56話 ハーフエルフとキグルミ幼女
ヤーダ伯爵領の冒険者ギルド。常に閑古鳥が鳴いており、冒険者などいない寂れたギルドであった。
今の状況を見ると信じられないが。
繁栄していた頃の昔の名残で、建物だけは古ぼけていても大きい冒険者ギルド。受付窓口はいくつもあり、買い取り窓口もたくさんある。解体用の部屋だって大型の幻獣すら対応できる立派な建物だ。
そんな冒険者ギルドには、かつての賑わいが戻ってきていた。多くの冒険者が訪れており、押し合いへし合い受付窓口に並んでいた。
2つしか稼働していない窓口に。
「いらっしゃいませ! 身分証明書はありますか? あ、他の土地のですね。移住する予定? はい、それでは手続きのご説明を……」
冒険者ギルドの若き受付嬢。未亜は悲鳴をあげたい気持ちを抑えて、懸命に新しくやってきた冒険者たちに笑顔を見せて対応をしていた。口元が少し引きつるのは許してほしい。
「早くしろよ」
「もう何時間も待っているんだけど」
「いい宿屋って紹介してくれます?」
冒険者ギルドの建物に多くの人々が詰めかけてきていた。彼らはアタミワンダーランドが稼げると聞いてやってきた冒険者たちだ。まだアタミワンダーランドが復活したのは1か月前。それなのに、他のダンジョンよりも稼げるとの噂を聞いて冒険者たちはやってきていた。その耳の早さはさすがとしか言いようがない。
こちらは建物は大きくても、人員が足りないのに。4人の零細ギルドなのだ。
「アタミワンダーランドは超高難易度ダンジョンです。ナイトメアレベルですが大丈夫ですか?」
「罠がないなら楽勝だぜ! 力押しで行けるからな。ガハハハ」
大柄な体格に、性能の良さそうな魔法の鎧を着た男が高笑いをして、連れであるのだろう、他の仲間も笑っている。
そうなのだ。アタミワンダーランドは罠がない。罠は冒険者にとって、一番嫌な敵だ。それがないために、稼げると考えた脳筋の冒険者たちが大勢やってきたのだ。
盗賊や10フィート棒がいらない稼げるダンジョン。大人気にならないわけがない。高い装備に身を包み、自らの戦いの腕で稼げるのだから。
まだ1か月。それなのにこれだけの冒険者が来るなんて、将来はどのくらいになるのだろうか? 一日数万人も冒険者たちが入るという、伝説のネズミが現れるダンジョンみたいに繁盛するのだろうかと未亜は冷や汗をかく。
とりあえずは、人員を手配してください伯爵様と、ダンジョンで命の危険を感じた以上に危機感を持って、涙目で未亜は冒険者たちに対応していくのであった。
その様子を外からチラリと覗き見たツインテールの少女がいたが、気にはしなかった。
「はぁ、あれじゃ冒険者は無理ですね、主様。妾は並ぶの嫌いです」
黒髪ツインテールのハーフエルフっ娘。小悪魔そうな顔立ちのイラは冒険者ギルトの混雑に嫌な表情をした。道すがら冒険者ギルドを覗いたのだが混みすぎである。瞳の色とかはしっかり偽装済みだ。
「優先入場券とか欲しいです。私はテーマパークに行く時は必ず買ってましたよ」
若い頃はテーマパークによく行ったもんだと、隣をぽてぽてと歩く普通のワンピースを着込む幼女はうんうんと頷く。
テーマパークは並ぶ時間が大変なのだ。優先入場券を買えば、優越感と共にアトラクションに乗れるのだ。行列で一時間待ちより、万札はたいても、待たないでアトラクション乗る方を選ぶ元おっさんである。
ワンピースを着てポシェットを肩にかけて、ぽてぽてと歩くネム。他世界でもないのに、その姿を外で見せても良いのだろうか? それが大丈夫なのであるのだ。
周りの人は可愛らしいネムに気づいていない。微笑ましい表情で、チラリと見るのみ。
なぜなのかというと、その服にはキラリと光るスターダイアモンドが飾られていた。精霊パワーを押し込んだスターダイアモンド。どこかの幼女に奪われないか不安なその宝石の力にて、迷彩機能をつけているのである。
光の属性精霊を作れる宝石であったが、精霊とはせずに自分の迷彩用にしちゃったネム。スターダイアモンドは泣いても良いだろう。その力は僅かに光を歪めてネムの姿を変える。
普通の黒髪に、黒の瞳。顔立ちも僅かに変えている。その服装は平凡なワンピースであり、よくよく見るとネムにそっくりだとわかるが、問題はないだろうと、ネムは気楽に考えている。変装は姿を変えすぎてはいけないのだ。なにかのタイミングでバレる可能性が大きいので。
偽装能力が指輪にあるじゃんと言われれば、今みたいに微妙な偽装をしてくれないのでと、そっぽを向いて答える予定。新型を自分でも使いたかったのだ。スターダイヤモンドは他にも機能があるし。
「このモードの時は、名前はメーザにしましょう。これからはこの変哲もないそこらへんにいる美幼女の時はメーザでお願いしますです」
「はい、主様」
「それじゃ、メーザ。これからどうするの?」
サングラスをかけて、スリットの深いスカートを履くちょっと際どい服装の女性が聞いてくる。
「考えはありますよ、静香さん。あ、静香さんの名前もまずいですよね? 名前はどうします?」
「う〜ん……それならエルで良いわ。ジュエルのエルね」
静香と呼ばれた女性は妖しく微笑む。ダイアモンドを食べまくって、ようやく自由に変身可能となったらしい。
「黒髪三姉妹ですね。主様。ふふふっ」
楽しそうにニヤリと牙を覗かせるイラ。ふむんとネムは考える。メーザとエルとイラ。うん、名前はおかしくなさそうである。
