36話 古き武器商人な宝石幼女
クロウラードールはひとのみで宝石幼女を飲み込んで、そのミキサーのようなゾロリと生えた牙で静香をミンチにしようとした。静香はすっぽりと口に入り込み、あとは口が回転をして鮮血と肉片を撒き散らすのみ。クロウラードールにとってはそうなる予定であったが……。
静香をひとのみにしたクロウラーの口内がボコボコと何か内部から膨れ上がったものに押されて膨れ上がり
バーン
と、風船のように破裂するとゴムの肉体は辺りへと飛び散る。そして、その後には2メートルぐらいの高さの長方形の鉄の箱が存在していた。
「残念ね? 私を食べるとお腹を壊すわよ」
幼女の声が聞こえて、箱がギギィと開くと、艷やかな黒髪の幼女が出てきた。ふふっと妖しい笑みを浮かべて、てこてこと箱から歩み出る。
この箱は静香の持つ武器箱だ。ジュエリー星の正義を愛する美女、五野静香。その特殊能力。力を使い武器を作るとその武器をこの箱に仕舞って売っているのである。
なお、全て自称であるので、経歴詐称の可能性は高い。
森林の奥からジャカジャカと狂気の骨と内臓の人形、ナナフシドールが木々の間をぴょんぴょんと乗り移りながら近づいてくる。それを見ていると、横からカブトムシドールが顔を出す。
甲殻に浮かぶ苦悶の人間の顔を見せつつ。
近づくカブトムシに注意を向けた静香の背後の空間が歪み、静香の首が一閃された。横薙ぎされたカマキリの前脚がその後には残っていた。姿をカメレオンのように擬態をして空間に身体を溶け込ませていたのである。
幼女は哀れ首を切られて死んだと思いきや、その姿が蜃気楼のように朧げとなり消えていく。
「デコイなの」
獲物が消えて戸惑うカマキリにショットガンの銃口が押し付けられて、爆発するように銃声が鳴り、散弾がその頭を打ち砕く。
ショットガンは箱から伸びていた。そして、コツコツとハイヒールの音が箱から聞こえ、コートを着た黒髪の美女が姿を見せる。
「ふふっ。絶対に不意打ちをしようとしている虫がいると思ったのよ」
薄く妖しい笑みを浮かべるのは、幼女の時の顔立ちが薄っすらと残る五野静香であった。艷やかな烏の羽根のような美しい黒髪、切れ長の瞳に、モデルのような高い鼻、赤いルージュを塗ったような唇。蠱惑的な、そして妖しい笑みの似合う顔立ち。男物のロングコートを羽織った美女だ。艷然と笑みを浮かべたまま、ショットガンを接近するカブトムシへと向ける。
「かかかかか」
カブトムシの甲殻に付いている人の顔が呻くように笑うように不気味な声音をあげると、その周囲に雷球がいくつも作られて、紫電が周囲を奔る。
そのまま雷球を撃ち放つと思いきや、角を帯電させて、翅を広げると、一気に加速してカブトムシは突撃してくる。こちらが回避できないように、静香の周りに雷球を撃つ万端ぶりだ。
「最高難易度なのね」
時速数百キロはあるだろう。雷の槍と化した角の一撃は静香の胴体へと付き刺さろうとする。高熱と雷の麻痺効果、そして角の分厚い鉄をも貫く鋭さ。それらが揃ったカブトムシのトラックのような突進。
されど静香は胴体に命中しても、薄く笑うのみであった。突き刺さったはずの角は静香の羽織ったコートを前に止まっていた。ばさりと盾のように角の前に突き出したコート。ただのコートにしか見えないにもかかわらず、貫くどころか、ほんのほつれも作れずに雷の角は止められていた。
「ちょっと私のコートって、特別製なの。ごめんなさいね」
ふふっと妖しく笑い、ショットガンを突きつけて、ゼロ距離で引き金を引くと、カブトムシは散弾に弾かれて頭を吹き飛ばす。
そのまま蹴りを入れてカブトムシを押しのける静香の頭上にナナフシドールが落下してくる。その前脚を振り下ろしながら、静香の頭を狙おうとするが、ショットガンを放り投げて手のひらに収まる程度の小さな銃を取り出して、冷静に落ちてくるナナフシドールへと銃口を向けて撃つ。
ガンと銃声が響くと、ナナフシドールの巨体は浮き上がり、大きく後ろへと押し下げられて着地する。
