67話 霧深きキグルミ幼女
「うひゃぁぁー!」
現在、儚げな見た目の幼女。ネム・ヤーダは夜空を飛んでいた。あとは、受け止める主人公が地上にいれば、感動的な物語が始まるはずだ。
二枚目の主人公が驚きながらも、両手を広げて受け止めてくれる。
ただし、可愛らしいヒロインに限る、だ。中におっさんが巣食っている場合はというと
「キシャア」
多脚の不気味に脈動する5メートルの長さの身体を持つワームっぽいのが、びっしりと口内に生やす牙を見せながら待っていた。
そして空を飛んでいる幼女の身体には幼女の腕ほどの太さの触手が巻き付いている。餌として引き寄せられているネムである。
このままだと食べられて、ミキサーみたいな牙にズタズタにされちゃうだろう。幼女のお服が。
「ミニハンスちゃーん、カムヒアー!」
ネムは最近慣れてきたよと、慌ててモニョモニョを体内に集めてキグルミを作成する。ピカリと光るとカウボーイハットにぶかぶかロングコートを羽織って、その手に巨大ハンマーを創造する。
『裂豆腐撃!』
豆腐をパラパラに砕ける強力な一撃を振り下ろす。白く光りながらハンマーはワームに落ちていき、ドスンと命中すると、その衝撃を受けて、ワームは大きくその身体を凹ませて肉片が飛び散っていく。
とうっと、軽やかに着地をしようとしてワームの身体に落ちて、ぽよんぽよんと跳ね飛ばされて、ころりんころりんと地面に転がった。
「あいだっ! いったいなにが起こったんです?」
イチチと声をあげながら周りを見る。周りは霧に覆われて少し先も見えない。
「霧に気づいて窓に近づいたのは失敗だったわね」
触手に攫われるときに、しっかりとサークレットへと変身して、ネムの頭に被さった静香がぽふんと元の幼女の姿へと戻る。
「だって、窓ガラスがカサカサと煩かったんですもん。だから見に行ったら、いきなり触手が現れてびっくりしました」
真夜中に窓ガラスがカサカサと音をたててうるさかったので、何かなと思い見に行ったら、窓ガラスを突き破って触手が入ってきて攫われたのだ。
本来ならば、びっくりしただけでは終わらない。化け物の腹におさまる脇役に終わるはずである。おっさんに相応しい役どころと言えよう。おっさんが食べられたあとに、映画とかだと、デデーン、とか恐怖心を引き起こす音が鳴って、オープニング始まるのがテンプレだ。
変態的戦闘力と防御力を持つネムだからこそ無事だったのだ。
「なんか後頭部に乗りました。チクチクするんですが、なにか乗ってます? カウボーイハットを貫いてくるような感じがするんですが」
話しながら、首すじがチクチクするよと、ネムが静香に言うと、なんでもないようにことのように教えてくれた。
「なんだか蚊みたいのがとまっているわね」
静香は慌てず騒がず、冷静に言ってくる。何かいるらしい。
「わかってました、私には平穏は似合わないって」
ていっ、とカウボーイハットを振ると、30センチぐらいの蚊がブオンと飛んでいた。
平穏は似合わないと宣うネムはぞわぞわとその虫の様子に背筋を凍らせて、すぅ〜と息を吸い込む。
「ぎゃ〜! デカイ蚊! でかすぎます! 気持ち悪いっ!」
幼女はデカイ蚊が苦手なのだ。錐のような口吻をこちらへと向けてくる蚊。大きい図体のために、速さはないが、気持ち悪い。繊毛や昆虫の複眼も大きすぎてリアルすぎます。
口吻がネムへと迫り、叫んでいるネムはサクッと首筋に刺さって、ちぅちぅと血を吸われる……わけはなく、ぷにぷにお肌をチクチクさせるだけだ。
「ていっ」
ハンマーをハエたたきのようにぶん回し、ブオンと風斬り音をたてながら巨大蚊を叩き落とす。耐久力はないらしく、あっさりとバラバラになる蚊。
「巨大な昆虫って、パニック映画とか漫画で使われますけど、リアルだと気絶ものですよね」
