6話 キグルミ幼女出逢う
パチリとネムは目を開けた。ポロポロと目にくっついていたはずの蠟が取れて、口の中の蠟も嫌な味が残るが、口を塞ぐ程ではなく、喉も蠟で塞がれている感触はない。
「ん? どういうこと?」
自分は息ができずに死んでしまったはずだと、コテンと首を傾げて不思議に思う。そう思ったので意識を遠くして気絶した筈だが、ピンピンしている。グーパーと紅葉のようなちっこいおててを握りしめたりするが異常はなさそうだ。ぷにぷにの身体も異常なし。
「なるほど、一時的な状態異常だったのか」
ポンと手を打ち、理解したよと頷くまったく理解していない幼女。どうやら石化や毒、蠟状態異常は時間と共に回復するらしいと、さすがは剣と魔法とアタミの世界だと納得する。
もちろん、そんな訳はない。半エネルギー変態生命体ネムは、異物を全て弾いたのである。何物も異物混入は許さないチートな身体なのだ。
そんなことは露知らず、良かった良かったと頭が残念なネムはここはどこかなと周りを見渡す。
そこは壁も床もごつそうな分厚そうだと感じさせる無骨な金属製の大部屋。天井付近が薄っすらと光っており非常灯のようだった。
あとは何もない。がら~んとしており、埃一つない。
「こんな部屋見たことあります……」
冷や汗をたらりと一筋流して不安を覚える。これあれだ。ゲームとかでよく見るやけに広い焼却炉とかだ。だいたいそこでボス戦となったり、急所をつかないといつまでも再生する化け物がいたりする場所でもある。
化け物は見る限りいなさそうだ。シミ一つなく綺麗すぎるほど綺麗なので、正常に稼働している焼却炉とかの予感がします。
嫌な予感は当たる自信があるおっさん幼女は慌てて、脱出路がないか見渡すが綺麗な継ぎ目一つない金属の壁で、ドアなど見えない。
たぶん蝋人形化されたらここに運ばれるのだろう。死体焼却炉だここ。状態異常は回復したので、スタッフさん助けてくださいと、ポテポテと短い足で焼却炉を歩き回ると、何かがチカッと光ったことに気づいた。
なんだろうと首を傾げて、てこてこと近づくと
「んん? ダイヤですか、これ?」
100カラットとかありそうなダイヤモンドがポツリと床に落ちていた。不自然極まる罠っぽいダイヤモンドである。その横になんの変哲もなさそうな、宝石もついていない装飾もない銀っぽい指輪も落ちていることに気づく。
「もしかしてチートな魔道具でしょうか」
きっとそうだ。よくテンプレ小説であるじゃん。ダンジョンの最下層に落ちた主人公がチートアイテムとかチートスキルを手に入れるやつ。ザマァ展開とかでよくある話だ。この場合は化け物婆さんにザマァをしなくてはいけないパターンなのだろう。どうやって婆さんにザマァをすれば良いかわからないけど。
主人公的な存在たる俺に相応しいアイテムに違いないと、そぉっと指でつつく。コロンと転がって何も起きない。大丈夫そうだ。罠ではない。
手にとって見るが、大丈夫そう。きっと魔法創造魔道具とか、面倒くさい構文を使わずに魔法を使えるとか、なんかそんな便利グッズに違いないとネムはオメメをキラキラさせて無警戒に人差し指につけた。
つけたと同時に宙に半透明のボードが映し出されたので、驚きとと共にニヤニヤしちゃう。やったね、レジェンド級アイテムだと、勝手に級を決めつつモニターの記載内容を確認すると、日本語で表示されている。
『次元転移指輪の所持者を変更しますか? ハイ・イイエ』
もちろんハイ以外ない。ポチリとハイを押す。
『現在の所持者は五野静香と設定されています。所持者を変更すると設定されていた次元世界の全ても初期化されますが良いですか?』
「ゲームって、最初からやらないとつまらないですもんね。もちろんハイ」
買った中古ゲームでセーブデータが残っていても、消しちゃうおっさんである。躊躇いなくハイを選ぶ。中古ゲームと同じ扱いをしない方が良いと思うが、どちらにしても所持者を変更しなければ使えなさそうなので仕方ないよね。
「前の所持者は死んでしまったんでしょうね。ナムナム。この指輪は私が有効活用しますので成仏してください」
