41話 ほとぼりを覚ますキグルミ幼女
ヤーダ伯爵の城内。相変わらずの調度品が何もない応接室に渚はいた。ヤーダ伯爵を対面にしながらソファに座り目の前の物を見せられて難しい表情をして。
「凄まじい量にゃね」
渚は目の前にうず高く山と積まれた魔石を前に口元をヒクヒクと引きつらせて口を開く。ヤーダ伯爵領都に支店を構えた長門渚。ヤーダ伯爵領に開店した上杉商会の支店長となった猫人族だ。ピコピコとチャーミングポイントの猫耳がせわしなく動き、尻尾がふりふりと揺れる。
「うむ。こちらも想定外であった。まさか、これだけの量が手に入るとはな」
ヤーダ伯爵に復活したダンジョンから手に入れた魔石を売り払いたいとの連絡があったので訪問したのだが、復活したという話は眉唾ものだと考えていた。伯爵には悪いがよくいるのだ。同じようにダンジョンが復活したと、渚のような商人を呼び出す貴族が。
死にかけたダンジョンを持つ落ちぶれそうな貴族がやる詐欺だ。ダンジョンが復活したと嘘をついて、古い魔石を手に入れて、商人に見せ金ならぬ、見せ魔石を使ってくる手法。そうして噂を流させて、冒険者を街に呼びこめば、一時的にではあるが、街は潤い没落するのを少しだけ延ばせる。
思いついた貴族本人はナイスアイデアだと考えるが、実際は使い古されており、商人の間では笑い話のネタにもならない。ダンジョンが復活したとは何度も噂になるが、実際に復活したことなどないからだ。
5万人の人口を持つヤーダ伯爵領都。世界樹だけでは、雇用を作ることは無理なのだろう。恐らくは世界樹の塩を売った金で魔石を買い込み、一発逆転を狙おうと考えたに違いないと、呼び出しの連絡が来た時は部下と話して失笑したものだ。
たしかに冒険者が来れば、宿屋、酒場はもちろんのこと、酒を売る問屋や、冒険者がメンテナンスをしたり、新しい武器を買い込むために、武器屋や服屋も必要だ。派生する仕事は山ほどある。
特に昔はダンジョンのおかげで景気が良かった領都は当時の施設も残っており、投資費用もそこまで必要ないのだから。
巷ではヤーダ伯爵を実直な剣豪とも言われているが……。実直なだけではやっていけないのだろう。見かけは山賊の頭みたいなので、聖女誘拐犯の方が有名だが。
少しだけ残念な気持ちになりながら訪れた渚は、魔石が手に入ったら冒険者ギルドにお売りした方が良いですよとエスプリを効かせて答えようと考えて……。ヤーダ伯爵領主が机に置いた魔石の山に言葉を失った。文字通り、山となっているのだ。しかも高額魔石ばかりである。いや、そればかりか、宝箱から手に入れたと魔道具の数々も置いてある。
一緒に来た部下が青褪めながら、懸命に鑑定を続けている。
これは詐欺ではないと悟る。これほどまでの高額魔石に魔道具の数々を詐欺のために揃えたら、買い込む噂が渚の耳に入らないはずがない。5万人の人口は多いが、渚にとっては狭い世界なのだから。
「ヤーダ伯爵様。魔道具は高価な物が1日3回使える『体力付与』です。他にも『小体力付与』や身体能力アップ系もありますね」
「うむ。で、概算はどれほどになる?」
部下の計算結果を聞いて、ヤーダ伯爵は腕を組み難しそうな表情となる。信じられない成果なのに、なぜ難しい表情をするのかと不思議に思う渚を気にすることなく、電卓をパチパチと叩くと、その金額をヤーダ伯爵に見せてゴクリとつばを飲み込む。
「2万1786円となります」
「たった一日でそれほどか……」
疲れたようにソファにヤーダ伯爵はもたれかかり、疲れたような表情になる。
「よろしい。全て売り払う。その代わりにドラゴンスレイヤーを10本程欲しいのだが、手に入れることはできるかね?」
大金を前にしても動揺することなく言われた内容に、訝しげになってしまうのは仕方ないだろう。商人として、素直な表情をお客に見せるのは失格だと、父親には怒られるだろうが。
「ドラゴンスレイヤーにゃ? あれはなまくら剣ですにゃよ? 竜の鱗を傷つける特別な魔法が付与されていますが、その負荷のせいで他の敵には傷もつけることが難しいなまくら剣にゃ。しかも当の竜は下級竜ならともかく中級竜以上は空を飛んでくるから、意味がない武器にゃよ? 貴族様がステータスとして、一本ぐらいは持ってますが10本もかにゃ? あれもダンジョン産で再現不可な武器だから、1本千円はするにゃよ?」
高価なだけで使えない魔法武器だ。無駄に見た目が凝っており、宝石が散りばめられて、黄金やプラチナも使われて意匠が美しいために、金額だけは高い武器なので、再度確認をするがヤーダ伯爵は問題ないと頷くだけであった。
なにか竜と戦わなければいけない事情があるのだろうかと、スッと目を細めて推察しようとする渚であったが
「父様! ドラゴンスレイヤーなんか買わないで下さい! きっとこんなものは効かないと溶かされちゃったりするんです! ここは吹雪の剣や、氷の杖を買い込みましょう。そろそろ夏も近いですし、皆で涼みましょう!」
