58話 お魚採りのキグルミ幼女
ふむふむとネムは真魚の説明を聞いていた。砂浜にコロンと座ってのんびりと。
「その人魚モードで魚をこっそりと採っていたんですか。その精霊の力を使って」
「うん。最近になって出会った精霊なんだ。ふよふよ浮いていて、近づいたら懐かれたの。漁師は貧乏だから、他の人に妬まれないようにこっそりと精霊の力を使って採ってたんだ。だから目立ちたくなくて、こんな人気のないところを漁場にしてたの」
真魚の言葉にうんうんと頷く。わかる、わかるよ、その気持ち。
「私もちょっぴり他の人と違う能力があったので隠しているんです。お互い大変ですね」
大変には見えなさそうな幼女の返答である。ネムは大変だと思っている。ちょっぴり他の人と違うのだ。ちょっぴりおっさんが混じっているのだ。混ざらなくても良いと思います。
「でも初見で精霊だってよくわかりましたね?」
「真魚さんは互いをわかりあえる新人類なんですよ。草とかを願うと退けることができますよね?」
イラの言葉に確信を持って答える。だって木の世界の真魚は同じことをできた。と、するとこの娘も同じことができるはず。
「あ、うん。魚よ釣れてって願うとよく釣れたんだけど、この子たちともなんだか繫がっている感じなんだ」
「わかりあえる相手を釣っちゃうとか、あっちの真魚さんより酷いです」
やっぱり同位体なのかな? テイマー系統か脳波感応できる新人類なのかは知らないが……。まぁ、生活がかかっているんだもんな。仕方ない。仕方ないのだ。
「あんたはネム様に顔立ちだけは似てるね」
「ええっ! 本当ですか? 別人なんですが」
あわわわと慌てちゃうネムだったが
「うん、別人だってわかるよ。私、何回かネム様を城で見かけたことあるけど、儚げな神秘的な感じのする女の子だったもの。なんとなく似てるかなって感じかな」
「………精霊の愛し子に似ているなんて光栄です。私も精霊使いなんです。魚釣りに来たんですが、なにが釣れますか? マグロ? 中トロ?」
中トロはマグロであるが、特にネムは気にせずに答える。多少頬が膨れているのは気のせいだ。
「私のマーメイドみたいになれるんだよね? なんか水竜に見えたけど」
偽装効果が働いて、水竜に見えたらしい。キグルミには見えなかったみたい。キグルミだとバレたら、ますますアホの娘に見られるので助かったネム。
そして、水竜で魚を捕まえるのは魚釣りではない。
「う〜ん………。私が精霊使いだって黙ってくれたら良いよ?」
「取り引き成立ですね。私のことも黙っていてくれますか?」
「まぁ、怪しく……怪しそうではあるけど良いよ」
イラや静香さんのせいだよねと、ネムは自身のことは顧みずにプンスコ起こるが、とりあえずは真魚は取引を成立させた。真魚はこのメンツは怪しいけど、悪党ではなさそうだと、直感的に理解したのだ。さすがは新人類だった。
真魚は波打ち際まで歩いていくので、てこてこついていく。
「この海は沖合いに水竜が棲息しているから気をつけてね。『人魚変身』」
真魚の腕に絡みついている蛇がパアッと光ると、真魚が蒼い光に覆われて、人魚へと姿を変える。先程よりも生きが良さそうで、鱗がキラリと光っている。蒼く輝く魚の下半身。上半身もさっきとは違い、蒼い薄手の鎧を着込んでいた。
器用にも尻尾をうまく砂浜につけて、立っている。ん? と首を不思議そうに傾げてもいた。なにかおかしいことがあったのかな?
