7話 キグルミ幼女は脱出する
烏の羽根のような艷やかな黒髪をポニーテールに纏めて、静香はちっこいおててに武器を構える。幼女なのに妖艶さを感じる妖しげな娘である。服装はロングコートを上着にして、中はスリットの入ったチャイナ服っぽい。
「このクラッキングガンなら、隠されていりゅ扉も簡単にあけられまちゅ」
多少噛みながらも銃を身構えて、壁へと向ける。銃口がスキャン用なのかガラスに覆われているメカニカルな銃だ。剣と魔法とアタミと銃の世界になったのかな?
引き金を引くと、ギュイーンと音がして、バカンと壁が開いた。おぉ、凄いとネムはぱちぱちと拍手をしちゃう。ふふっと得意気にぺったんこの胸を張る静香。幼女なのでこちらも微笑ましくて愛らしい。
「私の能力は銃関係を創ることなの。まぁ、もうエネルギーなくなったけどね」
どうやら早くも舌足らずな口調は直せた模様。普通の口調で言ってくる。
「補充します?」
「命が惜しいから、もういらないわ。それじゃいきゅわよ」
ネムのエネルギーは余程酷かったらしく、あっさりと首を振り拒否してきたのだ、ちょっとショック。幼女パワーなのにと不満に思うが、まぁ良いかとすぐに気を取り直し、てってけと開いたドアを潜り抜ける。
継ぎ目がなかったからわからなかったが、多分大型のゴミを搬入する扉だったのだろう。ネムは小さい手足を懸命に動かして、亀よりも速い程度の速度で移動する。その隣を軽やかに走りながら、静香もついてくる。余裕そうで身体能力も違いそう。
やっぱり異世界の身体能力は凄いんだなと、それに比べて私はショボいなとしょんぼりをしつつ走って、焼却炉から脱出した所で開いていた扉は閉じてしまう。
脱出した先は金属製の通路となっており、非常灯が灯っておりSFチックな感じを与えてくる。
「さて、お嬢様。私の目的はとりあえずは元の世界に戻ること。そのために指輪にエネルギーを貯めないといけないわ。かなりのエネルギーが必要だから数年はかかると思うけど」
足を止めてポニーテールをたなびかせて、静香が聞いてくるがエネルギー?
「100%になってますよ?」
空中にモニターを映すことがこの指輪はできるみたいで、現在のエネルギー量が表示されているのだ。100%と表示されていたりする。なので貯める必要は無いですよと、指環をフリフリさせると、肩をガッシと掴んできた。
「本当に? それは喜ばしいことね。そういえば多すぎるエネルギーをもってたものね。それじゃ指環を翳して願いなさい。五野静香を元の世界に送り届けたいと」
「わかりました。五野静香を元の世界に返品したい!」
顔を近づけて脅迫っぽく命令してくるので、コクコクと頷き手を翳す。セリフが少し違うのは幼女流ジョークです。だから、頬を引っ張らないでね。
しかしながら、シーンと静寂のみとなり、ネムのほっぺが引っ張られるだけとなり、何も起こらなかった。本来は何かピカーンとかドカーンとかならないのと、貧弱な語彙を披露しつつネムは首を傾げちゃう。ほっぺを引っ張られても、気にしない模様。
「まさか……説明書に書いてあったのは本当だったのね!」
思い当たることがあるみたいで、顔を険しくさせて、ネムのほっぺから手を離し、うむむむむと唸る静香。なんだろう。嫌な予感がするので言わないで良いよ。
もちろんおっさん幼女の願いは叶わなかった。おもむろに静香は話し始める。
「その指輪って、所持者の強い願いを叶えて、相応しい世界へと案内するだけらしいわ。だから、私の世界を知らない貴女はもちろんそんな願いを持つはずもないし、私の世界への道も開けないわけ」
「そうですか。わかりました。それではここでさようならと、さ、せ、て」
ニコリと微笑んで、ペコリとお別れのご挨拶。さらば妖しげな黒髪幼女よ。もう関わりたくないです。と、逃げようとしたが、がっしりと腕を掴んできて離さない。こいつ意外と力がある。幼女の力では離すことができない。
うぬぬぬと、しばし銀髪幼女と黒髪幼女は微笑みながら、睨み合うといった器用なことをしていたが
「貴女、転生者でしょ? お嬢様? 両親は知っているのかしら?」
ポツリと黒髪幼女が口にした言葉に戦慄する。
「なんで? いや、なんのことでしょうか? さっぱりわかりませーん。日本語ニガテデース」
アイキャンノットジャパニーズと、古臭い外国人を演じるネムであったが、静香はニヤニヤと薄笑いをしている。
「私の世界とたぶん近い世界なのよね。少なくとも、この世界の生まれではない」
「そ、そんなことないで」
「目が〜、目が〜」
ニヤニヤとちっこいおててで自分の顔を覆いながら、身体をくねくねさせる静香。
からかうように言って来る内容にショックを受けちゃう。マジかよ、このネタがわかる世界の住人だったのか。
自業自得のアホさを見せるネムであった。
「むぅ……それじゃどうすれば良いんです?」
諦めて嘆息しつつ尋ねると、ようやく腕を離してくれて、顎に手を当てて考え考え言ってくる。
「たぶん私が元の世界に戻れる可能性は極めて少ないわ。置いてきた財宝は勿体ないけど……気を取り直して生きる術を考えないといけないわ。こんな姿だし……ねぇ、私を一緒に住まわせてくれることは可能?」
コテンと小首を傾げて、問い掛けてくる静香。アニメとかでは古典的テンプレにして、主人公のハーレム生活の始まりとなる同棲生活。妖しげな幼女と同棲するのは嫌です。
「無理……嫌がらせではなくて。う〜ん……だって、なんて説明を家族にすればいいんですか? 空から落ちてきたと言って、一緒に住めるのはアニメの中だけですよ?」
まぁ、そんなシチュエーションには憧れるけどさ。静香さんが落ちてきたら、交番に届けるけどさ。
「なにか余計なことを考えていそうね……でも確かにそのとおりよね。現実でそんなことをしたら確実に誘拐犯だもの。戸籍がしっかりとしている世界は厳しいわよねぇ」
ネムの言葉に苦々しい表情となって、黒髪幼女は身体を傾げて、う〜う〜と唸る。確かに戸籍がしっかりとしている世界なら、捨て猫じゃないから一緒に住むなんて厳しいよな。……戸籍がしっかり?
