54話 謝罪会見を考えるキグルミ幼女
イラ。黒いドレスを着たハーフエルフの可愛らしい女の子である。13歳ぐらいの美しい少女は、真っ赤に光るおめめと、口から覗く牙がチャームポイントの女の子だ。黒髪をお下げのように流したツインテールにしている。
ブラックダイヤモンドから産み出したエネルギー生命体である。ゴシックロリータのドレスを着て、その可愛らしい顔立ちに、人々は謝れば簡単に許してくれるだろう。
とりあえずは、複雑怪奇な話し合いが終わり、石の上にちょこんと座るネム。複雑怪奇なんだよ、ちくせう。
「有給休暇20日。土日祝日はお休み。各種手当もこんなものですか。ボーナスは年に2回。福利厚生もあり。主様。福利厚生の中に、社宅や療養所も今度作りましょう」
真っ白な紙……豆腐製の紙を大事に胸の合間に仕舞いながらイラは満足したように、ふんすと息を吐いた。ちなみに小柄ながら、その胸は大きい。
「あと、ゴシックロリータのドレスは趣味でないので、ハーフシャツとホットパンツください」
「ええっ! 似合っていると思うんです」
抗議の声をあげるネム。ツインテールの小柄なハーフエルフによく似合っているじゃん。テンプレでしょ。天麩羅でしょ。今度奢るからと言うが、チッチッとイラは指を振る。
「テンプレより動きやすさと意外性ですよ、主様。今どき、ヴァンパイアに黒いゴシックロリータなんて、芸がなさすぎます。誰も驚かないですよ。あっ、またヴァンパイアか。あいつら、いつも同じ服だよなと笑われるのがオチです」
やれやれと肩もすくめてみせるイラ。その姿はイラッとさせると、寒さを感じるオヤジギャグを思うネム。
「あの、そういった知識は宝石にあったんですか? それとも指輪からの後付けの知識です?」
なんでテンプレとか知っているわけ? おかしくない?
「もちろん後付けです。私たちは面白おかしい性格になるように設定されています」
マジかよ。
「大変です! ラスボスはこの指輪です! 私の真っ白な脳は推理できました!」
バッと、静香に振り返り、驚きの声をかける。が、静香は平然と呆れたような目つきをしていた。
「そうね。その指輪を作った博士はそういう性格だったわ。……良かったわ、手放せて」
「呪われています! 消費者センターに電話をしないと! 消費者センターの電話番号覚えてます?」
ホッと安心する静香だが、私は安心できん。これ、指輪に遊ばれているよね? 何という罠だ。ジタバタと地団駄を踏むが……。
「娯楽に困らなそうですから、いっか」
とんでもない理由で落ち着くキグルミ幼女であった。この世界は娯楽がないから暇だったのだ。良きことかな。
「貴女はあの娘に似ているわ……。まぁ、貴女が良いのなら気にしないわ」
はぁ〜、と深くため息をつく静香さん。なにか言いたいことがあるなら聞きますよ?
「ほら、主様。私がホットパンツを履くとむちむち太腿が見えますよ。ご主人様は好きでしたよね、ライザーのアトリ」
スカートの裾をぴらっと持ち上げて、太腿を見せながら悪戯そうにイラは笑う。
「ギャー! イラ、わかりました。私のフルパワーで服を創りますよ。豆腐よ、いでよ〜!」
こやつ、私の記憶も持っとる! やばいよ、やばいですよ。静香さんにバレたら殺される!
