63話 伯爵領は大忙し
ヤーダ伯爵領アタミ。イアン・ヤーダは執務室で積み重なった書類を片付けていた。
「レストランが欲しい」
「宿屋が足りない」
「武器屋が少ない」
「冒険者ギルドの人を雇え」
「リア充の領主爆発しろ」
最後の陳情以外はこの街の困った状況を知らせてきている。そして、そう簡単にはこの陳情を解決できないことも。
「むぅ……これだけ冒険者が増えるのは予想外だ。そう簡単には店をやる者などいないぞ」
困窮しないようにイアンが頑張ったこともあり、アタミは農家をやる人間が多い。店をやるには仕入れから始まり、レストランならコック、武器屋ならば鍛冶職人が必要だ。そんな簡単にはできない。仕入れなどの経理を得意とする人間なども見つけることも少ない。
「商人が大勢やってくるはずですぞ。そうなればこの状況をなんとかできるでしょう」
ジーライがスキンヘッドの強面に似合わずテキパキと顔に似合わず、書類を片付けていく。
イアンはそれを聞いても、苦い表情になるだけであった。なぜならば、儲かるとわかってやって来る商人はたちの悪い者も多いからだ。取り締まりをしようにも、あくどい取引で犯罪ではないぎりぎりの綱を歩く者が多いはず。
「できれば、大商店の支店などが欲しい所だ」
「上杉商会では足りませぬか?」
ジーライの言葉に、ギイッと軋む音をたてて椅子に凭れかかりながら頷く。
「日の本王国の大店が良い。王都との繋がりも深いだろうしな。他国の商会を頼りにするのは外聞的によろしくない」
「贅沢な悩みになりますな。たった2ヶ月程度で、ここまで変わるとは思いませんでした」
「うむ。全てはネムのお陰だ。さて、どうするか……」
二人で悩み始めるが、妙案が出ないときにドアがノックされる。
「入って良い」
許可を出すと、騎士たちがどことなく嬉しそうな表情で入ってくる。なにか良いニュースでも入ったのだろうか?
「お館さま。実はボルケンを逮捕致しました」
「ん? ボルケンを? ……詳しく話せ」
どうしてボルケンを逮捕したのか経緯を聞いて、イアンは妙案を思いつくのであった。
食堂にてカチャカチャのフォークとナイフの音が……和風が好きなので特にそんな音はなく、スズっと素麺をすする音をさせながらイアンの家族が素麺を食べている。
西洋人っぽい白銀の髪で美形の家族たち。素麺をすする光景は極めて似合わない。というか、一番この光景に似合わないのは髭もじゃ山賊面のイアンであろう。鉄仮面でも被ったらどうだろうか。
「私の実家に行くんですか?」
イアンにミントが器にネギを入れながら尋ねてくるので、うむと頷く。
「ボルケンが他店の米袋にクズ魔晶石を混ぜたらしい。売れ行きが良いその店への嫌がらせと本人は言っているが、捕まえたボルケンの部下によると、異物混入で米袋を回収させようとするのが目的だったらしい」
聡明なミントはその言葉にピンときたらしい。眉をしかめて確認をとってくる。
「ボルケンは世界樹を初めとするこの好景気の外にいましたものね。自業自得でありますが、自身の小麦を高く売ろうとしましたね?」
米が売れなければ、外から輸入している小麦に頼る。世界樹の力で採れた米は魔晶石ができてもおかしくなさそうだとイアンは考えて、一旦米を全回収するに違いない。その際に小麦を高く売ろうとしたのだろう。
明晰な隣の幼女はピンクの素麺を取れないかなと、懸命に頑張っていた。さすがは精霊の愛し子、んせんせと頑張っていた。実にどうでも良いことに力を入れる幼女である。
「そのとおりだ。ボルケンはこの領地に出入り禁止。支店においてある全ての財産は没収、領地から所払いとすることにした。あやつ、狡猾なことにこの都市には貴金属系は置いていなかったようだがな」
忌々しい口調でイアンは告げる。貴金属系はピンクの素麺を取ろうとしているアホな幼女の隣で素麺を食べている黒髪の幼女が関係しているかもしれない。その首には金銀のネックレスをつけて、指には宝石のついた指輪を嵌めているので。
「父上。ボルケンの処罰は優しすぎませんか?」
クリフが怪訝な表情で聞いてくる。そのとおりではあるのだが……。
「曲がりなりにもボルケンはエスター侯爵の紹介だ。そこまで厳しい処罰はとれん。他店の米袋に魔晶石を混ぜた程度で財産没収を謀ったと噂されても困るのでな」
「あんなオーク、森に捨てて来ればいいのよっ! まったく米袋に魔晶石を混ぜるなんて酷いことをするわねっ!」
「政治とは難しいもんなんだよ、リーナ」
バンとテーブルを叩いてリーナが怒るが、クリフがまぁまぁと宥める。ネムはピンクの素麺がやっと取れたよと、無邪気な笑顔で食べていた。話に加わる気ゼロである。
「なので、エスター侯爵に事の経緯を説明しに行くこととした。それと、孫の姿をお見せしたいしな」
「文官たちを紹介してもらうつもりでもありますね、あなた」
クスクスと笑うミントにコホンと咳払いをして誤魔化す。そのとおりであるからだ。信頼できる文官を紹介して貰えるかもしれないとの計算がある。王都では貧乏貴族として有名であったし、文官を紹介して貰える伝手はない。