有効活用できる脳みそはないと思われるおっさん幼女だが、ナムナムと手を合わせて前の所持者の冥福を一応祈る。
『初期化が終了しました。新たな所持者の名前を決めてください』
「ネム・ヤーダ」
キーボードもディスプレイとして表れたので、ちっこいおててでカチャカチャ押下して、エンターボタンをポチリ。
『デロデロデロデロデーデデデン。次元転移の指輪はネム・ヤーダの物となりました。以降指輪を外すか、死亡しない限り所持者変更は不可となります。では、次元転移旅行を楽しんでくださいね。ちなみに指輪は指を切り落としでもしない限り外せない盗難防止付きとなっています』
「へ? え? マジかよ、これ外れなくなってる!」
なんだか呪われた音楽っぽい記載が表示されたので、慌てて人差し指から抜こうとするが、ウンウンと頑張っても抜ける気配はない。どうやら呪われたアイテムだったらしい。
それならドクロの装飾とか、漆黒色とか禍々しいオーラを纏っているとか、そんなエフェクトがあって然るべきだろと、自分の無警戒さを棚に上げて怒るネム。いつもこんな感じで失敗してきたおっさんであるので、今回も失敗した模様。
「前の所持者の静香とかいう人も呪われて死んだんじゃないだろうな……。こっちはか弱い幼女ですよ?」
ひ弱な薄幸の幼女なんだよと慌てるネムであるが
「ふわぁ、私の名前を呼んだかしら?」
どこからか声がしてきたので、ぴょこんと飛び上がって驚いちゃう。誰もいないと思ったのに、なに? どこからの声?
「あ〜、ここよ、ここ。運悪く紛れ込んだのかしら?」
よくよく声の源を確認すると、なんとダイヤモンドから声がしてきていた。妖艶さを感じさせる声音の女性の声だ。
「可哀想に。それじゃ成仏してね。ナムナム」
「は? それはどういう意味で、ぎゃぁぁ」
気軽な声音で怖いことをいう女性へと問いかけようとしたが、部屋が緑色の光に包まれたかと思うと全身が燃え上がった。小柄な身体は燃えて、衣服は一瞬のうちに灰すらも残らず消えていき、髪の毛や爪も溶けてなくなる。
やはり焼却炉だったかと思いながらも、全身に痛みを感じて苦しみ悶えてゴロゴロと床を転がり、やがて真っ黒な人型の炭となり倒れるのであった。
「う〜ん、ごめんなさいね? 助けたかったのは山々だったんだけど、ほら、私って今は核しか残っていないのよ。だから何もできなかったの。成仏して……おかしいわね。なんで炭とはいえ、形が残っているの?」
緑色の光が収まったあとに、女性の声が軽そうに謝罪の言葉を口にするが、途中から訝し気な声音に変わる。
そうして、驚くことに炭がもぞもぞと動き始める。蛹が孵るのだろうか? 変態するのであろうか? 残念なことに普通にネムが炭から現れた。服が燃え尽きたので、真っ裸だが。真っ裸なおっさんなら、きゃあ変態よと言われるだろうが、ネム5歳は幼女だからたぶん大丈夫。紳士に気をつけないといけない程度だろう。
「あ〜、びっくりした〜」
驚いたよと、体に張り付いている炭をパンパンと叩いて呟く。既に髪の毛も爪も再生しており、さっきと違うのは裸になってしまった程度だ。髪の毛と爪だけは無敵体の対象から外れているネム。恐ろしいことにコンマの早さで再生したので、ミミズか何かの種族ではなかろうか。
「信じられないわね。今の光はアストラル体も分解する光線よ? 分解光線に対応した特殊合金か、よっぽどの力を持っていないと防げないし、塵も残らないはずなのに……貴女は何者かしら?」
戸惑うように不可解だと尋ねてくるダイヤモンドのそばにてこてこと近寄りお座りする。真っ裸だと幼女的にまずいので、白い貫頭衣を創り出して着ておく。
「私はネム・ヤーダ伯爵令嬢です。今年で5歳になる薄幸の美幼女とご近所で評判の女の子です」
自分で薄幸の美幼女と宣う頭が発酵していると思われるネムの言葉に謎のダイヤモンドはカタカタと揺れてみせる。
「私はジュエリー星の正義を愛する魔女、ジュエリンよ。悪の科学者から盗み、いえ取り返した次元転移の指輪を使いここに来ちゃったのよ」
「次元転移って、これですか?」
