57話 釣り人と出会うキグルミ幼女
ペチペチとヒレを鳴らしながら、よちよちと赤ん坊のように歩く水竜型キグルミのミニリヴァイアちゃん。ぴょこんと可愛らしい幼女が顔を出しており、なにかの遊びなんだろうと、その姿を見た人は微笑ましく思うに違いない。
人気がない街から少し離れた浜辺であるので、誰もその様子を見ることはできないのだが。いや、2名ほどその様子を見ていた。
「暑いですね〜。妾は暑いのは苦手なんです。暑さ手当って、どれぐらいですかねぇ?」
黒髪ツインテールの少女がパタパタと手で扇ぐがそんな手当はない。ぐでっと浜辺に寝っ転がり、汗だくになっていた。精霊のはずなんだけどなぁと、ぽてぽてと歩くネムは呆れちゃう。どうもその動作が人間臭いんだよなぁ。良くできているよ。
「とりあえずはサマーチェアとパラソルを用意して、と。しっかりと真珠を取るのよ、ネム」
女スパイさんがビキニの水着姿でどこからか持ってきたチェアに寝そべりパラソルの影に入り寛いでいた。真珠があるとは思えないんだけど。
「というか、真面目にやってくださいです! 喫茶店スターズは私たちのこの釣りにかかっているんですから!」
ぴょんぴょんとキグルミ姿で飛び跳ねて怒る幼女である。喫茶店の名前はオーナーの私が決めました。スターみたいな人気が出ますようにと。
「だって、単純すぎないかしら? 水竜が現れるから魚はあまり採れない。なら、自分は水竜如き相手にならないから、魚を採りまくりなんて」
呆れた声音の静香だが、良い計画だと思うのだ。狩猟権もなかったから、山で鹿とかを狩るのと迷ったんだけど。
「どう考えても、野生動物を狩るイメージがわかなかったんです。それに肉の解体はできないですけど、魚ならできますし」
アジを3枚におろすこともできますよと、ちっこいヒレをふりふり振る。肉は無理だ。やったことがない。というか、普通はやったことがないと思います。
「マグロとかブリとか採ろうと思うんです。鯛も良いですよね」
アタミの沖合いでマグロが採れる可能性は考慮しないネムである。でも、地形が大幅に変わっている上に、なんちゃってふぁんたじ〜の世界なので、採れるかもしれない。
「それに主様。喫茶店で魚をウリにするんですかぁ? 妾は何を作ればいいんでしょ?」
「採ってから考えましょう」
何も考えていないことを暴露するいきあたりばったりな幼女。採れる魚からメニューを考えれば良いのだよ。
頼りにならない二人を尻目に、ネムはふんすと息を吐いて張り切る。やっぱり私ががんばらないといけないようだねと。
ネムが頑張るとだいたい大変なことになるのだが、もちろんそんな自覚はない。あるのは根拠なき自信だけだ。おっさんがその自信を大幅に上げているので、おっさんの呪いであろう。デバフ内容は知力をマイナスまで下げる、だ。
というわけで、久しぶりのリヴァイアちゃんモード。初夏にこのキグルミは暑いと思いきや……そうではない。エネルギーの塊を水へとイメージ補正をかけて、キグルミに変えているので軽くて涼しかったりする。
氷ではない、水だ。ゼリーよりも柔らかく、それでいて崩れない弾力性を持つ。狸型ロボットが出しそうな未来アイテムによって作られた不思議な水みたいな感じ。子供の頃に見たアニメだが、その不思議な固い水で城とかを作っていたので、夏に羨ましいと思った記憶がある。
今思うと、あれ水道代が数十万円になっているだろうから、悪夢のアイテムだと夢のないことを考えちゃうけど。子供アニメにリアルを求めたらいけないよね。
そのため、防御力は皆無に思えるが、ある程度の弾力性を持つので、牙も槍もつき刺さらずにポヨンと跳ね返すだろう力を持っている。イメージを変更すれば硬い金属のような硬度にもできるし。ミニリヴァイアちゃんは伊達ではないのだ。
「ミニリヴァイアちゃん。スターズオーナー、ネム行きまーす!」
ロボットアニメみたいに叫びながら、ぽてぽてと砂浜を歩いていく可愛らしいキグルミちゃん。んせんせと幼女は頑張って、人間の筋力1000倍とイメージして、砂浜からドカンと強く踏み込んでヒレを広げてジャンプした。
空を山なりに飛んでいき、沖合まで一気に行こうとヒレを使い滑空していき
パシャン
着水予想地点に、一人の少女が海の中から顔を出した。
ショートヘアの少女が、ぷはぁと息を吐いて出てきたので焦るネム。
「ええっ! なんでこんなところに人がいるんですか!」
人気がない街から離れている場所だ。しかもそこそこ沖合であり、幻獣がいてもおかしくない危険な場所なのに。
「ふえっ?」
少女も空からの声に気づいて顔をあげて見てくるが、戸惑うだけであった。意外すぎて反応できない模様。
ギャグ漫画では、ゴチンと頭をぶつけ合い、プカァと水に浮かぶだろうが、残念ながらギャグ漫画的ふざけた肉体はおっさん幼女のみ。たぶん少女の頭はカチ割られて死んじゃうと焦るネムは
「バルーン変化!」
リヴァイアちゃんをぷくっと風船のように膨らませて、少女へと衝突をし、派手な水柱を立てるのであった。
浜辺には一人の少女が倒れていた。ぴよぴよと頭にひよこが飛ぶような感じで気絶をしている。
先程のショートヘアの少女だ。その周りを困った表情でネムとイラが見ていた。静香はパラソルの下から動かなかった。肌が焼けちゃうとのこと。極めて嘘くさいけど。
「う〜ん。フィッシュって、叫べば良いですかね?」
「微妙なところですねぇ、主様」
顔を見合わせて、困った困ったとネムたちは話し合う。溺れた様子はないが激突のショックで気絶したらしい。
それは良くないが、別にいい。それ以上に問題なのがあるので。
「喫茶店で人魚の肉って、売れますかね?」
「不老不死の効果付きならそこそこ売れるんじゃないですか?」
そう、困っている内容はこの娘の下半身が魚なんだよね。即ちマーメイドというのやつだ。幻獣かしらん。食べたら不老不死になるんだっけ?
