5話 ダンジョンに忍び込むキグルミ幼女
暗闇の中で一つの物体が草木生い茂る中をズリズリと身体を引きずるように移動していた。白い長方形の物が下半身をスライムの如く、ズリズリと引きずらせて。
他者が見かけたら、すわ新種の魔物かと警戒するどころか、攻撃をしてくるだろうことは間違いない。そんな怪しげな物体は豆腐。かっこよく言うとTOUFU。英語で言い直してもかっこよくないかもしれない。
そんな豆腐はひょこひょことナメクジのように移動していた。意外とその速度は速く、たぶん亀には勝てるだろう。いや、実際はうさぎにも勝てるかもしれない。
「アタミ〜、アタミ〜、アタミワンダ〜ランド〜」
可愛らしい鈴を鳴らすような、思わず聞き入ってしまう声音が人間大の豆腐から聞こえてくる。
豆腐の中で、銀髪の薄幸そうな幼女が歌っているのだ。別に豆腐に囚われている訳ではない。おっさんの魂には囚われているかもしれないが。
ネム・ヤーダ伯爵令嬢である。現在5歳。歳の割には頭が良いと、そして魔力がないので病弱だと噂される薄幸の幼女である。中のおっさんは発酵しているかもしれないので、あながち間違っているわけではない。そして、中のおっさんはいい歳なのに、5歳の割には頭が良いと言う程度の評価しか受けないネムでもある。
幼女の歌声は綺麗だなぁと、自分の声なのにうっとりとしながら豆腐人形を操作している。ちなみに毎日毎日うるさく宣伝しているアタミワンダーランドの歌は覚えちゃったよ。
夜中にこっそりと窓から飛び降りて、アタミワンダーランドに向かうことにしたのだ。髭もじゃ危機一髪の玩具のようにビヨヨーンと空を飛んだのだが。飛び降りるつもりだったのだが意外とバネあるんだねと、森に落ちて幼女の形の穴からイテテと這い出して思ったネムである。この幼女は高空から落ちてもイテテで済むことが判明しました。落ちたショックで豆腐はバラバラとなったので、再び修復したけど。
「アタミン、アタミン、アータミーン。どこかな、アタミーン」
きっと水滴型のスライムとか四角い寒天みたいなやつなのだろうと予測して、ふんふんと鼻歌を可愛らしく歌いながら、キグルミ幼女は移動する。真夜中なので、そろそろ眠たくなるが、昼間に寝ていたので、瞼同士の恋愛は妨害するネム。
本来なら真っ暗闇の森になるのだろうが、アタミワンダーランドに続く小道には時折点滅する街灯が設置されているのだ。ジジッと音を立てており、なんとなーく、なんとなくだがホラー感を感じちゃうので、幼女は殊更明るく鼻歌を歌ってぽよんぽよんと移動する。
傍から見たら自分こそがスライム的な存在だとはアホなので気づかない幼女である。いや、幼女のせいではなく、中のおっさんのせいだろう。それは間違いない。幼女には罪はないのだ。
小石が混じる砂利道となっている元は舗装されていただろう小道。車2台程度がすすめる程度の広さ。時折大岩が道路の隅にあり、車のような形なので元は車なのかなとのんびりと考えながらしばらく進む。
と、街灯の下に誰かがいた。ジジッと街灯が鳴り、時折点滅する中で、少年だろうか、蹲っているのが目に入る。
「やばいですよ。これ、やばいよな? マジかよ、アタミンどこ?」
ネムはコックピットの中でプルプルと震えちゃう。幼女は豆腐に守られているから大丈夫と、豆腐に信頼を寄せるが、そんなに豆腐が硬いとは思えないのだが。
ホラー映画は苦手なのだ。特にジャパニーズホラーは苦手なのだ。救いのないホラー映画って嫌いなのだ。化け物を倒せる話は好きなのだが。
どうしよう。もう眠いから帰ろうかなと、小首を傾げて、キュルンと可愛らしい顔をキョロキョロとさせてレバーを強く握りこむ。汗でじっとりとする中で、蹲っていた少年はゆっくりと立ち上がった。
