51話 精霊を創るキグルミ幼女
真魚たちは崩壊した自分たちの住居を見て呆然とする。周囲を見渡すと、あれだけ繁茂していた草木はほとんどは跡形もなくなっており、巨木もほとんどない。白い灰の積もる土地が見渡す限りに広がっているだけだ。
常人ならば逃げ切れなかったかもしれないが、真魚たちの身体能力は普通とは違う。さっさと崩壊する巨木から逃れることができた。
できたのではあるが……。
「こ、これどうするの?」
何もかも崩壊してなくなってしまった。エルフがいなくなれば良いとは思っていたが、住んでいる場所すらなくなってほしいとは思わなかった。
あの幼女がここまでの力を持っているとはと、畏れを覚える。見ると座り込んで絶望の表情となっている者たちもいた。
もはや生活はできないと、これから先の暮らしを考えて、真魚も落ち込むが
「真魚さ〜ん。大丈夫でしたか〜?」
気の抜けるような可愛らしいとぼけた声が聞こえてきたので、顔を向けると、そこにはニコニコと無邪気そうな笑みを浮かべて、ぽてぽてと歩いてくる白いハンマーを担ぐ幼女の姿があった。
「白銀ちゃん! 大丈夫だけど、大丈夫じゃないよ! これ、どうするの? 白銀ちゃんを責めるわけじゃないけど……」
全てを崩壊させた張本人だが、危機的状況を助けてくれた恩人である。責めるわけではないと言いながらも複雑な気分だ。
「こんなことになるなんて思わなかったとでも言いたいのね。ふふっ。人間はいつもそう」
ダイヤモンドをその両手に抱えながら妖しく笑う幼女もてこてことやってきた。ちっこい腕にダイヤモンドをたくさん抱えているので、コロリンコロリンとダイヤモンドを途中で落としもしており、そのたびに慌てて拾おうとして、またまたダイヤモンドを落とすというドジっ娘ぶりだ。その姿がシリアスすぎて、皮肉を言われても怒ることは難しい。
「まぁ、対応策は考えてあります。とりあえずはこの周辺の人々を集めてください。ドームに行けば解決できるので」
「ん……わ、わかった」
ネムはいつも通りの幼女スマイルでお願いをするが、先程の戦闘を見た後なので気後れしながら真魚は頷く。
「あ〜、俺っちもひとっ走りしてきまっす。遠い区画は大変でしょうし」
地上に落ちてもたいしたダメージを負わなかったゴン太が手をあげて駆け出す。真魚も長を通して足の速い人にお願いをして、周辺の人々を集めることにして
お昼を過ぎた頃には多くの人々がドーム前に集まるのであった。
ドーム前に集まった人々はなぜこうなったかの経緯を聞いて、驚き畏れを見せて、ドームに立つ白銀の髪が美しい可愛らしい幼女に注目を向ける。
皆が集まったかなと、キョロキョロと見渡していた幼女はコホンと咳払いを一つ。
「レディースアンドジェントルマン! 今から私が手品を見せちゃいます。日々の暮らしに困りそうな皆さん! 成功したら拍手をお願いしますです!」
いぇーいと、可愛くおててをあげる幼女に、顔を見合わせて戸惑う人々。だが、この状況をなんとかできるならばと注目をする。何しろ話に聞くに、この状態を作り出した張本人なのであるからして。
幼女はとりあえずは踊りを見せましょうと、意外とリズミカルに踊る。中のおっさんが幼女を操っているのだと思うと腹立たしいが、皆にはわからないので、ほのぼのと癒やされる。
一通り踊ると、汗を拭いて手に白いハンマーを創り出して空へと掲げて幼女は叫ぶ。
「精霊製造システム起動。エネルギー充填完了。召喚、精霊!」
その言葉に合わせたように、崩壊したドームから光の柱が天へと昇る。そうして、蛍のように淡く光る手のひらサイズの球体が一斉に飛び出してきた。
おぉ〜と、皆はその幻想的光景に感動する。なぜか幼女も口を開けて感心していた。
「やりました! なんだか怪しいから、一度お家に運んだら指輪がまたもや吸収しちゃったから動くか不安でしたけど。成功です。やったぁ」
