47話 ストーリーを破綻させるキグルミ幼女
朝である。木々の緑の匂いが身体を浄化してくれるような気分にさせる。ドカンドカンと小鳥の可愛らしい鳴き声がどこからか聞こえてきて、平和極まりない。
朝食はまだかなぁと、平和な朝を過ごすネムはお布団から起きてフワァとあくびをした。薄い敷物一枚だったので、身体が痛い感じがする。やはりこの世界、水晶エネルギーを抜かせば古代の暮らしをしていた。
麻の服を着ていたことから予想していたけど、木の床に敷物一枚を敷いて寝る習慣だったのだ。綿とかはこの森林では育たないに違いない。それか、そこまで量が採れないか。
敷物一枚はきついよ。幼女に対するデーブイだよと口を尖らせちゃう。ぽてぽてと寝室を出て、リビングルームに移動する。朝食は肉とキノコの料理なのかなぁ。
ここの生活って、いまいちわからない。詳細を聞くつもりもないけどと、あんまり肉とキノコばかりならお家に戻ろうかなと、オブラートよりも薄い意思を持つネムはおはようございますと、リビングルームに入った。
「真魚さん、今日のご飯はなんですか?」
「それどころじゃないよ! 外の騒ぎ見た?!」
元気だった昨日よりもさらに元気そうな真魚がネムに気づいて、駆け寄ってくる。
「外の騒ぎ? なにかあります?」
木窓の外へと視線を移すと、小鳥の鳴き声がドカンドカンとして、木々の合間から真っ黒な煙が漂っている。きっとあそこも朝食の準備なんだろうね。
そうに違いない。いっつふぁんだじー。
「いやいや、いっつふぁんだじーじゃないよ! カプセルに入っても、エネルギーを吸い取られなかったの! それに世界樹が爆発炎上しているんだよ!」
「エルフのゴン太が倒されたのに、カプセルに入ったんですか?」
コテンと首を傾げて不思議に思う。もしかして真魚って、エムな人?
「どうやら、ここの人たちは暗示を受けて、カプセルに1日に1度入るように深層意識に命令を刻まれていたみたいよ」
新たに入ってきた静香が後ろにゴン太を連れながら口を挟む。ほえぇ。よく考えられているな。
「改造されたあとに少し知識が埋め込まれていたっすよ。ユグドラシルシステムが一度でもカプセルに入ったら、次も入るように意識を操っていたっす」
「欠点は入るたびに暗示をかけないといけないところみたいね。今、世界樹は崩壊しているみたいよ」
ネムより早く起きて情報収集していた静香の言である。これ、あれだ。本来は助けることのできないキャラを助けちゃうと、情報が調べなくても手に入って、メインストーリーが崩壊してGMが嘆くやつ。本当はゴン太は死んでいたのだろう。
だけれどもよく世界樹が崩壊しているとわかったな。聳え立つ天をもつく神秘的な巨木はどこ? 昨日、見た感じではどこにもなかったんだけど。
「昨日も気になったんですけど、世界樹って、どこにあるんですか? 見える範囲にはいないんですけど?」
イメージ的に巨大な大木があると思うんだけど?
「ふふっ。目の前にあるじゃない」
妖しく微笑みながら、黒髪幼女は壁に凭れかかる。……世界樹が目の前に? へ?
屋敷は木でできており、水晶がそこかしこで光っている。目の前……。もしかして?
「周りの木々、全部世界樹なんですか!」
嘘でしょとぽかんと口を開けて、元々アホな幼女はもっとアホっぽく驚いちゃう。まじで? もしかして、竹みたいに根っこが繫がっている一つの木? この森林全部?
