35話 中層を探検するキグルミ幼女
そろっとスタッフ通路から扉を開けて、テーマパークの中を覗き見る。その光景を見て、そっと扉を閉めるキグルミ幼女。もこもこのキグルミを着て、よちよちと歩くコスプレに近いミニハンスちゃんモードである。偽装は静香以外の他人に見られる時に起動するように設定しておきました。ミニの場合は偽装に期待は持てないけど。
「花園コースの意味がわかりました。わかったから、そろそろ帰りませんか?」
ちょっと震えていたりもするネム。ホラー映画を見て、怖がる幼女のように見えて可愛らしい。白銀の髪を紅葉のようなちっこいおててで押さえて、ぷるぷると震えていた。その可愛らしい儚げな顔は恐怖で彩られている。その姿を見た人は大丈夫かなと心配してくれるのだろう。
おっさんが震えていたら、アルコールを控えたほうが良いですよと忠告をされるので、幼女はお得である。
「だめよ。ナナフシドール、いたじゃない。あれ、10万アタミよ?」
「雑魚はボスと同じドロップはしないですよね、きっと」
雑魚敵になったボスから、ドロップをじゃんじゃん稼ごうと言ったその口から前言撤回する幼女である。
「そうね。もっと良いドロップかもね。なにか不満なところがあるの?」
静香が平然とした口調で言うので、ガバリと顔をあげて叫んじゃう。
「なんですか、あのSAN値を削るだけの光景! 敵が怖すぎです! 強いとかじゃなくて。強いとかじゃなくて。大事なことなので2回言いますけど!」
「まぁねぇ。カブトムシドール、カマキリドール、クロウラードールとネーミングしたわ」
「そのネーミングだと、敵の怖さがちっとも伝わらないですよ! 見てください、あれ!」
扉をそっと開けて、もう一度ウフフ花園コースを観察する。目の前に広がる光景は夕方を過ぎた頃のシチュエーションなのだろうか。オレンジ色より少し薄暗い色合いの逢魔が時という感じである。10メートルは幹の太さがある木々が聳え立ち、雑草が1メートルほどまで育っている。
この階層は通路はなく、だだっ広い森林エリアのようで周りの様子が遠くまで見える。
……そこまでは良い。少し薄暗いので多少不安に思う空気が感じられるが。問題はここの魔物だ。
まず予想通り入り口の門番だったナナフシドール。ナナフシという名前からは想像つかない上半身から手足と肉と皮を削ぎとったような骨と内臓だけで動くように見せている人形の化け物だ。なんとか見かけはナナフシに見えないこともない。
次はカブトムシドール。見掛けはたしかにカブトムシだ。しかしながら甲殻にびっしりと苦悶の表情の人間の顔が張り付いていてデコボコしています。うん、怖すぎです。戦闘になったらあの甲殻についた人間の顔が呪ってきそう。
カマキリドールはカマキリの人形。でも普通とは違って鎌から血にしか見えない液体を垂らしている。そして腰には人形の頭がベルトのように連なって巻かれている。どこのシリアルキラーなのかな?
クロウラードールは見掛けより凶悪だ。口の中が肉の層になっており、びっしりと層ごとに無数の小さい牙が生えている。噛まれたら摩り下ろしされそうな口内である。そして体表はびっしりと毒々しい紫色の繊毛を生やしており、生理的に気色悪い。
此処が狂気の花園なのは理解したよと、ネムは恐怖に震えていた。赤ん坊よりひ弱な精神ではSAN値チェックに成功するのは極めて難しいのだからして。
普通の森林にそんな虫人形たちが枝や幹にへばりついているのだ。たぶん草むらの中にも同じような敵がいそうである。
「大丈夫。慣れよ、慣れ。ゲームに例えると初見ならスタンダードでも、ライカンは素早くてタフネスで倒しづらいと驚いたものだけど、最高難易度を経験すると、ひ弱でノロマにしか思えなくなったでしょう?」
「わかりやすい例えをありがとうございます。だってライカンはスタンダードだと主人公の前に来ると必ず立ち止まるから、素早く見えて、実は遅かったんです。でも、目の前の敵はハンドガンの弾丸を大量にぶち込んでも怯まずに襲いかかってきそうな予感がします」
相変わらずの二人の会話であり、静香はのほほんとネムの防御力を指摘する。
「ダメージを負わないんだから良いじゃない。あの程度なら大丈夫でしょ?」
「幼女はSAN値が限界になるとギャン泣きしてゲームオーバーになっちゃうんです。それにNOSを使用中は物凄い疲れるんですよね。……とはいえ仕方ないですか」
豆腐鎚を握りしめて深呼吸する。すぅはぁと可愛らしい呼吸音がしばらく続き、真剣な表情となりスタッフ通路から飛び出す。
「先手必勝です。豆腐雨」
なぜか豆腐にこだわって、片手を翳して武技を発動する。瞬時にネムのモニョモニョエネルギーが空を覆うと、真っ白で細長い豆腐素麺が辺り一面に降り注ぐ。
ただの豆腐の雨なら、意味がないでしょうと思える技ではあるが、その威力が違った。
高野豆腐から作られた豆腐素麺をイメージしたのだ。しかも射出速度はネムの今出せる限界までイメージしている。
キィーンとミサイルのような音と衝撃波を生み出して、細長い針のような豆腐素麺は地面へと降り注ぐと威力に耐えきれずに爆発するように砕けていく。ドドドと絨毯爆撃のように爆音が鳴り響き、木々も草むらも不気味な人形たちもその全てが砕けていくのであった。
「見ましたか、静香さん? 広範囲武技です。これなら戦闘も楽ですよね。きっと高野の退魔師も実は使っていたんじゃないですか」
りんぴょーとーしゃこうやどーふ、みたいな感じでと、ドヤ顔になるが、そんな退魔師には誰もなりたがることはないだろう。
「見事な豆腐サラダになったわね」
「ドレッシングはないですけど」
砕け散って酷い地形と辺りは変貌していた。普通の森林はなくなり、砕け散って木々が地面に広がっている。全て脳筋アタックでいけば良いでしょなキグルミ幼女は、ひと仕事したよとかいてもいない汗を拭うふりをしつつ、辺りをキョロキョロ見渡す。そこかしこに魔石が落ちているので、大量ゲットである。拾い集める方が大変だ。
「5万アタミ、10万アタミ、7万アタミ……バラバラの金額ですけど、余裕で240円は超えていそうですね」
「2000円はありそうだけど、集めるの大変そうね。良いわ、私も手伝うから、ネムはあっちの方を集めてちょうだい。私はこっちを集めるから」
サークレットが外れて、ポフンと黒髪幼女へと姿が変わる。量が多いので、珍しく手伝ってくれる模様。
はぁ〜いと、ぽてぽてと指し示された方のコインを、いや魔石を集めていき、静香をちらりと見ると、魔石には目もくれずにダッシュで一際大きかった木の残骸へとてってけ走っていた。んん?
