43話 森林の中のキグルミ幼女
ガサガサと草むらを掻き分けて、ネムたちは移動していた。まるで草むらのプールの中を泳いでいるようだなぁと、ちっこいおててをクロールみたいに動かしながら。幼女は草のプールで泳ぎます。バシャバシャ。
「あのゴブリン……妖精さんなんですか?」
妖精ゴブリンは有名であるが、あれは別物だと思いながらネムは少女へと話しかける。不思議なことに少女の周りの草は少しだけ風もないのに動いて、少女の歩く道を作っている。なにあれ?
「うん。世界樹の周辺にいる妖精だよ。……そう言われているの。世界樹を守るための妖精だって」
「へぇ〜。そんな妖精なんですか。見た目はモンスターと同じ……いや、筋肉隆々のゴリラみたいだから、あれが堕ちる前のゴブリンなんですかね」
ゴブリンがやられ役ではなくて、元は妖精だったのは知っているよと、ふふふと得意げになるネム。ムフンと得意げにする表情はとっても可愛らしい。
まぁ、ゴブリンが妖精だというのは、前世ではゲームをしている人間ならだいたい知っていたと思われるが。子供の頃はモンスターとばかり思っていたがトリビア的に広まった知識である。こんなことで得意げになっちゃう悲しい知力の幼女でもある。
「墜ちたら力を失って、ひ弱なやられ役になるというわけ? ゴブリンってゲームや小説によっては力がだいぶ違うのよ? それにあれが妖精? 好戦的すぎるわよ。それに挙動がおかしかったわ」
静香が口を挟むが、たしかになぁ。妖精って、もう少しおとなしいイメージがあるよな。あんな、ウッホウッホと襲いかかってくるゴリラみたいなゴブリンが妖精なイメージはないな。
「どこから妖精って、言われているんですか? 伝承ですか?」
「えっと、エルフだよ。エルフが妖精だって。世界樹を守る聖なる者。妖精だって」
おずおずと答える少女の道はやはり草が自然と別れており歩きやすそうだ。静香は早々に少女の後ろについている。私もそうしようっと。それにしてもエルフねぇ。エルフがいる世界なのね。
クロールをやめて、てこてこと少女の後ろに移動しながら、そういえばと、ちっこいカウボーイハットを脱いでペコリと頭を下げる。
「私は世界を旅する幼女、ネムです。このキグルミはハンスちゃんです」
「静香よ。ジュエリー星の正義の魔女っ子、静香」
「あ、私は真魚。第8区画の住民だよ」
お互いにペコリペコリと頭を下げて自己紹介。真魚は焦げ茶色の髪を肩まで伸ばした、焦げ茶色の瞳の活発そうな女の子だ。年齢は15歳ぐらいだろうか。身長は150センチぐらい。皮を鞣したと思われる頑丈そうな服を着込み、腰に小袋と小剣をつけている。手袋もつけているので、山歩きに特化した格好なのだろう。
こちらはカウボーイハットにちっこい古ぼけたコートという山歩きにまったく相応しくない格好である。静香もコートを羽織っているしね。旅する格好には見えないが、真魚はそのことについて質問をしてこない様子。
こちらは尋ねるんだけど。幼女は遠慮はしないのだ。幼女の見た目をフルに使う悪魔なおっさんであると言えよう。早く誰か退治してください。
「まず、なぜ真魚さんの前の草木は別れるんですか? 精霊魔法? それに第8区画って、なんですか?」
さっきから気になっていたんだよね。精霊魔法のなんちゃらなんちゃらかな?