この剣と魔法とアタミの世界観に合わない青色のスーツ姿でタイを首元につけている。そして胸には名札をつけていた。
アタミン、と。
ゆっくりと顔をあげるアタミンに、ゴクリとつばを飲み込み眺めていると
「ケタケタケタケタケタケタケタ」
福笑い人形にそっくりの人形であった。いや、腹話術だったかと考える間もなく、縦に動く口をカタカタと動かして、気持ち悪い笑い声をあげながら、てってけと近づいてきた。
「これがアタミン? マジかよ、アタミンって名前じゃねーだろっ!」
怖すぎる敵だと思いながらも、レバーを握り息を整える。俺は無敵の傭兵人形に乗っているのだ。大丈夫、ゲームでは豆腐モードではクリアしたことないけど。
なにが大丈夫かはわからない。少なくともおっさんの頭は大丈夫ではないだろうが、コックピットにいるということが現実感を薄れされたのだろう。なんとか恐怖を抑えて、もにゃもにゃを使う。
『豆腐短剣』
当て字はいらないんじゃねと、他人が見たらツッコミを入れるだろう武技を使うと、豆腐から短剣がドンッと音速の衝撃波を生み出しながら高速で射出されて、アタミンの身体を貫く。後ろの大木も貫いてバキバキと木々が倒れていく。
貫かれたアタミンはその衝撃波の威力もあり、バラバラとなって辺りに飛び散る。街灯の下、バラバラとなった人形の破片の頭がポスンと草に乗りケタケタと笑っていたが、やがて力を無くして、不思議なことに蛍の光のような淡く輝く粒子と変わって消えてゆくのであった。
そうして、倒したあとにキラリと光る何かが落ちていることにネムは気づいた。
「な、ななんだ。弱かったな。そんなに強い敵じゃなかったんですね。まぁ、おねーちゃんが倒せる敵だから、そこまで強くはないか。あれが魔石でしょうか?」
豆腐のハッチを開けて、んせんせと降りる。細かい物を取るのに豆腐は合っていないので、自分で取る必要があるのだ。ふつう、豆腐を人形にしたり、戦闘に使ったりはしない。豆腐があっている物は麻婆とか、ネギとか鰹節だと思うのだが、ネムの中ではそうではない模様。きっと脳が混沌に支配されているのだろう。もちろん混沌の別称はおっさんです。
恐る恐る短い足を動かして、そ〜っとおててを光る小石のような物に伸ばして、ていっと手に取る。
初魔石ゲットである。
「やった。これ楽しいかも。きっと楽しくなるかも。楽しくなって欲しいです」
娯楽に飢えているおっさんは自己暗示をしようと無駄なことをしながら、魔石を手の中で転がして眺める。ここからチートな生活が始まるのだ。やれやれと肩をすくめる練習でもしておこうかな。
アホなことを考えつつ魔石をよく見ると
「1アタミ」
と日本語で書いてある丸っこい石だった……。
いや、現実逃避するのはやめておこう。1円玉そっくりである。というか、一円玉だ、これ。
「どんだけアタミ推しっ!? 誰がこのテーマパーク考えた訳? え、もしかして世界共通便利魔石って、全部これ? いや、アタミでは名称はないはずだけど……。あっ、もしかして!」
思わず魔石を投げ捨てて怒りと共に気づいた事があった。嫌な予感がバリバリする。してしまった。
「豆腐オーン」
じゅわっちと、微妙に古臭い掛け声と共に豆腐に乗り込むと、アタミワンダーランドへと向かう。もうホラー的恐怖はない。あるのは、もっと切実な恐怖である。
「ケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタ」
森の木陰から次々と不気味な笑い声をあげてアタミンたちが姿を現すが、ぴょこんぴょこんと跳ねながら移動するネムはもはや恐怖はない。倒せることがわかったからだ。そして無限の力を持つTOUFUに搭乗しているのだからして。
