50話 ユグドラシルシステム
ユグドラシルシステムは、突如として現れた未知の生命体に戸惑っていた。人類進化システムは稼働し続けており、数万年かけて、ようやくその進化の光を感じたところであった。
人類の不老不死。それを目指すように指示を受けたユグドラシルシステムは、人間の中でも高すぎる身体能力を持つ者を選別。その可能性のある者たちをさらに人工的に改造して、新たなる進化を求めた。
エルフとナンバリングした改造人間たちを元にどんどんと人を進化させる予定であった。既にこの周辺の人間たちはその身体能力を人外へと変えている。だが、やはり自然に進化するのは無理なのだろう。エルフのように外付けのエネルギー受信機をつけないと無理だ。精霊のようなエネルギー生命体のように頑丈で不老不死にはならない。いや、肉体があるためにエネルギーを供給しても1000年が寿命の限界だろう。
だが、時間は自分の味方だ。そう考えていた。事実、そのとおりになる予定であった。人類からマテリアルエネルギーを吸収。負荷を与えて鍛える。自分もそのエネルギーで稼働しつづける。多少人口が減っても、無感情の機械のようになっても、最終的に不老不死と人類がなれば良い。そう結論づけていたのだが状況が変わった。
変わってしまった。
一見すると人間の幼い個体にしか見えない存在が現れたのだ。その個体は異常であった。こちらの作った、人間では決して倒せぬはずのエルフをあっさりと倒したのだ。膨大なエネルギーで。しかもこちらの外部受信機の構成を変えて。
なにが起こったのかはわからない。わからないが捕獲をして調べなくてはならないと考えて、その間にエネルギー吸収カプセルから吸収しきれない多さのエネルギーを注ぎこまれて、バイパスの一部は破損。
慌ててエルフを向かわせたが殲滅され、敵の能力を調べるために精霊を送り込んだが、その身体を古代の空想小説で語られたような竜へと変えて、精霊も全滅。今度こそエネルギーバイパスに膨大なエネルギーを送り込まれて、完全に破壊されたのである。
こうなれば、もはや手はない。最終防衛戦用浅田76式多頭竜にて倒すしかないと、自身の姿を表したのであった。
「なんというか……どことなくポンコツですよね」
慌てて地上へと降りて逃げる人々を放置して、キグルミ幼女は眼前に現れたヒドラを見て、半眼になっちゃう。
わざわざ姿を現す必要はなかったのだ。ユグドラシルシステムが地下にあるなら、スコップ片手にえいさほさいと地面を掘って、見つける気などさらさら幼女にはなかったので。
だが、敵は姿を現した。最終兵器っぽいヒドラを作りながら。
「それよりも、どうするの? あれを倒したら多分このエリアは破綻するわよ? 水晶エネルギーがなくなるものね」
「……仕方ないです。このままだと人間は死滅する未来しなかったので! 正義のために、ネム、いっきまーす」
あいつを倒したら逃げようと、心に密かに誓ってハンス竜を発進させる。バサリと翼をはためかせて、のしのし歩く。空飛べないや。誰か重力操作システムください。
「ブースターを補完するわ」
「助かります」
脳波同調により、メカニカルなイメージを手に入れたネムは背にバーニアを創造する。絹ごし豆腐竜は見た目と違い、エネルギーの塊なので重さがほとんどない。馬力のあるスラスターから白きエネルギーが噴出されて、絹ごし豆腐竜は空を飛ぶ。
ヒドラはこちらに頭を向けて、その口から炎、氷、雷とツリーモッドと同様の属性攻撃をしてくる。だが、その一撃はツリーモッドとは違い、絹ごし豆腐竜を包み込む太さだ。