おっさんは過去のゲームや小説の知識から、精霊魔法にはそういう魔法があるとは知っていたが名前は覚えていなかった。マイナーな魔法名を覚えるのは難しいよねと、自己弁護をする記憶力皆無なおっさん幼女である。
「精霊魔法? 魔法って、そんなのないよ、お伽噺の話だよ。ふふっ。……でも、そっかぁ。精霊魔法。魔法って言って良いのかもしれない。私が草よ少しだけ動く邪魔だよって願うと少しだけ動くの」
「邪魔だよって、お願いじゃないんですね……なんというか……精霊魔法っぽくないです」
魔法なんかないよと言いながらも魔法っぽいねと真魚が笑うが、草にお願いして退けるんじゃないのねと、半眼になっちゃう。ゴリ押しすぎだ。不良が歩くが如く、周囲を押し退けるイメージだよな。おっさんなら確実に道の脇に退きます。前世では大人になった時には絶滅危惧種だったけどね。漫画の中でしか見たことないや。
とりあえず、真魚は新人類なのだろう。サイコなフレームを手に入れれば、ビームを弾いたり時の果てまで跳べるかもね。
「第8区画って、なにかしら? イメージがとっても悪いんだけど?」
静香の思いやりのない言葉に、真魚はタハハと頬をポリポリとかく。自分でもそう思っているのだろうことは、その態度でわかる。
「エルフを出したことのない街は、他の街のエルフに支配されるんだ。街からエルフが産まれない限り、その街に名前はつかないの」
「エルフが産まれる? それは意味不明なんですが? 差別的ですね」
その言葉に戸惑う。なにやら人種差別が行なわれているっぽいが、産まれるという意味がわからない。その言葉通りなら、人間からエルフが産まれるのかな?
「えっと……白銀ちゃんたちは外の世界から来たんだよね? 見渡す限り森ばかりだし、外の世界なんてお伽噺とばかりに思っていたけど。どうやって来たかわからないんだけど」
「私は空から落ちてきたんです。えっと……やばい、そのシチュエーション思い出せませんよ。幼女になって記憶障害が起きているかも」
あわわ、主人公の名前思い出せないよ、パズズだっけと慌てるネム。空から落ちてくる邪神パズズ。世界を崩壊させる物語になるかもしれない名前だ。
覚えていたんだけど忘れたのは幼女化のせいだよと。ちっこい手足を振り回して、あわわと慌てちゃう。幼女化のせいではない。幼女は健康な若い記憶力バッチリの脳です。おっさんの魂というパッシブでデバフがかかっているからだ。
「通常運転でしょ。まぁ、私たちは外から来たのよ。飛行機が墜落したの。だから、私たちは脱出したというわけ」
バッサリとネムの妄言をぶった斬る冷たい静香が肩をすくめる。
「やっぱり外の世界はあるんだ! ねぇ、外の世界はどうなの? 森林はないの? エルフに支配されていないの?」
やっぱり外の世界から来たんだと、ふんすふんすと鼻息荒く近寄ってくる真魚。外の世界が本当にあると知って興奮気味だ。飛行機という言葉に疑問を覚える様子がないことが気にかかるけど、おいておこう。
「エルフが産まれるという意味がわかりません。その意味を教えてください。突然変異で、産まれるんですか?」
あれかな。新人類が産まれて世界を支配しているのかな? でも、真魚はそうなるとエルフに分類されるのだろうが、第8区画と言っているからエルフではないのだろう。耳も長くないし。
「……ううん、エルフは世界樹の産み出す精霊の加護を受けることができると、人間からエルフになれるの。永遠の命と超能力を持った存在にね。私は精霊を探しに来たんだよ。エルフからの税金が厳しくて……街のみんなの期待を背負ってね」
皮肉げに言うが、その表情に街のみんなを憎むような口調ではなく、諦めと悔しさが滲み出ている。
精霊ねぇと、静香と目を合わせて頷く。以心伝心だ。エルフの秘密なんか簡単にまるっとわかっちゃったぜ。
「きっとエルフはつけ耳ですね。新人類だと言い張る詐欺師ですよ、きっと」
「つけ耳をしている意味がわからないでしょう?」
「きっとシンボル的なものですよ。つけ耳をしていればエリート種族とか」
はぁ、と溜息をつく静香だが、つけ耳をつけていれば、わかりやすいと思うんですと、お耳に手を付けてひらひらさせるアホな幼女。
まったく以心伝心とはならない幼女たちである。そしてつけ耳をつけるとはアホらしい行動なので、普通は恥ずかしくてやらない。やるのは大昔に金曜8時にやっていたコント番組だけだろう。
「あの……つけ耳じゃないよ? さすがにそれだと見ただけでわかるし」
アホな幼女に、気まずそうに真魚は口を挟みながら、指を大木へと指す。
「あれが、第8区画の入口。梯子を登るんだ。ゴブリンたちは登れないからね」
「梯子? あれはネットと言っても良いと思うんですけど」
大木には上からネットが垂れ下がっていた。太い縄で編まれた網があり、気づけば人々が籠を担いで登り降りしていた。こちらを珍しそうにチラチラと見てくる者がいるが、ほとんどの人々は疲れたような表情だ。
「エレベーターはないんですよね? これを登るんですか?」
途中途中で木の棚が作られて小休止できるようになっているけど、これを登るの? 幼女だよ? ひ弱な幼女だよ?
