48話 エルフ軍団と遊ぶキグルミ幼女
エルフたちは……もうダークエルフでいいだろう。それかゴリラと名付けても良いかも知れない。耳長ゴリラたちはその手に集めた黒いオーラをネムたちのいる屋敷へと一斉に放ってきた。
木の枝の上に建てられているために、こじんまりとはしているが、この世界では贅沢な屋敷がそのエネルギー波を受けて、あっさりと爆散する。
その様子を感情が戻っている人々は恐怖の表情で眺めて、ハッと気を取り直すと、悲鳴をあげて逃げ始める。
なにしろ、周囲一帯のエルフたちが全て集まっていると思われるのだ。木の枝に乗り、幹にその四肢を貼り付けて、人間とは思えぬ動きでうじゃうじゃと集まっているのだから。
屋敷は炎上し、砕けた木片が辺りに飛んでいく。バキバキと音がして、木の上に建てられた観光名所になりそうな木の屋敷は潰れてゆく。
エルフたちはその様子を充血した目でジッと見つめていた。
「ミチノセイメイタイ……」
「ゲキハフフフノノノ」
「カカクホホホ」
よだれを垂らし、呂律の回らぬ不気味な声で呟くその姿には理性は見えない。命令された内容をただ口にしているだけに見える。しかも途切れ途切れの中途半端な命令を受信しているために、思考は雲のように千切れて纏まりがない。
ガラガラと崩壊していく屋敷。炎に包まれている屋敷は、内部から爆発したようになにかが煙を纏わせながら飛び出してきた。
「いいぜ、いいぜ。このハンス様が相手をしてやろうじゃねぇか!」
野太い声音で楽しそうに叫ぶ者は、長大な白いハンマーを肩に背負い持つ大柄の男だった。カウボーイハットにロングコート、凶暴そうな顔つきで、瞳をギラギラと光らせている。
「?!」
予想していた人間とは違う人間が飛び出してきたことに、ゴリラエルフたちは一瞬戸惑う。戸惑い動きが止まる敵へと男は容赦はしなかった。
『雷霆槌』
その一言と共に、純白の槌に神々しい光が宿る。ダークエルフ達を照らす光。その力を纒いしハンマーは白き雷を纏わせて振るわれる。軌跡に白き雷光を残し空気を震わせて。
その一撃は最も近くにいたエルフたちを薙ぎ払う。一瞬のうちに数人が光に巻き込まれると、力を失い崩れ落ちる。
地を蹴りながら、エルフを上回る速度で接近して、次々と振るうその攻撃はエルフが黒いバリアを張っても、まるで意味がないとでも言うように、あっさりとバリアを破壊しながら倒していく。
「ミカクニニニンンン」
「キョウイイイイイ」
「ハイジョオオオ」
エルフたちは突如として現れた猫から逃げるが如く、周囲に散開する。まるで猿のように素早い動きで小枝を飛び交い、幹を走り抜けて、男を囲むように移動すると、皆がその手に再び黒いオーラを溜めてきた。
「ゲギャッ!」
まるでゴブリンのような叫び声をあげると漆黒のエネルギー波を全員が放ち、男へと向かう。無数の黒き光線が周囲から迫るのを見て、男はニヤリと笑い動きを止める。
その余裕の笑みは黒き光に消えて、大爆発を起こす。倒したかの確認もせずに、エルフたちは再度黒きエネルギー波を放ち続ける。
連続した強力極まるエネルギー波に地面を形成していた枝は砕けていき、爆発により大きく地面が揺れる。
自分たちが襲われないと理解した人々は離れた木の上や小屋の影に隠れながら、恐る恐る遠く離れた場所からその様子を見ていた。
男が跡形もなく吹き飛んだだろうと、哀れみとエルフの数に脅威を覚えて怯える。残ったエルフたちが何をするかわからないからだ。しかし、もうもうと巻き起こっていた爆発からなる煙が散っていったあとを見て、驚きの声をあげる。
そこにはいくつもの数メートルの大きさの平たい白い盾が存在していた。その奥には男が立っており余裕の表情で、ハンマーを肩に担いでいた。
『雷霆盾』
パラパラと木片が空中に散る中で、ハンマーを片手に男は胸を張り、せせら笑う。
「俺の名は雷霆神ハンス。お前たちを助けてやるから安心しな」