確かにあのゲームは好きだったよ! 錬金術シリーズは3割ぐらいは買ってるよ! だって、主人公たち、エロかわいいんだもん! 男なら仕方ないでしょ。
これは口封じをせねばと強く誓いながら、今までになく真剣な表情でモニョモニョを服にイメージする。そうして、緑のハーフシャツに青のホットパンツが創造できた。
イラはやったぁと、嬉しそうにドレスを脱いで、着替える。どうやら元おっさんが見てても恥ずかしくない模様。それどころか、こちらに見せつけるようにお尻をフリフリ、胸を見せつけるように着る始末だ。くっ。偉いぞイラ。
「おー、ピッタリです、主様」
ブカブカのハーフシャツに、布面積が際どいレベルのホットパンツで、むちむち太腿が丸見えになる。おっさんの趣味がわかる構成である。ニヒヒと牙を剥き出しにして微笑むイラ。頭を撫でても良いかな? スポーツをするような元気っ娘って、趣味なんだ。
太腿とかを撫でたら、逮捕されるかもだけど、頭なら良いよねと、んしょと背伸びをすると、気を利かせてしゃがみこむイラ。ナデナデサイコー。イラも撫でられて嬉しそうな子犬みたいに目を瞑っている。
「意外と忠誠心はあるのね」
「とりあえずは忠誠心100キープです。年ごとにボーナスをくれないと下がりますから」
「ひどし」
静香の言葉にきっぱりと答えるイラに嘆息するが、まっ、この方が良いかな。創造主様と盲目的に崇められるより、人間っぽくて。これなら良い付き合いができそうだな。
挨拶は終わり、3人で輪を作りこれからを話し合うことにする。月明かりのもとで、ちこっと眠いけど。幼女だから、夜ふかしは禁止なのだ。バレたら怒られちゃう。
「まず、マイラの姿になれます?」
「はい、主様。ほいっとな」
両手を翳すと、黒い靄にイラは覆われて黒いローブを着込む老婆となった。
「それ違うから。語りながら、扉を閉めていく迷惑なお婆さんだから」
「そうでした。ほいっとなと」
微妙に古い言い回しの掛け声をあげると、再度靄がイラを覆い、長身の黒いドレスを着た女性に変わる。見た瞬間に怪しさしか感じない女性のマイラである。
「どうですか、主様。妾のこの姿は」
ヌラリと嗤うマイラちゃん。確かにこれは微妙に怪しかったかもと幼女反省。
「可愛くなかったですね。これは失敗でした」
イラみたいに可愛い造形にすれば良かったのだが、パワータイプを創造するためには、可愛らしさはイメージをしにくかったので仕方ない。
ぽふっと、イラは元の可愛らしい姿に戻り、後ろ手につまらなそうに言う。
「それじゃ、このままで行きますか? あの時は呪われていたとか言って」
「その姿も駄目よ。あからさまにヴァンパイアじゃない。なんでこの造形にしたの?」
静香がツッコミを入れてくるが、確かにヴァンパイアにしか見えない。
「ハーフエルフとしてイメージをしたんですが、なんでなんですかね? なにか補正が入ったみたいです。面白おかしい補正が」
本当だよ? 幼女嘘つかない。だって、イメージしたのは電気スパークした王様の仲間のハーフエルフだもんね。なんでダークエルフの元に行ったのか、わけわからんかったけど。あの娘は好きなキャラだった。サイコロの出目が悪かったんだろうなぁ。
「その指輪はあまり頼りにしない方が良いかもしれないわね。気疲れするわ。次は宝石の世界をイメージしなさいよ」
「言動が前者と後者で違いますよ」
使うなと言いながら、宝石の世界を諦めない静香である。
「それよりも主様。どうするんです? マイラが悪い竜じゃないとアピールするんですよね?」
そうでしたと、ポムと手を打つ。悪い竜じゃない証明……。
「謝罪会見ですかね? 反省していない態度でも、頭を下げれば一応謝罪したことになるはずですし」
不満そうに、なぜ俺が謝らなければならんと、あからさまな態度のおっさんでも、謝罪会見で頭を下げれば許されるのだ。前世のニュースで、そういうのたくさん見たのだ。
「わかりました、主様。どこで謝罪会見をしましょうか? やはり城門前ですか?」