アニメや小説からすぐに世界樹の正体に気づく。アニメや小説からというのが、悲しいおっさん幼女の知識である。
世界樹って、天をつくような巨木じゃないの? イメージとだいぶ違うよ。
「え? もしかして当たり前すぎる常識だから、真魚さんは教えてくれなかったです?」
紙のゲームでよくある聞かなければ教えてくれないと言うパターンだ。常識すぎて相手が知っていると思いこみ教えてくれないのである。
たしかにそれだと水晶エネルギーがふんだんに使われているのもわかる。世界樹の団地の中に元から暮らしているのだからして。供給に苦労はしないわな。
驚くネムだが、一際大きな爆発音と地震のような揺れが襲う。
「なにがあったんですか?」
「わからないわ。なぜか急に木々が爆発し始めたのよ。心当たりな」
「ないです! これっぽっちもないです!」
静香の疑問に食い気味に答えるネム。焦ったように汗をたらりと流して、目にはマグロが住み着いているかのように泳いでいる。
私は潔白ですよと、紅葉のようなちっこいおててで顔も覆い、しゃがみ込む。
「エネルギー弁を付けていないからいけないんです。ちょっとカプセルの中で寝ただけの幼女に罪はないと思います」
犯人が早くも自白した。フカフカの椅子だったのがいけないのだ。力を吸い取られるかもと思ったけど、夜は大丈夫かなとネムの不思議理論で寝たら、カプセルに繋がるケーブルが爆発したので逃げたネムである。
どうやらネムの膨大なモニョモニョを吸い取ろうとして、耐えられなかったっぽい。乗れる乗れると、いい歳をしてブランコに座って壊してしまうおっさんの如し。
「なるほど、負荷に耐えきれなかったのね。これ、どうなるのかしら?」
窓から覗くと、今日はカプセルに寝ても、生体エネルギーだか、感情エネルギーだかを吸い取られなかった人々が感情豊かに表情を見せながら元気に右往左往して、騒いでいた。
「さぁ? すぐに修理されるんじゃないですか?」
他人事のように真犯人はその様子を眺めてケロリとして言う。相変わらず酷い幼女である。
「まだ水晶エネルギーは使えるよ! 朝ご飯作るね!」
「俺っち、猪とってきたっす。この森林はわんさか獣はいるんでして」
もう解体済みなのだろう。葉っぱに包んだ肉の塊をゴン太が置く。こいつ、軟禁されていたんじゃないの?
「ヘヘッ。世界樹が爆発し始めたんで、軟禁したせいかもと解放されたんすよ」
フヒヒと笑うチンピラゴン太。せこい性格はエルフにまったく似合っていない。
「まぁ、とりあえずは朝食食べましょうよ」
早くご飯ご飯と、幼女は椅子にちょこんと座って足をぶらぶら、手をふりふりとさせて言うのであった。
「はぁ、なるほどです。この森林は動物の楽園なんですね」
「うん、そこらじゅうにうじゃうじゃ動物がいるよ。熊、鹿、馬、兎に猪。豊かな植生だから」
「その代わりに畑はできないと。肉嫌いになりそうなレベルなんですね」
朝から猪のステーキを頬張りながら、毎日これだと飽きるかもとネムは真魚の話を聞いて思う。米や魚がないと元日本人としてはきつい。米でガツガツと食べたいのだ。メタボになりますよと注意されても、おっさんはお腹いっぱいに食べたいのだ。そして後で後悔してダイエットをするまでがパターンです。
「昔は肥沃な土地……動物の宝庫で、畑は作物が簡単に豊作となったんでしょうね。それが世界樹の暴走で、なくなったと……暴走なのかしら? 心当たりはないの?」
ちまちまと小さくステーキを切って、食べる静香が尋ねるが、真魚たちは顔を見合わせるのみ。心当たりはなさそうだ。
外の揺れと爆発音は収まってきている中で、暴走した理由は何なんだろうねと、キグルミ幼女もモキュモキュとステーキを頬張りながら考える。ユグドラシルシステムだっけ? 管理コンピューターって、だいたい曲解した指示を元に暴走するよな。なにかあるんじゃないかな?
