44話 ダークエルフはエルフの上位種族だと思うキグルミ幼女
目の前のエルフ? はチンピラのようにガンをつけてきた。ネムの苦手なタイプである。強者然とした相手よりも、こういったチンピラっぽい相手の方が怖い中の人である。なので、誠心誠意謝ることにする。幼女の上目遣いからのうるうるオメメな謝罪だ。
「ごめんなさい。あまりにもチンピラさんが間抜けな格好になっているので、つい口にしちゃいました。ところで、なんで245号なんですか? もしかしてサイボーグ? 間抜けな格好に間抜けな名前とは受け狙いですか?」
謝っていなかった。煽っていた。幼女はついつい本音を口にしちゃうらしい。純真な心だからね。仕方ないよねと、真っ黒な心を持つネムは言い訳をします。
もちろん、相手は、いいよいいよ、幼女だから仕方ないよなとは許してくれなかった。というか真っ赤に顔色を変えて激昂した。心の狭いダークエルフである。
「どこのどいつか知らないが、死んどけやっ!」
不良まんまのセリフを吐いて、拳を腰だめにするオベロン245号。そうして、ドンッと土を弾かせて地を蹴り迫ってくる。その速度は先程のボスゴブリンより速い。
おおきく振りかぶって、容赦なく殴ろうとしてくる。その様子を静香以外の人たち。すなわち真魚たちは見ていない。速さに動体視力が追いついていないのだ。
音速に近い動きだが、ネムは先程のボスゴブリンの戦いで、近接戦闘に少し目が慣れていた。素早く豆腐ハンマーを盾代わりに敵の拳の前へと構える。自称エルフは自身の速さにネムがついてきていることを知り、怒りの表情を驚きに変えながらも、拳を繰り出すのをやめなかった。
まだふやかしていない硬い高野豆腐の如きハンマーの柄。拳をぶつければそれなりに痛いはずなのに、躊躇うことなく振り抜いてきた。メシャリと音がして、僅かに豆腐ハンマーの柄がしなり、ネムは身体がふわりと浮き上がり、トラックに当てられたような衝撃とともに吹き飛ばされた。
力はともかくとして、幼女の小さな体躯と軽い体重では、自称エルフの怪力を受け止めることができなかったのだ。
風に白銀の髪をバタバタと煽られながら、ネムは勢いよく壁のような太さの幹に叩きつけられそうになるが、くるんと一回転するとちっこい足を幹へと踏み出す。ドパンと幹が衝撃でおおきくクレータのように削られる中で、ハンマーを振りかぶって、その反動で敵に向かって戻る。
「NOS起動!」
瞬時にネムOS、略して脳筋OSを創造して、自分をサポートさせる。略した方が名前が長いとか、本当にOSなのかという質問は、おっさんは思い込みが激しかった、自己暗示が酷かったとだけ答えておこう。たんに自分に都合の良い記憶を捏造するのが得意なのかもしれない。
ただし、起動し続けると、昼寝がしたくなるので、長時間使うには根気が必要だ。ネムは根気って、大根の一種ダヨネと嫌いな言葉ランキングに入る言葉のために、長時間使用は無理かもしれない。努力、根性、サービス残業は大嫌いな言葉なのである。好きな言葉はボーナスと有給休暇でした。
なんにせよ、急激に体術レベルを上げたネムは、見事に態勢を戻して敵へと迫る。
「ぐっ! てめえっ!」
ハンマーを片手をかざして受けとめながらエルフは唸る。ネムの大岩すらも砕く威力の一撃を防いだ腕は、吹き飛ぶどころか、折れてもいない。多少赤くなって痛みを感じたのだう、顔をしかめていた。
ネムも可愛らしい顔をしかめてしまう。今のはほとんど手加減なしの一撃だったのに、あまり効いていないのだ。少なく見積もっても、敵の身体は小枝のように折れ曲がるはずなのに。
容赦のない一撃を入れたのだ。非道かもしれないが、明らかに自分を殺すつもりの敵に手加減する気はない。幼女らしからぬ冷酷さを見せて、長大な豆腐ハンマーを体を回転させて、振り回し連撃を入れていく。
くるくると体を回転させて、振るうネムの金属塊の暴威を自称エルフは腕でガードをして僅かに下がるだけで防いで見せる。
「てめえっ! まさか精霊の加護を持ってんのか?」