態勢を戻そうとするナナフシドールであったが、頭を静香に向けようとして、次弾が命中しパリンと砕け散るのであった。
硝煙を銃口からふっと息を吐きかき消す静香。
「これ、マグナム弾を撃てる銃なのよ。結構強力でしょう?」
銃を振ると排莢をして、新たな弾丸を入れながら言う。チャリンチャリンと薬莢が地に落ちて音をたてる。
「さて、未だにパワーは戻らないから、このモードは疲れるのよね。ネムの場所に戻らないと」
辺りを見渡して、肩をすくめる静香だが、スッと目を細める。
「ボスキャラを倒さないといけないのかしら。こちらはか弱い女性なのに酷いわね」
「久しぶりの人間ネェェェェ」
地面がボコボコと盛り上がると、血の色の蔓がうぞうぞと現れてより集まると3メートル程の木のようになり、先端に紫色の蕾が作られる。
そうして、蕾が開き花びらが広がりラフレシアのような花が咲く。その中心に人形の顔を見せながら。
「どうしようかしらァァァ。すべての血を抜き取ろうかしら? それとも生きながら肉を食べてあげて内臓を残してあげようかしらァァ」
毒々しい声音でこちらを見ながら、ニヤニヤと嗤う魔物。ボスキャラなのだろうと推測できる。
「ボスキャラなのね。ラフレシアドールでネーミングは良いかしら。それとさようなら」
間髪入れずに容赦なく静香は銃を撃つ。パンパンと銃声が響き渡り、マグナム弾がラフレシアドールにたたきこまれる。静香の特殊能力は武器創造。そして、ネムには伝えていないが、ゲーム準拠である。特に内緒にしているわけではなくて、リアルでもゲームでも、ネムは特に気にしないと思ったからである。
リアルと違うのは、マグナム弾がライフル弾よりもなぜか強いとか、無限弾が使用できたりと些細なところだ。そして、マグナム弾は敵の分厚い装甲も簡単に穴を開ける威力であったのだが……。
「!」
正確な狙いにより頭を狙った一撃であったが、その一撃はすり抜けて、ラフレシアドールの頭は砕け散ることはなく、静香は眉を顰める。
「キャハハハハ。時代遅れの武器ィィ」
哄笑と共に蔓が解けて、地面へと戻っていく。そうして、地面がもこもことなにかが通ってくるように畝を作り、静香へと接近してくる。何かというか、蔓が迫ってきているのだろう。
「時代遅れの武器なんて言ってくれるわね。試食をしてみれば、感想は変わるかも」
多少ムッとしながら静香は手のひらサイズの銃をアイテムポーチに仕舞い、地を蹴り横っ飛びする。今まで立っていた静香の場所に蔓が槍のように地面から突き出されて、そのまま連続で静香の方まで次々と蔓の槍が突き出てくる。
「ふふっ」
迫る蔓の槍を気にせずに、静香は後ろを振り向くと、地面に放ったショットガンを拾い上げて、何もない空間に引き金を引く。バンバンとショットガンの散弾が放たれて、何もない空間に飛んでいくと、空間が揺らめき上半身が破裂したカマキリドールがヨロヨロと歩きながら力なく倒れた。
「鈍い槍に注意を逸らして、雑魚敵の不意打ち。ボスキャラにあるまじき戦闘スタイルね」
馬鹿にするように鼻で笑う静香だが、畝もないのに、周囲から囲う牙のように蔓の槍が飛び出してきた。
畝が迫ることにより、敵の攻撃が判断できると思いきや、実際は畝など作ることはなく地下を移動できるボスキャラなのだった。最高難易度ということなのだろう。ノーマルなら畝が常にできるに違いないと静香は迫る蔓に苦笑しながら、ポイッと作っておいた閃光グレネードを放る。
カッと眩い光が辺りを照らす。
「キシャァァ。な、ナゼぇぇぇ、眩しいい」
眼前まで迫ってきていた蔓の槍が解けていき、先程と同じラフレシアの木樹が地面から出てきて、花が開くと苦しみのたうち回る。
「私の閃光グレネードはあらゆる敵を怯ませるの。ごめんなさいね?」
そう言いながら、ショットガンをラフレシアドールに向けて撃つが、散弾はやはり敵の胴体をすり抜けてしまう。ダメージが入らないと判断するが、地下に核があるのだろうか?