ゲームだって、初めてのゾンビと出会いは恐怖でゲームをやめるぐらいだったが、主人公を女性に変えたらサクサククリアできたので怖くなくなったのだ。主人公を変えたから怖くなくなったのではなく、慣れたからなのだが、そのへんはアホなおっさん幼女なので仕方ないだろう。
「邪魔邪魔邪魔〜っ! 『豆腐剣』」
もはや無限弾を手にした主人公のように、豆腐から短剣を射出させて、音速の攻撃にてアタミンを吹き飛ばしていく。もはや命中するとかしないとかは関係ない。衝撃波のみでバラバラにしていく。木々もバキバキと折れていくので、バレたら環境破壊だと怒られるのは間違いない。
一円玉なんていらないよと、魔石を放置して走り続けてしばし、ようやくアタミワンダーランドの入り口に到着した。ネオンが煌々と輝いて、アタミンアタミンとBGMが鳴っている。ドーム型のテーマパークで入り口は予想通りに自動改札となっていた。光るバリアみたいな物が扉付近に張られており侵入を拒んでいる。
マジかよと絶望に囚われながら周りをキョロキョロと見渡すと……。
「あ〜……やっぱり自動切符売り場があります……」
がっくりと肩を落とす。そうだよな、テーマパークだもんな。きっと一円玉は無料でも入れますよアピールなんだなとピンときたおっさんである。よくあるアプリゲームと同じである。ログインボーナスに1円の価値のガチャコインとか配るのだ。一回300円のガチャで1円。何なら一回ガチャとか。サービスが終わりそうなアプリゲームは300回とか。ガチャをして良いアイテムとかが出たら、お客は課金したくなる訳だ。
それと同じなのだろう。アタミンを倒せばお金が手に入ると。どうやら魔道具の燃料にもなっているらしいが。
『大人5300アタミ、12歳以下2000アタミ、5歳以下無料』
やっぱり中に入るのは金がかかるんだなと、料金表を見てがっかりして……最後の文面に気づいて、ガバリと顔をあげる。
「そういえば、テーマパークは幼児は無料が多いんですよね。私は幼女ですし問題ないですよね」
うふふと、薄幸の美幼女は紅葉のようなおててを頬に添えて上品な所作で微笑む。中の悪魔的な存在が操っているとはいえ、背伸びをして大人の真似をしている幼女に見えて、とっても微笑ましい。あとは、中の人さえいなければと思います。
「前世の年齢は今世には加算されませんし、レッツゴーなのです!」
前世の年齢が加算されるなんて変だ。今の俺は幼女なんだぜと自動改札機の前をぽよんぽよんと通っていく。光のバリアは止めてくるかな、止めるどころか分解とかしてこねーよなと、内心ビビりつつ豆腐の角を潜らせるが、バリアは消えてなくなり、問題なく通れた。
やっぱりそうだよねと、前世の歳なんてわかるわけないよなと、安堵の息を吐きながら、ぽよんぽよんと弾むように移動する。すぐに広いホールに辿り着き
「ほのぼの芝生ルート」
「18歳以上、うふふ花園ルート」
と、電光掲示板みたいな物が宙に浮いており、2つの門を指し示していた。ネムはコクコクと頷いて、ふむふむとちっこいおててを顎に当てて考えて
「やっぱり前世の歳も加えないとです。そうしないと卑怯なのです」
ウヒヒ花園ルートしか選ぶ選択肢はないよなと、仕方ないよね、卑怯な真似を選ぶ訳にも自分の誇り的にいかないしと、自分の体を叩いたら埃が出そうなおっさん幼女は18歳以上、うふふ花園ルートへと、鼻をぷっくりと膨らませて、ふんふんと息粗く向かうのであった。先程、入場する際のことはなかったことにするネムであった。
悔しいことに白銀の髪の毛をかきあげて、顔を紅膨させる姿は真っ白な肌とのコントラストも相まって、天使のように極めて美しかった。