素直に頷くイラに、静香はぎょっと驚く。まさかイラが素直に聞くとは思わなかったのだ。ここはツッコミを入れるところだ。しかし、イラは至極真面目に頷いているので、からかっている様子は見えない。
ネムもなぜか驚いていた。ツッコミを入れてくれると、ワクワクしていたのだ。酷いおっさん幼女である。
ネムは静香と顔を見合わせて、コクリと頷く。珍しく意思が合わさった。
この子、言動と違い忠誠度が高いのかもと。取り扱いに注意だと思い直す。この手のキャラって、小説とかアニメとかだと暴走するのだ。どこかの幼女と同じである。
「ごめんなさい。イラ、今のは冗談です。本当の謝罪方法を教えますから、そのとおりにしてくださいね」
ペコリと頭を下げて謝ると、真面目な謝罪方法を教えるのであった。正直、自分が撒いた種なのだから、おっさんよ自分で謝れと思うのは間違いなのだろうか。
今度こそ真面目に謝罪方法を伝えるネムだった。真面目に考えたので大丈夫だろう。
その後、エネルギー充填をしておいた精霊水晶を少しくださいとお願いされたので、ホイホイといくつかの精霊水晶をイラに渡して、ネムは指輪を使い帰るのであった。
真面目に考えれば謝罪なんか簡単なのだよ。なにしろ元おっさんだもん。
次の日。太陽が真上に来て、長閑な陽気である。初夏らしく少し暑いが耐えられぬほどではない。そろそろお昼だろうかと、ヤーダ伯爵城にて門番をしている男たちは話し始める。
「なぁ、最近の騎士団は大変だな」
「そうだな〜。ダンジョンは稼げるらしいが大変らしいぜ。その分金回りは良さそうだけど」
「あ〜、一匹5万アタミの魔石を落とす魔物がぞろぞろといるらしいよ。だいぶ金回りがいいらしいぜ」
「俺も行こうかなぁ。ちょっと高い飯とか食いたいしな」
「まぁ、命の危険はあるが……確かに俺も行ってみたいな。お昼は何を食べに行く?」
「そうだなぁ、ざる蕎麦にしないか? 暑くなってきたし……ん?」
のんびりと会話をしていた門番たちは、その顔を引き締めて警戒する。なぜか冷気が漂ってきたからだ。
どこから冷気がと警戒する中で、一人の黒いドレスを着た女性が歩いてくるのを確認した。明らかにその女性から冷気は漂ってくる。つばひろの帽子を深く被っており、その表情は見えない。片手に木箱を抱えている。
「何者だ!」
その冷気も合わさって、酷く不吉な姿を見せる女性に、鋭さを感じさせる声をかけると、女性は帽子を僅かに持ち上げた。
「妾はマイラ。最近暑くなってきて大変だな?」
その姿は聞いていた容姿だ。ネム様を狙っていたと思わしき女性である。
二人の門番は鉄の槍をマイラとやらに向けて、威嚇するように答える。
「そなたは城に忍び込んだ者だな? いったい何をしに来た?」
捕獲しなくてはいけないが、聞いている話だと黒竜が化けていると聞いている。戦えば危険な相手となるだろう。
「それはもちろん謝罪だ。この間は城に黙って入り込んですまなかったとな。妾は精霊の愛し子に直接会いに行ったのだが、人間はアポイントメントが必要だったのだな」
馬鹿にするようにニタリと嗤うマイラ。あぁ、そうそうとポンと手を打つ。
「謝罪の証に、蕎麦を買ってきたのだ。甘味がなかったので、蕎麦を買ってきたのだ。ひと箱あるので家族で食べれるはずよな? 直接お会いしたいから、精霊の愛し子に会わせてはくれぬか?」
木箱を持ち上げてみせる。本当はカステラとか饅頭が良かったのだが、ヤーダ伯爵領にはなかったので、代案として蕎麦である。初夏だからと、ネム様が考えたのだ。
「ぬっ! そうは行かぬぞ! 門番といえど、我らはヤーダ騎士団の騎士! ここは通さんっ!」
「ふむ……それならば仕方あるまい。後悔せぬようにな」
当たり前だが、門番は怒った。からかわれていると思った模様。それならば直接ネム様に謝りに行こうとイラは考えた。ようはネム様が許しますよと言えば、この問題は解決するらしいし。
イラは忠実なネム様の下僕なのだ。命令は必ず遂行すると、張り切っちゃう。
イラ。特殊試作品精霊。ネムが作っただけあり、アホである。そして、見た目と違い、ネムに忠実すぎるイラである。初任務は簡単だと嗤うのであった。




