59話 精霊を使うキグルミ幼女
喫茶店スターズ。看板だけは、うんせうんせと幼女が背伸びをして、届かなかったのでイラさんに肩車をされて店先にかけていた。
そのほのぼのとした様子を真魚は眺めながら、この人たちは何者なんだろうと首を傾げていた。
「軍資金ができましたです! これで喫茶店ができます。あ、イラには一年分の給与渡しておきますね」
「年俸制とは素晴らしいです主様。ありがたく頂きます」
幼女は300円近くの札束をポイッとイラさんに渡して、イラさんはウヘヘ〜と頭を下げて貰っている。
「残り50円程度ですけど、また稼げばいいもんですものね。水竜はまだいるんです?」
真魚へとニパッと花咲くような可愛らしい笑顔で問いかけてくるメーザちゃん。小柄で簡単に抱っこできそうな娘なのに、あっさりと水竜を倒した凄腕の魔法使い。
「うん。沖合いに小島があって、そこに水竜が群れをなしているらしいよ」
「そうなんですか。なら、マグロはまだいくらでも採れますね。……あのマグロって今更ですけど爆発しないです?」
「知らないで売ってたの! 大丈夫、酸素魚雷マグロは酸素魚雷っていう魔法の弾丸を飛ばしてくるんだよ。身は普通に食べれるよ」
というか、物凄い会話だ。倒せないはずの水竜を狩ると軽く言うメーザちゃん。止めるべき保護者の女性はのんびりとどこからか取り出した宝石を眺めていた。なんかお金持ちっぽいのに、お金を稼ぐことに懸命……歪な感じ。
「喫茶店にマグロは似合わないですからね。お寿司屋さんになっちゃいます。で、水竜は食べれるんです?」
「う〜ん……竜って食べれるのかなぁ。あ、昔のグルメ紀行っていう本を寺子屋で読んだことあるけど、ドラゴンステーキは固くて不味いって書いてあったような気がする!」
「そっち系の世界ですか。美味しい世界なら良かったんですが、たしかに筋張っていそうです……でも、とりあえずは駄目元で食べてみますか。大量にありますし」
ていっと、白い袋に入れて引き摺ってきた水竜を取り出すメーザちゃん。どんな怪力なんだろう。ズリズリこの家まで一人で引き摺ってきたのだ。おかしなことに、その光景に他人は気づかなかった。たぶん魔法なんだろう。
「では刺し身からいきます? 主様。あ、包丁ください」
「ほい。『魔刀豆腐切り』作成」
メーザちゃんがおててを掲げると、白い光が集まり、1メートルぐらいの長さの包丁が生まれる。その光景は神秘的であり、ぽかんと口を開けて私は感動しちゃっていた。
ネーミングはないけど。なんで豆腐切り?
「豆腐切りで、水竜切れますかね? あ、結構切れます」
サクリと水竜の死骸に手渡された包丁を差し込むと、手際よくイラさんは水竜を解体していく。血が床を汚すかと思いきや、空中に赤い球体を作り出して、血を吸い取るので汚れることはない。
あっという間に、各ブロックごとに分けられた肉塊は氷によって冷やされる。
「あんまり冷たいと冷凍庫焼けしちゃいますから気をつけないと」
メーザちゃんがおててをひとふりすると、小さな氷の精霊が生み出されて、肉塊を冷やしていく。その様子に驚き……。
「ええっ! なんでそんなことできるの? 精霊が生み出されているよ?」
「ふふふ。私はメーザ。謎の幼女です。精霊を作り出すなんてチョチョイのチョイ。氷の精霊よ、受肉せよ!」
くふふと口元を押さえて微笑むメーザちゃん。そうして、ていっとおててをまた振ると、氷の精霊が集まっていき……
「なにかな? これ?」
四角い大きな氷となった、精霊ではなくなっちゃった。
「ほら、部屋に大きな氷をおいておくと涼しいじゃないですか。私の部屋にも置こうっと。これで千客万来間違いなしです。しかも溶けないです」
……なんだか凄いもったいない使い方をしているような気がするのは気のせいだろうか。
「あ、コンロとかもよろしくお願いします、主様。私の部屋にも一つ置いてください」
オーケーと、極めて軽く答える幼女。こういうのって簡単にできるものなのだろうか? う〜ん、分からない。街から他の街に行ったことないし。
「切れましたが、刺し身いっておきます? 無難なところで差しの多い赤身部分。ハツやレバーですかね?」
「食べます。刺し身って大好きなんです。レバ刺しは大好きだったんですが、食べられなくなって寂しく思いましたよ」
イラさんがペロンと薄く切り取った赤身部分を小さなお口をあ〜んと開けて、メーザちゃんはモキュモキュと食べる。
しばらくもぐもぐしていたら、こくこくと頷いて、ポテポテと外に出ていった。そうして、しばらくして、小さな壺を持ってきた。お皿を取り出して……どこからか取り出して……どこから取り出しているんだろ?