小さな体躯の幼女が、ドアをバーンとエルフのメイドが開けた後ろから現れて、必死な表情で叫ぶ。白銀の髪を煌めかせて、可憐な顔立ちをしている幼女。最近精霊の加護を受けた魔力を持たない儚げな空気を纏うネム・ヤーダ様だ。
本人は儚げな空気を無駄に纏っているために、アホっぷりがバレないので、悪用していたが。幼女万歳である。おっさんいらないである。
そんな見た目は儚げな幼女は両手を組んで、目をうるうると潤ませる。その姿は神に祈る巫女か、竜の生け贄にされる哀れな少女か、おっさんよ、成仏して下さいと神に祈る幼女のようだ。一番後ろの願いは叶った方が世界のためだと思われるがどうだろう。
「駄目だ、ネムよ! そなたの優しさはわかるが、危険が迫っているのだ! 竜が城内に現れるのならばちょうど良い。ドラゴンスレイヤーはその効果を存分に発揮できるだろうからな」
「黒竜ちゃんはきっとお話できます。そうだ! 砂糖を買いこめば良いと思います。それでお饅頭をたくさん作りましょう。きっと空気を読んで、最後にお茶が怖くなって帰るはずです」
落語を例に出して、ドラゴンスレイヤーを買わさないように、説得力溢れるセリフを口にするネム。さり気なく甘い物も要求する智者っぷりだ。孔明の生まれ変わりかと思えるほどの策士っぷりを見せる。
「クリフも言っていたが、話し合いができない相手もいるのだ。これは決定なのだよ」
残念ながら、今孔明は今おっさんだった模様。
「……それではドラゴンスレイヤーをとりあえずは1本買いましょうかニャン? 本物を見れば気が変わるかもしれないですし。それに10本揃えるのは、なかなか難儀ですにゃん」
渚は本物を見たことがある。スレイヤー系の武器はどれもこれも決まった相手以外には本当になまくらなのだ。なにしろ豆腐も切れないのであるからして。実際に試したことがある渚は本当になまくらだと知っていた。
そして、精霊の愛し子が関係するなにかであるとも推察する。まぁ、これだけ騒いでいるのだから簡単に推理できるのだけれども。もちろんのこと、なにかありましたかにゃんなどとは尋ねない。商人は守秘義務はもちろんのこと、聞いていないふりもしないといけない時があるのだから
「そうか……それならば1本頼もう。1本あるか無いかだけでも、状況は変わるからな」
「父様……。そうですか。それほどドラゴンスレイヤーが……わかりました! では1本だけ買ってください。私は精霊界に行って、黒竜ちゃんと話し合いができる方法を精霊王に聞いてきます!」
強い決意の表情で固く手を握り締めて宣言するネム。その強い意志は、周りの人間たちにひどく眩しく映った。この娘はまさしく善なる娘なのだと感動をしてしまう。
「なので、ドラゴンスレイヤーに無駄遣いしないでくださいね? 本当ですよ? 父様、約束ですよ? 無駄遣い禁止です。エアコンを買いましょう。エアコン。しばらく精霊界で暮らしますので」
「むぅ………精霊界か……。たしかにあそこならば黒竜も手は出せまい。それまでになんとかしておきたいが、精霊界でしばらく暮らすのは良いかもしれぬ」
「はい、父様。それでは早速準備をして向かいます!」
許可を出されて、ネムはぴょこんと飛んで喜ぶ。小さくジャンプをして喜ぶ幼女の姿に、深刻な空気は消えて、ほのぼのと癒やされる空気と変わる。
「お館様。私も幼女界に一緒に行きますので、よろしくお願い申し上げます」
「駄目です。ロザリーハウス」
ふんすふんすと鼻息荒く胸を張るロザリーに、ジト目のネムは間髪入れずに却下する。小屋ですか? それじゃネム様の寝室にエルフ小屋を作りますねと、新たなる世界を切り開く開拓者ロザリー。
「ねぇ。その魔道具と、あたちの魔道具を交換しましぇんか? このグリップをショットガンに装備させると連射速度がアップふるにょよ。大サービスで、そのネックレスと交換でいいにょよ。その指輪は命中率アップのマグナムグリップと交換でいいわにょ」
舌足らずな口調で、目敏く机の上に置かれていた貴金属を目にした黒髪幼女が怪し気な微笑みで、ちっこいゴミのような鉄の塊を渚に押し付けて、宝石を奪おうとする。幼女の姿を利用して、可愛らしく、全然可愛らしくない行動をとっていた。
「駄目よ、ネム! 大事な商談だって言われたでしょう?」
「まぁまぁ、ネムも自分のことだからね。心配だったんだよ」
リーナが同じように、応接室に飛び込んできて、その後ろから苦笑混じりにクリフが続く。
ワイワイガヤガヤとなかなかにカオスな空気となりつつ、ネムは決意した。家族のために頑張ろうと。
におくえんをむだづかいさせるかのうせいがあるのである。さすがにようじょもざいあくかんをもちました。
なんとか黒竜のことを有耶無耶にするアイテムがある世界がありますようにと強く祈る。
きっとあるはずだ。幼女に優しい世界がと、騒がしくなった周囲を無視して指輪に祈る。
おっさんが中にいる幼女は漏れなく願いは叶わないのだが、まったく学習しないキグルミ幼女なので仕方ない。




