52話 精霊都市
昔々のお話です。
世界は世界樹の下に、繁栄をしておりました。常に豊かなる作物が生り、多くの動物たちが暮らし、精霊が人々を助けて、理想郷がありました。
エルフたちは長命であり、人間たちと共に穏やかに暮らしていました。
永遠に続くかと思われた楽園での暮らし。人々は絶えぬ笑顔で生活を謳歌していました。
だが、永遠ではなかったのです。いつの間にか、黒い肌を持つダークエルフと呼ばれる者が現れました。その者たちはエルフを上回る力を操り、世界を支配してしまいます。
人々を苦しめて愉しむ邪悪なる者は、ゴブリンを操り、精霊を支配して、絶望をもたらしました。
明日をもしれぬ命で、人々は生きていきます。このまま苛酷な人生しかないだろうと、未来に希望を持たずに。
ある時です。一人の女の子が祈りました。
「神様、なんでこんなに苦しい生活なのでしょうか」
純心な願いを聞いて、神様は気の毒に覚えました。哀れに思った神様は一人の少女を遣わせます。
黒髪の美しい、可愛らしい少女は言いました。
「邪悪に支配されているエルフを助けましょう。エルフの元に連れて行ってください」
驚きながらも少女はダークエルフの元へと案内します。ダークエルフは何者だと怒りますが、ニコリと黒髪の少女は微笑むと、手をふわりと振ります。
その手からは白い光が舞い散ります。
その光を受けたダークエルフは、あっという間に肌が白くなり、元のエルフへと戻ります。
驚く女の子に、黒髪の少女はたくさんのダークエルフを連れてくるように言います。
少女はたくさんのダークエルフを面白いものがありますよと告げて集めます。それを見た黒髪の少女はコクリと頷くと、舞い始めます。
そうしたら何ということでしょう。少女は白銀の髪を持つ見目麗しい少女となったのです。舞い踊る少女は光り輝き、その光にあてられたダークエルフたちは元のエルフへと戻りました。
「貴女は神様なのですか?」
女の子は聞きます。白銀の髪を持つ少女は首を横に振り否定します。
「私は神様から遣わされた精霊の愛し子です。この地を気の毒に思った神様が遣わせたのですよ」
そうなんだと、女の子は喜びます。住んでいる人々も喜びます。
ですが、エルフがダークエルフになったのには秘密があったのです。
知らぬ間に世界樹には黒竜が住み着いていました。竜は人々を苦しめるのが大好きでした。エルフをダークエルフに変えて、人々が苦しむ様を見て楽しんでいたのです。
「精霊の愛し子め! 何ということをするのだ。この地は私の物なのに」
「この地は貴方のものではありません、邪悪なる黒竜よ」
精霊の愛し子と黒竜は戦います。ですが、精霊の愛し子は邪悪なる黒竜に負けてしまいます。
あぁ、これまでかと女の子たちが、ハラハラと涙を流す中で、精霊の愛し子は言いました。
「この者は世界樹の力を手に入れています。仕方ありません。我が神の力を借りましょう」
そういうと、精霊の愛し子は自らを依り代に神様を降ろしました。神様は驚く黒竜に告げます。
「あぁ、お前は元々竜なのだから強いのに、なぜもっと力を手に入れようとするのだ?」
世界樹の力を手に入れた黒竜は牙を剝いて、吐き出すように答えます。
「この世は弱肉強食だ。私が強くなってなぜ悪い?」
その言葉に神様は哀れに思いました。
「過ぎたる力は身を滅ぼすのだ。どれ、それほど力が欲しいならばくれてやろう」
そういうと、雷の鎚を手に生み出して、空へと突き出します。
黒竜に天から雷が落ちてきて、黒竜は断末魔の声をあげて死んでしまいます。
だが、黒竜は死ぬ寸前に言いました。
「世界樹は私の物だ。死んでも渡すものか」
そう叫ぶと世界樹にしがみつき、腐らせてしまいました。そうして、黒竜は死にましたが、世界樹もなくなったのです。
「あぁ、世界樹が失われてしまった」
悲痛の声をあげる人々に、神様は言います。
「この地はこのままでは荒れ地となって失われるだろう。僅かだが、私の力を残しておこう」
そう告げると、腐った世界樹に神様は神力を分け与えました。そうしたら、何ということでしょう。純白の城ができました。その城を見て、黒竜の支配から解放された多くの精霊も喜びます。
そうして、神様のお城にエルフたちは住んで、精霊の助けを得ることができて、幸せに暮らすことになりましたとさ。
めでたしめでたし。
昔々のお話です。
純白の城。ユグドラシルパレスはエルフたちが建国した国の中でも、一際大きな領土を持ち、遥かな昔からの歴史ある国の中心。王の住まう城だ。
周囲には古代の名残である数百メートルの高さに聳え立つ巨木が何本もあり、エルフが住まう場所らしく、街には多くの木々があり、緑の濃い美しい街並みとなっている。
穏やかな川のせせらぎの中、保護森林には多数の精霊が住み着いており、エルフたちの憩いの場となっている。田畑はよく耕され、城の力により他の土地よりも収穫量が多い。牧場には多くの牛や豚、鶏などが牧畜されて、誰もが羨む肥沃の土地であった。
他国がその土地の肥沃さに目をつけて、何度も侵略行為を繰り返すが、精霊を友とするエルフたちには太刀打ちできずに敗退していった。
精霊王国ユグドラシル。エルフの住まう古代からの都市である。別名青き森のユグドラシル。青森と略称されることもある。
緑の森ではなく、なぜ青き森なのかは不明である。長命なエルフであるのに、その精神は青くさいからと揶揄されるためだとも、水と森の国だからとも言われるが。
