40話 再生したダンジョンと伯爵
アタミワンダーランド。以前ならば、中に入っても魔石は話にならない程に安いし、宝物も薬草とか毒消し草などしょぼいアイテムのために、久しく誰も入らなかった。入るのは領主の義務として年に一度、異常があるか確認するためだけであった。
敵も人形が主であり、不気味ではあるが、大して強くはないために、寂れたダンジョンという名がふさわしかった。
敵はただ不気味な外見をするだけで、ただの陶器か、ゴムの動く人形で、その攻撃は物理攻撃のみ。特殊能力もなく、ひたすら力任せに攻撃してくるだけだったのである。そしてドロップする魔石はしょぼい。
力を喪ったダンジョンの魔物とは、そういうものだ。もはや動くだけの木偶となるのである。
アタミワンダーランドも死にかけたダンジョンなために同じような魔物のみであった。
……以前の話である。
今のこの地は以前とは違う。薄闇が世界を夜の世界へと変えるまでの逢魔が時をイメージして、薄暗い森林の中で怒号が響き、金属音が聞こえる。騎士たちが強力な魔物と戦う姿がそこにはあった。
総勢36名の騎士、魔法使い、僧侶のパーティーたちが森林に生い茂る草むらから現れるクロウラードールたちの群れと戦っていた。その数は100体近い。こちらの人数に合わせたように敵は多数の群れを作り襲いかかってきていた。
「アーマーナイト隊は敵の攻撃を防げ! 軽騎士が敵の注意を散漫にさせている間に、騎士が攻撃をせよっ! 盾を掲げ、鬨の声をあげるのだっ!」
イアンが剣を掲げて、周囲へと指示を出す。その声に騎士たちは鬨の声をあげて応える。
「おぉ〜! 『鉄盾陣』」
分厚い重装甲の鎧を着込んだアーマーナイトたちが、毒々しい毛虫人形の体当たりを武技を使い受け止める。鉄の盾にさらにその硬度を倍する防御力を与える武技により、クロウラーたちの体当たりは轟音と共に金属の軋む音を響かせながら防がれる。
正面から突撃を次々としてくるクロウラードールたちを、敵の攻撃を防ぐタンク役のアーマーナイトたちは盾に当たる寸前にその攻撃の芯を逃し威力を減衰させており、練度の高さが覗える。
『仮想矢撃』
軽騎士たちが、『闘気』を練り上げて作り出した矢の雨を撃ち放つ。赤い光の矢は実体弾よりも威力は弱いが、持ち運ぶ必要がないために嵩張らず、矢玉が尽きることを考えずに撃てるので、軽騎士の基本武技だ。
威力が弱いとはいえ、アタミンならば一撃で粉々に砕く威力を持つ矢であったが、クロウラードールに命中しても、その体表に生える針のような毛に威力が減衰されて、『ひっとぽいんと』の効果もあり、突き刺さるまでにはいかない。
だが盾にて防がれて、矢により注意を散漫にさせたクロウラードールへと、猛然と騎士槍を構えた騎士たちが突撃していく。
『突撃槍』
騎馬兵のチャージに勝るとも劣らない速さの強力な一撃が、クロウラードールへと命中する。パリンと音がして、敵の障壁が砕け、そのゴムの表皮が遂に傷つく。
「今だっ! 魔法使いたち!」
傷ついた敵へと追撃を命ずる。魔法使いたちは詠唱を既に終えており、その手に魔力を集中させて準備を終えていた。
『焦熱』
その力ある言葉に反応して、有から無が作り出す。クロウラードールたちの身体が蜃気楼のようにゆらりと揺れる。高熱がクロウラードールを襲い、その身を焼いていく。
その表皮に生やした繊毛は燃えてなくなり、焦げて動きを鈍くさせる。
「今だ殲滅をかけよっ!」
もはや敵の脅威はないと判断して、突撃をイアンは命じる。おぉ〜と士気をあげて、皆はクロウラードールを倒していく。このまま戦闘が終了すれば良いが、イアンは油断なく周りを警戒していた。これで戦いが終われば、ただ敵の力が大幅にアップしただけとなるのだが、復活したダンジョンの魔物はそのように単純ではない。
「貴方、あれが!」
