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60話 嫌がらせをする商人とキグルミ幼女

 パン屋のおじさんが売れないと断ってきたのでネムはコテンと首を傾げちゃう。


「えっと……幼女には売れないと言うことですか、おじちゃん?」


 うりゅりゅと目を潤ませて、小柄な身体を震わせて脅しをいれるおっさん幼女。幼女がこんなふうに言ってきたら罪悪感間違いなしなので、脅しで良いと思います。


 その泣きそうな美幼女の姿に店主のおっさんはワタワタと手を振り慌てる様子を見せる。


「いや、違うんだ。売りたくないわけじゃない。小麦がないんだよ、小麦が。常連さんの分はなんとかあるんだが、商売をするとなると……すまねぇな、お嬢さん。それほど用意はできないんだ」


「小麦がない? どうしてです?」


 世界樹のおかげで、急速成長したじゃん、たっぷりあるんじゃないのと抗議をしようとして、思い出す。ここは日本風の地域だ。稲作中心だったな。


「そうか、ここは麦作はしてないんですね。ということは、輸入しているんです?」


「あぁ、そうなんだが……ここだけの話なんだがな、ボルケンという商人の息のかかった小麦商人でなぁ……なんか急に値上げをしたんだよ。まったく困ったもんだ」


 ここだけの話といちげんの客にこっそり教える店主。これなら街全体にその噂話は広がっているだろうなとネムは苦笑しながらも、教えてくれてありがとうございますと、ペコリと頭を下げて店から出る。


 ふうむと、ちっこいお腕を組みながら、苦々しい表情になっちゃう。


「お腹の具合でも悪いの? 白銀ちゃん」


 幼女のそんな表情に心配する真魚が気遣ってくれるが、さっきの話の流れから考え込んでいるように見えないかな? 幼女だから見えないのかな?


「むぅ。違います真魚さん。どうも私は勘違いをしていました。野菜とか様々な種類がいつでも手に入ると思ってたんです」


 中世ファンタジーの世界だ。旬の物しか採れないし、種類だって偏っていることに気づいたのだ。明晰なる幼女は気づいちゃったのだ。


「野菜ファクトリーがある領地は多彩な野菜がいつでも採れるらしいよ? 寺子屋で習ったの。でも多彩に作りすぎて少量になるから高価なんだって」


 明晰なる幼女は真魚の答えに口元を引きつらせた。そういや、ここはなんちゃってふぁんたじ〜の世界だったと。


「でも小麦が手に入らないのは微妙な嫌がらせよね。ここの人たちは米が主食だし」


 肩をすくめて静香さんが言ってくるが、たしかに。これは嫌がらせに違いない。そしてその理由も簡単に推測できちゃうよ。塩が売れなくなったからだろ。


 普通のファンタジーなら、小麦を止められたらピンチに陥るかもしれないが、この世界はなんちゃってふぁんたじ〜だ。ボルケンは残念であろう。


「うん、私もご飯はお米だよ。たまにパンを買うぐらいかなぁ。基本パンって高いし」


「やはり現地人が下僕にいると、常識がわかって良いですね、主様」


 真魚がニヒヒと笑い、イラがほうほうと常識がわかって嬉しそうに聞いている。おっさん幼女の記憶からは常識が抜けているとイラは勘付いていた模様。箱入り幼女なんだから仕方ないでしょ。おっさんの魂は牢獄入りにすれば良いと世界の意思は思うかもしれない。


 これ問題になっているのかなぁ……。本来はここでパンを買って、ハンバーガーを売りまくって大儲けまでがテンプレじゃないのかなぁ。つくづくテンプレと外れるなとため息を吐く。


「仕方ないです。ライスバーガーでいきましょう」


「ここは小麦を何とかするところじゃないのかしら。つくづくテンプレからネムは外れるのね」


 静香さんが苦笑するが、小麦商人を懲らしめる方法なんて思いつかないもん。なので、簡単なルートでいこうよ。なにかきっかけでもあれば良いんだけど……。イベントないかな。