『リヴァイアちゃん変化』
ぽむんとモニョモニョを使うと、リヴァイアちゃんに姿は変わり、ぴょこんと顔をキグルミの胸から出すネム。偽装がかかっているために、チビ水竜にしか見えないのだろう。真魚はほへ〜と感心していた。
「スターダイヤモンドの力。夜ふかし時に明かりに困らないと思って、服につけたんですが、重力操作をできるんですね。説明書がないから困ります。まったくもう!」
飛ぶ蛇を見て理解したネムである。その前にイラが飛んでいたり、もっと前に木の世界で精霊が飛んでいたが、ふぁんたじ〜だねと気にしなかった。羽蛇を見て、初めて違和感に気づいた鈍感すぎるネムであった。そしてスターダイヤモンドはライト代わりに使われたことが判明した。
「なにか……身体が違和感があるけど……まぁ、いいや。ついてきて!」
尻尾をぴょんと動かして、バネの反動で飛ぶように空高く真魚は飛んでいった。
「あひゃぁぁぁ〜」
遠く離れた沖合いに落ちていく真魚。その悲鳴から予想と違う行動なのがわかる。
「………」
「………」
「………」
ネムもイラも静香もその様子を見て、ぽかんと口を開けた。いや、唖然としてちっこいお口を開けていたのはネムだけで、イラはふわぁとあくびをして、静香はジト目となっていた。
「ねぇ、ネム。あれは改造したせいで出力が大幅に変わったからじゃないかしら?」
「真魚さーん!」
静香の言葉に慌てちゃうネム。ヒレを光らせると白い残光を残し、飛んでいった。スターダイヤモンドのおかけでブースターがついたのだ。
空も飛べるようになったリヴァイアちゃん。勢いよく飛んでいく。音速に近いのだろうが光のバリアが薄くネムを覆っているので、風圧は感じない。
「大丈夫ですかぁぁぁぁ〜?」
ドップラー効果を出しつつ、音速に近い飛翔をした幼女は真魚を通り過ぎて、遥か先の沖合いにドパンと水柱をたてて着水した。
お互いに精霊の出力に振り回されています。おっさん幼女がアホみたいにエネルギーを注ぎ込んだせいなのではあるが。
「がべぼごばべ」
海中に落ちて、ボコボコと空気を吐き出してネムはドンドコ水中に降りていった。というか落ちていった。潜って行ったといえばアホな結果を誤魔化せるのだろうか。
だが水の中はとても綺麗で透明度が高かったので、ネムはその美しさに珍しく言葉を失った。スキューバダイビングの光景をテレビで見たことがあるが、それと同じ光景があった。
息も止めていたが、無意識で止めていたのでおっさん幼女は気づかなかった。気づかなければ苦しくないのだ。この幼女は宇宙空間でも宇宙服を着ずに行動できる変態だとわかった瞬間である。
『水竜ちゃん、大丈夫?』
いち早く回復したのだろう真魚が泳いできた。思念で会話できるのか頭にそのまま会話が入ってきてくる。
『大丈夫です。真魚さんも大丈夫です?』
『うん。水中でも呼吸ができるようになって、泳ぐスピードが酸素魚雷マグロみたいに速くなったけど大丈夫だよ』
近づいてくる真魚は幻想的な美しさであった。海の中なのでそう見えるのだろう。魚の群れが無数にあり、海底にはカニやらエビ、色とりどりの鮮やかな色の魚も泳いでいる。
スキューバダイビング、一度やってみたかったけど、異世界で願いが叶っちゃったなと、ふふっと可愛らしい笑みを見せるネム。そのままヒレを動かして、真魚に尋ねる。
『酸素魚雷マグロってなんです? 言い間違いですよね? 言い間違いだと言ってください』
『水竜が操る取り巻きだよ。ほら、あれあれ。私も何度か追いかけ回されて酷い目にあったんだ』
指を沖に指差す真魚に口元を引きつらせて振り向く。なんだか恐竜がこちらへ向かって来ていた。水竜だ。リヴァイアちゃんを巨大化したみたいな竜であった。
周りに酸素魚雷マグロというのだろう。航跡を残さずに高速で泳いでくるマグロがたくさんいる。30尾はいるだろう。
