46話 木の世界の現状を知るキグルミ幼女
ポチャンとお湯が湯船に落ちる。辺りに温かな湯気が揺蕩う中で、幼女は湯船に入って、微睡みの中でのんびりとしていた。
「あ〜。気持ち良いです〜。やっぱりお風呂は良いものですよね」
木の匂いがして、この湯船は良いものだとネムはお湯をパチャパチャと弾く。汚れもとれて、キレイキレイな幼女へと戻ったのだ。残る汚れはおっさんの魂のみだ。どの石鹸を使えばよいのだろうか。
「う〜ん、これほどとは思わなかったわ。この地域全体がそうなのかしら?」
ゴシゴシと頭を洗っていたもう一人の幼女静香がもこもこと泡だらけになりながら言う。
「そうですね。なんというか……。オール電化住宅は便利?」
「この場合はオール水晶エネルギー住宅なのかしら? また聞いたことのあるエネルギー名よね」
呆れたように天井を見ると、壁自体が煌々と明るく浴室を照らしている。驚くなかれ、ネムたちはお風呂に入っているのだが、原始的に薪とかでお湯を焚いていたりするわけではない。小さな水晶から生み出されるエネルギーにより、お湯も明かりも作られていた。壁に地球でもあったようなタッチパネルが備え付けてあるのである。追い焚きもできる模様。
なぜ水晶エネルギーだとわかったかというと、タッチパネルに水晶エネルギー使用と書いてありました。しかも日本語です。
「木の上で暮らすなんて、どうやっているかと思ったら、水晶エネルギーに頼り切りだったんですね」
「そうね。クリーンそうに見えるけど……。これは不完全かもしれないわ。全部ダイヤモンドにすれば良いのに。あのエルフの額についていたダイヤモンドは天然物だったのよ」
「そうしたら乱獲する人がでるでしょ。ここの人たち、全員暮らしていけなくなりますよ」
つまらなそうに言う静香に苦笑する。静香はシャワーで泡を流し落としながら、疑問を口にした。
「それはそのとおりだけど、ここの人たちはそもそも水晶エネルギーとやらが原因で過酷な生活になっていると思うのよ」
私も湯船に入るわと、んしょと入ってくる黒髪幼女の言葉に頷く。
「そうですよねぇ。なんというか……明らかに世界樹は暴走しているでしょ、これ」
呆れながらも思う。
私も幼女だからセーフ。そういえば、静香におっさんが転生したとは言ってなかったなぁと。この秘密は誰にも言わないぞと改めて誓うことをネムは決意した。
おっさんとお風呂に入っているとバレたら静香に殺されるかもしれないので。
まったりとしながらも、それを思うと背筋が凍る思いのキグルミ幼女であった。
世界樹の暴走? それよりも大事なことがあるのだよ。
「あ、出た〜? 夕ご飯作ったよ!」
タオルで頭をふきふきしながら、リビングルームに戻ると、真魚がテーブルに料理を置きながら笑顔を見せる。このリビングルームも天井が明るい。
木の上の家々はほとんど小さな小屋であるが、この家だけ小さな屋敷レベルだ。しかもその全てが水晶エネルギーとやらで賄われている。他の小屋はそうではないのに。
まぁ、これだけ贅沢なのはエルフの屋敷だからなんだけど。ゴン太の家を貰ったのだ。ちなみにゴン太は軟禁されています。今までやったことを考えると、それでも優しい対処だろう。普通は殺されているだろうし。なにせ、気分で人を殴ったり、女を攫ったりと、好き勝手やっていたらしいし。
好き勝手……嘘くさいけど。詳しくゴン太のしたことを聞かないといけないなとネムは考え……すぐに思考を放棄した。お腹がペコペコ幼女なのであるからして。
「鹿肉のソテーに、兎肉とキノコのシチューだよ!」
美味しそうな料理が湯気をたてて、お皿に乗っかっているので、よじよじと椅子に座って、いただきますとフォークとナイフを持つ。ペカリンと輝くような笑顔で小さいお口に料理を運んでモキュモキュ食べる。
幼女がちまちまと食べる姿は可愛らしい。その姿を見て真魚も食べ始める。もちろん静香もモキュモキュ食べている。
「美味しいです! でも、お米やパンはないのです?」
肉にはご飯。シチューにはご飯。とりあえずご飯なネムは期待は持たずに尋ねる。
「あ〜……外の世界で食べられている物だよね? 教科書で読んだことあるけど、この地にはないの」
ごめんねと申し訳なさそうに答える真魚に、いいんです、聞いてみただけなのでと、手を振って慌てちゃう幼女。うん、森しかないから期待はしていなかったよ。あと、塩の味もほとんどしないんだけど、それも黙っておくよ。幼女は心遣いができるんだもん。
「ねぇ、この地は肉とキノコばかりなの? なぜ森林を切り開かないのかしら? 開拓すればいい話じゃない?」
心遣いという言葉を辞書に載せたことがない、もう一人の幼女がソテーを食べながら真魚へと視線を向ける。
「あ〜……ここは世界樹があるから、植物の成長が早すぎるんだ。だから無理なの」
ポリポリと頬をかき、気まずそうに言う真魚から、ネムへと視線を向けてくる静香。聞く気はないのになぁ、流れのままで良いじゃんと思いながら、渋々真魚へと聞く。
教科書とやらを見せて欲しいと。
食べ終わって、居間に移動したネムたちは、目の前のタブレット端末を見て呆れていた。なるほど、木の上で暮らすには高度な科学力が必要なのだと、呆れていた。ふぁんたじーは息をしていなさそうだ。
「これをこうして……。この目次からだよ」
真魚がタッチパネルを手慣れた様子で操作する。パパっと画面が遷移すると、小さな金髪の人形が出てきた。
「やぁ、浅田76エリアに住まいの皆さん。この地を満喫して平和に暮らしているかな?」
音声付きらしい。人形は動かなかったが、音声がタッチパネルから聞こえてくる。
「浅田コーポレーションは水晶エネルギーを利用した精霊を開発。管理コンピューターのユグドラシルシステムを搭載した世界樹を作りました。世界樹は周囲のエリアの植生を守り、水晶エネルギーにより作られた精霊により肥沃な土地へと変えます。この画期的なシステムは、汚染された地球が回復次第、稼働します。多くの動植物の遺伝子も確保済み」
テレテレテレ〜と画面が遷移して、でっかい木が映りだされる。こんなの見たことあるぞ?