ライトアップされるように色とりどりのブレスが絹ごし豆腐竜を襲う。先程のハンスちゃんモードのようにダメージにより、じわじわと傷つく絹ごし豆腐竜。このままだと煮崩れた豆腐のようになっちゃうが、先程と違うところがあるのだ。
「耐久力がハンスちゃんとは比べ物になりません! そして、姿を現したのが致命的です」
ビシバシと敵のブレスが絹ごし豆腐竜に突き刺さるが、うりゃあとレバーを傾けて幼女は接近を続ける。効かないことに業を煮やしたのか、噛み付こうとするヒドラの頭の一つが迫る。
「豆腐マッハドリフ!」
ドリルと叫ぼうとして、噛んじゃったと、幼女はテヘヘと笑って誤魔化しながら絹ごし豆腐竜をドリルのように高速回転させる。おっさんなら、必殺技を噛むなんてリトライものだが、幼女なので可愛らしいと許されるに違いない。
ヒドラの口内にドリドリとドリル回転で突撃して、その口を貫き、飛び出る。いくつものヒドラの頭が噛みつき動きを止めようとするが、次々と破壊をしていき、黒い肉片が辺りに落ちてゆく。
ブレスの攻撃を耐えて、噛み付きも破壊して、脳筋極まる戦闘をしたネムはドームの直上に辿り着きホバリングをしながら、眼下を見つめる。
黒色のバリアが数百メートルはあるドームを覆い、砕かれたヒドラの肉片も通していない。
「停滞障壁ね」
「お決まりの防御策ですか。ドーム全体を覆うとはかなりの出力ですが、対抗策はもう知っています」
空へと自分のエネルギーを放出する。白きエネルギーが天を覆い始め、敵がますますブレスを吐いてきて、その行動を妨害しようとするが無駄である。
「絹ごし豆腐竜が煮崩れる前に、こちらの攻撃が入ります! 全力全開、エネルギーひゃくぱーせんとっ! 『ザル豆腐落下』」
汲み出し豆腐よりも美味しい豆腐。作りたての汲み出し豆腐をザル越しして、豆腐の味わいを残す最高最強豆腐。ドームを丸ごと吹き飛ばす巨大な白い隕石のような形の豆腐が空に作られて落ちていく。
見た目は豆腐だけど、エネルギーの塊でもあるんだよと、誰も豆腐とは思わないだろうに、得意げに顔をフンスとネムは輝かせる。
ゴゴゴと落ちてくるザル豆腐に、なんとか防ごうとヒドラはブレスを吐きまくるが、まったく落下速度は落ちずに、ザル豆腐はちこっと崩れただけでドームに落下する。途上にいた絹ごし豆腐竜も巻き込んで。
「ちょ、フレンドリーファイア無効で! しまった、豆腐体だから、エネルギーだけの時と違い素通りしないんでした」
迂闊だったよ、とんかつだったよと泣き叫ぶアホな幼女と、嘆息するサークレット幼女。
その叫びは露と消えて、ドームの障壁を砕き、その建物を轟音と膨大な砂煙をあげて崩壊させるのであった。
ドームが崩壊すると同時に、周囲の森林へと波紋のようにエネルギー波が広がった。森林のほとんどは、繁茂する草むらも、その全てが一瞬のうちに枯れていく。一瞬黒く染まったあとは、灰のように崩れていったのだ。ゴブリンたちは筋肉質のゴリラのような体格が、風船の空気が抜けたように、虚弱な小さな体躯へと変わり、ギャッギャッと目が覚めたかのように騒ぎ出して逃げてゆく。
自身の住んでいた木の上の住居も崩壊し始めて、人々は逃げ惑い、動物たちも駆け去ってゆく。
ユグドラシルシステムに頼って生きてきたこのエリアは完全に崩壊をしていった。
「あわわわわ。見てください静香さん。平原となっていきますよ。やりましたね、平和がもどったてたんでしゅ」
んせんせと崩壊したドームから、ソンビのように這い出してきたキグルミ幼女。外の様子を目にして、明らかに平和ではない状況を現実逃避するセリフを噛んじゃったネムである。
「支配された世界よりマシだったと思いましょうよ。きっと赤ん坊を手に入れたら、こんなエリアもういらないって滅ぼされたかもしれないし」
