42話 新たなる世界に降り立つキグルミ幼女
鬱蒼と生える草木。この世界に人が住むのを許さないと言っているように、周囲は緑の、緑、緑しかない。天蓋は木々の枝に覆われていて、辛うじて太陽の光が差し込むので昼間だとわかる。木々が育ちすぎているせいだと、一面に生えた青々とした1メートルは背丈がある繁茂した草。地面が見えないほどに、生えており緑の絨毯ともいえる。
木々は幹が100メートルはある巨木であり、そのような巨木がお互いの栄養分を奪い取るかのように、枝葉を絡み合わせて、人が余裕で、いや小さな小屋などはできるだろう太さの枝が組み合わさって、それを這うもう一つの地面とでもいうかのように天蓋として存在している。
「……世界樹なんて、枯れちゃえばいいのに」
その光景の中を一人の少女がよろよろと歩いていた。周りには虫やら動物やら……化け物たちも潜んでいるのを知っている。いつ命を落としてもおかしくない状況なのだ。
「永遠の命なんてつまらないと思うのに」
馬鹿げた慣習だと皮肉げに口元を曲げながら歩く。肩でバッサリと切った髪の毛を触って溜息を少女はつく。少しでも生き抜くために、伸ばした髪の毛をバッサリと切ったのだ。
「精霊なんて……いるわけないのに」
ぼんやりとなぜこんなことになったのかを思い出しながら、遠くから聞こえてくる声らしきものが段々と近づくことに、絶望を覚える。
「馬鹿な奴らばっかり。奇跡なんて起きないから奇跡なのに」
歩くのも苦労をする草むらを掻き分けつつ、自分は当てもなく、どこに向かっているのだろうと皮肉げに思い……。
ドスンと音をたてて、枝から降りてきたものを見て、半笑いとなる。
「こいつらが妖精なんて、絶対に嘘だ」
目の前には2メートルはある緑の肌の人型がいた。乱杭歯を剥き出しにて、こちらを威圧するように見据えてきている。その体は鍛えられた筋肉の鎧で覆われていて、手から伸びる爪は鋭そうだ。
「ぐおおお!」
目の前のものは辺りに響き渡る叫び声をあげると、周りからも銅鑼のように、同じ声が返ってくる。自分は囲まれていると理解して、その体から力が抜けてへたりこむ。
「ここで私の人生も終わりかぁ」
自分を殴ろうとするものを見て、ゆっくりと目を閉じる。せめて苦痛があまりありませんように。と祈りながら。
「あいだぁぁ!」
と、目を閉じた少女は目の前にいたものに殺されると覚悟を決めて、なぜか小さな女の子の泣き声が響いてくるのに違和感を覚えた。なので、そっと目を開くと
なぜか小さな身体の幼女がいた。頭をぶつけたのか、涙目で両手で頭を押さえている。白銀の髪の毛が煌めく、美しい顔立ちの幼女だった。その隣には黒髪のやはり可愛らしい幼女が立っており、白銀の髪の毛の幼女を呆れたように見ていた。
「ぐおぉぉぁ!」
「あ、すいません。頭痛かったですよね? 私もあなたの頭の上に転移するつもりはなくって、本当にすいません」
幼女は怒る緑のものにペコペコと頭を下げる。だが、そんなことをしている場合ではない。危険だ。
「そいつは妖精ゴブリンだよ! さっさと逃げないと!」
「え? 妖精さんですか、もしかして、今回は妖精界? ぐふっ」
怒れるゴブリンはフックを容赦なく幼女の腹へと叩き込む。小柄な幼女はボールのように吹き飛んで草むらの中に消えていった。
「ああっ! 貴女も逃げて!」
「う〜ん。初めての場所は必ずヒロインが命の危険に晒されているタイミングになるのかしら」
だが、こちらの警告を黒髪の幼女は聞くこともなく腕を組んで苦笑いしている。幼いから状況がわかっていないのだろうと焦るが
「ゴブリンさん。今後ともよろしくとはしないですよ!」
カウボーイハットに小さなコートを着た幼女が、2メートルはある長さのハンマーを振りかぶって飛び出てくる。ゴブリンは腕をクロスにして防ごうとするが、その筋肉の腕にハンマーは容姿なく振り下ろされて、腕をひしゃげさせる。
生半可の武器では傷もつかないのがゴブリンなのに、凄い力だ!