隣でメイスを構えて油断なく戦況を見守っていたミントが鋭い声をあげて、クロウラードールたちの中でも後方にいてダメージの少なかったものを指差す。まったく動かなくなっており、一見すると死んでいるかと思うほどだ。
それは『ひっとぽいんと』を失ったが、まだまだ戦闘可能な個体だ。だが、その個体が動きを止めている意味を、イアンたちは戦いの中で嫌という程思い知らされていた。
そのため、イアンは地を強く蹴り、破邪の剣を手にして突出する。
「ジーライ! 敵へと先制せよっ!」
動きを止めていたクロウラードールたちの背中がバキバキと音をたてて開き始めて、中からなにかが這い出してくる。
紫色の翅が最初にでてきて、皮と骨しかないような人間の手が出てくるのが見える。
「お任せを! 『中凍結』」
ジーライが以心伝心とばかりに魔法を使い、敵へと中級単体魔法を撃ち込む。冷気の靄が這い出てこうとする敵を凍りつかせんと吹き荒れる。『ひっとぽいんと』があっても、凍結効果は逃れることはできない。状態異常の中でも拘束系統は『ひっとぽいんと』を無視する。
パキパキと身体に氷の破片がまとわりつき動きを鈍くした者が姿を現す。
「キシャア」
人間の顔のような模様の翅を広げさせて、その口蓋を開き、唸り声をあげて出てきたのはモスマンドール。蛾の翅を生やす皮と骨だけの痩せおとえた人間に見える魔物だ。無論、人形だとすぐにわかる質感であるが、それでも不気味なことは変わらない。
『閃光剣』
破邪の剣へと念を送ると、その刀身が輝く。魔物への特攻を持つそこそこ希少なる魔法剣。先祖が昔武器屋の受付の手伝いをしていたときに、ふらりと現れた戦士が売ってきたらしい。強力な剣の家宝である。念を送ると斬った箇所を燃やす効果を発揮させるのだ。
そして、イアンの最速の武技。光の輝線がモスマンの身体を幾条も奔る。連続で武技を叩き込むべく、剣を翻し逆巻く竜巻のように複数回剣を振るう。
剣を叩きつけるごとに、モスマンドールの体は震えその翅から鱗粉が舞い散る。これが厄介なのだと、目を細めて一気呵成に倒そうとするイアン。
紫の煙が身体を襲い、肺に違和感が生じて咳き込みたくなるのを口をグッと噛んで抑える。
モスマンはそこまで『ひっとぽいんと』は無く、イアンの武技にて身体を分割させて地に落ちるが、イアンは動きを止めることはない。
他にも数体のモスマンドールがクロウラードールの中から這い出てこようとしており、急ぎ倒さないといけないためだ。
『強撃』
刀身を輝かせたままに、既に空へと飛び立とうとするモスマンを大きく飛翔して、最上段から振り下ろす。ガガッと音がして、一撃で『ひっとぽいんと』を大きく削り敵は地に落ちる。そのモスマンは放置して、他のモスマンへと向かい、その全てを叩き落とす。
『鎌鼬』
ミントがメイスを片手に風を巻き起こし、魔法による刃の切れ味を付与させてモスマンたちを切り刻む。ミントの得意とする中級風魔法だ。
それにより完全に『ひっとぽいんと』を削られたモスマンドールたちは翅を切り刻まれて、瀕死となり
『焦熱』
他の魔法使いの炎魔法の追撃で、その全員が燃やし尽くされて倒されるのであった。
「貴方、大丈夫ですか?」
「いや、まだだっ!」
ミントの心配げな声音に、周囲に違和感を感じたイアンが鋭い声をあげるのと、騎士たちが悲鳴をあげるのは同時であった。
「ぐわっ!」
アーマーナイトが吹き飛ばされて、軽騎士たちが首を斬られて苦痛の声をあげる。空間から滲み出るようにカマキリのような人形が現れて、騎士たちへと不意打ちを仕掛けたのだ。
「ちっ! 新しい敵か!」
『範囲治癒』
状況を判断して、素早くミントが全員へと治癒魔法をかける。範囲魔法は魔力をかなり消費するが仕方ない。アーマーナイトたちは多少鎧を凹ませるだけであったが、軽騎士は無防備に受けてしまったからだ。斬られた軽騎士たちは『小体力付与』をかけられていたので死人はいないようだが、首から出血をしており死ぬ危険が高い。
