34話 キグルミ幼女は変装装置の能力に驚く
アタミワンダーランドの入り口前。お金がないから入場できないヤーダ一行と中にいるカウボーイハットとコートの男はバリア越しに顔を合わせていた。
「あの、ハンスさん。もう中に入ったんですか?」
未亜が第一声をあげて尋ねる。その言葉でこの男が昨日の冒険者だと確定する。
「当たり前だろう? 稼げる時に稼がないとな。冒険者ってのは世知辛い」
肩をすくめてハンスは答えて、クリフたちを見ながらニヤニヤと嗤う。その姿は世知辛そうな様子には全く見えない。
「これはこれは、ヤーダ伯爵一行ではないですか。精霊の愛し子の力でダンジョンを攻略に来ましたのでしょうか? いや、いないところを見ると様子見というやつですか」
カウボーイハットを手に取り、丁寧にお辞儀をしてくる。慇懃無礼な態度だが、気になることを男が言ったことにクリフは気づいた。
「精霊の愛し子? 随分耳に入れるのが早いのですね。……それになぜ精霊の愛し子がここにいると思ったのですか?」
妹のネムが精霊の愛し子と言う情報は世界樹の情報と共に噂が流れている。しかし、一介の冒険者が知れるようにまでは広まってはいないはず。それに、なぜここにネムが来ているとこの男は思ったのだろうか? どうやら僕たちの顔も知っているらしい。おかしな話だ。
「おっと、失言でしたな。これは失礼、忘れてください。それじゃ私は探索をすすめるので失礼」
クックと含み笑いをしてハンスという男は小馬鹿にしたような笑みと共に身体を翻し去ろうとしてしまう。
「待て! なぜダンジョンが復活していたことを知った? そして、どうしてここで精霊の愛し子の名が出る? そなた、何を知っているのだ?」
ジーライ老が声音を厳しくして、問い詰めんと手をかかげるが、ハンスは顔だけを振り向けて口元を曲げて見せた。
「冒険者が飯の種を教えるようなことをしないと思うがね。自分たちで調べろよ。まぁ、わかればだけどな、クハハハ」
哄笑しながらハンスは奥へと消えていく。どうやら情報を教える様子はないのだろう。伯爵家相手にあの態度とは……。図太い性格だけだとは思えない。怪しすぎだ。
「どうするのっ? 一人分ぐらいは入場料あるでしょっ? ジーライが追う?」
「いえ、儂が無理に追っても話すことはないでしょう。あやつは冒険者ギルドに登録したのだな? 支店長よ」
頭にきたと、短気なリーナは顔を真っ赤にして怒るが、ジーライ老は冷静だった。もし追いかけて戦闘になった時に勝てるかもわからない。結局は街に戻ってくるのだ。無理をして追いかける必要はない。
そのとおりですと支店長が頷くのを見ながら厄介なことになったとクリフは悟る。精霊の愛し子……どのような秘密があるのか父様にお願いして調査しないといけないだろうと思いながら、アタミワンダーランドをあとにするのであった。
アタミワンダーランド内をぽてぽて歩きながら、ネムはミニハンスちゃんにキグルミを変化させる。豆腐鎚はそのまま肩に担いでよろけちゃう。
「ねぇ、静香さん? この偽装装置適当すぎません? 言語変換機能が特に」
「あら、別に気にしないって言ってなかったかしら?」
からかう静香に渋面になっちゃうキグルミ幼女。その表情は苦手な食べ物を口にした幼い顔なので、頑張ってと思わず応援しちゃうぐらいに愛らしい。そして、ネムはというと……。先程のセリフ。そうだったんだけど……。少し……いやかなり……。
さっき会った時の会話を思い出す。冒険者ギルドの受付嬢さんがもう中に入ったんですかと聞いてきたので、キグルミを着ていることを忘れて、テヘヘそうなんですと答えました。チロッと舌を出して悪戯そうに答えました。知力1の返答をしました。
「当たり前だろう? 稼げる時に稼がないとな。冒険者ってのは世知辛い」
さて、変換結果はこれです。ま、まぁ、おっさんのセリフだとこうなるのかな? で、リーナお姉ちゃんたちも来ていたんだ。と正体がバレる発言を続けました。さすがはネム。フォローの難しいセリフで自分を追い詰めました。
「これはこれは、ヤーダ伯爵一行ではないですか。精霊の愛し子の力でダンジョンを攻略に来ましたのでしょうか? いや、いないところを見ると様子見というやつですか」
え? なにこれ? 変換? これ、変換? 妥協して変換かな? 変換ということにしておこう。
で、クリフお兄ちゃんが、ネムがここにいるとなんで思ったのか聞いてきたので、セリフの変換が変じゃないかと思っていたネムは、私はここにいるので、あ、失敗です。忘れてくださいと、ワタワタして答えました。
もうこの時点でアウトである。おっさん幼女は口を開かないほうが良いと思われるセリフである。
しかし変換機能は、なにやら怪しい含みを持たせた失言だったという言葉に変換してくれた。
誤魔化せるような失言だったと答えたのは良いけど、言い方が怪しすぎ。なぜ精霊の愛し子を知っているとジーライが聞いてきたので、私はネムじゃないですよ。だから知りません。きっと世界に3人いるそっくりさんの一人ですと、パニクったセリフで、しなければ良い言い訳をしたのだが……。
冒険者の飯の種を教えないよと変換されたので、さっさか逃げたのである。
「ねぇ、これ怪しすぎですよ。これから街にこっそりと拠点を作ろうと思っていたのに、もうこれ、何かの組織の一員みたいな怪しさですよ? 適当すぎません、この変装装置」