あり得ぬ方向に折れ曲がった腕に苦痛の声を上げるゴブリンであるが
「むむ? ミニハンスちゃんの一撃で腕が砕けただけです?」
幼女は小首を傾げてから、腰をひねり再度ハンマーを横薙ぎにゴブリンへと叩きつける。メシャリと嫌な音をたててゴブリンは血反吐を吐いてよろめき倒れるのであった。
そして、ゴブリンが倒れたあとに、草むらが動き出す。他のゴブリンたちが襲いかかってくるのだと、蒼白になる少女であったのだが……命を落とすことにはならなかった。
目の前の幼女たちの力によって。
「あんぎゃー! な、なんですか、こいつら? ていていてい」
ネムは草むらから次々と飛び出てくるゴブリンをくるくると体を回転させて、ハンマーを振り回して倒していく。驚くことにミニハンスちゃんのパワーで叩いているのに、再び立ち上がるタフっぷりだ。倒すのに2発は必要なのだからして。
ミニハンスちゃんは幼女の可愛らしいコスプレに見えるが、その能力は可愛らしくない。格闘ゲームのボーナスステージの車を一撃で粉砕するパワーを持っている。例えが古すぎるのは中の人のせいである。
正直、同じ体格の敵ならば、その体がバラバラになってもおかしくないはずなのに、ゴブリンに豆腐ハンマーがあまり効いていないことに驚愕していた。
インパクトの瞬間に、体を下げて衝撃を緩和しているとか、類稀なる体術で防いでいる様子もない。単純に物理攻撃が効いていないのだ。その証拠にやけに太い壁のような木の幹にめり込んでクレーターのように穴を作り死んだと思っても、のそりとまた這い出てくるのだ。
壁に当たった衝撃も緩和しているようなのである。
「ゴブリンにしては、硬すぎよ。それにやけに筋肉質なのよね。とりあえずネーミングはゴブリンで良いわ」
冷静に敵の様子を見ながら、ネムから少し離れて少女の側に立つ静香。どうやら手伝う様子はない。そして、ゴブリンは敵がネムただ一人だと認識しているように、少女や静香をガン無視して次々と襲いかかってきていた。ヘイトを稼いだのかな? 幼女を虐めると、逮捕されちゃうよ?
とはいえ、愚痴を言っても始まらないので、地味にハンマーを振るい続ける。2メートル近い長さのハンマーを1メートルにも満たない身長の幼女が振り回してゴブリンを倒していく様子は少しシュールである。
体を傾けてハンマーを、んせんせと振るい続けてゴブリンたちを地味に減らしていくネムであったが、このパターンは嫌な予感がすると冷や汗を流す。
既に100体近いゴブリンの死体が積み重なっている。敵を倒すと決めているネムに容赦はない。敵を倒す罪悪感もない。もちろんゲーム感覚なのは間違いない。なぜならば幼女になるという、おっさんにあるまじき転生をしてしまったので、現実感を持たないのだ。リアリティがないよねと、敵の生命を奪うことに躊躇いのないおっさん幼女であった。
罪悪感を持つほど記憶力が持たないということもあるかもしれない。その場合は紛れもなくおっさんのせいである。
「ゴブリンって、知性がないんですね。いっぺんに掛かって来ないですし」
ゴブリンは仲間を呼んだ。ゴブリンTUVが現れた!