2メートル程度の大きさのカマキリドールはその前脚の鎌を振り抜いてくる。
騎士たちは態勢を立て直し、剣にて受け止めようと繰り出す。ガキンと音がして、敵の鎌は弾かれるが、それ以上に騎士も強い力で剣を弾かれて身体を揺るがせてしまう。
その隙をいち早く態勢を取り戻したカマキリが狙い、鋭い一撃を繰り出す。ザクッと鉄の鎧が斬られて、騎士の胴体へと食い込む。
「くっ!」
「こやつっ!」
横合いから他の騎士が剣を振るうと、素早くカマキリは後ろに下がりながら両前脚の鎌を鋭く何回も振るう。助けに入った騎士もその連撃に身体を僅かに斬られて追撃をやめる。
「こいつ強いぞ!」
「深追いするなっ」
「回復魔法をくれっ」
敵の鎌を振るう様は、その鋭く強い一撃を見るに腕の立つ戦士のようであり、騎士たちは5体程の数にもかかわらず苦戦をしてしまう。
「皆、伏せよっ!」
イアンは戦況が悪いと判断して、怒鳴るように指示を出す。
慌てて、皆が伏せる。イアンがなにをしようとしているのか理解したからだ。見ると、イアンはその手に光の剣を構えていた。
『光輪剣』
腰をひねり、大きく剣を横薙ぎにイアンは振るう。
その手に持つ光の剣の刀身が大きく伸びて、横薙ぎに繰り出す光の一撃により空間を分断する。鎌をクロスさせて防ごうとするカマキリたちの、その鎌ごと断ち切り、敵の全てを両断するのであった。
イアンの奥義、光輪剣である。絶大な威力を誇るが、『闘気』の消費が激しいために、滅多に使わない。それにこの奥義は強すぎるために頼りすぎてしまうと腕が鈍る。
『解毒』
ゴホゴホと咳き込むイアンに、ミントが慌てたように解毒魔法を使う。モスマンドールは攻撃を与えるたびに、毒の鱗粉を放つために、遠距離攻撃必須なのだが、動きが素早いためにそれができない。味方の被害を最小限にするために、一気に倒さんとイアンが突撃をしたのである。
「ようやく倒しきったか」
解毒魔法にて体を回復させて、汗を拭いながらイアンは辺りの気配を窺い何もいないと判断して、今度こそ警戒を解く。
「お疲れ様でした。貴方」
「うむ。25層まで来たが……これが限界だな。これ以上は危険を伴うだろう」
気遣う妻に答えながら、魔石を拾い集めている騎士たちを見る。以前のクロウラードールはただの緑の芋虫だったのだが……モスマンに変態した時は驚いたものだ。それにあのカマキリドールは隠れるスキル持ちなのだろう。危うく死人が出るところだった。
「伯爵様! これを見てください。トランクケースも木のうろにありました!」
一人の騎士が叫んで、銀色のトランクケースを翳す。
「宝箱もこれで何個集めたかわかりませぬぞ?」
ジーライが呆れたように、ウキウキとしている様子の騎士を見るがそのとおりだ。階層ごとに数個手に入れており、既に何個手に入れたのか数を数えるのを止めた。
「宝石付きの指輪です!」
「魔石を集め終わりました! 総数は800万アタミはあるかと!」
騎士たちの報告よりを聞いて嬉しさよりも、ため息をついてしまう。
「これは……一日で1億アタミはいくかもしれんな。時価にして1万円か……。予想よりも遥かに多い。いや、多すぎるぞ。予想の10倍以上だ」
精鋭騎士団による荒稼ぎ。冒険者では難しい荒業を使い、一日で500万アタミ稼げれば良い方だと考えていたのだが……。
「そうですね。このことを知れば冒険者がどっと押し寄せてきますよ、貴方」
「うむ…。宿屋の確保から始まり治安維持。すべてを考えなければなるまい。……上杉商会に色々と頼む必要があるだろう」
ゴールドラッシュになりそうだと、心に不安がもたげる。この地は大幅に変わるだろうと思いながら、イアンは稼ぎ場所を変えることに決めた。カマキリは危険なために、24階層を主に稼ぐことにするしっかりものの髭もじゃ領主であった。




