71話 ドワーフと話すキグルミ少女
荒廃した街並みに倒れ込むドワーフたち。私のせいじゃないよ?洒落にならない冗談をするドワーフたちがいけないんだよねと、加害者は反論しております。ちなみにシーフォー豆腐爆弾をぶつけたらしい。そう聞くと、あら不思議痛そうには聞こえないが。
そろそろ起きてくれないかな? うりゅうりゅ涙目幼女の謝罪を見せつけちゃうよと、幼女を悪用するおっさんは逮捕された方が良いと思います。
「うう〜ん」
ドワーフにありがちな顔を覆い尽くす髭もじゃのおっさんが呻き声をあげて目を開こうとする。
「大丈夫です?」
幼女は素早く心配顔でそばに行く。
隣のロリ体型のドワーフ少女に。おっさんのドワーフ? おっさんは頑丈だから大丈夫でしょ。放置しても酒でもあげれば元気になるよ。奮発してプレミアムなビールとか。
自身の欲望に正直すぎるネムはおっさんより、少女を選んだ。中の人も自分自身が同じ立場なら少女の方に助けが向かっても仕方ないよねと納得してしまうので、罪悪感はゼロである。少女優先の法則というものがあるのだよ。
「………んん………ここはどこ?」
おっさんドワーフはシカトして、てててとドワーフ少女のそばに心配げに座る。目を覚ました少女は寝ぼけ眼で口を開く。
「ここは………どこなんでしょうね? 知っています?」
「……んん、私はミルド……。たしか進化の粒子に感染したはず……」
ふんわりしたおかっぱの髪型をした、眠そうなおめめの、どことなくのんびりとしていそうな可愛らしいロリドワーフ少女である。ミルドと言うらしいドワーフ少女は辺りをキョロキョロと見渡す。
なんだか危険そうな語句が聞こえたぞと、ミルドの手を掴み強くモニョモニョを送り込むようにイメージする。ミルドの手から身体へと純白の光が伝わって輝き消えていく。
「……これは? ミルドになにかした?」
「怪しげな毒などに感染していたら困るので、と、精霊の力を送り込みました」
ニコリと聖女のようにネムは笑みを見せて説明する。後から化け物になっても困るので、先手を打っておいたのだ。ライカンとかになったら困るからね。最初に出てきたおじいさんは後々ボスとして出てくると思ったんだけどなぁ。
「あ、ありがとう。え、と、貴女凄い?」
凄くないですよと答えようとしたネムだが
「凄いわ、ネム! いつの間にそんな力を手にしたの! お姉ちゃんは鼻が高いわ。もう可愛らしいだけではなく、そんなお伽噺の聖女のような力まで使えるようになるなんて!」
「そうねぇ。どうやら精霊の愛し子が狙われる理由がわかってきたわ。これは帰ったら相談ね」
リーナがネムを抱きかかえて、ぎゅうぎゅうと抱きしめて嬉しそうに頬を押し付けてくる。サロメはなにかわかったような顔をして頷いている。
「……なんだか物凄い力が宿った感じがする」
「私にもやってみて! ネム!」
手をわきわきと動かして難しい顔をするミルド。そして恐れ知らずのリーナはネムをおろすと、フンフンと鼻息荒く手を差し出してくる。
豆腐パワーは身体に良いはずだよねと、少し考えるが、進化の粒子とやらに感染したら悲しくなっちゃうので、すこーしだけ感染しても大丈夫なワクチン的な感じで分けようと心に決める。ワクチン接種をすると、副作用があるかもしれないから、次の日は休むようにと前世では無理矢理休暇を取らされていたけど、私のはたぶん大丈夫。
大丈夫という物事こそ大丈夫ではないと気づかないおっさん幼女はリーナのおててをぎゅっと握りしめて、珍しい程の真剣な表情になる。いつものように適当にはモニョモニョを送り込まないつもりだ。慎重に慎重にだ。そ~っと、そ~っとだ。何しろ愛する家族なのだから。
「それじゃ、試してみますね」
フラグをこれでもかと立てながら、ネムはモニョモニョをリーナにすこーしだけ送りこもうとして
「へくちっ」
緊張しすぎて、可愛らしいくしゃみをしてしまった。その瞬間だけ、蛇口を間違えて全開にしたようにリーナへと力が注ぎ込まれる。純白のオーラを身体から噴き出してしまうリーナお姉ちゃん。この幼女、しっかりとフラグを回収した模様。
アワワワ、大変大変と慌てるネムであったが
「おぉ〜、凄い! 私の身体から力が溢れ出てくるわっ! たぁっ」
白いオーラに覆われたリーナはその場でジャンプをした。ピョーンと30メートルほど垂直に。
「おぉ……。リーナお姉ちゃん、ついに私勝手の術の奥義を手に入れちゃいましたか」
空へと飛んでいく姉をポカンと口を開けてネムは現実逃避をした。
「どう見ても貴女のせいでしょ。韜晦しても無駄よ」
「リーナお姉ちゃんは覚醒したんですよ、きっと。ほら……私と会えた喜びで。怒りでないところが、リーナお姉ちゃんらしいです」
ツッコミを入れる静香に目をそらしながら答える。これはちょっと予想外だよ? リーナはスーパーボールみたいにぴょんぴょんと何度も跳ねて喜んでいる。
「ネム。私にもやってみなさい?」
その様子を見て、サロメも真剣な眼差しで顔を近づけながら手を差し出してきた。……この人たち、強くなることに貪欲すぎじゃない? 野菜人の末裔なの?