幼女にも上手く行くかわからなかったらしい。うさぎのようにぴょんぴょん飛びながら、幼女は花咲くような満面の笑みで喜ぶ。
ちなみに浅田76号は碌に話を聞かずに破壊しました。聞くと丸め込まれるかもしれないので。アニメとかと違い黒幕はいらないのだよ。
「精霊が復活しましたよ。その数900万です」
やりすぎである。ほとんどの貯蓄された水晶を使ったネムである。残りの水晶は自宅近くにこっそりと埋めておきました。その数、100万個。新たに手に入れた力を早速使って、豆腐パワーシャベルで穴を開けて埋めておいたのだ。早くアイテムボックスが欲しいです。
「わぁっ、これが精霊? なんだか綺麗で可愛いね! 製造したんだ」
精霊にまとわりつかれている真魚が嬉しそうに、聞いてはいけないことを口にする。
「そこは精霊を復活させた神秘的な精霊の愛し子で良いじゃないですか」
「だってユグドラシルシステムを操作したんでしょ?」
「そのとおりではあるんですけど、真魚さんはロマンが足りませんね。とりあえずはその精霊が水晶エネルギーの代わりになるはずです。水、お湯、炎、電気、光を生み出してくれます。頼りきりになるのは困るので期間は10年間と指示しておきました。あとは、エネルギーが切れるまで、遊んでねと適当に指示を出しました」
ふぁんたじ〜が足りない真魚へと苦笑をしつつ説明する。その言葉に何人かがお願いをすると水を精霊が生み出すので驚いていた。
「それと、居住空間もですよね。豆腐長屋よ、在れ!」
今一度ネムは力を使う。無駄に力を注ぐと、ドームがますます崩壊して、その上に複雑に重なった四角い白い建物が生み出される。ついでに完全にドームも破壊しておく。浅田は信用できないからね。悪いけどさようならだ。
これぞ豆腐職人の真骨頂。本当の豆腐職人だよと、ふんふんと鼻息荒く満足するネム。豆腐って、食べてもよし、戦闘に使ってもよし、建物にも使えるなんて凄いや。
すごいのはネムの頭だと思われるが、皆はまたたく間に作られた豆腐型団地だか、高層ビルだかにポカンと口を開けて驚く。
「たぶん、私が疲れるほどにエネルギーを突っ込んだので、10年は持ちます。その間に普通の家屋を建てて、精霊に頼らない暮らしを身に着けてくださいね。たぶん精霊もそれぐらいで、エネルギーが尽きて消えるはずなので」
この土地の植生は異常成長はなくなったが、肥沃なのは変わらない。それに動物もうじゃうじゃいるし、暮らしていけるだろう。保証期間は10年でいいよね?
建物も精霊も10年持って欲しい。クタクタになるほど力を込めたのだ。幼女のお願いです。
「はぁ。白銀ちゃん、でも崩壊した家屋から衣服とかを取り出さないと」
「精霊にお願いしてください! それじゃ、バイバーイ」
これ以上、賠償を求められても困るので、にこやかな笑みでネムは次元転移指輪を起動した。瞬時にシステムは起動して静香共々消えていなくなる。
逃げ足だけは速いメタルな幼女であった。その脱兎の如き逃げ足っぷりに呆れて苦笑する真魚であるが……。
パンッと自分の頬を叩いて気合いを入れる。
「それじゃ、精霊を使ってどんなことができるか試そうよ!」
灰に埋もれた自身の家財。動物たちもほとんどの森林がなくなったために離れていくだろう。きっとこれからは以前とはまた違う苦しい生活が待っているだろうから、気合いを入れるのだ。
白銀ちゃんが助けてくれたのは確かなのだ。これからは自由に暮らせる代わりに、苛酷な日々となるだろう。
そう思いながら、周囲に漂う毛玉のような可愛らしい精霊を見る。少しでも水や火が使えればなんとかなるだろうと信じて歩き出すのであった。
そうして一週間後……。
「イージーすぎるよ! 精霊凄すぎるよ! 私たち確実に堕落しちゃうよ、このままじゃ!」
