53話 キグルミ幼女、味方を得る
ネム・ヤーダ伯爵令嬢5歳。儚い幸薄そうな少女は白銀の髪、煌めく宝石のような銀の瞳、ちょこんと可愛らしい鼻に、色素が薄い儚さを感じさせる絶世の美少女。ぷにぷにほっぺに、真っ白な肌。小柄な体躯で簡単に抱っこできちゃうマスコット的美少女だ。いや、幼女であった。中の人? そんな都市伝説を信じる人はいないだろう。きっと純心なる無邪気な幼女のはずだ。きっとそうだと祈りたい。
そんな幸薄いはずの幼女は、暗闇の中でコソコソと城内を移動していた。
松明が通路を照らし、影法師が真夜中の幼女を驚かす。兵士たちが厳しい目つきで巡回しており、異変がないか周囲を油断なく観察しながら、歩いてくるのを見てとると、素早く壁に張り付く。前世は黒い虫だったのかと思う程の素早さだ。前世はおっさんだったので、黒い虫とあまり変わらないだろう。
コツコツと足音をたてて、警備兵はネムの横を通り過ぎていった。白銀の髪を持つ美少女に気づかないとは節穴かと思いきや、違う。
壁には壁しかなかったのだ。意味がいまいちわからない感じだが、即ち警備兵が通り過ぎると、壁がペロンと剥がれて、中の幼女が現れた。
「忍法壁……壁……名前忘れましたけど、壁に化ける忍術です」
ムフフと悪戯が成功したかのように、ちっこいおててを口につけてクスクス笑う幼女。忍法の名前は忘れました。たしか有名な忍法だったんだけど、名前は乾いたスポンジみたいな脳を持つネムなのて、記憶を染み込ませようとしても乾いちゃうので忘れました。
だが、クスクス笑う幼女の声に警備兵たちは何かを気づいたのか、踵を返してくる。アホな幼女の自爆である。
「ヤバいです! 窓から脱出!」
やってることは泥棒と変わらないネムは、木窓を開けて、とやっと外に躍り出た。筋力1000倍豆腐ブーツを履いているので、バネ仕掛けの玩具よりも高く飛んでいた。そのまま城壁をコロンコロンと転がって、パチンコ玉でもそんなに跳ねないだろうという勢いで外へと跳ねながら落ちていった。
「ぐはっ」
何ということでしょう。そうして幼女型の穴を作った奇跡のイリュージョンマジックを見せる。奇跡のイリュージョニストネムである。間抜けなその姿は美幼女であっても隠しきれないアホさを見せていた。
幼女型の穴から、んせんせと、這い出てきてネムは辺りを見渡す。ギャグっぽいがこの世界は現実だ。普通は死ぬが、メタルな幼女は傷一つなく、お洋服が汚れちゃったと、お服の汚れをパンパンと落とす。
「とりあえずは脱出成功です。帰るときは指輪を使えば良いですよね」
転移の指輪があるから、自分の世界なら、記憶にあればいくらでも転移できるネムである。即ち、なんの変哲もない城の外には転移できない。そんなことを覚える容量はネムにはないのだ。どれぐらいの容量かというと、フロッピーディスクは使えるよと答えておこう。
コソコソとネムは真夜中に、城の外を歩き森林へと移動する。ある目的があるのだ。散歩ではない。
月明かりでしか、地面が見えないので、豆腐キグルミを着て、よちよちと歩く。これなら転んでも大丈夫である。大丈夫でないのはネムの脳内だけだ。安心安心。
一応白だと目立つので、黒胡麻豆腐タイプである。豆腐自体が目立つことは頓着しない。
「警備が厳重すぎて、やんなっちゃいます。遊びにいけないじゃないですか」
自業自得という言葉を辞書から消しているネムは、最近どこに行くのにも騎士が護衛につくので文句を言っていた。ロザリーもベッタリと護衛と称して側にいるが、ロザリーは構わない。変態でも美少女エルフだ。一緒にお風呂に入るのは大歓迎です。