幾度目かのハンマーの攻撃を、バシッと手のひらで受け止めた自称エルフ。マジかよとその威力を知るだけに驚くが、抑えられたハンマーを引き寄せられて、今度は自称エルフの拳撃をネムは食らう。
ハンマーを手放して、ちっこい腕でガードをするが、やっぱり体重が軽い幼女はボールのように吹き飛ばされる。だが、先程と同じく体を回転させて木の幹を踏み台におててを握りしめて殴りに戻るネム。
今度はガードをされたら、着地して蹴りを混ぜながらの攻撃を繰り出すネム。ちょこまかと小さな体躯が踊るように自称エルフを攻撃していき、自称エルフも負けないとばかりにネムを殴り蹴る。
スーパーボールみたいに弾かれても、平気な顔で無傷で戻ってくる幼女に、自称エルフも驚きつつ対抗して攻撃を続けるという光景となる。
「あ、あの、白銀ちゃんは何者なの? ゴブリンの時もそうだったけどオベロンに対抗できるなんて!」
目で追うことも難しい高速で繰り広げられる激しい戦闘の光景を見せられて信じられないと驚愕の表情になる周囲の人々。その中で真魚が静香に声を震わせて尋ねるが、宝石幼女は難しげな表情で腕を組んでいた。
「わかったわ。ゴブリンもエルフもマテリアルエネルギーを体に循環させているんだわ。ネムの下位互換。『ひっとぽいんと』の上位互換みたいなものね。『闘気』と『ひっとぽいんと』を掛け合わせた存在ということかしら? それが『精霊の加護』なのね」
素早く敵の正体を静香は解析した。対抗する方法はというと……。何があるかしらと小首を傾げて考え込む。いくつか方法はあるのだけれども……。
「ま、マテ……なに? 『闘気』? 『ひっとぽいんと』? 精霊の加護の秘密がわかったの?」
真魚が呟いた静香の言葉を気にして尋ねてくるがガン無視して考える。継続的な状態異常が必要だが、ネムには使えないのだからして。まぁ、額に輝く水晶が……んん??????
静香が目を細めて、疑問の表情になる中で、自称エルフは終わりのない戦闘に苛ついていた。腕も足も目の前の幼女の攻撃により赤くなって腫れており、痺れるような痛さを感じる。すぐに治るはずだが、自己再生が追いついていない。
対する幼女はというと、信じられないことに傷も負っていない。強力な敵だ。水晶エネルギーをその身体に宿している。外部リンクからのエネルギーをジュシンシテイルヨウスハナイ……。ハイジョシナケレバナラナイ……。
どう倒そうかと考えていた自称エルフの瞳は暗く濁っていき、その表情は感情などなかったかのように無表情へと変わっていく。
もちろんネムもその表情に気づいた。さっきまで憤怒で端正な顔を歪めていた自称エルフの表情が変わったのだから。幼女に対して殴る蹴るという暴力を振るったことに罪悪感を持ったのかしらん? 今ならお巡りさんにこの人は無期懲役で許してあげてくださいととりなしてあげてもいいよと、上から目線で思考するネムである。通常は幼女を殺そうとすれば死刑だよね?
だが、自称エルフは、こちらの拳をガードするのではなく、腕を振り払い受け流してきた。先程とは僅かに動きが違う。
「ていていてい」
地面に着地すると、すぐに自称エルフへと再び飛びかかるが、腕を振るいペシペシと受け流されて、弾かれてしまう。
「パワーアップです?」
挙動の変化に尋ねるが、自称エルフの瞳は意思の力を感じさせない。なるほど、アニメや小説で意思の力を感じさせない瞳って、見てわかるものかと疑問に思ったが理解した。ぼーっとしているのだ。激しい高速の戦闘にあって、それはおかしい。
勉強になったなと、新たなる無駄知識を仕入れた幼女であるが、敵が大きく飛翔して間合いをとったことに、口元を引きつらせちゃう。
「あの、そろそろ喧嘩はやめませんか? 私、謝りますので」
ペコリと頭を下げるよ、何だったら土下座でもと思うネム。
「イジョウシンカタイノカノウセイアリ。ハイジョシマス」
感情の籠もらない声で、手にバチバチと黒いエネルギーっぽいのを集めているので。なにあれ?
