37話 適当に誤魔化すキグルミ幼女
ネム・ヤーダ伯爵令嬢5歳。中の人の精神年齢を足せばそろそろマイナスに突入する予定の外見だけは儚げな幼女は夜にコソコソと忍び足をしていた。
「こちらネムです。そろそろ眠いです、大佐」
白銀の髪をたなびかせて、宝石のような瞳にちょこんと可愛らしいお鼻に可憐な花のような唇。その顔立ちは可愛らしいが、華奢なので、か弱さも見える。ぬいぐるみのように抱きあげられる小柄な体躯も相まって、箱入り娘にしなきゃと、100人中99人が思うだろう儚げな美幼女だ。
そんな外見とは違い、幼女は渚から貰った小猫のキグルミなようなパジャマを着て、パジャマについている猫の尻尾をフリフリと振りながら城の中をコソコソと真夜中に移動していた。怪しいことこの上ない幼女である。
魔石による明かりが天井から通路を照らしているが、光量を抑えているので薄暗い。自らの影に何度かびくつくアホっぷりを見せながら、スニークミッションをしているネム。
なにをしようとしているのかというと……。ちっこいおててに小袋を握っていた。かっぱらった……いや、借りたお金を返すべく金庫へと向かっているのだ。中には1000円ほど入っている。
なんとダンジョンで倒したコインを集め終えたら3000円を越えた稼ぎになったのだ。ウハウハである。宝石も売ればもっと稼げたとは思うのだが、なぜかネムの見つけるトランクケースはロングマガジンとか、サイレンサーとか、グリップとか銃のパーツばかりだったのだ。
おかしい、あまりにもおかしいと静香をジト目で見つめたが、銃のパーツで良かったわねと満面の笑みを返すのみであった。すり替えられていると思うが証拠がないので、諦めたキグルミ幼女である。
まぁ、お金はできた。借りたのは200円だから、5倍にして返そうと、100円札を10枚袋に入れて金庫へと急ぎ足。
この世界、貨幣の種類をロザリーに尋ねたら1万円札も、千円札もあるんだよな……。前世なら1億円札である。どうやって使うのだろうか? 秀吉が鋳造した主に贈答用に使われた天正大判だってそこまでの価値なんかないぞ。
この世界って、本当にめちゃくちゃだなぁと思いながら、ムフフとニャンコ手袋を口元にあてて笑う。
「借りたお金が5倍になってたら、驚きますよね、きっと」
「早く帰りましょうよ」
問題は1円札の束が100円札になっているところだが、中の人は知力はきっとめちゃくちゃなので、気にしなかった。バレる可能性大である。完全犯罪は絶対にできない幼女であった。
こっそりと身体を屈めて歩くネムへと、ぽてぽてと同じく黒猫パジャマを着た静香がふわぁとあくびをしながら続く。もう夜なのでおネムらしい。そして静香は100円札の不自然さには注意しなかった。面倒くさい模様。それか興味はない。
「待ってください。金庫が見えましたよ」
ちょこまかと子猫のように移動して、城の奥。金庫に到着。宝物庫とは正反対の場所にある。宝物庫と隣合わせだといっぺんに盗まれるからだろう。
何度か見たことがある金庫。大きな扉の付いている古き良き銀行の金庫である。金庫破りに張り切る怪盗とか出てきそうな感じ。扉の前には歩哨が二人。鋼の鎧に鋼の槍と盾を装備している。壁にかけられている松明がぱちぱちと火の粉を散らし、辺りを照らすが薄暗い。おっさんならノーサンキューなバイトである。お化けが出そうな雰囲気なんだもの。
通路の角からこっそりと様子を窺うが、眠っていたり、暇そうにおしゃべりをしていたりしていない。眼光鋭く佇んで微動だにしていない。
大金が入っているのだ。油断をしていないのは当たり前か。
「空き缶か小石で、警備の気をそらせますよ。静香さん。静香さん?」
返事がないので、あれぇと子首を傾げて辺りを見回すと
「夜ふかしはお肌の天敵だから寝るわ」
と、廊下に紙切れがぽつんと置いてあった。飽きて帰ったらしい。
「まったく。まったくもぅ。ロマンが足りませんね」
何もかも足りない幼女は口を尖らせると、空き缶はないかな、小石でも良いよと思いながら探すが城にそんなものはなかった。仕方ないので、豆腐を作り出す。ちなみにネムが創り出す豆腐は仮想豆腐なので、スタッフ一同が美味しく食べなくても、すぐに消えてしまうので、食べ物ではない。
ていっと、騎士たちのいる反対側について放り投げる。通路の奥に豆腐がぺちゃっと落ちる。
気づいて二人とも移動するよねと、ゲノム兵なら確実にアホな行動を取るはずと、アホな幼女はワクワクして見守っていたが、二人とも気づかなかった。ていていと何個か豆腐を投げるが気づく様子はなく、しょんぼりしちゃう。どうやら音がしないのが原因だねとため息をつく。それ以外にも色々の原因はあるとは思うが。幼女の知力とか、幼女の知力とか。おっさんの知力とか。
「仕方ないです。裏手に回りましょう」
鍵を華麗に開けて忍び込むプランAを諦めてプランBである。電子金庫でない、古い金庫ならアバトウフで開けられたのにと不満に思いながら、通路をてってけ歩いて、金庫があると思われる反対側の通路に辿り着く。
「壁を壊して、中に入りますか」
人差し指を壁に突きつけて、真剣に集中し武技を使う。
『水晶剣爪』
さすがに豆腐では限界が今のところはあるので、もっと硬く鋭い爪を想像する。今のところはであって、豆腐の限界はいつか超えようとも思っています。