空いた方の手をクイッと動かすと、その動きに合わせて盾が猛回転し始めて、周囲へと飛んでいく。
『雷霆鋸』
人々の目には、盾が回転したところまでしか視認できなかった。その高速の動きはシュンシュンと風切り音のみを残して、エルフを切り裂いていく。
エルフは視認はできているために、回避をしようとするが、一歩歩いただけで、雷霆鋸はその身体を通り過ぎてゆき、躱すことは不可能であった。
そうして、白き盾鋸の残像だけが周囲に残る中で、エルフたちは倒されていく。その身体を分断されていくと思いきや、盾鋸がエルフの身体に当たるごとに小さくなっていき、そのエネルギーを受けただけとなるエルフたちは、漂白剤に漬けられように白い肌と変わり倒れ伏す。
逃げようとするエルフたちも、その全てが倒れていき、残るのはニヤニヤと笑みを浮かべる性格の悪そうな男のみが残るのであった。
ハンスモードとなったネム。キグルミの中にパワードスーツのように潜っており、ROSの支援を受けているモードだ。その格闘能力はアホなおっさんの力を元にしたNOSとは比べ物にならない高性能だ。
「格闘戦だけではなく、各能力も上がっていますね」
周りで死屍累々と倒れ伏すエルフたちを横目に豆腐神だよと、幼女はコックピットでむふんと得意げに頬を膨らませる。幼女の得意げな表情はとても可愛らしい。
「そうね。ネムが能力の使い方を少し覚えたから、バージョンアップされたのよ。エネルギー関係の超能力が使えるように……ねぇ、なんで豆腐なの? 稲光を放つ豆腐とかいらないんだけど」
幼女の額に輝くサークレットから、呆れたような、実際に呆れている静香の声がツッコミを入れてくるが、仕方ないでしょ。
「豆腐って、ゲームデザインではデフォルトのテスト用のキャラなんです。その基本のイメージが、私のイメージを補正するから、簡単に創れるんですよ。ほら、大豆は畑の肉といいますし」
よくわからん言い訳を、ちっこいおててをふりふりしながら口にするネム。その脳内はおっさんに支配されており、ユグドラシルシステムとやらに支配されているエルフよりも可哀相だ。誰か解放してあげてください。
「はいはい。畑の肉ね。まぁ、何でも良いわ。倒した敵からダイヤモンドを回収しないと。正義のために悪の宝石は回収しないといけないわっ」
「なんか、日曜日とかにやる魔女っ子アニメにありそうなシチュエーションですね。そのセリフだけですと」
ネムも呆れて半眼になる。お互いを呆れる仲の良い二人である。まぁ、とりあえずはダイヤモンドを回収しますかと、ハンスちゃんをてこてこと動かして、倒れ伏すエルフの額から、ひょいひょいとダイヤモンドを外していく。
結構な数があるよねと嫌な表情になる怠惰なネムだが、ポンと手を打つ。
『豆腐素麺』
手のひらから豆腐素麺をたくさん作り出して、周囲に展開させてエルフたちの額からダイヤモンドを回収していく。手を抜くための小技はすぐに思いつく幼女である。
「ふんふんふーん。これなら薬草集めとかも簡単です。今度冒険者ギルドで薬草集めのクエストを受けましょう。俺、なんかやっちゃった?ってやりたいです」
器用に豆腐素麺を操り、手元にダイヤモンドを集めながら、異世界転移したら、やりたいテンプレの一つだよねと幼女はむふんと興奮気味に言う。
「あれって、確信犯よ。高校生とかでも、少し想像力があれば、ありえない量の薬草を集めればどうなるか想像できるでしょ。例えて言えば、スタジアムとかの売り子のアルバイトで、何千個もお弁当とかを売りさばくようなものだもの」
「チートがあったら見せつけたいのが心情ですよ。私も異世界転移系の主人公なら調子にのっちゃいますよ。奴隷は買わないですけど。奴隷から忠誠って絶対にないと思うんで」