なぜか精霊たちに懐かれて、その多くを自身の周囲に侍らせた真魚は叫んで、白いテーブルをバンと叩く。
雷霆の街。白き神秘の建物は中に入ると、室温が過ごしやすい温度となっていた。どうやってか知らないが、この建物は室温を一定に保てるらしい。
白くてぽやんぽやんした柔らかいベッド、ガラスのように見えるが叩いても傷一つつかない透明な窓、建物は常に白いのに、汚れはつかず綺麗だ。染みやカビなどはつかないというか、消し去っているっぽい。コンロや排水口も完備されており、汚水なども綺麗な水となって、外へと流れていく。
建物の浄化パワーと、精霊のパワーが合わさって、こんなことになっているらしい。
真っ白な服がたくさんタンスに入っていたが、これも汚れはつかない。泥に突っ込んでもはたけば、綺麗にとれてしまうのだ。凄すぎる。
「あ、ありがとうね」
フヨフヨと浮いている精霊の一人がジュースを運んで来てくれたので、お礼を言い自身の力を分ける。少しだけ自分の身体からなにか力が抜けて、精霊に渡されるのが感じられる。白銀ちゃんには伝えなかったが、草木を退けるときに同じように力を分け与えていたのだ。不思議パワーである。
力を分け与えられた精霊はくるくると踊るように空中を舞うので喜んでいることがわかる。真魚を見て、他の人々も同じようにできるか練習していた。なにしろ精霊には世話になりっぱなしなのであるからして。
「そうっすね〜。こんなチビたちじゃ、水や炎がちこっと出るくらいだと思ってたのに、合体とかできるんっすね」
いち早く真魚の真似をして、精霊に力を分け与えることに成功したゴン太がその手に光る小鳥を乗せる。蛍のようにちっこい精霊であったが、合体してその姿を変えられることが判明している。真魚を始めとして、力を分け与えることができる人間に対して、サービスサービスとばかりに、合体してくれたのだ。
チチチと本物の小鳥のように鳴く光の精霊体。
無論、その力も大幅に上げていた。灰の積もる元住居から、必要なものを取ってきてくれたり、瓦礫を運んだり、遠くの動物をこっそりと近づいて倒したり、まだまだユグドラシルシステムの力が残っているのだろう、急成長する作物を刈り取ってくれたりと。願えば、制限されているのか、人を傷つける命令は聞かないが、それ以外はほとんど叶えてくれる万能さを見せつけてくれた。
最初に決意した自由だけど苛酷な生活はどこへやら。人々は願えば叶うこの状況を歓迎して、怠惰な生活を謳歌していた。
「私、旅に出るっ! 少しだけ精霊を連れて外の世界を見に行くから! こんな生活していたら、来年には自分たちの力で行動なんてできなくなってるよ!」
真魚の宣言にゴン太は苦笑を返すのみ。
「俺っちは残るっすよ。……あんまり精霊を使わないように……」
精霊は強力すぎる。その力を知る者たちの一部は真魚のように去っていくだろう。しかし自分は捨てることはできない。
他のエルフとともに力を合わせて、精霊を使うことを抑止しなければならないだろう。贖罪でもある。非道なことをしていたのは記憶に残っているのだから。その力もある。
「う〜ん……。所詮10年。そこまで深刻にならなくても良いかもっす」
短時間だしと、気楽にも思う。エルフは長命であるのだ。
「白銀ちゃんの言葉を鵜呑みにしない方がいいと思うけど……。あの子、適当そうな性格だし」
「あはは、そうっすね」
二人は苦笑いをして、握手を交わす。
「それじゃ、近いうちに私は旅に出るわね」
「戻ってきた時にはまともな街を作っておくっすよ」
そうして、二人はそれぞれの道を歩み始める。
多くの精霊を連れて、外に出る真魚のような人々。エルフたちは贖罪とばかりに、まともな街を作ることを誓い……。
未来がどうなったかは、いつかわかるだろう。