 ヤーダ伯爵領には一際立派な屋敷がある。周辺の中では一番大きい屋敷だ。噴水がある広々とした庭を持ち、西洋風の屋敷が建っている。


 ヤーダ伯爵領地の塩を一手に扱う塩商人のボルケンの屋敷だ。本店があるわけでも、この街に住んでいるわけでもないのに、豪奢な屋敷を持っており、周辺の人間たちに暴利を貪りやがってと、陰口を叩かれている男である。


 実際に暴利を貪っており、この街の人間を見下しているので間違いではない。


 その屋敷内の居間。高価な絵画や調度品が並び、毛の長い絨毯が敷かれて、アンティークだろうソファと、木の目が美しいテーブルが置かれている。全てに金がかかっていたが、調和がとれておらず、成金のような下品な雰囲気となっていた。


 そのソファにはオークのように太っている男、この屋敷の当主、ボルケンが座っていた。


 大粒の宝石がついた指輪を全ての手の指に嵌めて、同じく宝石のついたネックレスをジャラジャラと首にかけている。でっぷりと太った身体には魔法のかかった服を着込んでおり、その靴もワイバーンの革製であり全てにおいて金がかかっていることがわかる。


 その手にはワイングラスを持ち、のんびりとワインを飲んでいるかと思いきや、その表情は苛立っていた。目の前には土下座をしている男がいた。


 その男へと飲んでいたワインをぶちまけようとして、このワインは高かったなとやめて、なにか投げるものがないかと探し、おしぼりを投げつける。


 びたんと当たっても、あまり痛そうに感じない音をたてて、男におしぼりは当たり、ボルケンは青筋をたてて怒鳴った。


「まだ、ヤーダ伯爵は儂に謝りに来ないのか? あの恩知らずが! 今まで塩を売ってやったことを忘れて、他国の商家に頼るとは!」


「はい。未だになしのつぶてでして……」


 男はこのボルケンの商会の番頭だ。普段ならえばり散らす性格だが、ボルケンの前では忠実なる男を演じている。番頭は震えながらボルケンの言葉に答えるのだが、その答えはもちろんボルケンの気に入る内容ではない。


「ちっ。嫌がらせはしているのだろう?」


「はい。小麦に林檎、トマトにバナナ、ワイン、酢の値上げをしています。そろそろヤーダ伯爵も音を上げる頃だと……」


 ボルケン商会が扱っている商品を値上げしたのだ。この値上げに、領民は困り果てて、原因を探るだろう。そしてボルケンから塩を買わなくなったヤーダ伯爵が理由とわかり、不満を口にするに違いない。


 真面目にボルケンはそう考えて……。


「やはり駄目か。畜生め。せめて米や醤油、味噌が独占できていれば良かったのだが……」


 考えていなかった。駄目元での嫌がらせであった。ボルケンはそこまでアホではないのだ。嫌がらせにしても、種類が少なすぎるし、世界樹の力で米が大量に収穫できたので領民は困っていない。パンが食べられなければお米を食べれば良いじゃない、だ。まったくそのとおり。


「領民をパン派にする魔法でもあれば良かったのだが……そんなものはないしな」


 そこまでのアホではないが、そこそこアホな模様。ソファを立ち上がり贅肉の詰まった腹をぽよんぽよんと震わせて、迷うように彷徨く。


「旦那様。もはやこの土地は商売に適しておりません。撤退なされて、エスター領に戻りましょう」


 本店はエスター侯爵領にあるのだから、ここは撤退するところだと番頭に意見を言われて嫌な表情になる。それはわかっているのだから。


「塩をな……。この間、10年間、買い取る契約をソルトン伯爵としたばかりなのだ。大量の塩をな」


 タイミングが悪すぎるとボルケンは豚のように唸る。このヤーダ伯爵領地に売り続けることを信じていたのだ。10年契約ならば割引をかなりしますよと言われて飛びついてしまったのである。