「ゲームでもこういう木の上にあるような街があったけど、現実だとうんざりね」
「棚から落ちて、宝箱とかある場所に移動するんですよね。それを考えると、あの主人公たちは本当に勇者だったんですね」
私には絶対に無理だなと、仰ぎ見ながら嫌そうな表情になっちゃう。小休止の棚がいくつあるんだよ、これ。よくみんな登れるな。やけにスルスルと登るけど……人間の身体能力じゃなくね?
やれやれと本当の意味で、やれやれと言いつつ、登るしかないかとうんざりするネムであったが
ドスン
と、轟音が響き、砂煙が巻き起こされて視界が遮られる。
「わぷっ。な、なんですかいったい?」
もうもうと巻き起こる砂煙に、コホコホと咳き込見ながら、パタパタと手を動かす。なにかが落ちてきたように見えたんだけど?
お洋服が汚れちゃうよと、洋服のことを気にする緊張感のない幼女であったが
「へっ、真魚よ、精霊は見つかったのか? ああん?」
チンピラのような声が目の前の砂煙の中から聞こえてきた。砂煙はその声が聞こえてきたと同時に突風が起こり吹き飛ばされていく。
「うぐっ……み、見つかりませんでした……オベロン245号様」
悔しげに口を開く真魚。
「だろうな! 選ばれた者しかエルフにはなれねぇんだよ! ブハハハ」
そこには高笑いをする男がいた。先程のボスゴブリンと同じように筋肉隆々であり服がはちきれそうな体躯、耳が笹のように尖って長い。顔は美男子と言って良いが、整いすぎて彫刻みたいだ。
「エルフ……エルフ?」
あんまりエルフっぽくない。筋肉隆々なエルフって、イメージからかけ離れすぎているし。
何より、肌が黒い。そして、額に宝石っぽい物が埋め込まれており……名前もなぁ。
どこから突っ込めば良いのかと、ネムは戸惑うが、一番気になることを尋ねることにして、真剣な表情に変える。
「あの、かっこよい現れ方をしたかったんだと思いますけど、砂まみれでかっこ悪いですよ? そうですよね、現実でそういう出現の仕方をしたら、そうなりますよね。アホっぽいですよ?」
髪の毛は砂で汚れて、風に煽られてボサボサ。服も砂で真っ茶色です。一番気になることだよと、言わなくても良いことをわざわざ口にするネム。アニメとかでよくある強者の出現の仕方だけど、現実だと真っ黒になっちゃうのね。
「あぁん? なんだ、てめえらは?」
自分でもわかっていたのだろう。怒りの表情で顔を歪めながら、男は睨んでくる。
ダークエルフって、目の前の男は言わないのかなぁと、睨んでくる男を見ながら、ちょっと怖いよと震えるか弱い精神のキグルミ幼女であった。




