70話 従兄妹は怪しげな男に警戒する。
荒れ果てた地球の現代文明の崩壊後みたいな世界。鉄筋コンクリートのビルは砕けて鉄筋を覗かせており、コンビニと思われる店舗はガラスが砕けて、中の棚は倒れて、ゴミが散乱している。燃え落ちた家屋の柱は煤けており、誰も住んでいない証拠とばかりに、冷蔵庫などが真っ黒焦げで置かれていた。
真夜中ということもあり、不気味さを見せている。今はやけに明るい月明かりのもとで、ネムたちは移動していた。
寂しい風景の中をてこてこと歩く。サロメは目の前の助けてくれた男を、目を細めて睨むように見る。
「博識ですのね。この水晶がどういう物かすぐに看破するなんて」
「昔にちょっと見たことがあるだけだ」
手のひらにある水晶を転がして相手へと見えるようにする。ハンスは意味ありげに口元を歪めてそれ以上は語らない。
昔ちょっと。ネムにとっては昔なのだ。数ヶ月前のことなど、記憶力が良くて、カリカリとハードディスクが音を立てているネムにとっては大昔なのだ。前世でおっさんの時はそうだったのだ。
基本的に数歩歩くと、いらない記憶に靄が入り、酒を飲むと忘れるおっさんだったのだ。必要な記憶もたびたび消していました。
「そうですの。これは魔晶石ですことよ? しかもかなり純度が高そうでしたわ。きっと宝石と同じ値段がつくはずと思いますが……中身は残念ながら空になっています。貴方がなにかして?」
「さあな、とくに何もしていないが」
渋い笑みを見せて、飄々とした足取りで肩をすくめたハンスは歩く。
「もう眠いです。ウニュ〜」
会話をしないといけない幼女はレバーを握りながらコックリコックリと舟を漕ぎ始めて、本当に何もしてなかったりした。もう幼女は寝る時間なのだ。眠くて何も考えられなくなっています。もはや、勝手に話し続けるハンスちゃんにはAI搭載といってもおかしくないだろう。
「ネム…大変なことを聞いたわ。後で魔晶石に魔力を籠めるのよ? 壊さずに適度なエネルギーを籠めるの。そう、快く頷いてくれるのね。ありがとう」
コックリコックリと眠くて目をほとんど瞑っているネムにここぞとばかりにお願いをする静香。後で戻ったら宝石に変えようとするのは明白だ。
「そんなことより、帰らないとっ! ここってダンジョンの中なのかしら?」
リーナが不安げに周りを見渡す。いつもと違う光景に少し恐怖を覚えたらしい。
「わたくしは何度かダンジョンに潜りましたけど、こんな風景は見たことありませんことよ。さて、わたくしたちはいったいどこにいるのかしら?」
ちらりとハンスちゃんを見てくるサロメ。貴方は何か知っているでしょうと確信を持っていそうな目つきだが、ハンスちゃんは何と知らないのだ。ネムは常識すら知らないのだ。困った幼女である。
「知らないが、もう夜中だ。かなり魔力を使っちまった。今日は休むぞ」(眠いです。眠いです。おやすみなさい)
魔力というか、モニョモニョを使ったのだが、ネムはびくともしていない。が、眠いのでハンスちゃんがフォローしてくれたのだ。なんて良いおっさんなのだろう。ネムの中の人と交代してくれないだろうか。
『豆腐宿創造』
ハンスちゃんが手を翳すと、2階建ての豆腐ビルが白い光と共に創造された。リーナとサロメはぽかんと口を大きく開けて唖然としていたが、気にする余裕はない。眠いんだもん。
「適当にベッドは作ったから、寝るんだな。おやすみ〜」
手をフラフラと振って、フワァとあくびをして、ハンスちゃんは家に入る。ふかふか豆腐ベッド完備です。
その様子を見ながら、リーナとサロメは顔を見合わせる。
「何、あいつ? こんな魔法見たことないわっ!」
「そうですわね……恐らくは古代魔法ですわ。古代にはこういう白き家々を創る大魔法使いがいたそうですわ。まぁ危険はなさそうですし、私たちも休みますか」
顎にほっそりとした手をそえて考え込むサロメだが、考えても仕方ないと思ったのだろう。中に入っていくので、リーナも追いかけて中に入るのであった。
中も白い部屋だと思っていたが、ちゃんとした家となっていた。床は一見木のフローリングに見えるし、窓ガラスもついている。天井が仄かに光っているので、暗くて困ることはなさそうだ。
テーブルも椅子もソファもある。全て木製に見えるので、少し安心してしまう。まぁ、白い壁に白い天井で何もなかったら、精神病棟みたいなもんである。落ち着かないことこの上ないだろう。
「何者なのかしらっ、あいつ?」
取るものもとりあえず屋敷から飛び出てきたリーナは双剣をテーブルに置いて、ソファに座る。モニョンとして、座り心地は良い。
「戦士にして魔法使い……何者かはわかりませんが、敵ではなさそうですわよ? 助けてくれましたし」
「それもそうねっ! でもネムが心配だわ……早く家に戻らないと。お父様たちならなんとかできるはずよっ」
「……そうですわね。とりあえずは寝ましょう?」
「うん、寝るとするわっ! おやすみなさい、サロメ姉さん」
てってと歩いて空き部屋を見ると、ふかふかベッドがあったので驚きながらもリーナたちは寝るのであった。疲れていたのだろう、ぐっすりと不思議パワーに包まれて。
翌日の目覚めは最悪だったが。
「うぁ〜、あげろ〜」
「ぢがらをぐれー」
「あーあー」
