4話 その名はキグルミ幼女
石壁に穴を開けたことがバレなくて良かったと胸を撫で下ろした幼女。子供の頃は障子にプスプス穴を開けることが夢だったと思い出すネムだが、実際は障子に穴を開けると怒られるのでやったことがなかった元おっさんは遂に夢が叶った。
ただし、硬い石壁に穴を開けたのだが。実にしょうもない夢を持つネムである。
それから数日経った夜更け。ネムはこっそりと皆が寝静まった時間に自身のチート能力と思しき力を検証していた。幼女は夜更けには眠くなるので目をコシコシと擦り、あくびをフワァとしながら。
この世界の主な灯りは魔道具である。魔石を使うために夜更けまではつけられていない。なので、人々は寝る時間が極めて早い。その代わりに松明や篝火が城壁には点けられているが。なんとファンタジー。しかもライトなファンタジー世界だ。
便利魔道具にご都合魔石。異世界転生でラッキーだったと思うことの一つだ。まだ魔石見たことないけど。
「おいでませ〜、おいでませ〜、アタミ〜、アタミワンダーランド〜、おいでませ〜、神秘の遊園地〜」
少し離れた所にあるダンジョンから、おどろおどろしい音楽が聞こえてくるし、ピカピカとアタミワンダーランドと入る人々に絶望を与える恐怖の看板が光っている。実にふぁんたじーだ。ほんっと、ライトな異世界ふぁんたじーに転生してきて良かったよ。
アタミワンダーランドが実にふぁんたじーの世界観を表しているので、ちっこいおててで両目を塞ぎ、全力で目を逸らしておく幼女である。
街よりも明るいアタミワンダーランドは目に入れないことにして、この間の能力を確認する。
「魔力変換、エネルギー物質化、超変換、えっと『剣爪』」
幼女は詠唱をしながら、くるくると回転して、ピシッとちっこい指を壁の隅に向ける。モニョモニョを変換して指の爪になるようにイメージしながら。
ちなみに詠唱及び回転は必要ない。ちょっと厨二病なおっさんの趣味です。可愛らしい幼女だから許されるだろう。
魔力光が指先から発光して、ちんまりした爪が伸びていく。急速に伸びていく爪はプスリと壁に刺さって……、刺さらなかった。
壁に当たり、グキッと爪は折れて光の粒子となり空中に溶けるように消えていく。
「ふむ……予想通りですね。イメージにより強度は変わるのですね」
もう一度、今度はロザリーが見せた爪をイメージすると今度は壁にプスリと刺さった。えいえいと指を動かすとバターでも切るようにあっさりと石壁は切れていく。
「イメージにより、強度は変わる……。切れ味も。武技はすぐに消えると聞いていたけど消えない……やっぱりチート能力あるじゃん!」
ヒャッホーと幼女はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んじゃう。やっぱり異世界転生はこうじゃないと。体内に感じるモニョモニョはたくさんあるというか、なくなる様子はない。即ち、イメージで作り出した爪が解除をする以外は消えないみたい。
トヤアッと切れ味鋭い爪をヘロヘロな遅い速度で振る。幼女のヘロヘロなアタックでも、石壁はダンボールのように斬れた。即ち幼女にとっては意外と硬かった。ダンボールって意外と硬いんだよ。
幼女の筋肉が加味されると、アタックダメージが減るらしい。でも切れ味は良い。イメージは単分子カッターを適当に想像したのだが、だいたい想像どおりです。
単分子カッターがなんなのか? 凄いきれあじのナイフだよ、たぶん。
イメージが極めて雑なおっさんであった。それでも切れ味鋭い爪となるのは、アホみたいに大量の魔力を凝縮しているからである。
今の検証結果を考える。爪をイメージしたら、物凄い速さで石壁に向かって伸びた。たぶんイメージが即時に爪へと変わったからだ。しかし、その爪で幼女パンチしたらヘロヘロで遅かった。
これを考えるに幼女の筋力が足を引っ張っている。イメージでは、なぜか幼女の身体能力は上げられないのだ。生命力だけはもりもりあるような感じがするんだけど。たぶん幼女はか弱いイメージがあると思う。
