55話 黒竜襲来とエルフ
イラは張り切っていた。ふんふんと鼻息荒く張り切っていた。ネムの中の人がおっさんだと知っていた。知っているのにネムが大好きすぎる少女である。見かけはそうは見せていないのであるが、しっかりと創造主を好きだというよくあるテンプレを踏襲していた。
好きだと見せない、少し捻った設定のキャラになったのは指輪の力の可能性あり。
「さて、精霊の愛し子の元へと行かせてもらうっ! クリエイトエレメント」
胸の合間に仕舞っておいた宝石を投げると、宝石はエネルギーを肉体に変えていく。
その肉体は筋肉隆々のゴブリンだ。妖精ゴブリンである。お手伝い妖精として、作ってもらったのだ。か弱いイラは身を守るために、精霊の制限をなしで設定してもらっていた。
門番たちは突如として現れたゴブリンに、目を見張り驚愕した。ゴブリンに見えるが、こんな筋肉隆々のゴブリンは初めて見る。
「この人間共の動きを止めよ」
命令を発すると、ギャッギャッとゴブリンたちは鳴き声をあげて、素早く駆け出す。
まるで獣のように速いその動きに、門番たちは戸惑う。普通のゴブリンは一般人でも倒せるレベルだが、明らかに動きが違う。
「くっ! 笛を鳴らせ!」
「あぁ! 任せておけ!」
腰の袋から呼び笛を取り出すと、口に咥えて吹き鳴らす。ピーッと高い音が鳴り響く。
その笛を聞いた騎士たちが兵舎から、バタバタと駆け出してくる。が、問題はないと、イラはペロリと唇を舐める。何人来ようともイラの相手ではない。
戦況を見ると、懐に入り込もうとするゴブリンを門番は的確に槍を振るい防いでいる。かなりの練度だ。ゴブリンは並大抵の者では相手にならないはず。
防いでいる間に騎士たちが駆け寄り助力を始めた。ゴブリンは10匹程度の数。対して騎士たちは30人ほどだ。
『連強撃』
筋肉隆々のゴブリンの一撃は、するりと槍にて受け流される。身体を泳がせたゴブリンに、騎士たちは武技を叩き込んでいく。鉄の剣であるはずなのに、魔力を流し込まれたその一撃は強力で、ゴブリンたちはあっさりと倒されていく。
「ふむ……予想と違い強いのだな。ゴブリンたちをこうも簡単に倒すとは」
木の世界の人間たちは、ここまで強くなかった。いや、脆弱であった。世界が違えば、その能力も変わるんだと、計算をし直すイラ。
「我らを甘く見たな!」
意気軒昂となり、士気をあげる騎士たち。そのまま剣を構えて囲んでくる。
「甘くは見ておらぬよ。予想外ではあったが」
「おとなしく縛につけ!」
「いや、そうはいかんな。妾の目的は精霊の愛し子に会い、謝罪をすることなのだから」
ふっ、と騎士たちを鼻で笑いながら、イラは答える。イラはネムの指示を絶対に遂行するのだ。良くやったねと頭を撫でてもらうのだ。そうしたらありがとうございますと悪戯そうに笑って、胸を押し付けて抱きしめるのだ。幸せな未来確定である。
ふふふとほくそ笑むイラ。そんなイラにネムが出した指示はというと
「私と会って謝るんです。アポイントメントをとらなくてすいませんと。お土産を片手に。そうすれば黒竜ちゃんは会話ができる相手だと思うはずなので」
これで安心ですと、ペカリと幼女スマイルを見せたネムだった。頭の悪い指示を出していたネムである。ロボットとかに命令を下してはいけない頭の悪いおっさん幼女である。
「妾の力を甘く見ているのは、貴様らだろう?」
片手を持ち上げて、エネルギーを溜める。黒きエネルギーが集まるのを見て、騎士たちが飛び込んでくるが遅い。
『生命吸収沼』
手をひと振りするイラ。瞬時に黒き沼がイラの周りに広がっていき、騎士たちは慌てて下がろうとするが間に合わずに生命エネルギーを吸収される。