傷ついた美少女奴隷? 私はそんな女の子がいたら助けることはするだろうが、それは別の方法でだ。優しい貴族とか、そんな誰かに引き取ってもらう方向で助けるぞ。隷属の魔法とかがかけられた人なんか反対に信用できん。何かの弾みに解除されたら刺されるかもしれないし、そこで忠誠を貰っても、その立場を利用したという後ろめたさから、壁を作っちゃうだろうから。
「まぁ、ネムのような女の子と違って、男は馬鹿だからね。ロマンと称して、奴隷の女の子の尊厳を躙り踏みつけたいのよ」
けっ、と静香が辛辣な言葉を吐くがそのとおりだろう。
「ま、まぁ、男はそんな馬鹿ばかりですもんね」
馬鹿な男代表、過去におっさんであったネムは口元を僅かに引きつらせる。あたちは幼女、5歳でちゅ。おっさん? 知らないですね。
「やったよ! えっと……誰?」
チートテンプレを話し合う二人に、真魚が喜びの表情で駆け寄ってくる。が、この人だぁれと不思議そうにもしている。
といやっと、ハンスちゃんモードを解除して、コスプレ幼女、ミニハンスちゃんに戻ってみせる。静香もサークレットから、ぽふんと幼女へと戻って地にトンと足をつける。
「わわっ! 白銀ちゃんになった! なにそれ?」
「おっさんが幼女になったっすよ!」
マナが目を丸くして、ゴン太が驚きの声をあげる。
「えっとですね……これはハンスちゃんモードで……そうですね、精霊の神を降ろしたんです。私は実は精霊の愛し子だったんですよ。悪用されている精霊を戻すために降臨したんです」
むふふと悪戯そうに微笑んで、平坦なお胸をそらし騙る幼女。
ハンスちゃんはパワードスーツだよとか言っても、どうしてパワードスーツがおっさんなの? なんで豆腐を使うのとか聞かれても困る。というか面倒くさいので、適当に答えるおっさん幼女である。
どうせ、他の世界の話だ。どんな設定でも構わないだろう。
「精霊って、嘘でしょ〜? 本当のことをちゃんと話してよね。とりあえずは、それで良いけど」
「精霊って、浅田コーポレーションが作った人工知能を持ったエネルギー生命体っすもんね」
適当な設定は早くも見破られた模様。タブレットで精霊のことを言っていたし、無理もない……か? んん? ゴン太は今なんて言った? エネルギー生命体?
「エネルギー生命体って、どういう意味ですか?」
「ん? ほら、ゴブリンとかですよ。奴らは水晶を核としたエネルギー生命体っす。一見すると普通の肉体に見えるっすけど、水晶エネルギーで動く生命体。ただ、肉体をエネルギーで構成されているから、肉体を破壊されてエネルギーが尽きたら死ぬんっすけど。あ、でもゴブリンは半エネルギー生命体っすね。コスト削減のためにクローン体に水晶を埋め込んでいるっすよ」
のほほんと答えるゴン太に、へぇ、そうなんだと何も考えずに感心するネムだが、静香はアホな幼女とは違った。
「待って。そうなるとエネルギーが続く限り、ユグドラシルシステムは自由に構成した精霊、エネルギー生命体を作れるの?」
「そうなるっすかね? でも今まではゴブリン以外は運搬用のノーム程度しか使ってなかったすけどね」
ゴン太はやはり助けてはいけない存在だったらしい。じ〜えむが涙目になるのが簡単に想像できちゃうよ。真実を知って驚くイベントがなくなるだろ。
「ここのエルフたち、300人以上はいたわ。敵はかなり思い切りの良い戦いを挑んでくるタイプよ。ハンスにエルフが敵わないと理解したら」
鋭い声音をあげる静香だが、遅かった。木々が大きく揺れ始めて
「見て! あの木が黒くなっていくよ!」
真魚が指差す木が真っ黒に染まり、枝葉を触手のように揺らめかせる。そうして枝葉に黒い宝石のような実が生って、地に落ちる。その実に黒いオーラが集まり始めると、肉が付き始めて、身体が形成され始めていく。
辺りを見ると、木々のほんの一部であるが、やはり黒く染まり、実が生って落ちていき、肉体を形成し始めていた。
「変身、ハンスちゃん!」
こりゃヤバいと、危機だけは真っ先に感知するキグルミ幼女は慌ててハンスちゃんモードへと変身するのであった。




