66話 エスター家でエンジョイするキグルミ幼女
「ええっ! これ箱の中に人がいます!」
ベタな驚きを口にしながらネムは目の前の板をペタペタ触る。いたというか、テレビなのだが。録画されている映像に、ベッタベタな驚きを見せていた。
目の前には壁にかけられているテレビがあり、アニメを映していた。
「これ、映像よねっ? テレビを持っているなんて凄いわねっ!」
リーナお姉ちゃんが別の意味で驚いているので、やっぱりテレビ知っているのかよと、せっかく箱の中に小人がいるの演技をしたおっさん幼女はジト目となった。というか、このネタはブラウン管テレビが無くなったら無理だな。箱の中にペラペラな紙みたいな小人がいる。……ホラーになりそうだよね。
一応聡明と言われているので、驚くフリをやめて、自慢げにふんすふんすと鼻息が荒い少女、サロメに顔を向ける。
「これ、映像なんです? 高いんですか?」
私も一台ほしい。テレビ、冷蔵庫、……あと一つは忘れたけど、ホットプレートだっけ?
おっさんもさすがにその頃は生まれてなかったからわからないやと、内心でボケていると、サロメはポヨンと胸を揺らして教えてくれる。色気がありすぎる少女だ。
「これだけで2万円しましたわ。高かったのよ、これ」
自宅で映画館をという、売り文句から作られたようなテレビだ。かなりの大きさだけど……2万円かぁ、高いね。前世の金額だと2億ね……。
「そんなに高いんですか。映像を映す魔道具は本当に高いですね、サロメさん」
「ま、まあ、それほどでもありましたわ」
クリフがフフッと笑うと、サロメはポッと頬を赤くする。イケメンパワーというやつだ。おっさんが同じセリフを口にしても、嫉妬していると思われるのが落ちだろう。
「この屋敷には他にプールもありますし、寝室にはエアコンもありますわ。充分に楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます、サロメお姉ちゃん」
ペコリと頭を下げて、小柄な体躯の幼女はニパッと微笑む。その純真なる心から零れ落ちた笑みにサロメはなんて可愛らしいのかしらとナデナデしてくるので、目を細めちゃう。幼女はお得だねと、邪神オッサーンはほくそ笑んでいたとか。
「でも録画がこれしかないのよね。もう見飽きたわ」
肩を落とすサロメ。どうやら自慢する以外に使いみちはなさそう。映画一本しかないのね。
映像は狸を操る怠け者の魔法使いが空からやってきた悪魔たちと戦う話だ。残念ながら次々と仲間はやられていき、ピンチになる。そこで魔法使いは禁忌の魔法を使う。時間遡行魔法にて、悪魔の生まれた時代へといく。
そして、悪魔を作ったのが人間だとわかる。進化の書という者を使い、完全生命体を作ろうとしたのだが、競争心を持たせて作ったのが原因だと、製作者は競争心を取り除き、愛を持たせる。
これで未来は変わったと、魔法使いが安心して未来に戻ると悪魔は影も形もなかった。千里眼にて悪魔が生まれた地を覗くと、悪魔たちは知性なきただの獣となっていた。
愛のみを進化させた結果、知性を必要としなくなり、ただの獣と化したのだ。魔法使いは一つの種族を滅ぼしたと涙して終わる。なんというか、後味の悪い話だ。
これ、子供向けアニメじゃないかな? こんな話の映画見たことあるよ? たしかに大人目線だと酷い話だ。まさしく戦争だったんだよね。
「他の録画も欲しいのですけど、なかなか手に入らないのですわ。王家も公爵家も暇を持て余す方が、見つかった新作を買い取ってしまいますし」
金持ちのエスター侯爵家でも買えないとか、熾烈な争いなんだなとドン引きしてしまう。娯楽に飢えているんだろうなぁ。
「プールに入ります? それともリバーシか将棋をしますか?」
うん、わかってた。わかってたよ。この世界は玩具チートもできないということを。
「プールがいいわっ!」
体育会系のリーナに躊躇いはなく、プールへと行くことに決まったネムたちである。
プールはお金持ちらしく、プールバーにでもなりそうなひょうたん型の形をしていた。浅いところから深いところまで分けられており、50メートルぐらいの大きさだ。
「プールねっ! 泳ぐわよっ!」
競泳用水着を着込んだリーナがバタバタと走り、プールに飛び込む。ざばんと水しぶきが上がる中で、短い手足をよちよたと動かしながら、ネムも幼女用のワンピースタイプの水着を着て、プールサイドに行く。
ちこんと足指を水につけて、
「ちべたいです」
まだ初夏だから少し寒いよと幼女は顔をしかめちゃう。というか、前世の日本の暮らし、負けちゃったよ。魔法もあるし、普通に家電製品もあるしね! 電気じゃないぽいから、家魔製品とでもいうんだろうけど。
おっさんはプールバーに行ったことだってないのだ。というか、中年に差し掛かってからプールに行ったこともない。
「私はトロピカルジュースね」
静香さんみたいに、余裕のある幼女は無理だよ。なんで幼女なのに、椅子に寝そべってメイドさんたちをこき使えるのかな? 黒いワンピースタイプの水着を着込んで、余裕そうに寛いでいるよ。