試作型精霊宝石の中でブラックダイヤモンドはエネルギー吸収タイプなのである。継戦能力が高く、エネルギーが尽きることがないよねとネムが選びました。そもそもがエネルギーをドンドコ注ぎ込んだので、尽きることはなさそうではあるのだが。
「ググッ」
「これは?!」
「ガハッ」
周囲の騎士たちは倒れ伏し、スヤスヤと眠り始める。
「くくく。疲労感を与えるほど吸収して、さらに眠りを促す力だ。安らかに寝るが良い」
不殺の技の中でもピカイチなんだと、ふんすと鼻を鳴らして、胸をポヨンと揺らす。昼寝して疲れをとってねと、全滅した騎士たちを踏まないように歩こうとするが
『光雨』
「むっ!」
光の雨が降り注ぎ、闇の沼は掻き消されてしまう。僅かに驚き、眉をピクリと動かすイラ。生命吸収沼はその特性上、反する攻撃には弱いが、あっさりと掻き消されてしまうほど弱くはない。
「そこまでです。悪しきものよ、私が相手をしましょう。愛するネム様のために! 可愛らしいネム様のために! 後で褒めてもらうために!」
いまいち決まらないセリフで上空から一人のエルフの少女が降り立つ。ふっ、と金髪をかきあげて、その手に持つレイピアを向ける。
「ハッハッハ、なにを訳のわからないことを言う。精霊の愛し子は妾のものだ!」
「それこそ意味がわかりませんね。ネム様は私、ロザリーの幼女です」
ふふふ、ハッハッハと微笑みあいながら、ロザリーとイラは思った。
この相手は極めて危険な相手だと。本能で感じ取った。
何ということでしょう。二人の変態は、直感でわかりあった模様。嫌な新人類である。あぁ、幼女が見えるとヒロインが言ったら、主人公たちは、さよけと半眼になって、将来隕石落としもやめるだろう。
だが、二人は本気であった。幼女を好きすぎる二人である。
「ここで貴女を食い止めます。『光付与』」
小剣に光を宿すロザリー。その光に舌打ちをイラはしてしまう。闇系統は光に極めて弱いのだ。闇は光を消せないが、光は闇を照らすことが容易なのであるからして。無論エネルギーの大小で変わるが、このロザリーがネムの側付きの変態だという知識は持っているので、傷つけることは……。しばらくは動けない程度に傷つけても構わないよねと思い直す。
自身の力ならば、それが可能であるのだ。
『血剣』
ゆらりと手を翳し真紅の剣を生み出す。明らかに禍々しい呪われていそうな剣をひと振りすると、赤いオーラがその剣撃の残光となる。
切られた場合、傷は与えないが敵のエネルギーを吸収する剣だ。吸収したエネルギーを自分の物にできるという優れものである。ただし、どこかの幼女に使うと、爆発するので欠陥品かもしれない。幼女のような存在はいないと思われるが。
ロザリーはその剣を見ても怯まずに、小剣をゆらゆらと揺らす。いくつもの小剣がその動きで生み出されるように。
『幻影五月雨突き』
無数に分身した小剣を突きだす。ロザリーの必殺多段攻撃である。相手が危険だとわかっているので、まったく容赦するつもりはない。
「ふっ。甘いな!」
イラは血剣をその突きに合わせようと振るう。イラの目にはどの攻撃が本物か見えていた。動体視力は人間とは比べ物にならないのだ。
スカッ
「あいだっ!」
見事に血剣は空振りして、小剣の鋭い剣身はイラに叩き込まれる。ズガガと衝撃を伴って胴体に連続突きを受けて、堪らず下がる。
「間合いが違うことを忘れてました。あれぇ? この姿はアジャストしてないですよ?」
コテンと小首を傾げて、マイラモードに戸惑う。自らの記憶と探ると……。
『イラ:ドラゴン、マイラモードに変身できる。ただし格闘術は一切使えなくなる』
とあった。ステータスボードみたいに記憶が整理されているバイオドローンなイラならではの記憶だ。
その設定から思うこと。
「この身体、使えません」