「なぜか一歩も外に出れないほどに警備が厳しくなりましたからね。息が詰まっちゃいます」
どうしてか、騎士たちが常にそばにいるようになったのだ。解せぬ。黒竜ちゃんはフレンドリーなことがわかったので、もう安心ですね、貰った蕎麦を食べましょうと言ったのに。
まったく皆は黒竜に偏見を持ちすぎである。壁を壊したのは黒竜ちゃんなりのドアノックだったんですよと強弁したのに。
頭が固いんだからと、豆腐よりも柔らかい頭のネムは不満にほっぺを膨らませる。そろそろおっさんの頭はぐずぐずに煮崩れる可能性あり。
今回も精霊界に遊びに行ってきますと伝えて抜け出して来たのである。
「さて、では私の拠点を作るためにも、ここで手続きをしましょうか」
ハンスちゃんモードの時に拠点を作るつもりだったが、なぜか冒険者ギルドに賞金首みたいにハンスちゃんの貼り紙があったんだよな。悪いこと何もしてないのに。
目の前には石造りの役所があった。大きな建物であり、冒険者ギルドのようにかつての繁栄を思わせる造りだ。
「お店をしましょう。今なら安い店舗があるはずですし」
そう言って3人で中に入り………。あっさりと店舗は見つかったのだった。
本通りからは外れているが、それでも敷地を考えると安い。昔は宿屋だったらしい。3階建てのしっかりとした石造りの屋敷と呼んでも良い建物だ。庭もある。
あれから、役所にて紹介してもらったのである。不動産屋を。
「1000円とは安かったですね、主様。あ、ワインセラーもありますよ」
ウキウキと楽しそうにイラが宿屋内を見て歩く。家具がなく埃が積もっており、何もないガランとしている。長い間使われなかったお店らしい。
「思い切ったわね。全財産はたくなんて」
「これから、この街は繁栄していきます。その前に買い取らないと来年には2倍、3倍とかに値段が上がりますよ」
投資するのに絶好の領地だ。投資すれば間違いなく儲かる……はず? う〜ん……この世界は中世ふぁんたじ〜の皮を被っているから、そこらへんどうなんだろ? もしかしたら値段変わらんかも。
「そうかもしれないわね。で、ここで宿屋をやるの?」
「え? やりませんよ? そんな、面倒くさい」
宿屋なんてできないよ。イラだけじゃ無理だし。
「鄙びた喫茶店をイラにはしてもらおうとか。宿屋の部屋は私の趣味部屋として使います」
黒竜ちゃんともフレンドリーになったし、次は漫画のある世界に行きたいネムである。日常系の漫画がみたいなぁ。それらを仕舞う部屋が欲しい。
まだ見ぬ漫画を思い浮かべて用意をする取らぬキグルミの皮算用をするネムである。
「メニューはナポリタンとサンドイッチ。コーヒーでいいんじゃないですかね? あれ? この世界に来てからコーヒーを見たことないです」
コテンと首を傾げてしまう。そういえば、この世界では食べ物は和風だ。蜂蜜も見たことないなぁ。たぶん高価だからだと思うけど。
喫茶店のイメージが古いネム。Tサイズって、なんていうの? トッピングとかしてみたいけど、あれ、コーヒーのアレンジはトッピングというのかなと、もはや万人が知る喫茶店になかなか入れないおっさんであったのだ。
「任せてください主様! 妾は古今東西の料理法もインプットされています。得意の料理はおでんとクレープ」
サムズアップして、ニカリと笑うイラだが、そのラインナップは喫茶店に使えるかな? クレープって喫茶店にあったっけ?
「それは良いけど、仕入れのお金はどうするわけ? それに家具は?」
「あ」
ネムはポシェットからがま口財布を取り出すと、逆さまに振るう。チャリンと2枚の硬貨が落ちてきた。
「2円ありますね」
「主様。給料日までに稼いでくださいね? 支払いが滞ると忠誠度が20下がります」
イラの言葉はスルーして、この金額で店を開けるかしらんと悩んじゃう。開ける可能性は屋台でも低いが、ネムは諦めない。
「ここは料理チートといくのがテンプレですよね? 天ぷらでも売ります? こんな食べ物は初めてだと感動するに違いないです」
「昨日の夕食は野菜の天ぷらだったじゃない」
「ちっ。それならハンバーグとか唐揚げ?」
マヨネーズは少し怖いから唐揚げとかかな?
「一昨日がタルタルソース付きの唐揚げだったわね。ネムは昨日の夕食メニューを思い出せないの?」
呆れた表情の静香に、プンプンと怒るふりをする。記憶していたよ? もちろん覚えていたよ? ちょっとど忘れしただけだよ?
「私は幼女ですよ。まだ健忘症じゃないです。むむむむむ。この世界は一通りのメニューがあるから料理チートができません!」
なんで、この世界はなんちゃってふぁんたじ〜なわけ? 何でもあるじゃん、もぉ〜!
「元手が必要ではなく、稼げるとなったら……他人が手に入らない食材を使うしかないわ。多少の味の違いだと後発組は不利だものね」
「いきつけのお店を変えようとはなかなかしないですもんね。どうしようなかぁ」
う〜んと、悩む。お金を使わずに手に入る食材ねぇ。
「この土地の狩猟や漁業権利関係調べますか……」
元社会人のおっさんはため息をつき、役所へと戻ることにしてのであった。
そうして1時間後。
「リヴァイアちゃん、再び!」
人里離れた浜辺に、テコンと立つミニリヴァイアちゃんの姿があった。ペチペチとヒレを動かして。
この街、漁業権がなかったのだよ。
キグルミ幼女はふんすと息を吐いて張り切るのであった。