壺の中身をトポトポ注ぐ。プーンと匂ってくるのは醤油だ。
「歯ごたえがあまりなくて、馬刺しとかかなって思いました。でもお醤油つけないと味がいまいちわかりませんね。ごま油とにんにくも欲しかったなぁ」
水竜刺しを食べるためだけに、外に買いに行っていたらしい。醤油をつけてハクリともう一口。
「うん! 美味しいですよ。たぶん水の中にいる水竜だからですよ。身は引き締まってますが、筋張っても固くもないです」
「毒はある?」
「あ、そこらへん大丈夫ですよ。妾の能力はそういうのを感知できるんで。寄生虫とかもいないです」
静香さんが興味ありげに近づいて尋ねていたが、あっけらかんとイラさんは答える。そういうのって、高位魔法とかじゃないのかな……。
そう、と静香さんもパクパク食べ始める。ハツやレバーも食べていく。美味しそうに食べていくので、私も貰ったけど、意外や美味しい。水の中にいるから、筋肉質にそこまではなっていないなのだろう。
「これはピコンと来ましたよ! ハンバーガー。水竜のハンバーガーと言う名前で売り出しましょう! パンとピクルス、トマトとレタスを入れて、個人店なハンバーガーを出します!」
「作るの楽だし、良い考えと思うわ。ボリュームたっぷりで、美味しければ売れるかもね。この街は冒険者が多くなってきたし」
やったぁ、良いこと思いついたよと、メーザちゃんはぴょんと飛び跳ねて、静香さんがフムと腕を組む。
「紙って安いから助かります。というか、有名ハンバーガーチェーンないですね? あると思ったんですが」
「王都とかにはあるかもよ? 今度行ってみましょう」
王都かぁ。私も行ってみたいなあと思いながら、そのやり取りを見ていると
「それじゃ、喫茶店スターズ。この4人で頑張ってやっていきましょう! オーッ!」
「オーです。主様」
「パンは水竜の肉に負けないものにしないとだめよ。有名食通家がダメ出しして来るから」
と、3人はノリノリで掛け声をあげるのであった。
………ん?? 4人?
「えっ! 私もメンバーに入っているの!」
ちょっとついてきただけだったのに、メンバーに数えられている!
「真魚さん、当たり前です。精霊使いは貴重です。コンロに火の精霊、部屋には氷と風の精霊。上手く指示を出すには私やイラ以外も精霊を使える方がいいんです」
キョトンとした表情で、今更何をと聞いてくるメーザちゃん。私も精霊使いが貴重なのは知っているよ! 精霊自体があまりいないとお祖父ちゃんが教えてくれたから。
だから力を隠していたのに、ウェイトレスやコックのために集めちゃうんだ! 贅沢すぎる使い方だ。精霊使いだよ?
「ねぇ、真魚? ここは私たちの庇護下に入ったほうが良いわよ。貴女が思うほど世間は甘くないわ。きっと貴女の力はバレると思うの、しかも近いうちに。具体的には街全体を賄うほどの魚を売りに行って目立ったりとかした時に」
親切めかして、脅しを入れてくる静香さん。そしてその言葉は私を青褪させるのに十分だった。
「ええっ! もしかして私は嵌められました?」
「ええっ! もしかして真魚さんに悪いことしました?」
メーザちゃんもその言葉に驚いていた。どうやら故意ではなかったらしい。けど同じことだ。私は漁師だと皆は知っている。幼女が採ってきたと言っても誰も信じないに違いない。
「すいません、真魚さん。そんなつもりはなかったんです」
「はぁ………。良いよ、良いよ。でも、守ってくれる?」
私自身はひ弱なのだ。ちょうど良いかもしれない。怪しそうではあるけど、悪党ではなさそうだし。
その言葉にもじもじとし始めるメーザちゃん。はぁ、とため息をつくと
「仕方ありません。私の正体をお見せしましょう。皆には内緒ですよ? 絶対ですからね?」
と、言うと私が頷く前に手を空に翳す。
「偽装解除!」
眩しい光が集まるとメーザちゃんを包み込み……光がおさまるとそこには白銀の髪をもつか弱そうな儚げな幼女が立っていた。
「ね、ネム様! えっ、本当にネム様?」
驚くどころではない。本物なのだろうか?
「フッフッフッ。私の名前はネム・ヤーダ。精霊の愛し子にして暇を持て余すものっ!」
フハハと胸を張りアホっぽく笑うその姿は城内で見かけたときのしおらしさがない。
「真魚さんを守るにあたり正体を教えておかないと悪いですもんね。皆には内緒ですよ。家族にも内緒にしているんです」
ちこんと口元に人差し指を軽く添えて悪戯そうに微笑むネム様。
「はぁ〜……内緒なの? あの儚げなのは?」
「おとなしい性格だとなぜか思われているんです」
「うん、全然おとなしくないよね……。そっかぁ、なんというか幻想が崩れたよ、白銀ちゃん!」
うにゅにゅと顔を顰める白銀ちゃんだが……精霊の愛し子だと言われているその力は本物なのだとわかる。
なんで家族にこの性格を隠しているかは……うん、なんとなくわかるかも。
「でも正体をあかしてくれてありがとう。それなら信用できるし、良いよ。手伝ってあげる!」
なんだか面白そうだし。……給金も良さそうだし。
「従業員ゲットです! それじゃ早速パンを買いに行きましょー!」
「オーッ!」
そうして、嬉しそうな白銀ちゃんは再び黒髪に変身すると、パン屋に行くというので一緒についていくことにするのだが……。
「悪いね。パンは売れないんだ。小麦が全然手に入らなくてね」
と、パン屋のおじさんからすまなそうな表情で断られてしまうのであった。
なんでなんだろう?




