45話 木の上の都市とキグルミ幼女
「ようは、イメージする時にいきなり水とかをイメージするのではなくて、エネルギーとしてイメージするのが大切だったんですね」
「ふふっ。なるほど。元となる素材をイメージしないといけなかったのね。豆腐やOSは最初からエネルギーの塊をイメージしていたから創造できたと。私からのイメージ伝達時もエネルギーのイメージは最初から入っていたものね」
そうなのだ。意識はしていなかったが、豆腐は何も考えずにエネルギーの塊を意識した。白い物体。単純にそんな形だったので苦労せずにエネルギー▷豆腐と変わっていたのだ。さすがは豆腐。どんな料理に入れても自己主張しないエネルギー素材だよね。
「ふふん。これで魔法を使い放題ですよ。練習すればですが。修復のイメージをしたのに服が消滅しちゃいましたけど……」
服が消滅したので、仕方なく創り出した豆腐の服を着込むネムは悲しげな表情ながら得意げになるというよくわからない表情で静香と話していた。どうやら練習必須らしい。もう魔法は自由自在に使えるよと、ボロボロの服に得意げに修復イメージを与えたら消滅したのであるからして。
エネルギーの負荷に耐えられなかった模様。これは治癒魔法などは使えないと冷や汗タラリのネムである。繊細なイメージは変わらないみたい。
魔法を使う際になぜ構文が必要か、なんとなくわかったよ。漠然としたイメージではなくて、確固たるイメージにするためなのだろう。昔の人がそういうふうにイメージ付けしたに違いない。理論わからんけど。
「さて、この自称エルフを助けないといけないわね。はァァァ〜、スターダイヤモンド!」
倒れているダークエルフ。その側に静香は立っており、気合いを入れて額のダイヤモンドを取ろうとしていた。幽霊的存在はないが、切れ味の良いナイフはあるのよと、宝石幼女はキラリと光る軍用ナイフを手にしていた。物理的にダイヤモンドを取り外すつもりらしい。相手の脳が傷つくことに躊躇う様子はない。まぁ、死んじゃっても気にしないだろうことは間違いない。けど……。
「必要ないみたいですよ」
ツンとネムがちっこいお指でダイヤモンドをつつくと、ぽろりとあっさりと外れて地に落ちた。
「あら?」
「さっきまで、このダイヤモンド真っ黒だったじゃないですか。私の豆腐エネルギー波を受けたら透明なダイヤモンドになったんですよ」
「そうだったかしら? ダイヤモンドだとわかって興奮して記憶がないわ。ブラックダイヤモンドは高価だけど……フローレンスの方が良いわね」
呆れる答えをしてくる静香。堂々とした態度なので、こちらが気まずくなるほどである。
「でも、体内にもダイヤモンドがあるかもしれないわ。ダイヤモンド魔石で動いている人形かも」
「人っぽい動作でしたけど……可能性は否定できないです」
エルフの体内にダイヤモンド……心臓がダイヤモンドかもと解体しようと、静香が手を振り上げて、ナイフをキラリと光らせる。
「まっ、待ってくださいっす! 生きています! 俺、生きてますんで! 体内にもダイヤモンドの魔石? とかで動いていないんで!」
その挙動を見て、慌てたように起き上がり土下座を目の前のエルフはしてきた。綺麗な土下座で80点をあげて良いかもしれない。
ガタガタ震えるエルフ。先程の豆腐波を受けて死んだわけではないらしい。というか……。
「ね、ねぇ? エルフの肌が白くなっちゃったよ! 筋肉もなくなって貧弱になってるよ!」
真魚がネムの服をクイクイと引っ張って驚いている。周りの人々も同じくザワザワとざわめいて驚いていた。
無理もない。さっきまでの大柄な体格の黒い肌のダークエルフから、ヒョロリともやしのような痩せた体格に、肌も白くなり、ネムの知っているエルフへと姿を変えていたからだ。