サークレットから黒髪幼女に戻った静香が黒髪を漉きながら、あっけらかんと言う。あまり気にしている様子はない。
「そうですよね。さて、このドームにはなにがあるんでしょうか」
もうやっちゃったものは仕方ないし、たしかにいつ死ぬかわからないシステムに頼っていた人々だ。きっとこの先幸せな自分の意思で生活できる未来があるよと思いこんで、てってこと崩壊したドームへと入る。
なんとかなれば良いんだけどと、周りをいつもの2割増でキョロキョロしながら。
エルフ以外にも改造していたのか、様々なカプセルに不気味な肉塊が浮いている通路や、手術台を通り過ぎる。血溜まりとかはないので清潔ではありそうだ。もう瓦礫に埋まっているけど。
「とりあえずは慰謝料よね」
目敏くダイヤモンドが入った箱を見つけた静香が、箱ごと取り外そうと、うんしょうんしょと引っ張っていた。
「これ、なんなんです? 結局のところユグドラシルシステムって、何だったのかわからなかったです」
ボスとの会話とかなかったし。火花が散り、放電するケーブルを躱しながら歩く。書類とかがゲームなら必ずあるが、それもない。現実は世知辛いや。敵の目的や、弱点が書いてある書類がないとさっぱりわからない。
中心らしき部屋に辿り着くが……でかい六角形の水晶は砕け散り、辺りに散らばっている。機械はひしゃげて壊れており、動くことはなさそうだ。
「やばいですよ、これ。水晶エネルギーに頼っていた人々は火をおこせるんですかね?」
少なくともネムには無理である。現代っ子ならぬ、おっさんが火をおこせと言われてもライターくださいとのたまうだけだ。虚弱というなかれ。おっさんは虚弱だが、普通の人は火をおこせないだろう。
静香は辺りをキャッキャッと走り回って、宝石を探しており頼りになりそうにない。これで死人が出たら落ち込むぞ。いや、まぁ、この崩壊で少なからず死者は出ているかもだけど。
「精霊を作れば良い。まだその機能は生きている。エネルギーバイパスは崩壊したので、独立体となるから、そこまで保たないだろうが」
唐突にかけられた男の声に、ぴょいんと飛び上がって驚く幼女だが、すぐに気を取り直して、ペコリと頭を下げてご挨拶。
「ありゃ、まだユグドラシルシステムは生きていたんですね。こんにちは、多元世界を旅する可愛らしい幼女ネムです」
「よろしくストレンジャー。そうか、君は別次元の生命体だったのか。私は対応を誤ったのだな。こんにちは、私は浅田76号。このユグドラシルシステムを管理するものだ」
たしかにおっさんが取り憑いているので、別次元の生命体に間違いない。意味が少し違うかも。
ネムの目の前に男のホログラムが現れる。浅田……また、浅田かぁ。この会社は元はどういう会社だったのかな。というか、あらゆる次元にあるのね、この会社。
「さて、ユグドラシルシステムは死に、このエリアを守るものはなくなった。人々は日々の暮らしにも苦労するだろう」
「………」
そんなことはわかっているよと、ぷにぷにほっぺを膨らませる幼女へと浅田76号は解決策を提示してきた。
それすなわち……
「未だ、精霊製造装置は生きている。炎や氷、電気などの精霊を作れるんだ。このドームには一千万個近い精霊水晶が眠っている。その少しでも使ってみないかい?」
水晶エネルギーの代わりに精霊を製造するという話であった。
ふむんとちっこいおててを顎にあてて、キグルミ幼女は考える。
「その精霊製造装置って貰ってもいいです?」
手に入れば、もしかしたらなんとかできるかもしれない。このエリアも自分のいたずらも。