実際は産まれたときから、現在進行形で今もメタルな幼女化するレベルの生命力強化を使い続けているので、筋力強化を新たに付け加えるのは無理なのだが、もはや無意識で生命力強化を使っているアホなネムはわからなかった。
さらに気づいたのだが、イメージは神経反射レベルで具現化した。そのため具現化した際に恐るべき速さで爪が伸びた。が、それをネムははっきりと見えた。かなりの速さであるのに。
動体視力を試す機会は今までなかったが、そこもチートらしい。
実際に半エネルギー生命体になっているネムは、神経パルスの速さで物事を考えたり見ることができるようになっていたのだが、アホで怠惰なのでほとんど使っていない。
それらを掛け合わせて、チート無双をする方法。小説やアニメで、おっさんで幼女で無双する話を思い出そうとするが、検索に引っ掛からない。そんなアホな話はない模様。
後片付けをして、ベッドへと戻るとする。
切り裂いた石壁の屑を、んしょんしょと雑に隅っこに集めておく。異世界のネズミが食い荒らしたと言い訳をするつもりである。雑な幼女であった。
「戦いで私の力は役に立たない。ならば、エネルギー物質化を使えば良いんですね」
要はエネルギー物質で身体を覆えば良いのである。エネルギー物質は思考しただけで動く。筋力関係なしに。
思考すれば良いのだ。ネムの思考速度は亀並みだが、反応速度は光速だ。なので、間をとればそこそこ速い動きができるはずである。
おっさんの思考が足を引っ張っていると自覚してはいるが、それでも幼女の身体能力を使うよりもマシなはずの速さになるだろう。
なので、エネルギーをパワードスーツとして物質化する。
「きたれ、棺桶ロボットよ!」
ていっ、と紅葉のようなおててを掲げてイメージする。イメージするのは、古いアニメのロボットだ。宇宙戦争で使われた兵士たちの搭乗するロボット。異能幼女生命体に実に相応しい乗り物だろう。
モニョモニョをモニョッと体内から出す。以前と違って尽きる感じはしないので、蛇口を開ききって壊しちゃうレベルで大量にエネルギー変換する。
薄い装甲を貼り付けた二足歩行ロボットはハッチが開いた状態で目の前に物質化された。アニメそっくりではない。色々と覚えていない部分があるので、端々のパーツなどは適当な形をしており、パチモンのような感じがするが気にしない。
これは見かけだけなのだ。硬質化させているが、中身はエネルギーだ。要は硬質化したスライムみたいなもんである。それらしくレバーやボタンもコックピットについているが押しても何も起こりません。
そしてエネルギーの塊なので、他人には鉄の塊のロボットに見えるが、ネムにとっては透き通ったガラスのように見通すことができる。コックピットに座って、モニターとか関係なしに周りを確認する予定。
力技すぎる技だった。
今も見た目にはわからないが、このロボットは強いアルコールの如く蒸発していっている。だが、真っ当な魔法使いが見たら、無駄遣いすぎるだろうと泣いて抗議をするほどのモニョモニョを注ぎ込んでいるので消えることはなかった。
「搭乗ッ! ネム、いっきまーす」
ちゃんとコックピットの椅子はフカフカなイメージにしておいたので、幼女は潜り込むように座れた。そうしてレバーを持って思考をロボットに流す。
ハッチが滑らかに閉まり、モニター部分をマジックミラーのように変える。のりのりで叫んで、歩かせようとするが
キギィ
金属音がしただけで動かなかった。
あれぇ? と頭を捻り不思議に思ったがすぐに気づく。関節部分も硬化させているやと。
自分の座る椅子はふかふかにイメージできたが、ロボットの関節部分は動くようにイメージはできなかったのだ。
なんというか、昔の非可動のロボット玩具みたいなもんである。それならばと、関節部分を柔らかくなるようにイメージする。
簡単簡単とイメージを反映させると、関節部分からガラガラとロボットは崩れ落ちてバラバラになった。
「ぐふっ」
さすがは棺桶ロボット。崩れ落ちただけで胴体部分もバラけて幼女は床に叩きつけられてしまった。