社交界でも、顔をたまにしか見せていない。お金がかかるので。クリフはモテるかといえば、やはり金が無い貴族と付き合おうとする者はいないらしい。未だに婚約者も決まっていない始末だ。
「と言う訳で家族総出でこの夏はエスター侯爵の領地に訪問することとした。飛脚バイクで、訪問の約束も取れている」
「フフッ。わかりました、あなた。これを機会に仲直りをしましょうね」
片手を口元に添えてクスクスと微笑むミントに苦笑をしつつ、イアンは頷くのであった。
お部屋に戻ってきたネムは椅子に座って、足をパタパタとさせて、ロザリーが荷造りをしているのを眺めていた。
「エスター侯爵の領地って、どういう所なんですか?」
「昔に訪れたことがあります。お茶と山葵、サイレントパレスというダンジョンが名産です」
「静岡ですか……。でもサイレントパレス……アタミワンダーランドよりも怖そうなダンジョンに聞こえるんですけど」
嫌な予感がしちゃうネムである。そしてだいたい嫌な予感は当たる。回避しようとして、なぜか当たりに行っちゃう中の人なので。
「霧に常に覆われた丘の上にあるダンジョンですね。ネム様の仰るとおり、ホラー系ダンジョンです。でもたまにメタルプリンキングというとっても大きい魔石を落とす魔物が出るらしいので、大人気です」
「6万の魔石を落とすんですよね、わかります」
クリティカル狙いの冒険者多そうだなと思いながら、初のお出掛けだとワクワクしちゃう。こんな忙しい時期に父様は領地を留守にするという選択肢をとったけど、それだけ文官集めに本気なんだろうなぁ。
さて、私もお出掛けの準備をするかな。
「え〜! 旅行に行くの? この喫茶店どうするの? 結構忙しいんだけど」
ワイワイとお客が詰めかけてくる中で、厨房内でほいさっとバンズにハンバーグを挟みながら真魚が悲鳴をあげる。結構どころではなく忙しいのだ。
お店は満席だし、テイクアウトのお客も多い。ポテトを揚げて〜、お茶を入れて〜と、二人では無理だと。
「あ、妾も旅行についていきますよ〜。なので真魚さん一人ですね」
ひょっこりと厨房に顔を出すイラが爆弾発言をしてくるので、ますます悲鳴をあげる真魚。まぁ、無理もない、普通に無理だ。
幼女はよちよちとハンバーガーをお客に持っていくが、一人分だけで役に立っていない。マスコットキャラクター枠でお客からは可愛らしいと喜ばれているけど。
静香? 静香が働く訳ない。
「わかっています。対応策は考えています。イラお願いします」
ムフンと胸を張ってネムは得意げに言う。
「ほいさっと。闇魔法秘奥義『シャドウサーバント』」
イラの影からスルリと3人のイラが現れる。皆イラと同じ容姿だが、影なので顔は真っ暗でわからない。
「そして私の精霊モニョモニョ『豆腐魂注入』」
ネムがちっこいおててを翳すと、その手のひらから小さい蛍のような光が3つ生み出されて、シャドウサーバントに入っていく。
真っ暗であった顔がイラの顔になり、ニヤリと悪戯そうに笑う。
「これで」
「人数は」
「オーケーです」
三人組が交互に話をしてくるのを真魚はぱちくりと目を瞬かせて口をポカンと開ける。
その様子を見て、クスクスとイラは笑う。
「シャドウサーバントは妾の奥の手なんです。まったく同じ性能で、その精神は私と繋がっています。リモートで操れるんで、離れていても大丈夫。主様に補強してもらいましたしね」
「凄い魔法! でも、接客に使っちゃうの? そういうのって英雄譚とかだと奥の手として戦いで使うものだと思うんだけど」
まったく同じ能力の分身を作り出すとは思いもよらなかった。なんだか凄い魔法なのに、もったいない感じがするんだけど。
「それじゃ、一人で切り盛りします?」
「奥の手はピンチの時に使うものだよね。うん、まったく問題ないよ」
このお店を一人で切り盛りするのは不可能である。真魚はくるくると手を返した。だって無理なんだもの。
「それじゃ、真魚さんにはこのお店をお任せしますね。転移が使えれば良いんですが……ここにはこれても戻る自信がさっぱりないのでお願いします」
手を合わせて、うりゅうりゅと涙目で上目遣いになるネム。その幼女のいたいけな姿に、うぅと真魚は苦笑する。断れない可愛さだ。白銀ちゃんはずるいなぁと。
「わかったよ。私に任せておいて。もぉ〜」
「えへへ。お土産期待してくださいね」
やったねと、幼女の容姿をフルに使うおっさん幼女。中の人はそのまま旅に出たほうが良いと思うのだが。
「お土産は普通でいいから。張りきらなくていいからね?」
聡明なる真魚は思った。白銀ちゃんが張り切って手に入れたお土産。ろくなものにならなさそうだと。
短い付き合いで白銀ちゃんを理解する新人類真魚である。
「ふふふ。そう遠慮しないでも良いですよ。期待していてください」
素麺大好きなキグルミ幼女は、真魚の内心を知らずに張り切っちゃう。
「エスター家にゴーですよ!」
紅葉のようなちっこいおててを翳して、ネムは張り切るのであった。
 