静香のセリフに引っ掛かりを覚えて、へんてこな顔になったネム。それに静香も気づく。
「なによ? 変なこと私言った? ここってかなり科学が進んだ世界でしょ? 私がここに来て3日は経つけど、誰も人は焼却炉に来なかったし。全部オートメーション化されているんでしょ? 人類はロボットに労働を任せて遊んでいるのかしら?」
あ、そっかと理解した。静香はこの世界は焼却炉しか見ていないんだろう。金属製の大型焼却炉に、分解ビーム。この通路だって金属製で非常灯が灯っている。そして、まったく人気がない。
科学が発達した世界だと勘違いしたのだ。無理もない。俺も焼却炉とこの通路だけを見たら、そう考える可能性が高い。
「どうしたの? ここってそういえばなんの施設?」
「ここはアタミワンダーランドです。私は入場料タダなのでこっそり忍び込んだのです」
勘違いされるような物言いを思わずしてしまったネムへとなるほどねと静香は頷く。
「転生先のアミューズメントパークに入ってみたくて仕方なかったんでしょう? まぁ、たしかに科学の発達した世界のアミューズメントパークって気になるわよね。私も見てみたいわ」
そういって壁際の扉へと歩み寄る。そこは出入りはスタッフオンリーとドアに書かれている。興味を持ったのだろう、ガチャリと無防備にドアを開けてしまった。
ちょっと覗こうかと考えたのだろうが、そこは薄暗闇であった。しかも目の前には大きな顔が浮いていた。いや、ろくろ首のように首を伸ばした髪の毛もない卵のようにツルンとした顔があった。
「へ?」
予想外だったのだろう、静香がコテンと首を傾げて、目の前の顔は縦に筋が入った。
なんだろう、これは予想できるよなと、ネムも後退りをしちゃう。こういうの漫画とかで見たことあるの。
静香も予想できたのだろう。二人の幼女は顔を引きつらせて目の前のろくろ首を注視して
バカリ
顔が縦に割れて、ゾロリと牙の生えた血のように真っ赤な口内が表れた。肉塊の層が不気味に蠢動し、たらりとヨダレが床に落ちる。
「きゃあー」
「あんぎゃー」
二人の幼女は恐怖の悲鳴をあげて、その声に反応したのか、ろくろ首は顔を一気に突き出して、ズザザと床を擦らせながら、静香をひと飲みにしようと迫る。
「ちょっと冗談じゃないでちゅ」
慌てたのかまたもや舌足らずな言葉を口にして、眼前に迫るろくろ首を前に、トンッと床を蹴ると猿のように数メートルも飛び上がり、ろくろ首の顔を踏みつけて天井へとさらに飛翔して、折り重なったパイプ管にぶら下がって回避した。
忍者みたいだ、かっこいいとその姿に目を輝かして、静香を逃したろくろ首を前にネムも同様にジャンプをする。
「たぁっ」
鈴の鳴るような可愛らしいかけ声でジャンプ。忍者に憧れるネム5歳。おっさんの精神年齢を加算すると0歳に近くなる幼女ジャンプ。
ぴょこんと数センチ跳んで、もちろんガブリとひと飲みにされた。
「うっぎゃー!」
おっさん幼女がゾロリと生えた無数の牙にミキサーのように削られて、ゴクリと呑み込まれた。ブランと片手でパイプ管にぶら下がる静香は目を細めて敵の様子を確認する。床に穴が開いており、そこから首を伸ばして敵は出現していた。
「なによあれ? あれがテーマパークのマスコット? 随分趣味の悪いマスコットね。クレームを入れられないのかちら」
呟きながらネムはどうなったかと思って見ていたら、首がバキバキと中から膨れ上がり、バンという音と共に爆発した。中からニョロリンと白い何かが這い出してくる。
「な、なめないで下さい。ウゲェ、また蝋人形にされるところだったよ」
何かしらと警戒をしながら眺めていると、背中の部分がパカリと開き、銀髪幼女がほうほうの体でコロリンと転がるように出てきた。よくよく見ると開いた中はシートとレバーが見える。
「ふふっ。どうやら面白いロボットを持っていりゅようね」
幼女らしからぬ妖艶にふふっと笑い、静香は危険がなくなったようだと飛び降りるのであった。
ぺっぺと蝋を吐き出して、牙でビリビリになった服を修復しておく。酷い目にあった。また焼却炉に戻るところだったよと愚痴っていると、スタンと静香が降りてきたので、ジト目で見て文句を言う。