半透明の美しい水晶の爪がネムの細っこい人差し指から伸びていき、松明の灯りに照らされてキラリと光る。
「とやっ」
壁に突きつけると、ズブズブと石の壁に潜りこみ、途中でカチンと止まる。石の壁の後ろの金庫の合金に当たったのだ。
「コアチェンジ、マイラちゃん」
ハンスちゃんに続いて新たなる人形、マイラちゃんを創り出す。白いモニョモニョがネムを覆い、その姿を黒いドレスを着込み、黒いつば広帽子を被った真っ赤なルージュが唇に塗りたくられている2メートルほどの背丈のケバケバしい女性へと変わる。
ニタリとマイラちゃんは嗤うと、腕を軽やかに振るう。合金に押し留められていた爪は強靭な筋肉繊維により、またたく間に壁を切っていき、あっという間に幼女が通れるほどの穴を開ける。
マイラちゃん人形はハンスちゃん人形とは違い、純粋な戦闘力をイメージして作り上げた人形である。その筋肉繊維は人間の53万倍である。たぶん、そうイメージしたので間違いない。
「ミニマイラちゃんモード」
ポムとちっこい幼女に戻って、黒いぶかぶかドレスを着込んだコスプレ幼女になると、んせんせとお尻をふりふり、穴を潜る。
金庫の中は真っ暗だったので、ていっと小袋の中のお札をばら撒いて退却。なぜお札がばら撒かれてきたのかは、お金が少ないならともかく、増えているんだから気にしないでしょの精神である。会計には絶対に配属できないおっさん幼女だ。増えていても駄目とは思わないネムであった。本当に前世は社会人をしていたのか極めて疑わしいおっさんである。
「マイラちゃんはパワータイプだから、使い勝手が良さそうですね。ハンスちゃんは万能タイプをイメージすることにしましたし」
形から入る。よくゴルフをやるからと、まずゴルフ用シャツや靴を買い、マラソンをするからと決めて、高い運動服を買う。そういう人がいると思う。そういう人は形から入るのだ。
おっさんの時は買い込むだけでやりきったと満足してしまうが、幼女になってからは違う。形から入って、実際にイメージ補正が入ると自己暗示をしていた。
単に思い込みが激しいだけだとも言う。リヴァイアちゃんならブレスや水中行動、ハンスちゃんならハンマーに広範囲武技。そして新たなるマイラちゃんは脳筋である。物理攻撃主体なのである。
そして、思いつかない方が良いことをネムは思いついた。常に余計なことを思いつく幼女は、マイラちゃん人形に慣れるために、マイラちゃんモードで寝室まで帰ろうと考えたのだ。どうせ夜中だし、人気のない通路だ。静香がいなくて寂しいとか怖いなんて、いい歳をした中の人が思うわけがない。ちょっとキグルミが温かいから、着込んだままで帰るのだ。
とりあえず空けた穴には質感のそっくりな豆腐を、いや、モニョモニョを壁へとイメージして、押し込んでおく。かなり凝縮したので、しばらくは持つだろうと適当に思っておく。
というわけで、夜中の城内を歩く黒いドレスを着た背丈の高い怪しい女性が現れた。のそのそとゆっくりと歩き、寝室まで向かって行く。宝物庫からは離れているので、迷子になりながら歩く。遠回りになっちゃったと、なぜか城壁辺りに移動していた。正直、さっぱり道がわからなくなったので、城壁まで戻りました。城壁からなら道がわかるので。
そうして月明かりの下で、ようやくお部屋に帰れるよと、少し疲れながら階段を登る。
「なんで5歳の寝室が高い場所にあるのかさっぱり理由がわからんな」
ブチブチ愚痴を呟き、あと一階上がれば寝室だよと思った時であった。
「そなたのような怪しげな者から守るために、城主の一族は上層に住んで頂いているのだ」
多少の老いを感じさせる声音が聞こえてきて、ネムはぴたりと止まる。
「ほう……精霊の愛し子は随分と厳重に守られているのだな」(私って、守られていたんですね)
あれれと、またもや冷や汗をかく。またセリフが変換されているぞ? ちなみに本来の言葉は後者である。
「うむ。警備を厳重にしようと見回りを強化したタイミングで会えるとはな。儂は運が良い」
そこにはジーライ老が立っていた。その隣には騎士が二人。剣を持ってこちらへと身構えている。
運が良くないネムは青褪めちゃう。普通に歩いて帰ればよかったと、酒を飲み過ぎなければよかったと後悔するおっさんのように落ち込んだ。
「そなたは何者だ? この先にいる方は伯爵家の姫よ。先触れもなしに訪問かな?」
「ふむ……先触れはなかったことを謝ろう。で、私は出直せばよいのかな?」(ごめんなさい、帰ります)
顎をあげて、ニヤリと邪悪に嗤うマイラ人形。何ということでしょう。細かい動きも偽装を勝手に適当にしてくれてるよ?
アワワワと慌てるネム。この機械が悪影響を世界に与えるという意味が段々と実感できてきたよ?
帰してくれるかも。そうしたらキグルミを脱いで寝室に戻ろうと、楽観的にも良い考えを持って、僅かな希望にしがみつく借金を競馬で返す考えの駄目なおっさんのような思考のネムだが
「いや、儂が伯爵様の元へと案内しよう。安心するが良い」
と、杖に魔力光を灯しながら、射抜くような眼光でマッチョな魔法使いは言ってきて、周りの騎士たちも剣を向けてくる。
どうやって逃げようかなと、月明かりの下にキグルミ幼女はナイスアイデアが浮かぶように月に祈るのであった。
もちろん、月は何も語りはしなかった。