「下位互換種族に堕ちちゃいましたよ」
「耐性マイナス4ね」
ダークエルフの方が上位種族なんだよと容赦のない二人の幼女である。
「どうやら指向性がないエネルギーだったから、ダメージを与えられなかったんですね」
そう。目の前のエルフは豆腐波に貫かれたのに、服に穴もない。たんにエネルギーが身体を通り過ぎただけらしい。いや、たんにではないか。浄化したんだか、洗脳を解いたのかわからんけど、たぶん健常に戻していたのだ。
「その姿が貴方の本当の姿だったの?」
静香がチッと舌打ちをしながらナイフを消す。ビクリと身体を震わせて、下げていた頭を持ち上げて卑屈に笑うエルフは首を横に振り否定する。
「いえ、俺はこんな姿じゃなかったです。名前はゴン太と言います。普通の平凡な人間でして……ちょっと他人よりパワーがあっただけです。ある時、ゴブリンに襲われて、逃げたんですが……捕まって、それから記憶がありませんでして。気づいたらエルフとして人々を支配していました。そのへんの記憶はありまして……」
「正直者ですね。まぁ、だいたいわかりました。木の上に連れてってくれるんですよね?」
「良かったわ。登るの大変だと思っていたのよ」
「へ?」
正直に答えた結果がどうなるか覚悟をしていたエルフのゴン太は、語るゴン太のセリフを気にする素振りを見せることなく言ってくる二人の幼女の言葉にキョトンとして……そうして……。
「ぜはーっ、ぜはーっ! ちょっ、ちょっときついっす」
「お〜、さすがは人よりも筋肉があるというだけあります。ありがとうございますです」
「あのネットを登らないといけないと思ってたから助かったわ」
ゴン太の肩に豆腐ロープで抱えられていたネムと静香は、んしょとロープを消して汗だくになっているゴン太から降りる。
「おぉ〜。絶景ですね」
「これぞふぁんたじーというところかしら」
目の前の景色に、ちっこいおててを額につけて、感動の声をあげるネムたち。ゴン太の肩に乗って、楽をしながら木の上に来た幼女たちである。ひ弱な体格になったが、それでも幼女たちを運びながら100メートルを越える高さの木の上まで運べる身体能力をゴン太は持っていた。
周囲の人々よりも早く登ってきたから、常人の身体能力ではない。というか、ここの人たちも登る速度は遅いが、登り切るので、一般人の身体能力ではない。おっさんの場合は登る素振りすら見せずに体調悪いんでと、帰宅してしまうだろう。
眼前には、人の胴体よりも太い木の枝葉が組み合わさった床が広がっていた。一面がそうなっており、家々がその上に建てられている。ふぁんたじーでしかあり得ない住居だ。物理的強度を木の枝は越えているに違いない。
「ま、待っててね! すぐに長を呼んでくるから!」
真魚が追いついてきて、こちらへと声をかけると走っていく。先程周囲にいた人々もチラホラと登りきり、周りの人間へとなにが起こったのかを話し始めていた。
「ねぇ、ネム。真面目に考えると、この状況はどう思うかしら?」
話の経緯を聞いた周囲の人々が、汗だくになって、ついに倒れ込み休んでいるゴン太を見て、ついで私たちを見て驚きと戸惑いの表情を見せる中で静香が聞いてくる。
真面目にねぇ……と、幼女は半眼になり、細っこい腕を組んで、ウンウンと考え始める。正直、流れのままで良いじゃんとは思うのだが
「この世界は私のいたずらがバレないようにって、祈った世界なんです。どこらへんが、いたずらがバレないようにできるんですかね?」
コテンと首を傾げちゃう。今のところ、私のいたずらがバレなくなるアイテムとか欠片も見えないよ?