しばらく愚痴を呟きながら、ぽよんぽよんと黒胡麻豆腐は森を進み、見覚えがあるような、ないようないまいち自信のない空き地に辿り着く。
「たぶん、この辺りだと思うんですよね」
キョロキョロと辺りを見渡すと、大きな岩の前に移動する。黒胡麻豆腐モードを解除して、豆腐スコップを取り出すと、とやっと地面を掘り始める。
ザックザックと掘り続けてしばし。コツンとスコップが硬いものに当たる音がして、ペカリンと幼女はスマイルとなる。
「見つけました。ここで良かったんですね。あっていて良かったです」
スコップを消して、しゃがみ込むと、よいせと地面から白いトランクケースを取り出す。密かに仕舞っておいた豆腐型のトランクケースである。ネム以外には開けられない硬い豆腐型のトランクケースなのだ。
リスと同レベルの記憶力のために、埋めておいた場所があっていて良かったよと、心底安心しながらネムはトランクケースを開ける。
そこには様々な大粒の宝石がずらりと並んでいた。ダイヤモンドからサファイア、ルビー、トパーズにエメラルド、オパールと見事な宝石のコレクションだ。
「ふふふ。えっと、これにしますです」
その中から、一粒のブラックダイヤモンドを取り出すと、トランクケースを閉めて、また掘った穴に埋めておく。
そうしてブラックダイヤモンドを片手に、おててに嵌めてある指輪を掲げる。
「精霊製造装置起動っぷへっ」
「ネム、あぶなーい!」
指輪を使おうとしたネムは、森から突如として突撃してきたなにかに弾き飛ばされてしまう。地味に痛いよとコロンコロンと転がる幼女。
魔物か幻獣でも現れたのかと思いきや、そこにはゼーゼーと息を切らせた黒髪幼女が立っていた。
「なにが危ないんですか、静香さん!」
「なにか危ない感じがしたの! こそこそとしているから、怪しいと思っていたら、呪いのダイヤモンドに呪われていたのね! そのダイヤモンドを手放しなさい!」
黒髪幼女は、ネムのおててに、ていっとしがみついて、無理矢理ブラックダイヤモンドを奪おうとしてくるので、焦ってしまう。これだから、嫌だったのだ。秘密にしていたのに、しっかりと嗅ぎつけて来たのね。
「浅田76号は、特殊試作型精霊宝石をくれたんです!」
「なによ、それ! 私は知らないわ!」
きしゃーと、手からブラックダイヤモンドを奪おうとする宝石に目が眩みすぎている静香。そりゃ、そうだ。いなかったからな。
「静香さんは、ダイヤモンドを探しに行ってたじゃないですか。だから知らないんですよ」
「それで各種宝石を貰ったのね! パートナーじゃない! 分け前は半分ずつでしょ!」
「何言っているんですか、ダイヤモンドの箱を独り占めしたのに! これは駄目です。ダーメ」
グルルルと唸る凶暴な子猫のような宝石幼女は、豆腐トランクケースが気になる模様。スススと埋めた場所に向かうが、全力で作ったから、私しか開けられません。諦めて。
「くっ。私としたことが、目の前のダイヤモンドに目が眩むなんて迂闊だったわ。正しくは、浅田76号の話を聞いてから、ダイヤモンドを回収すれば良かったのね」
悔しがる静香だが、その場合は私は宝石を一つも手に入れることができなかったので、結果オーライだったと安心しちゃう。
「それじゃ、使いますからね? 横から奪おうとしないでくださいよ?」
「………今回はダイヤモンドが少し手に入ったから、大海の心で許してあげるわ」
仕方ないわねと、ため息をつく静香だが、少しというのは、小さな段ボール箱いっぱいに入っていたダイヤモンドのことだろうか。全て天然物だわと、幼女ダンスを披露していたはずだけど。あれ、何十億円あったんだろ。
それじゃ、気を取り直してと、ネムは指輪を掲げる。
「精霊製造装置を使いますからね」