「危なかったじゃないですか。死ぬかと思いましたよ、死ぬかと。見てください、服がボロボロに……さっきまではなってました」
「あら、アストラル体分解光線でも死なない貴女だから大丈夫でしょ? というか、ここは本当にテーマパークなわけ? 貴女みたいな娘がこの世界にはゴロゴロいるの? この世界のことを聞かせて貰おうかしら?」
「むぅ……私のような人はたくさんいるかもしれませんが、この世界は実はですね……」
おっさん幼女が大量にいる世界。……地獄とか、魔界とかその世界は言うのだろう。
おっさんが幼女になったような人はこの世界に他にはいないだろうが、とりあえずはここの世界のことを知る限りでネムは説明するのであった。
少し時間が経過して、ふむふむと静香は状況を確認してくる。
「つまり、世界は剣と魔法の世界で、古代遺跡のダンジョン扱いにこのテーマパークはされているのね? ふ〜ん……」
「剣と魔法とアタミの世界ですよ、静香さん。アタミ忘れています」
アタミは重要だよと、謎のアピールをするアホの幼女を放置して、静香はこの世界のことを少し理解した。
「わかったわ。それなら上手く貴女の家に潜り込めるかも」
「なにか良い方法があるんですか?」
そんな方法あるんかなぁと、ネムには思いつかない。親が海外に仕事に行くように祈るとかかな? アニメとかではテンプレだけど、あんなことになったら確実に子供は怠惰になるよな。掃除はしないし外食オンリーになるだろと、自分を基準に考える明後日の方向に思考を飛ばすキグルミ幼女である。
「えぇ、貴女の話が本当なら上手く行くはずよ。これでも頭は回るのよ」
コツンと指をこめかみにあてて、静香は微笑む。妖艶に見えるが幼女なので、背伸びをしているようにしか見えない。
「とりあえずはその指輪を使ってみましょう? もう夜更けなんでしょう? もしも貴女がいないことがバレたら大変なことになるわ。大丈夫。たしか同じ世界の中を行き来できる機能もあるはずよ」
「私の願う場所に行けるんですよね? たしかにもう眠いのでおうちに帰りたいですが……」
俺のいた日本に目的地が設定されたらどうしようか。幼女の姿で仕事に復帰は不可能だろうし、今の家族に愛着もあるし、手作りご飯美味いしなぁ。でもテレビやゲームも欲しいよなと、欲張りなことを考えつつ、指輪を翳す。
そうしたところ、指輪が輝きモニターが表れる。そこにはネム・ヤーダの部屋と小さな部屋のアイコンと共に表示されていた。そして、この地点も登録されたようで、アタミワンダーランド地下99階と表示されている。
今の住んでいる部屋が表れたので、安堵をするが少し寂しくも思う。これで日本に戻れる可能性はなくなったみたいだ。まぁ、今の家族は大事だし、いっか。
それよりも大変なことがある。
「うげっ、ここって地下99階だったようですよ、静香さん」
凝りすぎだろ、これお客にクリアさせる気ないだろと呻いちゃう。そういや、今のろくろ首の魔石はいくらだったのかな?
「そうなのね。このテーマパークを調べるのは後でもいいでしょ。ドロップはショボいみたいだし」
いつの間にネムの倒したろくろ首の魔石というかコインを手にして静香は手のひらの中で転がしていた。500アタミと書いてあるが、今の敵は最下層の敵のはず。ネムもドロップショボいなと呆れちゃう。
「えっと、一緒に連れていけるのは私も含めて4人みたいですね。で、戻ったらどうするんですか? 空から落ちてきた少女にしては、清らかさがないですし、妖しさが滲み出て、いてて」
セリフの途中で頬を引っ張られてしまうネム。常に一言多いその性格を矯正しないと永遠に頬を引っ貼られてしまうだろう。
「美しさと言いなさい、まったくもう。いいでしゅか? コホン、いいかしら? 私はダイヤモンドにも戻れるのよ。エネルギー省エネモードね。で、作戦名は美しい精霊に懐かれたアホの幼女でいきましょう?」
「アホはいらないと思いますが、良いですよ。作戦名からなにをしたいか理解しましたし。それじゃ精霊に懐かれた聖女な幼女でいきますね?」
お互いに譲れない何かがあるんだよと睨み合いながら、ふふふと笑い合う二人であった。
そうして、とりあえずは家へと戻るキグルミ幼女であった。
活動報告に少し気づいたことを記載しました。