ピチピチの魚の下半身。ピチピチはピチピチでも意味が違うピチピチだ。生きがいい魚である。でも、上半身裸タンクトップなんだよな。貝で胸を隠していないよ?
ちょっと残念だなぁと、人差し指をしゃぶりながら眺める幼女。そんな姿も幼くて可愛らしい。中の人はもう消えたのだと思いたい。ちなみにキグルミは解除しておきました。
「ん? これぇ、おかしいですよね〜、主様」
間延びした口調で、ふとイラがなにかに気づいて倒れている少女にしゃがみこみ手を翳す。
そうしたら、魚の下半身が水色に変わり、ふわりといくつもの小さな球体へと分裂していった。残るは普通にズボンを履いた人間の少女だ。
「こ、これ、なんですか? 私以外にキグルミを使う人が!」
キグルミを着ていたのかと驚くネム。
「違いますよ、主様。これ、出来の悪い精霊です」
きっぱりと言ってくるイラの言葉にコテンと首を傾げちゃう。精霊? そういえば、精霊だけど、出来の悪い精霊?
「機械としては完璧かもしれませんね。主様の創られた精霊みたいに遊びを持たずに、たんなる命令を聞くように設定されているみたいです」
手のひらに一匹の精霊を乗せたイラがイラッとした表情で呟く。イラがイラッとしているよと、クスクスと笑う、周りをイラッとさせるおっさん幼女。
「手のひらに乗せるだけでわかるんです? あぁ、なるほど?」
ネムも紅葉のようなちっこいおててに精霊を乗せると理解した。だってモニターが映し出されたんだもの。
こんな感じでした。
『浅田製精霊:設定されたエネルギー量により、各種システムを使用可能。自由意思無し』
それだけであった。これはつまらない。自由意思ないじゃん。イラが嫌そうな表情になるのわかるよ。自分も精霊だもんな。
なので、パラソルを使い設定変更。パアッと砂浜に水晶板が現れて、その中心に精霊を置く。命じてないのに他の精霊も集まってくる。
「Nウイルス注入。生まれ変わるのだ、この幼女ウイルスによって!」
ふはははと、胸をそらしてモニョモニョを注入しちゃう。ふざけていても、そのエネルギーは本物であり、精霊たちは単色の深みのない水色から、深い鮮やかな蒼い色の球体へと変わっていった。
で、モニター表示は変わった。
『ネム製精霊:エネルギーが尽きるまで自由意思にて自由行動可能。ネム3原則による行動制限あり』
ネム3原則とは、悪人は懲らしめて良い。それ以外は駄目。自分自身を守ること。好きなように生きること。以上である。
光の中で蒼い球体は集合すると
「きゅい!」
ちっこい羽根を生やした50センチぐらいの蒼い色の蛇になった。つぶらな瞳でくるくると宙を嬉しそうに飛ぶ。
ぽかんとネムはその光景に口を開けて唖然とした。
「なんで飛べるんですか! あ、そういえば精霊は皆飛べてましたね。ふむん……精霊水晶を融合させれば、キグルミも空を飛べる? 一考の余地ありです」
空を飛ぶ蛇を見て羨ましがるが、すぐに思い直す。これいけるんじゃない?と。
そうしてすっかりその考えに夢中になる鳥頭のネムであったが
「わわっ! なにこれ? なにがあったの?」
驚きの声をあげる少女の声に、考え込むのをやめる。気絶から起きたらしい少女はワタワタと驚いてネムたちを見てきた。そんな少女に蛇はご主人様とでもいうように、じゃれつくようにしゅるりと巻き付き、ますます少女は混乱する。
そんな少女に、ネムはニコリと安心させるように幼い顔を可愛らしい微笑みにして話しかける。
「もしかして、貴女は真魚と言う名前ですか?」
「う、うん。えっと、どうなったのかな? これ?」
あぁ、やっぱり真魚と言う名前なのねと、内心で納得してチラリと静香の方へと視線を向けるが、肩をすくめて何も言ってこない。
なんだかなぁと思う。別次元の同位体とか言うのかなぁ。
まぁ、良いか。これは気にしても仕方ない。
なので、微笑みながら気になることを聞くことにする。
「真魚さんは精霊使いなんですね。ここでお魚採ってました? 良かったら、私たちにここでなにが採れるか教えてくれないでしょうか」
「アチャー。バレちゃったか。うん、私は精霊使いの真魚。隠してたんだけどなぁ。で、あんたたちは何者なの?」
顔を手で覆い苦笑する真魚。精霊使いって、キグルミ使いなのかと思いながらも、自己紹介をすることにする。
「私は最近引っ越してきたネム……じゃなくて、何でしたっけ? 静香さーん、私の名前何に決めたんでしたっけ?」
「たしかメーザよ。で、私はエル。悪いけど死神如きには負けないわ」
「妾はハーフエルフのイラだよ」
自己紹介をしてくる幼女たち。…なにからツッコみを入れれば良いのかと、真魚は戸惑うのであった。
普通は人魚の姿になっていた私は驚かれるんじゃないかなぁと思いながら。
くるりくるりと真魚に蛇がまとわりついてくすぐったい。