漆黒のエネルギーが自称エルフの手にどんどんと集まっていく。なんだか物騒な力を集めているよ? とっても嫌な予感がします。
「ハイジョシマス」
漆黒の力を集めた手のひらをこちらに勢いよく向けてくる。手のひらから漆黒のエネルギー波がネムへと向けて放たれる。人を簡単に包み込む程の大きさの膨大なエネルギー波がその途上にある草を焦がし、空気を震わせて迫ってくる。
キュインと音がして、漆黒のエネルギーは一本の焦げた道を作り出し、ネムへと命中すると周囲の空気を震わせて、辺りに響き渡る爆発音と共に大爆発を起こすのであった。
「……ハイジョカクニン……」
砂煙がもうもうと辺りに巻き起こり、視界が塞がれる中で、自称エルフは腕を下げながら戦闘を終えようとする。
その爆発に巻き込まれたら、さすがの幼女も死んじゃうだろうと真魚は悲しげな表情になる。エルフに対抗できる人だと思ったのだから……。
だが、自称エルフはピクリと身体を震わせる。砂煙が収まったあとには、3メートルぐらいの崩れかけた白くて丸い物が鎮座していたからだ。
『丸豆腐障壁』
ポソリと小鳥の鳴き声のような可愛らしい声が聞こえると、白い物体は溶けるように消えていき、パンパンと服の汚れを取る幼女の姿があった。
「白銀ちゃん!」
「ネムッ!」
真魚と静香が安心したように声をあげる。
「私は大丈夫です。この程度ならびくともしません…服以外……またボロボロになりました……」
どうしよう、また服がボロボロだよと悲しい幼女であるが、良かったと真魚は安堵する。
「そんな心配はしていないわ! それよりも聞いて! 最初はエネルギーの塊にしか見えなかったから気づかなかったけど、あいつの額についているのダイヤモンドよ! 早く倒してっ! 逃したら駄目よ、正義のためにっ!」
ダイヤモンドよ、ダイヤモンド! とぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ正義の魔法幼女静香。
「語尾に正義のためにとつければ何でも誤魔化せると思わないでくださいよ。でも、今の攻撃で倒し方はわかりましたよ」
こちらを何を考えているのかわからない無表情のままで見てくる自称エルフに顔を向けて、ふふっと幼女は可愛らしく微笑む。
「エネルギーって、構文がなくても使えるんですね。何かの形にしないといけないと思っていたから盲点でした。たんに身体から出すのではなくて、エネルギーとして最初からイメージすれば良かったんですね」
「テキノナイホウエネルギーフメイ。ツギノプランヲ」
身構える自称エルフへと、ちっこい人差し指をネムは向ける。敵のエネルギー波を受けたことにより、理解したのだ。
「豆腐波っ!」
ネーミングサイアクなセリフを吐いて、モニョモニョをたんなるエネルギーとしてのイメージで放つ。真っ白なエネルギー波が一条の線となり、空間を引き裂くように敵へと向かう。
「バリア」
黒いオーラを円形状に己の身体の周りに作り出す自称エルフ。バリアとやらに豆腐波はぶつかるが、なんの抵抗もなく貫いて、自称エルフをもあっさりと貫いてしまう。
その威力に僅かに目を見開いた自称エルフは、そのままバタリと倒れるのであった。
「申し訳ないですけど、修行のために塔に登らせるほど油断はしないんです。ごめんなさいです」
力いっぱいモニョモニョを籠めたのだ。たとえ胸にボールを隠し持っていてもそのボールごと貫くほどに力を籠めたのだと、ちろりと小さな舌をだして、キグルミ幼女は悪戯そうに微笑むのであった。
どうやら魔法を構文を使用せずに使えるヒントを得たのかもと思いながら。