とはいえ、ホラー調なアタミワンダーランドで、エロいことを期待して18歳以上のルートを選ぶアホな幼女はてってこと先に進む。
アタミワンダーランドは、予想よりも遥かに凄かった。なにが凄いかというと、綺麗なのだ。リノリウムらしき床はツルツルピカピカで、幼女の顔を映しちゃう程で、周囲は壊れた街並みが作られており、欠けた窓ガラス、燃え尽きた家屋に、ボロボロの廃墟ビルといった風景となっている。空は薄暗く黒く分厚い雲が覆っている。恐らくは世界戦争とかの後の風景を模しているに違いない。
だが、不自然だ。この風景は道を逸れて足を踏み入れると、しっかりと触れるので本物みたいなので、ドームに入りきらない。タワーマンションの廃墟っぽいのもポツポツ見えるのだ。なにがしか空間を弄る技術があるのだろう。
だが瓦礫がなく、ガラス片や小石なども落ちていない。見かけだけなのだ。アミューズメントパークらしい感じだと、ネムは苦笑しちゃう。客の衣服などを汚さないようにしているんだろうなぁ。
「それにしても……。秘宝館的な物ではないみたいです。ま、まぁ、期待はしてませんでしたけど」
がっくりと肩を落として、まったくそんなことは期待していなかったよ、サキュバス的な敵がいないかと期待なんかしていなかったよと、落胆した表情で幼女は呟くが、
ガラガラ
瓦礫がガラリと崩れる音が聞こえた。
「ん? 瓦礫なんかなかったは……ず」
無警戒にも落胆して顔を俯けていた幼女は音に反応して顔を持ち上げモニターを見て口元を引きつけらせた。
そこには老婆の顔があった。なぜか先程まではなかったはずの瓦礫の山から、首を長く伸ばしてこちらを見ていた。物理的に首を伸ばして。
暗闇の中でポツリと映し出されていた。白髪は天然パーマであり、しわくちゃの顔にニターリと三日月のように口を裂いたような不気味な笑いを見せて。
しかもその顔は巨大で3メートルはありそうだった。
「あんぎゃー!」
お化け屋敷は嫌いだと、幼女は涙目で絶叫した。絶叫マシーンに乗ったときよりも絶叫した。あわわと震えてレバーを掴むが、あまりのホラー的なインパクトによる恐怖でいつも混乱しているかもしれないおっさん脳はますます混乱して、思考が纏まらない。
それが命取りとなってしまった。
老婆は豆腐へと、蛇が獲物に食いつくようにパカリと口を開けて迫ってきた。混乱していなければ、光速の動きも見切れるだろうポテンシャルの幼女は、常に混乱しており、さらに恐怖で混乱しているおっさん思考に邪魔をされて碌に行動できなく
バクン
と豆腐を噛まれる。
あっさりと豆腐はその柔らかさを見せて食われて半壊してしまい、コックピットに乗る幼女の姿が顕にされてしまう。
「あわわわ。まっ」
待った、タイム、ロードしますと叫ぼうとして
パクリ
とあっさりと喰われてしまう。
幼女を飲み込まんと、蛇のようにろくろ首のような長い喉を蠢動させて、抵抗できない幼女を喉の奥へと運んでいく。
「これ、やぶ、ばっ」
喉の中でなんとか抵抗して逃げようとするネムであったが、幼女のか弱き筋力では喉の奥に運ばれるのを防ぐこともできない。
うぬぬと、ちっこいおててでなんとか喉を掴もうとするが
「アチッ! なにこれ? ろ、蝋?」
喉から滲み出てきた熱い物に触ると、乾いたのかパリパリと剥がれる。この感触は蝋だとネムは直ぐに気づいた。前世では花火とかで使った蠟燭の溶けて固まった蝋をツルツルの感触だと剥がした覚えがあるのだ。
どんどん溶けた蠟は喉から滲み出てきて、溶けた蠟が口の中に、目の中に入ってきて溺れるようにネムは手足をバタつかせて藻掻き苦しむ。どうやら飲み込んだ相手を蝋人形にする狂った仕様らしいと、息ができなくなったネムは意識を遠くさせて気絶してしまうのであった。