「残念でしたァァ。『アシッドブレス』」
目くらましから回復したラフレシアドールは顔をこちらに向けると、上下4分割に顔を開く。顔の中には紅く光る水晶があり、その周りに煙を吹き出す毒々しい色の液体が集まっていく。
放水ホースから放水されるがごとく、酸のブレスが勢いよく静香目掛けて放たれる。
「ちょっと厄介なのね」
静香は舌打ちすると、武器箱の陰に身を隠す。すぐに酸のブレスが襲ってくる。ジュウジュウと地面が溶けていき、草木が溶けて、刺激臭があたりを漂い、顔を顰めてしまう。
だが自らの武器箱は溶けることはなく、飛沫を防ぐためにコートを頭に被る。
「う〜ん。テーマパークだから、最高難易度とはいえ、倒せないはずないのよね。なにか方法があるんだわ。予想だと、さっき見えたルビーみたいな核なのよね」
だがヘッドショットを決めたのにダメージは与えられなかった。たぶんブレスを吐く時以外は核を体内に移動させているのだろう。ブレスを吐く瞬間か、吐き終わる時に狙い撃つのだ。かなりシビアなタイミングである。
未だにブレスは放たれており、タイミングは掴めない。何度かこの戦いを繰り返すのだろう。槍を躱しながら雑魚敵を倒していき、ブレスを吐くタイミングで攻撃。以下にもゲームっぽい。
「攻略サイトがみたいところね。ふふっ、私が普通なら」
パアッと光の球を作り出し新たなる武器を創造する。
「時代遅れの武器の力を見せてあげるわ」
手に持つのはグレネードランチャー。ずしりと頼りになる重さを手に伝えてきて、悪戯そうに静香は微笑む。
ちょうどブレスが途切れたことを確認して、箱から飛び出してランチャーをラフレシアに向けると、やはり予想通りにルビーのような核を見せながら、ゆらゆらと力なくラフレシアドールは揺れていた。この瞬間を狙い撃てと言うことなのだろうが……。
「面倒くさいわ」
引き金をカシュッと引くと、カポンと空気の抜けるような音がして、弾丸はラフレシアドールの地面から突き出している付け根に飛んでいく。
引き金を連続で引くと、グレネード弾は付け根へと命中して
「ギャァァァ!」
力なく揺れていたラフレシアドールは苦しみの声をあげた。見るとグレネード弾の命中した付け根は勢いよく溶けていた。『ひっとぽいんと』をみるみるうちにゼロとして、あっという間に付け根は溶けていき、ラフレシアドールは体重を支えきれなくなり、蔓が千切れて地に倒れ込む。
「ふふっ。知ってた? グレネード弾って、硫酸弾や、火炎弾、そして冷凍弾があるの」
弾丸を入れ替えると、倒れ込んでいるラフレシアドールへと近寄り銃口を突きつける。
「れ、れいとうだん? そんなものがあるわけ」
「ふふっ、私のはあるのよ」
頭目掛けて引き金を引くと冷凍弾が発射され、敵はモクモクと白い冷気に包まれて、氷の彫像へと早変わりして、ビシビシとヒビが入り、ポロポロと破片となって砕けていくのであった。
「時代遅れの武器も良いものでしょう?」
そう言いながら、静香は砕けた花から零れ落ちたルビーのような核を手にして妖しく笑う。
「やったわ。これ、本物のルビーね。私は古い武器商人だから貴金属にしか興味ないの」
このボスは良い物を落とすのねと、アイテムポーチにしまいながら、ネムと合流するべく、ぽふんと幼女に戻って、テチテチと歩き出すご機嫌な静香であった。