「それじゃ反対に質問です。100年前、エルフに人間が改造される前に、なにか変なことありませんでした?」
「う〜ん。俺っちは30年ばかりエルフの記憶があるっすけど……歴史は詳しくないっすね〜。あ、でもエルフに改造する基準は知ってますよ。俺っちみたいに身体能力が高い人間です。そんなのを見つけたら、密かにゴブリンに命じて捕まえるようにしてました」
ポンと手を打つゴン太の言葉に、あぁ、そういうことと、ネムは理解した。
「わかりましたよ。脳筋な人間を駆除するためじゃないですかね? 頭の悪い人間はいらないとか」
そうだとすると、真っ先に駆除されそうな幼女の言葉である。
「脳筋はともかくとして……良いところついているのかもしれないわ。もしかして、この人たち新人類なのかも」
「新人類? そういえばここの人たちはスルスルと大木を平気な表情で登ってましたね?」
静香の言葉にネムも考えようとするが諦める。
「どうやら、すぐに答えは見つかりそうです」
遠吠えがそこかしこから聞こえてくる。辺りに獣のような叫びが聞こえてくるのだからして。
「静香さん、銃を持っていないです!」
「ハンマーで頑張ってね、ネム」
豆鉄砲でも良いよと答えるが、静香はニコリと微笑んで銃をくれなかった。ちくせう。私は指を食いちぎられはしないぞ。幼女の指はどんなものより尊いのだ。
「あわわわ。なにあれ?」
「エルフたちが……ゴリラみたいに迫ってくるっす!」
真魚とゴン太が窓の外を見て、あわわと焦る。たしかにねと、外を見ると高速で枝を走り、幹を蹴り、接近してくるダークエルフたちの姿があった。
なんだか、端正な顔を歪めて狂ったような表情である。知性がなさそうな感じ。
「ユグドラシルシステム……壊れちゃいましたです?」
誰よりも狂っている可能性の高いおっさん幼女は、ジト目で獣のように唸りながら迫ってくるダークエルフたちを見て、こめかみから冷や汗を垂らしちゃう。
「少なくとも思考制御はあまりできていないみたいね。でも良かったじゃない。住民をガン無視して、こちらに来るわ」
静香が嬉しそうに言う。ダークエルフたちは戸惑う住民たちに見向きもせずにこちらへと駆けてくる。どうやら幼女たちを苛めるつもりらしい。
「ゴン太からの戦闘情報を手に入れているとしたら、対抗策がありそうなんですけど」
ネットワークが繫がっていそうなんだよなぁ。その場合は、こちらの戦法を知っていそう。水の世界の敵みたいに、アプローチを変えて攻めてくるに違いない。
「ネムは拘束系、氷、水に弱いものね」
「あと、お饅頭も怖いですよ。そろそろ甘味が欲しいです」
二人の幼女は軽口を叩きつつ、よだれを垂らし、眼を充血させているダークエルフたちを見る。四つん這いになって、まさしく獣のようにしているが、その手に黒いオーラを纏わせている。なんか、あのオーラが嫌な予感がします。
「真魚さんたちは避難していてください」
「俺っちもやりますよ! これでも元エルフ! 弱くなったけど力は」
ゴン太がその手に白い光を纏わせて戦うと意気込むが
「あ、そういうのいらないんです。ボロボロになって死んで貰っても困るんで、さっさと逃げてください」
手をひらひらと振って、幼い身体でむふんと胸を張る。
「幸い、支払いには困らなそうですし」
「そうね。ダイヤモンドの群れがやってくるのだものね」
じゅるりとよだれを拭う宝石幼女。ダークエルフたちよりも、こっちの方が獣のように見えるのは気のせいかな?
戸惑う真魚とゴン太へと、ニヤリとキグルミ幼女は悪戯そうに笑ってみせる。
「キグルミの真の力を見せちゃうので、よく見える場所で眺めていてくださいです」
そういうと、得意げに豆腐ハンマーを持ち上げて見せるのであった。