人差し指に鈍く光る目立たない指輪をダイヤモンドに見えるように掲げると、またダイヤモンドは興奮するようにカタカタと動く。
「それよ! さすがはあの子が作成したアイテム。分解光でも壊れていなかったのね。良かったわ」
「なんでこんなところに来たんですか、ええと、もしかして五野静香さん? ジュエリンって痛い名前じゃないですよね?」
声色からそんな歳じゃないよねと尋ねると、ゾクリと背筋が冷えてくる。どうやら命知らずなセリフを言ってしまったらしい。
が、その空気はすぐにおさまるとダイヤモンドは話を続けてきた。どうしてこんなことになったかを。
「私は世界を跨ぐ正義のヒロインをやっていたの。そうしたら願う世界へと飛べる次元転移の指輪を作った博士がいると聞いたのよ」
ほうほう、そりゃ凄いなと、そんな博士がいる世界なんて楽しそうだと話を大人しく聞くと
「でね。悪の博士がきっと世界征服に使うつもりだと、私は勘付いたのよ。だから、美味しいケーキ屋が開店したみたいよと、嘘の情報を流して、博士がのこのこと研究所から外出した隙を狙って奪いとったの。それでほとぼりが冷めるまで、追跡されないように次元転移の指輪に願ったの」
「願った?」
「ええ。絶対に追跡されないような世界に連れてってと。そうしたら、その指輪、信じられないぐらいにエネルギーを使うの。私は一回の次元転移でヘロヘロに弱体化して、この部屋に転移して分解光を受けて核以外は消滅させられちゃったのよ。悲劇よね? やっぱり最初から宝石と金銀の世界に行きたいと願っておくべきだったわ。魂のリンクも切れたから、確かに追跡はされなくなったけど、お陰で助けにも来てくれなくなっているから、ほとほと困っていたのよ。次元の違う世界なんて無数にあるから、きっと助けに来れないわ。アベルたちとのリンクも切れたし最悪よ」
ツッコミどころ満載である。要約すると普通に盗んでない? この人? 人かどうかはわからないが。で、盗んだのがバレないようにこの指輪の力を使ったら分解されたと。確かに分解されれば追跡は無理だろうね。自業自得の人だよ、この人。
他愛ない嘘を言ってくるが、それでおっさんを騙せると思っているのだろうか? ……そういや、今は幼女だった。もしかして俺のことをこれぐらいの嘘で騙せるアホだと思ってやがるな。
「それはそれは大変でしたね。私はそろそろ門限があるので帰りますね」
立ち上がってペコリと頭を下げて、離れることに決めた。これはヤバい人だと直感的に思ったのだ。おっさんの直感は5割の確率で当たるのである。
「あらあら、私がいなくてこの焼却炉を脱出できるのかしら?」
焦って呼び止めて来るかと思いきや、余裕そうな声で呟く静香。どうやらこちらの困窮を見て取った様子。テンプレだと、ちょっと待ってよと、妥協をしてくれるのだが、どうやらテンプレどうりにはいかないみたい。
「助けてくれるんですか?」
疑い深く尋ねる。だってこの人は信頼できなさそうなのだ。ありがとうね、オチビちゃんと言い放ち、自分だけ逃げそうな予感がヒシヒシとします。
「えぇ、お互いに信頼はないけど、とりあえず脱出だけは力を合わせましょう? 本来は貴金属からエネルギーを得るのだけど、緊急事態だしね、私を手に持ってエネルギーを送り込んで」
「エネルギー? モニョモニョのことですか?」
「この地でなんと呼ばれているかわからないけど、体内に眠る力よ」
なるほど。それならばモニョモニョだろうと思いながら、ダイヤモンドを手のひらに置く。冷たく輝く綺麗にカットされた、見たこともないほど美しいダイヤモンドだ。吸い込まれるような魔性の魅力をもつ宝石である。
なので、ゴクリとつばを飲み込みネムは口を開く。
「よくできたガラスですね。本物そっくりです」
「本物よ? なかなか言ってくれるわね、お嬢様?」
マジかよ、この大きさで本物かよと手が震えてしまう、断じて静香の怒りの籠もった声音に怯えたわけではない。
「ほら、さっさとエネルギーを流し込んで!」
言葉が荒くなってきたので、怒る女性は苦手だよとちょっぴり震えなから宝石にモニョモニョを籠めることにする。
もちろんフルパワーだ。幼女パワーを見よっ!