「きっと宇宙から帰還した人々は我先にとこのエリアに来るでしょうが、ご安心下さい。停滞空間にて寝ていた皆さん! 貴方達だけがこのエリアに住むことが可能なんです! 侵入者を迎撃する兵器も万全です。さぁ、新たなる生まれ変わった世界を謳歌してください。浅田コーポレーションでした!」
ちゃらっちゃら〜と画面が終わる。最後に浅田コーポレーションとロゴマークが表れていた。
うむうむ、わかっちゃったぜとネムは静香と視線を合わす。その考えは同じだ。
「76はクソゲーです」
「あのゲームの持ち味を全部消していたものね」
ウンウンと頷き合う幼女たち。その心はただ一つ。オンラインゲームにするなら、クラフトとかフラグたてをきちんとして作ってほしかった。ただそれだけだ。
「え? クソゲー? なに?」
ハテナマークを瞳に宿した真魚が不思議がるので、こほんと小さく咳払いをして、大人ぶる幼女。
「間違えました。これ、実験場では? こういうの聞いたことあるんです。それぞれ違う場所で異なるアプローチのシェルターを作っている企業のこと。で、ほとんどのシェルターは全滅しました」
ゲームの話を現実に混ぜるキグルミ幼女。真実味がある口調なので、真魚はそんなのがあるのと驚いていた。静香はオネムなのか、ふわぁとあくびをした。
「私たちが復活したのって、300年ぐらい前らしいの。その時はまだ平原もあって、肥沃な土地だったって記録にあるのよ。でも100年ぐらい前から、一気に森林が広がって、それと共に精霊の加護と言うやつでエルフに改造される人たちが現れたんだ。ゴン太の言葉でゴブリンに捕まって改造されたって、初めてわかったから精霊がなんなのかもわかってきたけど!」
「あぁ、あのエルフを普通の人が倒すのは無理ですもんね。今までは精霊の加護を貰ったとダークエルフが騙っていたんですね。精霊……。あのエネルギー波を放つのが精霊魔法ですか……」
野菜人たちでも精霊使いになっちゃうよと思うが、真実がわからないならば、ダークエルフの言葉を信じる他ないのか。でも税金ってなんだ?
「肉だらけですけど、税金ってなんですか? 現物で支払っているのです?」
「税金はね……こっち来て」
嫌そうな顔になって歩き出す真魚。わかるよ、税金って嫌な言葉だものねと、てくてくとついていく。静香はぽてんとソファに横になってスヨスヨ寝ていたので置いてきた。
ある部屋へと案内されると、そこにはいくつものクリーム色のカプセル型の椅子が置いてあり、ケーブルが接続されて、床下へと続いている。うん、これを見ただけで、なんとなく想像できます。
「これに毎日1時間入るの。そうすると、私は比較的大丈夫なんだけど、他の人たちはくたびれきって、無感情になっちゃう。……無気力になって自殺する人たちも多いんだ。それに自分の傷に無頓着になって、食事をとらなくなるし」
「この椅子が生体エネルギーを奪い取っているんですね。水晶エネルギーの源泉ですか」
「エルフが産まれた街……。ううん、エルフに改造された人たちの生まれ故郷は税金はそこまで酷くないんだよ。だから、なんとしてでもエルフになりたかったんだ……」
悲しそうに俯く真魚。こんな世界なら、水晶エネルギーとやらは必須だろうが、えげつない税金である。集落が緩やかに滅びそうなシステムだ。
自分たちを虐げてきたダークエルフが倒されたのに、そこまで騒ぎにならなかったのは、それだけ生体エネルギーをとられていたからだろう。怒る感情がないのだ。……生体エネルギーであっていると思う。小説やアニメでありがちなテンプレだし。
「ん〜………。この世界。クリアは面倒そうです。とりあえずは、敵もアクションを起こしませんし、寝ましょう?」
幼女はオネムなのだ。お風呂に入って、ご飯を食べて、もう暗いし。
「そうだね。こっちが寝室だったかなぁ? 新しい布団を探すよ」
落ち込んでいた真魚は気を取り直すと、てってけ歩いていった。その様子を見ながら、この世界は水晶エネルギーは凄いけど衣食は古代レベルだからなぁと考える。硬い平安時代の枕とか出してこないよね?
そう思いながら、ちらりとカプセルを見る。近未来的なフォルムのカプセル型ソファだ。寝台と言っても良いかもしれない。
「意味はないんですが、独り言なんですが、カプセル内のソファはフカフカそうですね」
危険っぽいから近づかないけどと思いながら、てこてこと歩き去るのであった。
夜更けにドカンと爆発音がして、第8区画のどこかが吹き飛んで、カプセル型ソファに入っても、エネルギーは吸収されなくなった。なぜかは不明である。




