61話 真夜中の訪問者
草木も眠る真夜中。ホーホーとフクロウが鳴き、草木も眠る丑三つ時。
「もう食べれません。ムニャムニャ」
ネムは自室のベッドですやすや寝ていた。わかりやすい寝言を口にする幼女である。コロンと掛け布団にくるまりながら、小柄な幼女はスヨスヨと寝ていた。その寝顔は愛らしくとても可愛らしい。そして、今回の騒動にネムは関わらないので、寝ているだけで終わりである。遂におっさんの究極スキル脇役化が発動したのだろうか。シリアル風味がなくなるので良いことなのかもしれない。
闇夜に蠢く正義の使徒が動き出す時間である。
闇夜に蠢くのに、正義の使徒である。
ネムの部屋の隅にネム様の寝顔可愛らしいですと、ハァハァと息の荒い女エルフがいるが、それは正義の使徒ではない。自称護衛だと当人は述べております。
ボルケンの屋敷。ボルケンはそこそこ皆に恨まれているので、私兵にそこそこ金をかけていた。5日間で4円払いの兵士たちだ。鉄の胸当てに鉄の槍を配布されておりそこそこ良い装備、訓練もしているので、そこそこ強い。
全て、そこそこなところがボルケンの小物っぷりを見せている。小悪党っぽく、相手を痛めつけたり、陥れたりするのだが、命を奪うほどとか、財産のすべてを奪うとかではないので、そこそこなのだった。
そんなそこそこの商人の屋敷の門番二人。ぼけっと立っており、敵が来たら速攻やられそうな感じの男たちは眠気を抑えるために、お喋りをしていた。
街の中だ。大きな屋敷なだけあり、警備の兵も夜でもそこそこいる。眠気に耐えているだけでも偉いかもしれない。
「なぁ、冒険者にならね? かなり稼げるらしいぞ」
「聞いた聞いた。アタミワンダーランドはかなり稼げるダンジョンになったらしいな? レア冒険者でも日に10円はかたいらしいぞ」
「門番は楽だし固定給だけど5日間契約で更新していく形だから安定した仕事じゃないよな」
「迷うな……お前武技は何を使える?」
周りには人気はなく、真夜中で松明の火の粉が散っていくのみ。男たちがお喋りをしていても仕方ないと思われたが……。
「ん? なんか暗くないか?」
「あん? そういや、いつもよりも暗いな。曇り空か?」
星空の明かりがないことに気づいて空を見る門番たち。空は真っ暗であり月の光も見えない。曇り空かと思う二人だが違和感に気づく。
この街の中心のヤーダ城。その城は夜でも松明が点いており、この屋敷からはその明かりが見えるはずであったのに見えない。松明が消えたのかと思いきや、城の輪郭さえ確認できない。
ただ真っ暗な壁があるように。
「おかしいぞっ!」
「ああっ。呼子を鳴らすか? どうする?」
気のせいだと眠っている同僚に怒られるだろう。もしかしたら、後でお詫びに飯でも奢れと言われるかもしれない。
だが、迷いは一瞬だった。二人の職務は門番なのだから。
お互いに目を合わせてコクリと頷き
「やめておこう」
「そうだな。皆を起こすのは嫌だもんな」
特に焦ることなく呼子を懐にしまう。皆を起こすような大騒ぎになるだろうことを門番が決断できるわけがなかった。
仕方ないのだ。世の中には指示されていたとおりに行動すると、なぜか上司に怒られるパターンがあるのであるからして。
曰く、何もないことは少し考えればわかるだろう、何でも杓子定規にやれば良いと言うわけではないのだよと言ってくるのだ。何もないことはあとからわかることであり、結果論から怒ってくる上司に不満と不平を持つがグッと我慢するのである。
ボルケンの屋敷はそういう職場なので、門番たちはあからさまにおかしくても、気のせいだろうと動かなかった。
もちろん、その考えは間違っていたのだが。
「お、おい、お前の胸………」
