64話 エスター家に訪問するキグルミ幼女
ブオンと音をたてて、装甲トレーラーハウスが道を移動していた。ボルケンから接収した車両である。エアコンもついており、トイレもついており、台所もある。ふかふかのソファにポヨンと座り、ゴロゴロしながら快適だとネムは思う。
道を移動している最中で、キキィとブレーキ音が聞こえて車が止まるので、コテンと小首を傾げちゃう。
好奇心旺盛のリーナがなにかしらと、外に飛び出ていき、すぐに戻ってきた。
「なんで車を止めたんですか、リーナお姉ちゃん」
「なんか迷子のエルフの団体がいたそうよ。うちの領地を目指しているそうだけど……反対じゃない」
へー、と車窓から外をうんしょと背を伸ばして覗いてみる。と、エルフたちが騎士と話していた。
なんだかごついハンマーを背中に背負って、隊長らしき人は光る小鳥を肩に乗せている。
「ええっ! まったく正反対っすか?」
「あぁ、ヤーダ伯爵領は我らがやってきた道だ。と言っても、もうかなり離れているがな」
驚くエルフに騎士が呆れていた。迷子にも程があるだろと。
「ほら、ゴン太様。やっぱりエルフらしく森を歩こうとか言うからですよ」
「森林から華麗に歩いてきた方がエルフらしいっす。道はわかったっすよ。しゅっぱーつ」
そう言って、てこてこと道を外れて森に入っていくエルフたち。道沿いには嫌でも行こうとしないらしい。
「どこかで見たことあるエルフですが、まっいっか」
イケメンの男なんて覚える必要はないよねと、またソファに戻って、リーナに髪を梳かれたりして、キャッキャッとネムたち一行はエスター家に辿り着くのであった。
幼女たちが遊ぶ風景にロザリーが感涙していたことは言うまでもない。
中のおっさんが遊ぶ風景に変換したら涙ぐむことは言うまでもない。考えるのも禁止である。
エスター侯爵の領都。到着したネムはふわぁと目を開き感心していた。30メートルはありそうな城壁はなにやら回路のような光る模様があり、金属製っぽい。メカニカルな壁である。
壁をよく見るが対空砲とかはない。あの壁は何なのだろうか? たぶん幻獣から街を守るためなんだろうけど。
モニョモニョを注いでみたらどうなるかなと、考えるがやめておく。一応おっさん幼女も学習能力があるのだ。豆腐を壁に混ぜたらいけないぐらいわかるのである。当たり前かもしれない。
街もたくさんの人が歩いており、市場は活気があり様々な物を売っている。冒険者らしき人がそこかしこで見ることができるので、ダンジョンも盛況みたい。
雑踏と呼んでも良い人々の波に、ふわぁと可愛らしいお口を開けて驚いちゃう。
前世の地球では、ラッシュとかがあって、渋谷などでは雑多な人々を見たことがあるので、この程度の人波では全然主人公は驚かなかった。
そういう小説を前世でたくさん見たけど、おいおい、それは違うでしょ? とネムは思う。貴方は渋谷の雑踏を見たことがあるから、パリの凱旋門通りを歩いても感動しないんですか? と返したい。あれは主人公が普通に異世界を下に見ている証拠だよな。
つまりはそういうことだ。異世界の活気ある街並みを見れば感動するに決まってるでしょ?
「お茶に団子はいかが〜?」
「蕎麦はいらんかね〜?」
「油そば、やってまーす」
つまりはそういうことだ。なんちゃって異世界ならば、ジト目になるに決まってるでしょ?
「リーナお姉ちゃん。油そばって、なんですか?」
前世で食べたことはないんだよね。前世の友人に、人によって好みが変わるからわからんけど、あんまり味ないよ、麺の味を楽しむ感じかなぁと聞いたから、味しないのかとラーメン屋と油そば屋を見つけた場合、ラーメン屋に入っちゃった味に保守的な元おっさんなのだ。
「あ、油そば? もちろん私は食べたことあるわっ! ネムのお姉ちゃんだしねっ! えっと……油そばね。ラードをたっぷり入れたラーメンよっ!」
お姉ちゃんだからねと、謎の根拠を持ちつつリーナが教えてくれるが
「いや、油そばって、冷やし中華を具のない太麺にしたようなものだよ。いや、冷やし中華と違って汁がないんだ。う〜ん……。ちょっと違うかも……汁なしラーメンというわけでもないんだよね。説明に困っちゃうな。しばらく侯爵領にはいるから、一度食べに行こう」
「ありがと〜です。クリフお兄ちゃん」
苦笑しつつクリフが教えてくれる。いまいち要領を得ないが食べたことのない料理の説明って難しいから、困る気持ちはわかるよ。
「もちろん私も行くわっ」
「私も食べたことないのよね」
気まずさを隠すようにリーナが元気よく手をあげて、静香も一度は食べてみたいわと話に加わり、ネム様の初めでですねと興奮している何かをスルーして、油そば食べに行くことが決定。
わーいと花咲くような微笑みを見せて、ぴょいんぴょいんとジャンプをして喜ぶネムだった。
とはいえ油そばだけを気にしているわけではない。スカスカの頭かもしれないが、ネムだって普通に物事を考えることができるのだ。
「おうちと全然違います。こういうのが栄えていると言うことなんですね?」
ヤーダ伯爵領都は広い。それはもう広い。人口3万人はゴールドラッシュが終わった炭鉱街だから、栄えていた頃の人口に合わせた広さだから無駄に広い。数十万人が住めるようになっているのだ。だからこそ、人口が減って寂れた感が大きいのだが。
だが、この街は違う。現在も栄えている街だ。街灯も魔石式っぽく地球の街灯っぽい。自動車もちらほら見えるし、歩く人々が多い。
「ここは人口38万人。日の本王国でも指折りの栄えている街です、ネム様。ダンジョンは良質な魔石だけでなく、多くの魔石式家具を宝物として置かれていたり、直せば使用できる壊れたアイテムも多く手に入ります。そのために多くの冒険者が訪れるのです。それとお茶も6時間の間、様々なステータスアップ付与をするお茶が採れますし、山葵は大人気です」
リーナお姉ちゃんのお膝の上に乗りながらパタパタ足をさせて、真面目モードのロザリーの話を聞く。
「珍しい食べ物もたくさんあると思いますよ。エスター領都は」
「本当に栄えている所って、こういう所なんですね………ところでまた外に出たみたいなんですが、もしかして外じゃないです?」
窓から覗く風景は不思議なことに街並みから森林になっている。でも、もしかして? こういうパターンは漫画で知ってるよ?