どうやら金属部分の重さに関節部分が耐えられなかった模様。生クリームのように柔らかくイメージしたので当たり前であるが。
ガラガッシャンと派手な音が部屋に響く。
「うう……。関節部分を柔らかく、他は硬くなんてイメージ難しい……。可動ロボットを作る人って凄かったんですね」
イテテと頭を擦りながら、ロボットを霧散させて立ち上がる。これはイメージが難しい。かなり練習しないとイメージを思い浮かべるのは無理っぽい。
それならば、ひたすら練習するのが普通の流れなのだが、幼女は気が短かった。この世界に飽きているとも言う。
考えても見てほしい。いい歳のおっさんが赤ん坊として異世界に転生したのだ。
文明が一度滅んだらしい剣と魔法の世界に。灯りやお風呂はある。伯爵家なのだ。貴族はお金持ちなのであるからして。他の貴族は知らないけど、食べ物には砂糖と香辛料はないが、白米もあるし醤油、味噌もある。
だから、転生したおっさんは満足して暮らせていけるのだろうか? 贅沢と言われるかもしれないけど、常にゲーム実況動画を見ながら、ターン制の古いゲームをしつつ、漫画を横目に、スマフォのアプリゲームのスタミナが回復したか時折確認していたおっさんが、食事以外は何もない世界に耐えられるか? 幼女だから日本酒もビールも焼酎もワインも飲めないのに。
否! 断じて否である。暇で仕方ないのだ。お酒がかなりの割合を占めていたことはおっさんだから当然だよね? 今の身体は美幼女であるからして。
退屈は人を殺すのである。元おっさんなど、洗剤をかけられた黒い虫みたいに簡単に死んでしまうのだ。しかも、すぐ近くにはテーマパークもある!
おっさんの歳では遊びに行くのは厳しくなったが、テーマパークは大好きだったのだ。
ようやくすると、ネムはテーマパークで遊びたいのだ。以上。
さすがは元おっさんである。清々しい程自分の欲望に正直だった。
という訳で、固くなければ良いんじゃね? と懲りずにネムは今度はキグルミをイメージした。なんとなくクマはヤバそうなので、狼をイメージする。
キラキラと光の粒子が幼女のちっこいおててから放たれて、狼のキグルミが出来上がる。デフォルメされているので、可愛らしい狼のキグルミである。
背中が開いており、そこから入ることができるようになっていた。もちろんコックピットのようなイメージをしたので、中に入るのは問題ない。
「ゴフッ」
美幼女に相応しくない呻き声をあげてキグルミごと床に倒れ込んだが。
二本足で立っていたので、幼女の軽い体重でもバランスが崩れて倒れたのである。
「ぐおぉ……。二本足だと、全体が柔らかすぎて耐えきれませんでしたか、ちくせう」
アニメのロボットって本当に凄かったんだと理解した幼女である。現実でもニュースとかで、ロボットの二本足歩行は困難だと言っていたが、その身を持って痛感した。これは難しい。というか全体を綿のみの柔らかなキグルミをイメージしたのが悪いのだろう。
しかしネムはめげなかった。暇なのでやることは寝ることだけだが眠気を我慢しちゃう。夜中に起きている悪い幼女なのであった。おっさんのせいで成長を妨げられているので、虐待だと誰か通報をしないといけないと思うのだが。
「次、4足歩行!」
ちっこいおててを翳して新たなるキグルミをイメージする。今度は4足歩行の狼だ。二足歩行の場合と違い大きいが誤差の範囲だろう。全長2メートルと5メートルの違いなど誤差だよねと、現実から目をそらす幼女である。
二足歩行だと胴体が縦長だから問題ないけど、4足歩行だと胴体が細長くなるので、巨大化が必要だったのだ。
問題なく4足歩行の狼に乗り、潰れることもないことに、ムフフとほくそ笑む。どうやら、綿とはいえ、丸太のように太い脚をイメージしたのが良かったのだろう。さすがに幼女の体重がかかっても潰れることはなかった。
外から見ると、ずんぐりむっくりした狼のキグルミだが問題はない。誰にも見られなければ良いのだ。
常日頃適当に生きてきた元おっさんは、根拠なき自信を持ちレバーを握る。そしてニヤニヤとネムは嬉しそうに笑いながら叫んじゃう。
「動くぞ、この機体!」