「わかったわ。成功するように祈っててあげるわよ」
失敗しろ〜、失敗しろ〜と、念を送る静香。失敗した途端にブラックダイヤモンドを奪おうと、ジャッカルのように、身をかがめて、飛びかかる準備は万端な様子。
失敗はしないからと、ジト目になりながらも、装置のことを考える。
前回の世界で手に入れた精霊製造装置。やはり世界を転移した時に、モニターにコメントが出た曰く付きの装置。
『世界に悪影響を与える機械を感知しました。面白おかしい使い方ができるので、機能を吸収しました。付属品の精霊水晶を創ることも可能です。所有者のみが使用可能です』
と、表示されたのだ。悪影響を本当に与えるのだろうか、どうも気になるけど、使えるからとりあえずはおいておく。
「精霊製造装置起動!」
幼女の可愛らしい声に合わせて、指輪が光り輝き、目の前に直径50メートルの魔法陣のような幾何学模様の水晶の板が現れた。このドデカイ機械を指輪は吸収したのである。驚きの性能だ。
その中心にブラックダイヤモンドを放り投げると、精霊製造装置。名前が長いので、幾何学模様が傘に見えるから、パラソルと名付けた機械の中心にブラックダイヤモンドは浮く。
「えっと、この浮いた宝石にエネルギーを注ぎます。こうですかね?」
モニターに映る精霊の作り方を見ながら操作する。木の世界でも、精霊は作ったけど、慣れない間はマニュアル通りにするのだ。
「ていやぁ」
紅葉のようなちっこいおててで、モニョモニョを注ぎ込む。とりあえずは多めに注ぎこめばよいだろうと、料理を作らせてはいけない性格の中のおっさんである。
ブラックダイヤモンドは、そのエネルギーを受けて、膨大な光を纏い始める。バリバリと紫電を放ちながら。ちょっとヤバそうな光なので、顔をおててで覆い、その様子を見るネム。
失敗ねと、静香が喜びの表情になる中で、エネルギーは宝石を核として変化を始めた。光の粒子で作られた魔法陣のような回路が宙に描かれて、そのエネルギーの中に入っていく。幻想的な光景の中で、眩く目が開けられないほどに輝いた。
そうして、光がおさまると、そこには黒いドレスを着た少女が立っていた。真っ赤な瞳に、僅かに尖った耳、青白い肌に、その口からは牙が覗いている。
「ふふふ。黒竜マイラちゃんの少女モードです。名前は……イラにしておきましょう」
適当に名前を決めるネム。マイラはキマイラから、その少女モードだから、イラで良いと雑に名前を決めたおっさん幼女である。ふんすふんすと鼻息荒く得意げになる。マイラに変身できる少女イラ。この娘がいればきっと誤魔化せるはず。
イラと名付けられた少女は、にこりと牙を覗かせながら微笑む。
「深淵に眠る妾を復活させて頂きありがとうございます、我が創造主」
人を魅了する声音で、スカートの裾を持ちながらカーテシーをして、挨拶をするイラ。
「あの、今回は夜勤ということでいいんでしょうか? 夜勤手当っていくらですか? まずは雇用形態の話し合いからですよね?」
創造主に対して、尊敬の目で見てくるイラ。至高の方と敬ってきた。いや、そんな気がしただけで、実際はその言葉は聞きたくなさそうな内容である。
「静香さん………。なんか変です?」
雇用形態って、なんだっけ? 敵が変身することを雇用形態と言うんだっけ? こういうのって、創造主を無条件でちやほやしてくれるんじゃないの? 幼女はエヘンと胸を張っていれば良かったんじゃなかろうか。
「社長就任おめでとうネム」
静香はにこりと微笑みを返してくる。どうやら助けてはくれない模様。やはり、先程の言葉は幻聴ではなかったらしい。
とりあえずは契約金が欲しいんですがと宣うイラに嘆息する。そういえば試作品と言っていたなと。