「泳ぎを教えてあげるわよ、ネム?」
ビキニの水着を着込んでサロメが歩いてくる。サンバの時よりもおとなしい布面積の大きいビキニだ。
グラマラスな肢体を惜しげもなく見せながら歩いてくる赤髪少女。高慢そうというか、色気がありすぎて困っちゃいそうな侯爵家の娘である。ちなみに長男、次男といるが王都にてお祖父さんからスパルタ教育を受けているそうな。
金持ちには金持ちの大変さがあるのね。私も少しぐらい苦労をしてもお金持ちになりたいです。もっと豆腐パワーを使った方がいいのかしらん。
豆腐パワーを使うと、状況は混沌としてしまうので、やめたほうが周りのためだと思われるが、自覚のない幼女であるからして。
「お願いします。サロメお姉ちゃん」
「ふふっ。わたくしに任せなさい? 本当にこの娘は可愛いわね」
むぎゅうとその胸に押し付けられるように抱きしめられるので、ポヨンと胸の感触が感じられて良いねと、満面の笑みを見せる幼女だった。もはや、絶対に中の人がいるとは悟られないようにしないといけないだろう。きっとおっさんだけ滅ぼす方法を皆は探すだろうから。そう考えると、バレるのはとっても良いことだと思います。
「可愛らしいです、ネム様! 魔力式カメラを買って良かったです! 思い出のアルバムを作りますので、こちらに目線を向けてください。シナを作ってもらうと最高です!」
プールに入ってサロメにおててを掴んでもらい、バタ足をバシャバシャするネムに、一応メイドのはずのエルフ娘が火雷とネームが入っているカメラを持って、バシャバシャ撮影をしてきたりするが、気にしないことにしておきます。
カメラマンロザリーはゴロゴロとプールサイドを転がりながら撮影を続けて、バシャンとプールに落ちてもいた。
「あぁっ! このカメラ高かったのに! フィルム、フィルムは」
プールに落ちた時に、ロザリーの影が、ロザリーの足を引っ掛けたように見えたけど気のせい、気のせい。
パシャパシャとバタ足の練習をして、しばらく皆でプールで水のかけっこなどをやって遊ぶ。おっさんはもはや一片の悔いしかなし、と天に拳を掲げて美少女たちとのプールに感涙しちゃう覇王ネム。ちなみにクリフもいたけど、イケメンは視界から外しております。
一通り遊んでから、プールサイドの椅子に寝そべって、ちぅちぅとトロピカルジュースを飲みながら、外の景色へと視線を向ける。
遠くには丘の上にでかい城が建っている。霧でよく見えないが不吉そう。
「ネムはサイレントパレスが気になるのかしら?」
「はい。あそこはなにが出るんですか?」
三角様とか、看護婦じゃないよね? 次点でサイレンが鳴ると現れる死なない死人。ブレインとか出たら気絶する自信あります。あれは造形が気持ち悪すぎるよ。
「悪魔よ。結構手強いわね」
「悪魔です?」
サロメの意外な答えに目を丸くする。悪魔とはオーソドックスだな。
悪魔をオーソドックスというほど、サイレントなゲーム関係が苦手なおっさん幼女はキョトンとした。
「えぇ、コウモリの羽根に獣のような爪を持ち、黒い光沢ある皮膚に、多彩な魔法を使うわね。ランクによってその能力は違うけど」
「良かったです。あんまり怖くなさそうですね」
洗濯板な胸を撫でで安堵しちゃう。そういう悪魔なら楽勝だよ。
だが、この返答を聞いて、キョトンとしたあとに、ププッと吹き出すように笑い出した。なにか変なことをいったかしらん?
「うふふ。悪魔が怖くないなんて、たいした子なのね」
「そうよっ! ネムは凄いんだから! 精霊の愛し子でもあるんだからね!」
白銀の髪の毛からキラキラと水を弾かせつつ、プールから上がってきた美少女リーナが得意げに胸を張る。
「そうね。見かけと違って意思が強そう。ますます気に入ったわ。うちの子にならない?」
豆腐に負けるとも劣るかもしれないおっさん幼女の意思の強さを気に入ったわと、サロメは微笑む。エスター家の子になったら大変な厄介事を招くことになるだろう。
「駄目っ! ネムは私の大事な妹なんだからっ!」
「それは残念。でもこれからは私もちょくちょく伯爵家に遊びに行くわね」
「楽しみにしてます。サロメお姉ちゃん」
むぎゅうとまたもや胸に抱えられるので、にゅふふとその感触を楽しむ幼女だった。
「夜はバーベキューよ! 美味しい牛肉をたくさん用意したから楽しみにしていてね?」
「はい。楽しみにしています」
異世界サイコー。旅行に来て良かった。これは前世でも行ったことのないお金持ちの旅行だよと、ネムは大喜びするのであった。
そうして夕食はバーベキューでワイワイと楽しみ、エアコンの効いたお部屋でふかふかベッドですよすよとネムは眠った。これはリア充だよ、私の最高の旅行だよと。
真夜中になり、屋敷が一寸先も見えなくなるほどの霧に覆われて、ガシャンと窓ガラスが割れる音がした。
「うひゃぁぁー!」
どこかのキグルミ幼女の悲鳴が響いたが、きっと最高の旅行なので、嬉しい悲鳴だろう。夜中に騒ぐなんて困った幼女である。
リア充の旅行は無理らしい。恐らくはおっさんの魂がリア充を呪っているからだろう。