恐怖の声をあげる相棒に、うん? ともう一人は首を傾げて自分の胸を見て
「なんじゃこりゃぁ〜!」
細長い紅い剣が、胸から生えていた。いや、後ろから貫かれていた。驚き叫ぶ男は力が失われていくことに気づくがもう遅い。
ひいっと、呻くなかで、剣で刺された男はグルンと白目になりそのまま崩れ落ちる。
『突撃穿孔』
もう一人は目を険しくさせて、すぐに魔力を鉄の槍に注ぎ、身体をひねり螺旋を描き突き出す。崩れ落ちた仲間の後ろにいるだろう敵へと躊躇いなく攻撃をしていた。
「うん?」
だが、その攻撃は空を切るのみであった。誰もその場にはいなかったのだ。
「門番を務めるだけの腕はあるんですね〜」
「くっ、後ろかっ!」
自身の後ろから聞こえてきた声に、右足を支点に槍を握り直し横薙ぎに振ろうとして
ピュインと横薙ぎに通り過ぎる紅き残光が目に入った。その美しく残酷な光は、自らの首へと吸い込まれていくように通り過ぎていくことも。
「が、がふっ」
槍を落として、首元を押さえて苦悶の表情になると、先程の門番と同じく白目を剥いて倒れ込む。
その様子を暗闇から歩み出てきた少女が薄く笑う。
「『血剣』は体力を吸収するだけで傷つかないし、死にもしないから安心するんだね〜」
軽い口調で言うその少女は黒髪おさげで、ランランと真夜中に光る紅い目を持つ美しい少女であった。ハーフエルフらしく耳が少しだけ尖っている。
「あら、ヴァンパイアなのに、殺さないのね?」
もう一人、女性が現れて面白がるように尋ねてくる。スリットの深いスチャイナ服のようなドレスを着込む黒髪の美女。その微笑みは妖しく美しい。
イラと静香がその場に現れるのであった。
「小麦に小石を混ぜられた程度で、その仲間を殺しませんよ。どんな殺人鬼ですか。そんなことをしたら、主様に距離をとられてしまいます。きっと、うん、よく頑張ったね、イラ。とか冷や汗をかいて褒めてくれて、ススっと距離をとられるんですよ〜」
「ネムが作っただけあって、良識はそこそこあるのね。たしかにしょぼい奴らだったもの。殺すのは躊躇うわ」
「躊躇うわ……って、殺すという前提で動いてません?」
半眼になり静香のセリフにドン引くイラ。静香はどうかしらと言って、フフッと妖しく微笑む。
「さて、正義の宝石を奪うために、魔女として宝物庫を懲らしめないとね」
フワサと髪をかきあげて屋敷へと向かう静香。悪を懲らしめる正義の使徒。ジュエリー星の魔女静香がボルケンを懲らしめるためにやってきたのである。無論、本人のみの言であることは言うまでもない。
「目がドルマークになってますよ〜、女スパイさん。あと、セリフめちゃくちゃ〜」
「まずは宝物庫かしら? 悪の証拠があるかもしれないわ。いえ、今回は悪党だとわかっているから、本人を懲らしめて財産譲渡のサインをさせた方が良いわね」
ルンタッタ〜と、スキップをしながら静香はご機嫌であるのだった。
屋敷内は騒然としていた。剣戟が音を立てて、怒鳴り声が響く。
「こいつら、強いぞ!」
「数で押し込め!」
「降参します! このパターンはまずいって」
ボルケンの護衛たちは堂々と表扉から入ってきた侵入者に驚きを示し、排除しようと押し寄せたのだが、紅き剣を振るう少女にあっという間になぎ倒されていった。
槍を振るっても、紅き剣は軽くその攻撃に合わせると軌道を逸らされて、魔法を放てば黒き盾をその手に生み出して吸収してかき消す。
剣も魔法もその腕が達人だと、警備の兵士たちは理解していた。
なにしろ表扉から身を隠さずに現れたのだから。そして、目を紅く光らせる少女は美しくそして恐怖を齎す。
10人はいた警護の兵士たちは既に5人に減っている。手加減されていることは明らかだ。