「そんな抽象的なイメージで祈ったのね……でも、これまでの指輪の効果から、すぐそばになんとかできる力があると思うわ。私も想像もつかないけど」
先程手に入れたダイヤモンドが関係しているかもと静香は勘付いたが、知らぬふりをした。あと244個程手に入ったら教えてあげようと考える、慈悲深い魔女っ子なので。
「あの……意見いいっすか? 貴女たちは何者なんっすか?」
ネムたちの言葉を盗み聞きしたのだろうゴン太が挙手するが、二人の幼女は気にせずに話を続ける。
「真面目に言いますと、ゴブリンもエルフも同じ穴のムジナですよね。なにかに操られているっぽいです」
245号とか、あからさますぎるだろ。最低でもあと244人はエルフは存在している可能性あり。
「そうね。ふふっ。今回も一筋縄ではいかなそうだし、気をつけないとね」
妖しく笑う静香であるが、嬉しくないです。
「一本道のルートしかないストーリーで良かったんですけど」
ゲームなら、サブクエストがあったり、リドルがあっても、サブクエストならクリアして無駄にレベルを上げてラスボスを楽勝に倒せる力を手に入れる。リドルならもちろん攻略サイトを見るつもりのネムは嘆息する。楽な難易度を希望したいおっさん幼女なのだからして。酒を飲みながら遊べる難易度が良いなぁと、遠くから走ってくる人をみて、無理かもしれないと思うのであった。
どうもどうもと、ペコペコと幼女に頭を下げてくる長という者に案内されて、一際大きな扉に辿り着いた。
もちろんぞろぞろと、痩せ衰えた人々も後ろからついてきていた。ネムたちがエルフを倒したことはあっと言う間に第8区画に広まった模様。
全てが木で作られている小屋の中に案内されたネムたち。小さな小屋なので、窓から押すな押すなと人々も覗いていた。正直恥ずかしい。
顔を紅葉のようなちっこいおててで隠しながら、てれてれと照れちゃうキグルミ幼女。その可愛らしい姿に人々はわあっとどよめく。
「可愛らしい幼女ね」
「あの幼女が精霊の力でエルフを倒したらしいぞ」
「見ろよ、黒い肌じゃなくなって弱そうだぞ。あれなら倒せそうだ」
「頭を撫でて良いのかしら」
撫でても良いですよと、カウボーイハットを脱いで、てこてこと、窓に近寄ろうとするアホな幼女の襟を静香が掴んで引き戻す。
「ありがとうございます、聞けば外の方々とか。飛行機が墜落したと聞いております。この度はエルフを退治して頂きありがとうございます」
長と名乗る初老の老人が深々と頭を下げてくるが、はて?
「あの、なんで飛行機の存在を知っているんですか?」
目の前の老人は麻の服だ。木の小部屋に、高い文明はまったくない。木のテーブルに木の椅子。調度品は獣の骨とか毛皮である。ふぁんたじーに相応しい雰囲気の部屋だ。
なんで飛行機という言葉に疑問を覚えないわけ? そういえば真魚も不思議には思わなかったと思い出す。
「あぁ、この地に最後に来たのは50年は前ですものな……。それもエルフに撃墜されて……」
くうっと、悔しそうな眼差しをゴン太に向けるので、幼女の小さな身体の後ろへと隠れようとするエルフ。情けないことこの上ない。エルフってプライドが高いんじゃなかっけ?
「エルフたちは精霊の加護とやらで、銃すら通じませぬ。それを倒すとは……。もしや、外の世界では精霊の加護に対抗する技術が開発されたのですかな?」
期待を持った表情の長が尋ねてくる。
あ〜、なるほどねと納得した。どうやら純粋なふぁんたじーの世界ではないっぽい。
とりあえずは、ここの情報を集めるしかないだろう。なので、キグルミ幼女はニパッと微笑みながら
「とりあえずお風呂あります?」
街なんだからあるよねと、お願いするのであった。ゴブリンの返り血でベトベトな感じがするんだもん。幼女は綺麗好きなのだ。