みたいな泥ハンドによる養殖の経験値稼ぎのように、倒したら次が。倒したら次がと少しずつ現れるのだ。精神的疲労に体を重く感じながら、厄介だとも考える。一気にかかって来れば範囲武技で倒せたのにと。
「あの……白銀ちゃん! ゴブリンを倒し続けると、ボスゴブリンが現れるの! 気をつけて!」
助けた形となる少女が焦ったように伝えてくるが、倒すしか選択肢ないだろ。逃げるにはこの森は視界が悪すぎる。ネムが草刈機のようにハンマーを振り回したお陰で周りの草は刈り取られているが、少し離れたら一面草むらなのだ。
多分逃げたら、簡単に自分のいる位置がわからなくなり、迷子になるだろう。
白銀ちゃんとは可愛らしいあだ名で少し気に入ったよと、ネムはクスリと微笑みながら、草むらを見る。1メートルを越える草むらを掻き分けて、3メートルぐらいの緑肌の大男がのしのしと余裕の態度で近づいてきている。
「あれがここのボスっ! ふぎゃっ」
ボスなんですねと気合を入れて身構えようとしたネムはお腹に衝撃を受けて吹き飛んだ。さっきのゴブリンに殴られたのとは衝撃の大きさがまったく違う。体内に衝撃が走り、その威力を受けてミニハンスちゃんのコスプレがバラバラに砕けそうになる。
大木の幹にめり込み、フラフラとしてしまう。半エネルギー体のカビ人間よりも生命力があるネムだが、衝撃を消すには多少時間がかかる。
「どんな速さなんですか……いつつ」
砕けた木片をペイっとはたき落としつつ、目の前に顔を向ける。そこには拳を振り抜いた態勢のボスゴブリンがいた。距離にしてまだ50メートルはあったはずなのに、その距離を一気に無にするほどの速さで敵は高速移動をしてきたのだ。
テレポートではない。ネムの光速をも見切る動体視力は接近する敵をしっかりと見据えていた。地を蹴り間合いを恐ろしい速さで詰めてくるのも見えていた。
見えていただけで、反応はできないのは、おっさんだから仕方ない。軽く物を投げられても、おっとっと落としてしまうので。きっと歳のせいだよと、学生の頃から同じ感じだったのを記憶を捏造して誤魔化すおっさんである。
ボスゴブリンは、その筋肉隆々の体を自慢げにするように静香たちへと顔を向けようとするが、幹からソンビのように這い出してきたネムに驚き、目を見開く。
手応えを感じていたのだろう。血反吐を吐くわけでもなく、傷一つなく普通に這い出してきたのだ。驚くのも無理はない。
「ギャギャ」
再び地を蹴り、身体が霞む程の速さで迫りくるが、もうその速さは見た。
『旋風の盾』
ネムはハンマーの先を肉薄するボスゴブリンに向ける。ハンマーがカチャカチャと分解すると、4枚羽のプロペラとなり、猛回転する。
「ぎゃぎゃぎゃっ!」
拳を突き出して、ネムを殴ろうとしていたボスゴブリンは驚き、慌てて停止しようとするが遅かった。地を蹴り足を地面につけないで飛翔するようにネムへと接近していたボスゴブリンには止まる手立てはなかった。
そのまま旋風の盾に身体は巻き込まれて、身体が切り刻まれていく。すりおろされて、ミンチになるかと思いきや、意外や意外、血だらけになりながらも後ろに下がる。
「ちょっと信じられませんが、といやっと」
回転するプロペラを横にして、そのままジャンプしてボスゴブリンの首を斬る。緑色の血を噴き出しながらボスゴブリンはようやく倒れ伏す。
「ぼ、ボスゴブリンを倒したの?」
後ろから信じられないとばかりに叫ぶ少女へと、ネムはゆっくりと振り返り、にっこりと微笑む。
「お風呂に入りたいんですけど」
返り血で汚れちゃったよと、しかめっ面になっちゃうキグルミ幼女であった。