 ヤーダ伯爵領で定価の3倍で売れて、エスター侯爵からの助成金も貰えてかなりの儲けになるところであったのに、すっかり状況は変わってしまった。


 世界樹が生えて、魔力を回復させる塩が採れるなどと、ダンジョンが復活して冒険者共が押し寄せて来るなどと誰が予想できるだろうかな。


「なにか……なにかないか? このままだと大量の塩が倉庫に在庫として積まれてしまう。う〜む……」


 ボルケンの曾祖父みたいに一発逆転の方法はないかと唸る。曾祖父は武器屋の受付だったが、洞窟で金の女神像を見つけて売り払い、商会を打ち立てた伝説のまぐれ野郎と言われているのだ。その曾祖父のように美味い話はないだろうか?


「そういえば……」


「美味い話があったか? どこの洞窟だ?」


 番頭の言葉に勢いよく顔を向けるボルケン。ヤーダ伯爵に嫌がらせをするよりも在庫の塩をなんとかしないとと目的が変わっていた。


「いえ、美味い話といえば、最近外から来た者がライスバーガーを売り始めた店がありまして。嘘か誠か水竜のステーキとの触れ込みで、肉厚のステーキがライスに挟まれており、食べごたえもありとても美味しかったです。ポテトとお茶がついてセットで80銭。冒険者にとても人気でして、食べると体力がつくとか」


 あれは美味かったですと、食べた番頭はうんうんと頷くが、それを聞いて、ボルケンはブチ切れた。


「そっちの美味い話ではないっ! 誰が美味い返しをしろと言った! ………うん、待てよ?」


 怒鳴りつけようとして、ふと思いつく。その思いつきにニヤニヤとボルケンはニヤけ始める。


「冒険者に人気のライスバーガー屋だと言ったな?」


「はい。それがなにか?」


 素直に頷く番頭にボルケンは醜悪な顔つきで嗤う。


「ぐひひひ。良いことを思いついたぞ。そのライスバーガー屋の米袋に魔晶石の欠片を大量に入れておくのだ」


 魔晶石とは魔石とは違い天然でできる鉱石である。鉱山や魔力の高い場所にて採れる物で、魔法道具の作成にしばしば使われるものだ。


「はぁ……米袋にですか? すぐにバレると思いますが。米は洗いますし。魔晶石は黒いですから」


「あぁ、外から来た者なら、米袋にそんな物が入っていれば大騒ぎするに違いない。しなければ金を握らせて騒がせれば良い。世界樹の力で収穫できた米は魔晶石が混じっていて、危険だとな」


「魔晶石は毒ではないですが……食べれませんけど」


 ナイスアイデアだとほくそ笑むボルケンに呆れたように番頭がツッコむ。


 が、そんなことはわかっている。


「異物混入で、世界樹の力で収穫できた米をきっとヤーダ伯爵は回収して調査をするに違いない。なにしろ世界樹の力で収穫できた米など、前代未聞の話だからな。その間、小麦が無ければ主食がなくなるだろ? 泣きついてきたところを、塩を10年間買い続ける契約を結ばせるのだ。儂は天才だ! うはははは」


 高笑いをあげてボルケンはナイスアイデアだと自画自賛して、そんなにうまくいくかなぁと、番頭は不安顔になるのであった。




 もちろんそんな訳にはいかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  米を買うと、魔昌石が付いてくる?  文中で魔道具の原料となるって有ったから、手に入れば儲けもの。  んで噂として世界樹から魔昌石が採れるとなれば、世界樹の資源価値は更にアップ。  ………
[一言] やはり商売は信頼関係ないといけませんよね。 人の足元をみて商売するような奴なんていつまでも付き合いたいわけがないし。 さて、どうなるかな?
[良い点] ライスバーガー美味しいですよね、モ〇のライスバーガー焼肉とかタレが固めたライスに染み込んでてご飯と一緒にたっぷりのタレをかけた焼肉を頬張る味わいで大好きです。 水竜バーガー美味しそう…てい…
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