ふぃ〜と、汗を拭い身震いするネムであるが
カサカサカサカサ
変な音がするなぁと振り向いて、地面を見て再び叫んじゃう。
「きゃー! 足の生えたゲジゲジがたくさん来ます! キャーキャー」
ワタワタ混乱するネム。SAN値チェックに失敗した模様。何しろ地面には数十匹の人間の指のような脚を無数に生やした毛虫がこちらに来るのだ。しかもやはり30センチぐらいの大きさで、地味に気持ち悪い。
ホラーやパニック映画で、叫んで化け物に見つかって殺される役を見事に演じるキグルミ幼女。映画と違うのは見つかっても、死なないところだろう。化け物がこの幼女を見つけたら殺せなくて涙目になるかもしれない。斬新なストーリー展開と言えよう。
でも、ネムは映画の脇役ではなかったので、助けを求めることができる。
「イラ〜、助けて〜」
キャーキャーと頭を押さえて蹲る。もはや逃走不可能な体勢となるが、問題ない。
「ふわぁ、寝ていたんですが主様。深夜勤務手当を貰いますからね?」
陰からイラが眠そうにあくびをしながら出てくる。わざわざぶかぶか袖あまりパジャマ姿で、コウモリの図柄まで入っている凝りぶりだ。
もちろん頭にはぼんぼん付きの帽子を被っている。
そんな眠そうなイラにネムは助けてと足にしがみつく。こういうビジュアルで攻めてくる敵は苦手なんだよ。気持ち悪い造形禁止。ゲームでも肉塊を捏ねて作ったような敵が出るのは苦手だったんだよ。
口元をによによと緩めて嬉しそうな笑みになるイラであるが、迫りくる芋虫にスッと目を細めて手のひらを向ける。
「主様を怖がらせるなんて……もっと怖がらせても良いと思いますが、排除しますね〜」
闇の魔力を集めると、手のひらに纏う。そして軽く扇ぐように手のひらを振った。
『暗黒』
振った手のひらから、暗黒のビームが無数に分かれながら異形の毛虫に向かう。その暗黒のビームを受けた毛虫はブクブクと膨れ上がると内部から破裂して、肉片となって飛び散っていった。
バシャンバシャンと緑色の血を噴き出しながら死んでゆく毛虫たち。少しして、その全てをイラはあっさりと倒すのであった。
「暗黒はひっとぽいんとを削るんですが、そもそも妾のひっとぽいんとは多すぎですので、全然減りません」
「聖騎士に転職して、弱くなった暗黒騎士の得意技ですよね。私は暗黒騎士のままが良かったです。あれは職業差別だと思います。聖騎士ってどれぐらい強いのかと期待していたら、暗黒騎士より全然弱くて反対にびっくりしましたよ」
聖騎士になった途端、火力が減って苦労したんだよと、ファイナルなゲームを思い出すネム。イラも同様の技を使えるのだが、威力が違いすぎる。
さすがはネムがモニョモニョをたくさん使って創り出した精霊なだけはある。
「でも、大型の敵は苦手なんです。ドラゴンモードは疲れますし」
地面が大きく揺れて、ネムたちはおっとっとと、体勢を崩す。ネムはもちろん体勢を崩すどころか、コロリンコロリンと転がってしまう。小柄な体躯の幼女なので、踏ん張りが効かないと言い訳をするが、静香は平気な顔をして立っているので、ネムのバランス感覚がおかしいのは間違いない。
「これっ、嫌な予感しかしないです」
ズシンズシンと大きな足音を響かせる相手は何者なんだと、霧の中を見ようとして、
ズシン
と、目の前に大木が落ちてきた。いや、よく見ると大木ではなく、硬質な皮膚を持つ足であった。数十メートルは足だけであるのだろうか。霧も相まってその全容は見えない。
見えないが、こちらを踏み潰そうと振り下ろしてくるのはわかった。何しろ自分の真上に脚を動かしてきたので。
「これだけ大きいと、そりゃ誰でも苦手になりますよ」