そんな青森のユグドラシルパレスの一室。純白の城内にある一室は広々としており、上品な作りの椅子や机が置かれており、壁や棚には高価そうな絵画や、調度品が置かれている。
この部屋を見たら、明らかに貴族か王族の住む部屋だとわかるだろう。そんな部屋の窓枠に一人の美しい彫刻のような顔立ちのエルフの男が座って、外から流れ込むそよ風の中で本を読んでいた。その肩には仄かに光る小鳥を乗せている。
「王子。陛下がお呼びです」
そのエルフに、一人の召使いが近寄り頭を下げる。そんな召使いを見て、フッと笑みを浮かべてエルフはパタンと本を閉じた。
「もうそんな時間っすか。本を読んでいると早いっすね」
言葉遣いは軽かった。見た目と違う言葉遣いなので、他人が見たらがっかりするだろうと思いきや、召使いは表情を変えない。慣れているのだろうか。
「ゴン太王子。王族語が自然に出てくるようになりましたね。ご立派です」
そこにもう一人のエルフが近づき笑顔で言う。執事服を着たエルフである。何ということでしょう、王族語とか、訳のわからないことを嬉しそうに口にした。
「へへっ。苦労したっすよ。自然に、っすって出てくるようになるのに」
苦労してはいけないことに、苦労したと言うゴン太と呼ばれた王子。得意げに言うので、本心かららしい。ここの王族は何を考えているのだろうか。
本を置くと、召使いの何人かが近寄り、謁見用の服にゴン太を着替えさせていく。
ゴン太はそれをゆっくりと見ながら、執事に確認するように問う。
「世界樹が確認できたって本当っすか? もうお伽噺の世界っすよね?」
「はい。精霊通信にて連絡してきたエルフがまず間違いないと言ってきております。……精霊の愛し子が現れたとか」
真剣な表情で答える執事に、ゴン太王子も真面目な顔つきになる。それが本当だとすると……。
着替え終わり、謁見の間にてゴン太王子は王と謁見をしていた。穢れを許さぬ純白の壁や床、常に室温は過ごしやすい温度に保たれており、周囲にチラホラと蛍のような光を放つ下位精霊が漂っている。天井は高く、ステンドグラスを通る明かりは神聖さを王に与えており、壁際には魔法具で身を固めた騎士たちや、謁見が行われると聞いて集まった貴族たち。
王の隣には王妃が座り、宰相が横に立っている。
ステンドグラスには邪悪なる黒竜と神との戦いが描かれており、エルフたちがその下で一人の少女に祈りを捧げていた。
「よくぞ来た、ゴン太第一王子よ」
跪くゴン太王子に、王が頭を上げて良いと告げる。在位120年の賢王、権左衛門である。その知識は深く、善政をしている。たまに高位精霊が見つかる他国の森などに保護をしますよと、接収しようとするので、それだけが他国にとっては悩みどころだが、それもエルフたちが多大な支援を行うと取引をするので、問題はあまり生まれなかった。
そんな賢王の長男であるゴン太は顔をあげて、口を開く。
「陛下、この度のお呼び出し。世界樹のことっすか」
金髪の美男子は、その話し方により微男子となっているが、王は気にせずに頷く。
「耳が早いっすね。俺っちも聞いたばかりなのに」
賢王も同じような口調で返すので、軽王となっちゃっていた。エルフの王族に綿々と継がれる口調なので、疑問を持たない二人である。歴史が重みを持たせれば、軽い口調も有難がられるのである。やっくなカルチャー。
「通信によると、人間の都市にて世界樹が確認されました。特派員は最初はたんなるデマであろうと考えていたのですが、現地に行って本物だと確信したそうです。水晶でできたようなこの世の物とは思えない美しい巨木であり、周囲の作物を一瞬にして育てて、塩にて汚染された土地を浄化したとか」
宰相が興奮気味に話に加わり、それを聞いた貴族たちも騎士たちも顔を見合わせて、ザワザワとざわつきうるさくなる。
「騒々しいっす。静かにするっすよ」
権左衛門が片手をあげると、周囲は静かになる。これだけ威厳のない王様も珍しい。
「しかし……世界樹が水晶のような美しい木って、聞いたことありましたっけ?」
ゴン太は首を傾げて不思議に思う。世界樹は天をつく程の巨木であり、周囲を肥沃の土地へと変えるとは聞いているが、水晶のような美しい木とは初耳であるからして。
「うむ。それについては学者共が、そういえば世界樹はそんな木だった。いや、水晶のような美しい木と語られていたと答えておるので、間違いない、古文書にそんな感じの文が書いてあるような気がしたと答えておるので、世界樹とはそのような木なのだ」
エルフが嫌われる原因の一つ。何でもかんでも植物が絡むとエルフ由来だと記憶を捏造する悪い所が思い切り出ていた。
だが、そんな悪癖は当のエルフたちは自覚していないので、そうだったんだよと、決めつけた。
「なので、ゴン太よ。その街へと赴き、世界樹の保護をしてくるのだ。なに、人間共には金を積み魔法での支援を申し出れば簡単に妥協するだろう。それに精霊の愛し子についても調査をしてくるように」
エルフは精霊を扱うことを得意として、あまり贅沢はしない。かつ、長命なために金を持っているのである。
これが、二番目にエルフが嫌われる理由であった。金と力を持っているために、ナチュラルに上から目線となるのだ。
「わかったっす。それでは精鋭を選抜して、その土地に向かうとするっすよ」
ゴン太王子は頷き、アタミに向かうことに決めた。別に観光に行くわけではない。
アタミは厄介なことになりそうであった。
おっさん幼女が産まれた時点で、厄介なことになってはいるのだが。