呻き声と窓ガラスや、ドアを叩く音がして極めて煩かった。バンバンと激しく叩く音に、リーナたちはふかふかベッドから這い出すように起床する。
「もぉ〜、なんなのよ? なんの声?」
リーナは眠い目を擦りながら部屋から出る。サロメも様子を見ようとこちらは円月輪を手にしている。
「うるさいです。まだまだ寝たりないのですが。精霊召喚トウフオーウィスプ」
いち早くうるさくて起きてきた不機嫌な顔のネム。うにゃうにゃと寝ぼけ眼で翳す手から白くて長方形の精霊、豆腐精霊を産みだす。フヨフヨと外に壁を透過して出ていき
ズズン
と、何やら爆発音がして、窓ガラスがガタガタ揺れる。
「あれは巷ではシーフォーとかいうプラスチック爆弾ではないかしら?」
「倒せれば良いんです。倒せれば」
精霊幼女の静香が椅子に座って肘をついて呆れている。が、リーナはそれどころではない。
「ネムッ! 助かったのね? 良かったわ」
眠そうにオメメをこしこしと擦る幼女にヒョウのように飛びついて抱きしめる。少し涙目になっていたりするリーナ。顔を押し付けて、ムニュムニュと抱きしめる。
「もう、心配したのよ? どこに行ってたの?」
「えぇと……黒竜ちゃんと一緒にベリーを探しに行ったら、ま、魔女に鏡に閉じ込められていました! そうしたらハンマーを持った男の人に助けられました。俺のことは構わずに逃げろって」
やばいと慌てるおっさん幼女。寝るときもキグルミを着ていたくはなかったので、解除したまま寝たのだ。そのまま外がうるさくなったので、寝ぼけながら起床したネムである。
そして幼女の姿で、うるさいよとのこのこ居間に出てきたのだ。幼女に警戒心という言葉はないらしい。幼女のせいではないかもしれないが。
やっちまったと慌てるいつもの迂闊なる幼女。言語変換機能は辛うじて働いたらしくギリギリセーフで、それっぽい話に変えてくれた。
「あのハンスとかいう男。私たちを助けたあとにこっそりと助けに行ってくれたの……。どうやら足手まといになったみたいね」
はぁ〜と、胸の前で腕組みをして悔しそうな表情のサロメ。まさかハンスちゃんとネムが同一人物とは思わない。たしかに可憐でか弱い幼女がむさ苦しいおっさんだとは思うまい。思った場合はその人も中身がおっさんの可能性大。
「そうなんです。鏡に閉じ込められていたら、なんだか助けられました。ねっ、静香さん?」
この勘違いというビックウェーブに波乗りするしかないと、ネムは静香に顔を向けると
「そうね。そうだったわ。ネムは精霊の愛し子だから、精霊の力を借りることができるけど、本人はか弱いものね、具体的には宝石1個ぐらい」
フフッと妖しく静香は微笑む。
「宝石1個?」
なんだか話が繋がっていないように思えるとリーナもサロメも首を傾げちゃう。
サーフィンができずに幼女は見事ビックウェーブに飲み込まれた模様。宝石幼女に脅されています。
「それよりも外にいる敵は何者でしょうか?」
ここは話題を変えようと試みる。
なんだかゾンビのような呻き声をあげる外の敵。敵を確認するまでまもなくゾンビだろと情け容赦なく吹き飛ばしたネム。適当極まる対応だ。
「そうね。ネムが精霊の力を借りることができるという話は気になりますし、ハンスという男が無事かも気になりますが。外はどうなっているのかしら?」
「そうです、そうです。見に行きましょう。すぐに!」
今度こそこのビックウェーブに乗るぜと、絶望的にサーフィンの才能がない幼女もぽてぽてと続く。
「ネム、私の後ろについてきて! 絶対に離れたらだめよ!」
「はいっ、リーナお姉ちゃん」
キャーと、リーナの背中に抱きつく嬉しそうなネム。リーナも顔を綻ばせて双剣を手にするとサロメに続いて外に出る。
そうしてシーフォー豆腐にやられた魔物を確認しに行くと
「なにこれ? 人……ですわよね?」
「うん………ドワーフ……かな?」
「さっきの爆弾は人間には効果がないんです」
3人で外に出ると、倒れ伏す人たちがいた。身長が低くビール樽の男と、幼女のような背の女の子だ。女の子はともかくとして男はドワーフっぽい。たぶんこの流れだと倒れている女の子もドワーフだ。そんな人たちが大勢倒れていた。
たぶんシーフォートーフに殺られたのだろう。ある地点を中心に放射状に倒れていた。うん、殺ってはいない。気絶しているだけだ。
おかしいな、絶対にゾンビだと思ったのに。幼女勘違いしちゃった。テヘペロ。
全力で誤魔化そうとするおっさん幼女。事故だよ事故。ドワーフさん大丈夫かなぁ。
可愛らしい笑みでぽてぽてと近づいて、つんつんとちっこい指でつつく。ピクピクと動くので、生きている模様。良かった生きてたよ。
「ネム、貴方も浄化の力を使えるのかしら? もしかしてこの人たち悪魔つきだったのかも?」
「悪魔つき? なんだか恐ろしい響きです」
サロメの訝しげな問いかけに、悪魔つき怖いですと、悪魔よりも恐ろしい者に取り憑かれている幼女はぷるぷると身体を震わす。
「ドワーフが悪魔つきなの?」
「そうね。私も聞いたことないけど……なぜなのかはこのドワーフたちに尋ねれば良いと思うわよ」
その話が聞こえたのか、薄っすらと目を開けるドワーフたち。
さて、この世界はなんだか怪しいなと、ネムは面倒くさい匂いにうんざりとするのであった。