「既にエスター侯爵の屋敷内に入りました。ここは前庭ですね」
さらりと告げてくるロザリーの言葉にさもありなんと頷く。
道路は舗装されており、周りは木々が植えられているが、綺麗に草木は剪定されている。うん、そうだと思ったよ。
それにしてもロザリーって博識だよね。いったい何歳なのかな?
「ええっ! ここどれだけ広いの?」
リーナお姉ちゃんが驚いて、ムニュンと窓にほっぺを押し付けるので、ネムも同じように隣でムニュンと窓にほっぺをくっつける。
「リーナお姉ちゃん。私も見たいです」
「いいわよっ! ほらこっちにきて」
幼女二人が窓にほっぺを押し付けて、外を見るという微笑ましい光景にロザリーが、この侯爵領ならばカメラが売っているはずです、買いに行きましょうと、魔王でも退治に向かうような強い決意の表情になっていたりするが、それどころではない。
前庭という森林道を進むと、でかい屋敷が目に入ってきたのだ。ヤーダ伯爵領と違って城ではなく屋敷だ。
広々とした庭園の後方に、何百室あるのだろうと思わせる総ガラス張りの銀色の壁の研究所みたいな屋敷があった。緑溢れる庭園の奥に、総ガラス張り製の屋敷。丸っぽい造形の建物だ。うん、屋敷ではないと思う。昔はなんとか研究所とか呼ばれていそうな建物だ。
なぜか庭園にはずらりと多くの人々が並んでいる。歓迎なのかな?それにしては様子が変だ。百人以上の人々が並んでいる。
車が停車するので、イアンたちに続いて、ポテポテと降りる。
と、降りたネムたちをギラリと鋭い眼光で並ぶ人々は見てきて、ザッと身構えてきた。真ん中に立つ燃えるような真っ赤な髪の毛の少女が叫ぶ。
「ショータイム! サレイントサンバ!」
「おぉ! サーンバ!」
「サンバー、サンバー」
「サイレントサーンバ!」
ビキニになんか色々な羽とかをつけて、少女たちは一斉に踊りだす。
「サーンバ」
「サンバサーンバ」
「サイレントサーンバ」
豊満なお胸が揺れて、お尻がフリフリと揺れる。
サンバだった。みんな水着姿で、ド派手な装飾を身に着けている。エロティックな姿である。楽器が奏でられて、大勢の人々が踊りまくる。なんだか楽しくなってきたわと、リーナお姉ちゃんが踊りに加わっていった。アグレッシブすぎる姉だ。
ちゃんと練習しているのだろう。その踊りは見事なものだ。
ヒャッフーと踊る人々を横目に、ちらりと横を見る。
「ダンジョンを建設した地域って、あれじゃない? 箱物を作って地元を活性化させようと昔の役人が考えた結果なのかも」
「私もそれは思いましたよ。節操なく色々なものを取り込んでいるみたいですし。せめて浅草なら良かったんですが」
「お茶と山葵だけでは厳しかったんでしょ」
肩をすくめて、サンバを眺めながら辛口の感想を静香が口にする。
アタミにシズオカかぁ。でも、サンバはとても良いと思います。楽しそうだし。とっても楽しそうだし。他の意図はないよ? あの赤髪の女の子、スタイル抜群だね。にゅふふ。
サンバって、健康的なエロスがあると思います。
汗を煌めかせながら激しく踊っていた少女たちがようやく踊りをやめる。
「見事だ、サロメ。また踊りの腕を上げたな」
パチパチと拍手をする初老の男が屋敷から出てきた。サンバを踊っていた者たちは横に分かれて頭を下げる。
赤髪の少女だけが綺麗に会釈で返す。初老の男は眼光鋭く、謀略とか得意そう。
「ありがとうございますお父様」
「サロメよ。その踊りの褒美を与えようではないか。なにか欲しいものがあるかね?」
大袈裟に両手を掲げながら褒め称える侯爵と呼ばれたおっさん。
「ビル侯爵様、それならばリア充の男をください。髭もじゃの山賊みたいな男をください。一週間ほど牢屋に閉じ込めておきますわ」
ニコリと微笑むとサロメと呼ばれた少女はとんでもないことを口にした。
「よろしい! ヤーダ伯爵の家族が滞在する間、奴は牢屋に閉じ込めておこう!」
ニヤリと微笑むと初老の男。
どうやらイアンはまだ憎まれているか、からかわれている模様。後者っぽいけど。
とりあえず言わねばならないことがある。
「リア王ですか」
意外と古代文明は残ってるのね。
あと、楽しそうな人たちなので、この侯爵家とは仲良くなれそうだと思うキグルミ幼女であった。