倒れている者たちを見ると、血を吹き出すこともなく、顔が青白い。
あの剣がドレイン系統だとわかる。こちらの攻撃は弾かれるのに、斬りかかってくるのを防ごうとすると、盾も鎧も無いようにすり抜けてしまう。エネルギー系統だから、魔力の籠もった武具でなければ防げないとわかる。見かけは剣だが、魔法なのだ。
そして相手は紅い目だ。……お伽噺のヴァンパイアなのだろうかとも思うが、ふんふ〜んと鼻歌を歌いながら軽い感じの少女にも見える。伝説のヴァンパイアではこういう雰囲気ではないだろう。
警備兵たちは、ゴクリとつばを飲み込み賭けに出ることにする。もはや最後の賭けに出ることにした。このままでは全滅するだろうと。
「全員、訓練通りにするぞ!」
「パターン表扉からの侵入者!」
「うぉぉぉ!」
警備兵たちの空気の変わったことを感じ取り、イラはニヤリと面白そうに剣を構え直し、迎え撃とうと身構える。
警備兵たちはアイコンタクトをすると、一斉にイラへと向かい
「降参しまーす!」
「どうぞお通りを」
「命と財布だけはお許しを!」
剣を捨てて土下座をするのであった。
パターン表扉から現れる侵入者。追記として小悪党の屋敷にやって来る、だ。この場合、敵は正義の味方であり、その腕前は圧倒的だ。警備兵たちはあっさりとやられるまでが、英雄譚のお決まりである。
相手はこちらを殺そうとしていないと、倒れた仲間たちを見て悟った兵士たちは降参することとした。何気に財布を盗らないでとお願いするセコさも見せていた。
そこそこの給与だと、そこそこの忠誠度しかないのである。忠誠度75ぐらいだろうか。引き抜く際に軍師が仲間になることは確実でしょうと言われるレベルです。
「はぁ…良いですけど、ボルケンはどこにいますか?」
「応接間で凄腕の兵士たちと共に立て籠もっています」
呆れるイラの問いかけにも即行答える警備兵たち。やっぱり給与はケチったら駄目ですねと思いながら歩みを進めるのであった。
ボルケンの部屋。でかいリュックサックを背負い、でっぷりと太っているボルケンは恐怖で表情を引きつらせていた。
「ぐあっ」
また一人、魔法鉄の装備をした兵士が倒れ、ガシャンと金属音をたてて床に倒れ込む。
「うぬぬ………突破できないのか! たった一人だぞ!」
リュックサックから宝石類をジャラリと覗かせて、ボルケンは呻く。
「こやつ、強力な銃を持っております! 銃など廃れた武器で効かないはずなのに!」
兵士たちは魔力光を宿らせる剣を身構えながら、侵入者を見据える。
「あら、どこでもそういうのね……。なぜ銃が廃れたのかとっても気になるところだけど。それよりも逃げ足速くない? 危うく逃がすところだったわ」
フワサと黒髪をかきあげて、フフッと妖しく微笑む。その片手には麻酔銃を手にして。
「アホかっ、真夜中に表扉から入ってくる侵入者は凄腕に決まっとる! 逃げるに決まっているだろ! 衛兵に助けを呼びに行った者たちはまだ戻らんのか!」
その手に持つ黒く光る杖を振り上げてボルケンは怒鳴る。その言葉に苦笑いしか浮かべることはできない。
「たしかになんちゃってふぁんたじ〜の世界よね、ここ」
「ググ……こうなれば儂の一子相伝の格闘算盤技の技を見せてやるわ! こはァァァ」
息を深く吐き両足を踏ん張るボルケン。麻酔銃をボルケンに向けて放つが
チュイン
と、ボルケンの周りに発生した光の膜により弾かれる。
「ぐふふ。銃が廃れた理由がわかったか? 銃弾避けの魔法など今更珍しくもなんともないのだよ!」
「そう……。それじゃその魔法を打ち破れる銃もあると教えてあげないとね。銃が馬鹿にされるのって好きじゃないの」
相手の心を凍らせるような冷たい笑みを静香は浮かべて手を翳すのであった。