ご機嫌となり、自分が言ってみたいセリフを口にして、キグルミ狼を歩かせる。
1歩
2歩
3歩
ドガラッシャン
「ガハッ」
見事に足が絡んで倒れてしまうネムであった。3歩目で足が絡みつき、勢いよくキグルミから放り出されて倒れてしまったのだ。というか自重せずに高速の動きをしたために頭から壁にめり込みました。
「四足を歩かせるイメージ……こんなに難しいなんて知りませんでした」
あいた〜と、壁にめり込んだネムは頭を抜きながら呟く。二本足より難しい。二足歩行だとバランスが崩れ、4足歩行だと、4本の足を正確に動かすイメージを持たなければならない。うん、無理だな。おっさんの貧弱な思考だと4足歩行は困難だ。
「本当に石壁に頭が刺さるなんて、コメディ漫画は嘘ではなかったんですね」
パラパラと石くずを頭から落としながら感心するメタル幼女。大きな穴が空いちゃったと怒られないよう考えるが、取り敢えず後で良いやと気を取り直す。
取り直す後でと考えて、前世では記憶から忘れ去ることが多々あったおっさんだが、まったく反省はしていなかった。
「二足歩行も4足歩行もイメージするのが大変です。無意識で二足歩行ができるなんて人間の身体ってよくできているんですね」
考えて足を動かすのはかなり困難だと悟る。これだと車輪をイメージしても駄目だ。きっと四輪とかだと、それぞれの回転がバラバラになってしまうと簡単に予想できた。
と、すると一繋ぎで動く物体を考えなければならない。
さて、どうしようかと幼女は小柄な身体を傾けて、ぽすんとベットに横たわり考え込む。
さらりと伸ばした白銀の髪が流れるようにベットに広がるのをぼんやりと見ながら、もう一つ思いつく。
「適度に固くて、そして柔らかい……。移動をするのにイメージしやすい……。そんな凄腕傭兵がゲームではいましたね」
あの傭兵ならイメージしやすい。どんな戦場からも帰還するあの傭兵。
「もう眠いので、これでラストにします! イメージ、クリエイトスーパーウルトラ最強マン!」
小学生でももう少し捻りのある詠唱をするだろう。本当に前世はおっさんだったのかと疑うレベルの語彙のなさを見せて、ネムはちっこいおててを翳して強くイメージした。
キラキラと光の粒子が集まり、イメージどおりのぼでぃが創り出された。
とうっ、と幼女は掛け声をあげて乗り込む。そうしてレバーを握り動かし始める。
「おぉ! こ、この機体動くぞ!」
ちゃっちゃ、ちゃっちゃちゃっちゃと鼻歌を歌いながら、傭兵ぼでぃを動かす。ポニョポニョと歩いたが、バランスよく歩けて、倒れそうになっても柔軟性もある身体のために倒れることはない。
試しにナイフをイメージすると、鋭そうなナイフがクリエイトされて、高速で切払いできた。風切り音がピュンピュンとして、格好いい。幼女は強く感動して、うるうるとオメメに涙を溜めちゃう。
「私にもチートがありました。ありがとう、どこかの神様」
転生をしてくれた神様に、転生はしなくて良かったんだけど、チートはくれたようなので一応感謝しておくよと、なぜか上から目線で神様に感謝する。
できればインターネットを使えるかビールを創り出すチートの方が良かったんだけどと、罰当たりなことも考えていた。まぁ、チートはなくて、アホなやり方で自分自身の力でパワーアップしたので、もし神様がいても呆れるだけで天罰は与えないだろう。
「いける。いけます。フハハハ! 私もアタミワンダーランドで遊べます」
飛び降りて、腰に手を当てながら高笑いをして、満足げに創った傭兵ぼでぃを眺める。
どんな悪路をも歩行できるスライムのような粘度のある下半身。倒れそうになっても、柔軟性のある胴体が衝撃を緩和してバランスをとる。どんな攻撃も受け止めてしまう硬めの真っ白な身体。
何よりもイメージしやすい長方形というのが素晴らしい。
ゾンビたちの群れから脱出する伝説の傭兵と言われた男。
その名は豆腐。格好良く言うとTOUFU。
練習したくない幼女がカラカラとなりそうなちゃっちゃな脳で捻り出したゲームキャラである。
有名な某ゾンビゲームを参考にしたナイスガイだ。