縄張り意識高すぎな水竜である。心が狭すぎると思いながら迎撃を決意するネム。こういう時にアニメとかだと、普通は新キャラが力を見せる時なのに、イラは浜辺で魚を冷やすための氷を作っていた。役に立つのか、立たないのかわからない娘だ。
クワッとゾロリと生える牙を見せて突撃をしてくる水竜。その速度は酸素魚雷マグロと同等なので、かなりの速さなのだろう。
『ですがチャンスです。私を甘く見ましたね。真魚さんは離れていてください』
ヒレをふりふり動かして、真魚へと離れるように伝える。
『大丈夫? 危なくなったら逃げなよ?』
真魚が頷いて、ジェットエンジンでもついているかのように離れていくのを見て、モニョモニョを注ぎ込みすぎたかなぁと今更に反省するネムであるが、水竜が噛み付こうと目の前に迫ってきたのでニヤリと不敵に笑う。
ガブリと一口で食べられちゃうリヴァイアちゃんだが慌てない。それこそチャンスであるのだ。
『リヴァイアちゃん。針千本』
リヴァイアちゃんを針千本みたいに棘を生やして、膨らませる。あっという間に水竜の口内から棘が突き出してきて、膨らんだリヴァイアちゃんに耐えきれず、その頭を破裂させるのであった。
酸素魚雷マグロたちは指示を水竜が出す前に死んだからだろう。ウロウロと彷徨いて攻撃をしてこない。
『トルネードリヴァイアちゃん』
ヒレを光らせると高速回転をして、渦を作っていく。巨大となった渦は酸素魚雷マグロとやらを巻き込む。他の魚群も。
そうして洗濯機みたいに回転をして、空へとポンポンと打ち上げるネム。
「ナイスです、主様」
浜辺ではイラが赤い球体を作り出して待っていた。ポンポンと落ちてくる魚をその球体にナイスキャッチと受け止めて入れていく。すぐに球体から落ちてきた魚は地面に敷き詰められた氷の山に置かれていく。
『血球』
敵の血を吸い取るイラの技である。その力は活け締めに魚をするよりも的確に血を吸い取るので、美味しく後で食べられるのである。実にしょうもないことに高度な魔法を使うイラであった。
バッシャンバッシャンと魚が落ちてきて、山になりそうなので、積み重なったら魚の身が崩れてしまうと、せっせと並べる気の利いたハーフエルフ。
しばらくして、水竜の死骸を引き摺ったネムが現れて、どかんとリヴァイアちゃん漁は終わる。簡単に魚が大量に採れるので、禁じられそうな漁法である。ネムしか使えない手法なので、大丈夫だとは思うが。
「わぁ……凄い! 水竜ちゃん、これ凄いよ! こんなに採れるなんて」
「そうでしょうそうでしょう。ところでこれをどうやって売ったら良いか、いいアイデアがありませんか?」
百匹ぐらいいます。しかもマグロは10メートルぐらいの大物ばかりです。採ったはいいが、改めて喫茶店でどう売れば良いかアイデアが浮かばない模様。
「お魚屋さんに売りに行こうよ。今は冒険者がたくさん訪れているから、簡単に売れると思うよ?」
「今日はどこもお魚が夕食に並ぶんでしょうね」
あっさりと当たり前のことを告げる真魚に嘆息しちゃう。そうだよね、魚は魚屋だよね。
「主様。魚を売ったお金で喫茶店を始めませんか?」
「なんかテンプレじゃないですけど……そうしますか」
仕方ないかと、豆腐の大八車を作り、発泡豆腐ボックスを生み出して、お魚をどんどん入れていく。
そうして魚屋にレッツゴー。この街の魚屋全部に回らないといけないだろうなぁと面倒くさいと思いながら。これ、数回行き来しないとだめなやつだ。
静香さんはさっさと帰ってしまったので、えっちらおっちらと3人で引き摺ってお魚屋さんを回っていく。
そうしてどんどん売り払って、最後の魚屋にマグロを卸して大金を手にするのであった。
さて、このお金で改めて何を売ろうかな? あと、騒ぎになると思って売らなかった水竜の死骸をどうしよう?




