって自爆系ってよく自分でも使用方法がわからなかったのだ。投げたら爆発とか設定できなかったのだ。その場で何秒後に爆発とか設定して投擲する方法しか思いつかなかったのである。
「研究所に向かわないと行けないことは仕方ないですね。でも、一緒に来るのがなんでリーナお姉ちゃんとサロメお姉ちゃん、竜子さんだけなんですか?」
「霧に感染しても髭もじゃのビール樽のドワーフとして治すから大丈夫ですとイケメンに笑顔で言ったからでしょ」
ぬぅ……心の声がついつい漏れてしまったんだから仕方ないじゃん。ドワーフもかっこいいから良いでしょ。ドワーフになって号泣していた人が悪いイメージを与えたんだろうと思います。
「最後に、なんでリーナお姉ちゃんとサロメお姉ちゃんはあんなに強くなっているんです? なんでモニョモニョを使いこなしているんです?」
前方を見ると、家屋や廃墟ビルの影から悪魔たちが顔を見せていた。こちらへと敵意をぶつけてきている。やる気十分な模様。
3メートル程の体躯の獣のように4本足で地面に立つ悪魔がコウモリのような牙を見せて口を開き、リーナお姉ちゃんへと何匹も迫っていた。
だがリーナはその動きに目を細めると身を屈めて紙一重で躱す。そして手に持つ双剣にモニョモニョを流し込むと白き輝きを纏わせて、飛び上がりながら振るう。
『双剣円』
シュインとレーザーで金属を綺麗に切るような音が聞こえて、悪魔たちを円を描くように切り裂いていく。悪魔たちはその白き剣閃に切り裂かれた箇所からドロリと溶けていき、魔水晶を残し消えていく。
「ゴウッ」
大柄な体躯の悪魔が口内に炎を溜めて、ブレスを吐こうとする。が、そこにサロメが円月輪を構えて立ちはだかる。
炎のブレスが吐かれて、火炎放射器のような炎が迫るが、サロメはその場で右足を支点にくるりと回転させて円月輪に白き光を纏わせる。
『逆風の踊り』
ブレスに対抗するように竜巻がサロメの前方に生み出されると、炎を逆巻く竜巻で巻き込む。そのまま竜巻は悪魔へと向かっていき跳ね返された炎に巻かれて、悪魔は燃え尽きていく。
「サロメ姉さん、一気に叩き込むわ!」
「わかりましたわ!」
二人は他の悪魔たちに立ち向かうというか、無双するために突撃していき、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと言う言葉がまさしく似合う活躍をしていくいった。
リーナの素早さに悪魔たちはまったくついていくことはできずに、ナイフのような鋭い爪を振るう時には既にその横をリーナはすり抜けており、双剣の連撃を叩き込む。
サロメは華やかな踊りを魅せるように、身体をくねらせてその見事な肢体を見せつけながら、敵の攻撃をいなし、円月輪をくるくると回転させて投擲させて切り裂いていく。
二人の無双シーンがその場には展開されていた。リーナお姉ちゃん8歳なんだけど。
「……凄い。ミルドはあんなふうには動けない。ネム、私にも力をくれない?」
「もうガス欠です。補給するには精霊界に行かないと駄目です」
竜子のお願いを適当な返答でスルーする。これ以上スーパー野菜人は必要ないと思います。
「……精霊界。やはりそのような世界がある……興味深い」
ネムの脳内にしか存在しない精霊界に興味津々で真面目に考える可哀相な竜子である。
「私も。私も精霊の愛し子として活躍しなきゃいけないと思います」
何か、何かしないと主人公の立場がないよと、倒れているしかばねAの脇役が似合うおっさん幼女は余計なことを考える。考えなくても良いことを考える。すなわちいつものネムである。
まだまだ悪魔たちはたくさんいる。援護をするべく両手を天にかざす。
「皆っ、私に少しだけ力をくださ、グヘッ」
「やめなさい」
しかしストッパー静香のチョップで止められる。
「貴女、ここらへん一帯を吹き飛ばすつもり? 下手したら貴女のことだから研究所とかも吹き飛ばすでしょ」
「でも元気になる玉って、実は強敵を倒したことないんですよ。必ずあと一歩までしか追い詰められないんですよね」
「貴女のは全てを破壊する玉だから駄目よ。家族が大変なことになるわよ?」
「むぅ……たしかに。でもキグルミを着ないと力を上手く使えないんです」
キグルミに頼りすぎな幼女は、キグルミを着ないと簡単な力しか使えないと思い込んでいた。というか、キグルミに補正能力があるか、おっさんの呪いを緩和できるか、どちらかの力がある模様。
「……んん、あれ見て! 霧が出てきた、なり損ないもいる!」
リーナたちが戦っている中で、黒い霧が前方から湧き出してきた。その霧の中には不気味な進化のなり損ないの人々も見える。
「あぁ〜。ぢがら〜」
「くれ〜くれ〜」
「かゆうま〜」
身体中が吹き出物で覆われているなり損ない。びちゃびちゃと黄色い汁を垂れ流しながら歩いてきていた。
「ネムは気絶しました、ピー」
SAN値チェックに失敗。ネムはコテンと倒れて気絶した。電源が入っていないか、電波が届かない場所にいます。
「静香キック!」
ドガッ! ネムは目覚めた!