「わかりました。サロメお姉ちゃんの潜在能力を引き出します」
そう言っておけば、不自然にパワーアップしても大丈夫。潜在能力を使ってしまったら、もはや伸びしろがなくなるはずなのに、将来どんどん強くなっていくけど潜在能力なのだ。
リーナよりもかなり少なめに豆腐を食べさせると、リーナよりも薄いがサロメも薄っすらとオーラを纏う。
そうして、手をわきわきと握りしめる。皆同じ行動をとるのねと、ジト目になっちゃうがサロメは喜び華美な花のような笑顔を見せる。
「これは『ひっとぽいんと』ですわ! それに身体能力も素晴らしく上がっています。これほどの力をあっさりと貰えるなんて……精霊の愛し子とは………」
笑顔でネムを見ながら、今度は考え始めるサロメ。リーナお姉ちゃんみたいに飛んだり跳ねたり踊ったりはしないみたい。リーナお姉ちゃんはただいま喜びの創作ダンスを踊っています。はいやーはいやーと。
「………んん! それは完成された進化の粒子! 古代に使われたエネルギー!」
ミルドたちが驚きながらこちらを見て騒ぎ始める。進化の粒子ってなんだろう? これは豆腐ですよ。
「先程から意味深な言葉ですわね? 進化の粒子って、なんなのかしら?」
「……それを説明するにも、場所を移動したい。ついてきて」
腕組みをして、眉を顰めるサロメにミルドは信じられないものを見たとばかりに首を振りながら、歩き始める。周囲を確認しながらだが、確固たる足取りなので、ネムたち一行も続く。リーナお姉ちゃん、そろそろ跳ねるのをやめて戻って来て?
「場所、わかったんです?」
「ん、街並みが変わっているけど、同じだからわかった」
ネムの言葉に首肯して、どんどんミルドは進んでいく。
なんだか、だいぶこの土地にはいなかったような口ぶりだな……気になる。
「……名前」
ミルドがこちらを窺うように聞いてくるので、そういや自己紹介をしていなかったやと、ニコリと微笑む。
「ネムです」
「リーナよっ!」
「静香ね」
「サロメといいますわ」
それぞれが挨拶を返すがネムのみを凝視してくふミルド。可愛らしい幼女だから仕方ないのよね。ふふふ。見れば、他のドワーフたちもチラチラとこちらを窺っていた。
凝視されている理由は幼女が可愛らしいからだよねと固く信じるアホな幼女である。
ひび割れたアスファルトの道路で瓦礫に躓きそうになったり、コンビニでなにか売っていないかしらと、燃え落ちたコンビニにフラフラと近づいて、崩れて生き埋めになりそうだったり、自動販売機ならワンチャンあるかもと倒れ込んできた自動販売機に押し潰されそうになったりと、だいたいネムのせいであったりして、苦労して比較的崩壊の進んでいないビルに到着する。
「もうっ、仕方ないわね、ネムは。でも安心したわ、お茶目なところがあって!」
ニコニコとネムを抱きかかえながら、リーナは満足そうだ。ネムが転びそうになったら、すぐに支えてくれて、瓦礫が落ちてきたらキックで吹き飛ばし、自動販売機が倒れ込んだら、双剣を振るい切り裂くといった、ある意味ネムよりもドン引きする強さを見せるリーナである。
野菜人の母親は偉大だと、ネムは感心しきりであった。私なら普通の体なら、怖くて距離をとっちゃうよ。いくら愛していても、デコピン一発で殺されるかもしれないし。怒ることもできないだろう。今は、なんだかわからないけど、高い防御力を持っているから、リーナお姉ちゃんに甘えられるけど。
「………生き残りがいれば、ここ……地下にシェルターがある」
ミルドはそう言いながら、迷いのない足取りで、地下の階段を降りてゆく。他のドワーフたちも躊躇うことなくついていくので、よく知られた場所なのだろうか。
だが、電灯は消えており、階段先は真っ暗だ。困って足を止めるミルドたちを見て、サロメが手を翳す。
『持続光』
ポゥっと光の球体がその手のひらから生まれて、通路を照らす。それを見て、ドワーフたちは信じられないものを見るように瞠目して騒ぎ始める。
「……それは精霊の力? 久しぶりに見たけど、貴女たちは精霊?」
「違いますわ。たんなる魔法ですことよ。見たことありませんの?」
魔法ぐらいで何を驚いているのかと、サロメが首を傾げて戸惑う。だが、ドワーフたちにとって魔法は驚くべき技であったようだ。ざわめきが静かであった地下通路に広がっていく中で、ドタドタと前方から足音が聞こえてきた。
見ると数人の男たちが、ヘッドライトをつけて、ショットガンを構えて走ってきていた。皆、普通の人間だ。
「止まれっ! 止まらないと撃つぞ!」
こちらを見て、光の球体、そして大勢のドワーフたち、可愛らしい少女のリーナとサロメ、いらないおっさんが影に潜む幼女と、欲張りな幼女を見て戸惑う。
「……ジャンズお久しぶり。ミルドだよ」
ミルドは手を掲げて挨拶をすると、ジャンズと呼ばれた男が戸惑うようにジロジロとミルドを見て、ハッと表情を変える。
「俺はそんな名前じゃないぞ……。その名前で声をかけてくるのは……もしかして、夢野か? 夢野竜子か?」
「………ミルド、私は偉大なる科学者ミルド!」
「その変わらない恥ずかしい話し方、夢野か! 無事だったんだな! 今までどうしてたんだ? その小さな体はなんだ?」
「ミールード! 私の名前はミールード!」
顔を真っ赤にして、地団駄を踏む竜子。他の面々も顔を見て、大丈夫だったのかと喜びあっている。
「どうやら仲間に会えたみたいですね、竜子さん」
「ミルド! 私は昔からミルドという名前!」
ネムはミルドはどうやら不治の病にかかって手遅れだねと、生暖かい目で見つめるのであった。