歩くだけなら、こんなに小刻みにステップをしてこない。明らかにこちらを狙っている。蟻を潰す意地悪な人間のように、ズシンズシンとステップをしての踏みつぶしだ。
「これは……躱しきれないわね」
空を仰ぎながら静香は呟くと、またサークレットに変身してネムの頭に被さった。取り憑くのはおっさんだけでいいと思います。ちゃっかりしすぎの宝石幼女だ。
「ほいさっ。てったーい」
イラも影に潜り消えてゆく。そこに主を心配する気遣いは無い。せめて、主様、お気をつけをとか言っても良いと思います。二人ともずるいと、頭上に落ちてくる足の大きさに口元を引きつらせて
ペチャン
と、潰されるのであった。落ちてきた足は小柄なネムをあっさりと踏みつぶし、哀れ幼女は死にましたとなる……はずもない。メタルな防御力を持つキグルミ幼女は踏み潰され姿もみえなくなるが、踏みつぶした足はというと、ビル並みの重量があるはずなのだが、じわじわと持ち上がっていく。
「パワーで俺様に勝てると……思うなよなっ!」
一気にその足は跳ね上げられて、ぐらりと揺れる。潰れたはずのネムがいた場所には、古ぼけたカウボーイハットを被った獣のような眼光を放つおっさんが立っていた。ロングコートをばさりとはためかせて、その手には純白のハンマーを持っている。
パワー重視のハンスちゃんのキグルミだ。
ニヤリとふてぶてしい笑みを見せて、ハンマーを身構えて、再び足を下ろしてくる敵へと告げる。
「このハンス様を舐めるなよ! ムンッ!」
横幅が30メートルはありそうな巨大な足。それに対抗するのは象に蟻が噛み付くようなものであると、他者が見たら思うだろう。
だが、足に比べると爪楊枝のようなハンマーを振り下ろしてくる足へと叩きつける。
命中した箇所から光の波紋が衝撃波となって、軽々と弾き飛ばした。
「聖豆腐光迫撃!」
なんでも豆腐の名前をつけるネーミングセンスゼロなネム。いや、今はハンスちゃん。
光の衝撃波は辺りに満ちた霧を消し飛ばし、敵の正体を眼前に見せる。
「山かよ……」
目の前の光景にハンスちゃんも目を見開き、口元を歪め驚く。
それは六本足の山だった。何百メートルの高さを持つのかわからないやと、チッと舌打ちする。ゴツゴツとした岩の塊に足が生えているようにしか見えない。目も触覚もないように見えるのに、こちらを見ていると強く感じる。
「フォォォォン」
まるで汽笛のような鳴き声を上げた敵は再び脚を振り上げる。どうあっても自身に比べれば小さな生命体のキグルミハンスちゃんを倒そうというつもりだ。
「でかけりゃ勝てるってわけじゃない。パワー重視のこの俺の力。見せてやる!」(キャー、怖い、とっても怖いです。フルパワーで勝てますです?)
謎の言語変換がされて、ネムの弱気を好戦的セリフに変えて、ハンスちゃんはハンマーに力を集中させる。
周りを目も眩むような純白の光で覆い尽くすと、神々しさも感じさせる強大な力の宿るハンマーをかち上げた。
『山豆腐崩し!』
その瞬間に膨大な光の柱が立ち昇った。迫る大木のような足も、遥か高空にある胴体もその光に貫かれると、その光が敵の身体の隅々まで行き渡り、爆発した。
ハンスちゃんのモニョモニョパワー。ネムの無駄にあるエネルギーは岩の塊のような硬さを持つ化け物をものともせずに、あっさりと倒したのである。
肩にハンマーを背負い、フッと笑うハンスちゃん。バラバラと岩のような肉塊が降り注いできたが、そこで眉を顰める。
肉塊が降り注ぐ中で、粒子となって消えていくのだ。この状態は見たことがある。
「魔物か?」
テーマパークにしか出ないはずの魔物に、不思議に思うハンスちゃんだが
「この〜っ! 負けないわっ!」
聞き覚えのある声音に動揺する。
あれは少女の声。もっというと
リーナの声だ。
 