「霧を晴らさないといけないです。ピカーッ!」
どこかの電気鼠みたいな掛け声をあげて、ネムはちっこいおててを霧に向けて翳す。悪魔たちを抑えているリーナたちはその場を離れることはできない。このままでは霧に巻き込まれてしまうだろう。
「……あの霧に呑まれたら、なり損ないになる。なんとかできる?」
こちらを窺う竜子にコクリと頷きニパッと笑みで返す。
「ネムッ、百万アホさよ!」
ノリノリの静香である。後で仕返しをしても良いよね。温厚な私でも怒るときはたぶん怒るよ?
「その必殺技の名前、後で抗議を入れますが、トウフラーッシュ」
ネムのおててが輝き始めると、黒い霧は照らされた箇所から溶けるように消えていく。なり損ないも同じように吹き出物がサラサラと粒子となって、人間へと戻していく。ドワーフだけど。
「てやぁ〜」
懐中電灯のようにおててを光らせて、ぽてぽてと走り出す幼女。モンスター映画などで、化け物の弱点がわかって調子に乗ってトドメを刺そうと近づく役のように活躍する。
「ていてい」
ピカピカ照らして、化け物を倒しちゃうぜと調子にのって、地面の瓦礫に躓いてコロコロと転がるまでが、ネムクオリティ。
「ぐぉぉ」
コロコロと小柄な体躯を転がして、コツンと当たって止まった先には悪魔がいた。ドラドラ跳満決定。
爪を伸ばして切りかかろうと腕を振りかざす悪魔だが
「………ミルドに任せて!」
背中に背負っていたショットガンを手に持ち、引き金を竜子は引く。ガンガンと2連射すると鉄の散弾が悪魔に放たれる。
穴だらけになると思われた悪魔であったが、チュインと音がして命中する寸前で弾丸は弾かれてしまった。
「弾丸避けの魔法だわ」
「………弾丸避けの魔法? それはどんな魔法?」
ショットガンが効かないことに驚く竜子にサロメはあっさりと教えてネムの前にいる悪魔に突進する。
「簡単な構文なのよ。弾除けはたった2行の構文だから貴族は必ず皆覚えているわ」
「私も覚えているわよっ! 唯一使える魔法ねっ!」
サロメが円月輪を逆手に持って、翻すように振るうと、横合いから双剣にて悪魔を切り裂くリーナ。二人の攻撃によって、あっさりと悪魔は倒れて消えてゆく。
「私、覚えていないです……」
「……ミルドに教えて欲しい」
ネムはリーナも覚えている魔法があることに驚くと共にしょんぼりしちゃう。この幼女はガトリング砲をゼロ距離で撃たれても、服が穴だらけになるだけで、痛いですと言うだけなので必要ないと思われるが。
そして竜子に教えるとろくでもない使い方をしそうである。
「ネムは私が守るから問題ないわよっ!」
悪魔たちを倒し終わり、フンスと鼻息荒いリーナ。お姉ちゃんだからねと張り切っている。モニョモニョを分けられたので歯止めが効かないブレーキが壊れたトラックのような娘である。
「うん? 銃弾よけの魔法がない世界なのに悪魔はその魔法を使うわけ? これって、いつ政府軍か私設軍隊やらが来るのかしら?」
「そういえばそうです。こういった場合、私設軍隊とかが鎮圧しに来るんじゃないですか……そうか、もしかしなくても来たんですね?」
静香の疑問。もう数日経っているとなると、絶対になにかアクションが外からあるはずなのだ。なのに、何もないのは変である。ゲームではないのだ、すぐ落ちるかもしれないけどヘリなどで偵察に来てもおかしくない。
それなのに、ヘリの飛ぶ音すら聞こえない。と、すると答えは簡単。
「……ネムは頭が良い。たぶん考えている通り。霧で街がこんなに廃墟になるはずがない。恐らくはミサイル攻撃とかがあったはず」
そうなのだ。霧は人間を化け物にするだけだ。悪魔もいるが、それでも街全体を破壊するほどの数はいまい。いるなら、もっとわんさか襲いかかって来るはずである。
それがないということは、既にミサイル攻撃はあった。だがゲームと違って本命の研究所もなり損ないも倒しきれなかったのだ。
「ミサイルってなに?」
「古代の兵器です、リーナ。ミサイル不発の魔法が作られてから使われなくなった兵器とわたくし学びましたわ。どういうものかはわかりませんが、上級魔法並みの威力があったそうですよ」
年長組のサロメがあっさりと教えてくれる。ミサイルも文献には残っているのかぁ。地球全体にミサイルジャマーみたいな兵器が埋まっているのかな? アニメではそうだったけど、あれってよくよく考えるとおかしいんだよね。その余力があるなら、その代わりに核ミサイルの嵐を地球に撃ち込めば良かったんだから。まぁ、アニメにツッコミを入れるのは無粋だよな。
「と、するとまずいわよ。これ、きっとじわじわ霧が世界を覆っていくストーリーね」
「アニメ化できそうなストーリーです。私たちは滅びる世界を生きているとかあらすじが書かれた鬱展開のやつ」
大筋は間違っていないだろう。早目に対応しないとまずい状況………この指輪おかしくない? なんでいつもこんな滅びる寸前の世界に転移させるわけ? 今回も偶然じゃないよなぁ。
ちらりと静香を見ると、微かに頷きを返してくれる。やはり同じ考えらしい。
「宝石屋が無事か調査しないとね」
違った。いつもの静香だった。
「………進化を続けているとなると、危険。早く研究所に入って粒子製造装置を止めないと」
竜子がスッと指差す先、そこにはドーム状のでかい研究所があった。………見たことあるフォルムだぞ?
「あら、これわたくしの家そっくり」
ですよね、サロメお姉ちゃん。