なにをしているのかと見守っていると、残骸に手を突っ込むと、んしょんしょとトランクケースを引っ張り出す静香。
パカリとトランクケースを開けると、手を突っ込みなにかを取り出す。それは大粒のエメラルドが嵌められているネックレスであった。すぐに何もない空間にネックレスを押し込むと、ネックレスは姿を消す。アイテムボックスを持っている模様。
「というか、ネコババしないでくださいっ!」
「馬鹿ね。宝箱は見つけた者勝ちよ?」
「同じパーティーなら違うでしょっ」
「パーティーに参加する招待状はもらっていないわ」
「むぐっ、気の利いた返しをしてくるとは」
宝石好きな静香に、口をつぐみなにか気の利いた返しをしなきゃと焦るネム。何かないかなと、ウンウンと幼女は考え込むが思いつかなかった。今まで真面目に生きてきたから、面白い返しとか苦手なんだよなと、言い訳だけはそく口に出るだめな中の人である。
「というか、よくわかりましたね?」
「宝石センサーが働いたのね」
宝石幼女の頭頂にピコンとアホ毛が立っていた。アホ毛キャラとはなかなかやりおると感心しちゃう。というか、宝石の存在をわかるっぽい。
「むぅ、今のアイテムはどんな効果だったのか気になるんですけど」
「命中率が少し上がるわ」
「銃のパーツには見えませんでしたけど」
もはや絶対に見せてくれる様子はない静香に嘆息しちゃう。が、嘆くのはまだ早かった。
『ピンポンパン。エリアの魔物の7割が倒されましたので、特殊ボスがポップします。この調子でじゃんじゃん倒してコインをゲットしていってください』
軍艦マーチが響き渡り、一昔前のパチンコ屋のような軽い口調の放送がかかり、ネムはギクリと身体を強張らせた。こういうのって、ゲームではよくある。敵を倒しまくると隠しボスが出てくるタイプだ。
周りを素早く見回すと、草木がニョキニョキと生えてきてあっという間に地形が森林地帯へと戻っていった。
ガサガサと周りから、虫が歩くような音もしてくる。こいつはやばいよと指輪を使おうとして……はたと気づく。
静香がそばにいない。結構離れており、今は木々のために姿も見えない。
しまったと舌打ちする。幼女の小さい舌での舌打ちなので、チッチッと小鳥のような鳴き声で可愛らしいので、いまいち危機感を感じさせないネムである。
だが、静香を呼び寄せる裏技をネムは知っていた。実はネムもトランクケースを見つけていたのだ。
「静香さん、ここにもお宝が」
ありますよと宝石を取り出せば、餌を貰えると気づいた犬みたいに、全力疾走で来るだろうとトランクケースをパカリと開けて口籠る。
ダットサイトだった。しかもアイアンサイトである。ちなみにダットサイトとはアサルトライフルとかに付けるオプションパーツである。
トランクケースの中にはちっこい銃のパーツが入っていたでござる。
「なんで? こんなトランクケースに入れておかないでください。銃なんか持ってもいないんですよ? TOUFUはナイフ縛りなんです」
アンギャーと叫ぶ幼女はドロップアップじゃないのかよと叫ぶのであった。
一方その頃、静香はというと、ネム以上に困っていた。周りを草むらが埋めており、木々が視界を阻んでいる。
「困ったわね。ネムとはぐれちゃったわ」
しかもかなり距離が開いていると推測していた。推測の元となっているのはというと……。
手に持つ数個のトランクケースである。木々が生えてきたので、慌てて感知していたトランクケースかっこ宝石が入っているかっことじ、を全力疾走で集め回ったからである。もはやネムの居場所はわからない。
「まぁ、のんびりと探すとしましょうか」
トランクケースから、金の猫像や、ルビーの指輪を取り出して、いそいそと貴金属専用アイテムポーチに仕舞う。
「もっとないかしら」
まだ半分もこのエリアを探していないしと、キョロキョロとする強欲幼女であるが、ピクリと眉を顰める。
なにか気配がするわねと、真剣な表情になる静香を草むらから飛び出したクロウラードールがそのミキサーのような口を広げて襲いかかるのであった。