グンとダイヤモンドに力が吸われていき、身体の力が抜けてふらつく……ふらつかないな。籠める力が足りないのかしらん。もっと力を籠めてみよう。
力を流し込むのが、いまいちわからないので、ドンドコ流し込む。それはもうバケツにダムから放水して入れるが如くドンドコと。
「ぎゃわーっ」
幼女パワーをこれでもかこれでもかと注ぎ込んでいたら、ダイヤモンドがボフンと煙を発生させて、静香の悲鳴が響き渡った。周囲を煙に巻かれて、けほんけほんと幼女は咳をしながら、パタパタとおててを振って煙を散らそうとする。
そうして煙が散ったその後には……。
ちょこんと女座りをした黒髪ロングの幼女がいた。誰これ?
「な、なによ、このちゅから! あたちの変換回路が壊れちゃったわ! うむむむむ」
どうやら静香らしい。舌足らずな幼女なので、イメージと違いびっくりである。ともあれ復活できたようだと、ポテポテ近づき声をかける。宝石が幼女になっても全然驚かない。さすがは剣と魔法とアタミの世界だねと、アニメや小説に毒されすぎな幼女である。
「えっと、こんにちは。五野静香さんですか?」
「……えぇ、馬鹿みたいな大きいエネルギーをありがとうね。お陰様でエネルギー変換回路が1マテリアルで100エネルギーだったのが、100マテリアルで1エネルギーになったわ」
「お礼なんていいですよ。助けるのは人として当たり前ですから」
しゃがんで目線を合わしてニコリと微笑む。その何も考えてなさそうな笑顔のほっぺがむにゅーんと掴まれた。
「もちろん皮肉で言ってるのよ。どうちゅるわけ? これじゃ完全復活どころか、通常体にもしばらく戻れないわ」
呟く内容には小説などを読んできたネムには驚きに値しない。たぶんエネルギーが必要なんだろう。テンプレテンプレ。
餅のようにむにゅーんと頬を伸ばされても、ドヤ顔で理解したよと思っているが、幼女なので可愛らしい。これがおっさんなら憎々しく感じるだろう。
「まぁまぁ、とりあえずはここを脱出しましょう。また光を受けるのは嫌なんです」
「……めげない娘ね……。仕方ないわね。脱出したら私の復活をてちゅだうこと! 良いわね?」
時折舌足らずな口調となりつつ、ネムのぷにぷにほっぺから手を離すと片手を翳す。
「なんとか一発だけでも撃てれば良いけど」
静香の手のひらに光の球が集まってくるので、ネムは驚いた。これは魔法だ。魔女とは本当だったのか。
ネムがポカンとアホみたいに口を開いて見つめる中で、光の球はいっそう輝いたかと思うと眩い光を閃光のように放つ。
「目が〜、目が〜」
もちろんおっさん幼女は目を押さえてゴロゴロと床に転がった。こんなセリフを言えるタイミングなんて、もう二度とないよねと。
「ふ〜ん……。まぁ、良いわ。ひみちゅどーぐのお時間ね」
光が収まったあとに生み出された銃のような物を手にしながら、ネムのアホな行動にツッコミも入れずに静香は小さく笑った。それはなんだか獲物を見つけたような笑みであったが、ゴロゴロと転がる幼女は気づかなかった。