ていや、と剣を振るうが速さはあっても、鋭さはなく、たんなるバッターマイラまたもや空振りですみたいな感じである。ロザリーはイラの剣を見切っており、ぎりぎりで躱すと素早く懐に入り込んで、小剣でザクザク斬ってくる。
何回か、剣を振るうが、空振り三振となって、まったくロザリーに当たりそうにもない。こりゃ駄目だとイラは格闘戦を諦めた。
どうしようかと迷うが、力の流れがおかしいことに気づき、大きく飛びのく。
『水流烈波』
飛びのいた地面から膨大な水の激流が天へと昇っていく。力を失うと雨のようにパラパラと降ってくるので、イラは慌てて黒き障壁を作り出して濡れるのを防ぐ。
「……水に弱いとは本当のようですね」
冷酷なる視線で呟くロザリー。中級魔法を回避されたことには内心驚いたが、その余波の雨も防いだことから、極めて水に弱いと悟る。ジーライ老が言っていたとおりだ。
イラも内心で思う。そりゃ弱いよと。
だって小脇に乾麺を抱えているのだ。高級な木箱入りである。濡れたら食べれなくなってしまう。そうしたら主様にがっかりされてしまうだろう。
奇しくも主は服が、その下僕は蕎麦がと、どちらもしょうもない理由で、水を避けることになっていた。
「水魔法は私の得意とするところ。どんどんいきますよ」
ネムには決して見せない冷酷なる表情で、ロザリーは魔力を溜め始める。構文を思い浮かべて、どれが効果的かを考えるが、イラも対抗策を考えつく。
先に動いたのはイラだった。判断力は主様と違い、機械的に思考できるので早いのだ。
『闇』
単純に周囲を闇で覆う。ロザリーの周りは光を付与された小剣の力で闇にすることはできないが、その範囲は数メートル。それ以上は、まったく視界が効かない真っ暗闇である。
「無駄です」
ロザリーは素早く思い浮かべていた構文を修正して、新たなる魔法を使う。
『光』
人差し指を振るうと、辺りを照らす光の球体が生み出され、闇をかき消す。
「いない?」
だが、その場には倒れている騎士たちのみで、マイラがいないことに眉をしかめる。
いったいどこにと、戸惑うが上空で羽ばたく音がするのに気づく。
バッサバッサと空を飛ぶのは黒竜だ。重力制御法をデフォルトで持っているので、ネムが羨ましがること間違いなしなイラは、ロザリーを排除することを諦めて、一気に城内に行くことに決めた。
正面から堂々と訪問することに合致すると考えたのだ。さすがはネムが創った下僕である。ナイスアイデアだと本人は思っていた。
主様のいる部屋はわかっているのである。壁まで近づくと
「黒竜ぶちかまし!」
どっせいと体当りして、壁を破壊して中に突入する。
「きゃあっ!」
「こいつ!」
「あわわわ」
中には小柄で可愛らしい主様と、兄姉の3人がいた。他にも騎士の何人かがいる。主様がぽかんと口をあけており、アホ可愛らしい。
「待ちなさいっ!」
後ろからロザリーが飛んでくるので、こいつ浮遊も使えるのかと焦る。猶予はない。主様の兄姉も武器を構えて攻撃をしようとしてきているし。
「黒竜蕎麦謝罪」
「ほげっ」
木箱を主様にぶん投げる。その顔に見事ヒット。主様が傷つかないのを知っているので、イラは気にしない。
「仲良くしましょう!」
「グオオ」
うぅ、と額を擦りながら主様が言ってくるので、OKと吠えて返す。
『水流乱舞』
『双剣乱舞』
『強撃』
武技が次から次へと飛んでくるが、イラはアハハと笑った。
「精霊の愛し子と会うのは達成した。ではまた会おう」
謝罪は成功だと、ミッションコンプリートと笑う。やったね、さすがは私。ボーナス査定に入れてもらおう。
そうして、バッサバッサと翼を広げて緊急離脱である。主様と同じような行動をとるイラであった。
ますますネムの警護が厳しくなったのは言うまでもない。