今回はうまく誤魔化せたけどと、息を吐くネムだが、何を誤魔化せたかは謎である。本人的に何かを誤魔化せたと思っているらしい。たしかに変装装置がなければ正体がバレていたのは間違いない。
「そうねぇ。世界に悪影響を与える装置という意味がそこはかとなくわかったわ。きっとコミュ障の人のための機械なのね」
悪戯そうに言う静香にため息をついちゃう。
「これを使ったらコミュ障の人は引き篭もりにジョブチェンジしちゃいますよ、まったく」
自分の意図したセリフとはまったく違うセリフ。知らない間に周りに敵を作りそうな機械であるからして。
「これ、ほとぼりが冷めるまで、街に住めないですよね」
はぁ〜と深く嘆息する。怪しすぎなおっさん役はいらなかったのに。
「100円はすぐに稼がないとまずいわよ? たぶんイアンは手に入れたお金をすぐに使うと思うしね」
たしかにな。手つかずの100円と合わせてすぐに返さないとまずい。俺が考えるだけでも、お金を使う計画がいくつもたてられるし。早晩、金庫の金は使い果たされるだろう。
「さっき10万アタミ手に入れたから、あと240万アタミ稼げれば良いと思います。一層はどれぐらいのコインを落とすんですかね」
ハンスちゃんの足に力を僅かに込めて横にステップ。ヒュンと風斬り音と共に、ネムの横をゴムのような質感のくしゃくしゃの皺だらけのお婆さん人形の頭が通り過ぎる。
かなりの速さだ。しかもろくろ首タイプではなくて、飛頭蛮タイプ。すなわち、頭だけ飛ばしてくる。しかも身体はナタを持って襲いかかってきた。以前と違い、口の中に歯のような刃が取り付けられて凶悪化されていた。
以前のネムなら、ポカポカ殴られて食べられて焼却炉行きになっていたが、少しはモニョモニョを操作する能力が上がったキグルミ幼女。なんちゃって格闘OS、ネムOSを作動させているために回避余裕なのである。
横回転から、前回転、バク転までできちゃう幼女となったのだ。人形のナタの振り下ろしもステップを踏み大きく躱せる。達人ならぎりぎりを見切るのだろうけど、ネムOSはこれが限界です。
振り下ろされたナタが床をガツンと叩くのを見ながら、今度はこちらの番と自分よりも長い豆腐鎚を、んせと振りかぶる。柄が長すぎるので、先端が後ろの床にコツンとついちゃう。
だが振り下ろしは一瞬の暴風のようだった。といやっと、ちびっこキグルミが豆腐鎚を振り下ろし、敵はナタを横にして防ごうとする。
だが可愛らしいミニハンスちゃんの一撃は可愛くなかった。分厚い刀身のナタに当たると、そのまま押し潰しひしゃげさせて人形の敵の攻撃を防ぐはずのゴムの皮膚もそのままぺしゃんこにしてしまう。
「まだ水で戻してないカチカチの高野豆腐をイメージした鎚です。硬いでしょう」
あまりの威力に敵の人形は攻撃を防ぐことはできなかったのである。高野豆腐にやられた敵は泣いてもいいかもしれない。だが、ネムは小柄な身体が浮くほどに振り下ろし、力いっぱい鎚を叩き込んだために、隙だらけになった。
その隙を逃さずに飛んでいた人形の頭が口を開けて飲み込もうとするが、ネムは慌てない。
『丸豆腐障壁』
防御武技を使う。瞬時にミニハンスちゃんの身体は直径5メートルはある、巨大な丸っこい豆腐に覆われて、敵は豆腐を頬張ることはできない。
「ていやっ!」
丸豆腐の中からミニハンスちゃんを着込んだネムが飛び出して、豆腐鎚を丸豆腐を頰張ろうと頑張る敵へと叩きつけて、胴体と同じようにぺしゃんこにするのであった。
「どうですか静香さん。防御豆腐武技も使いこなすようになったんですよ」
えっへんと胸をそらして得意げになっちゃうドヤ顔幼女。キグルミを着込んでごっこ遊びをしているようなほのぼのとした空気を醸し出しており、言動はともかくとして可愛らしい。言動はともかくとして。なぜに豆腐なのかとか。
「まぁ、効果はありそうだから良いわ。それよりも1000アタミ落としたわよ。やっぱり18歳以上のルートだから、ドロップも大きいのかしら」
このアタミワンダーランドはルートが2つある。ほのぼの芝生コースもあるのだが……ここよりドロップは悪くて敵は弱いのかしらん。というかウフフ花園コースって全然花園と関係ないよな。
「1000アタミは多いですけど、今日で240円稼ぎたいので、少なすぎます。さっきの入り口のガーディアン。私の経験上、中層辺りで雑魚敵として出てくると思うんですけど、どう思います?」
ゲームとかだと序盤のボスは色違いの雑魚敵として、出てくるパターンが多い。このアタミワンダーランドもその法則から行くと、中層辺りで出てくるんじゃないかしらん。
「そうね。スタッフルームのエレベーターを使いましょう。30層辺りなら、そんな感じのボスがいるんじゃないかしら?」
「ですよね。それじゃそうしましょう」
ミニハンスちゃんのおててを掲げて、スタッフルームへと移動する。瞬時に周りの景色は切り替わりおどろおどろしい通路から机がぽつんと置いてあるスタッフルームへと移動する。
スタッフ専用エレベーターが部屋のすぐ横にあり、エネルギーが補充された今なら問題なく移動できる。
「これで30層までいけますね。あとは一つの問題を片付けるだけです」
「あら、なにか問題あった?」
「魔石を入れる袋ないです」
「………」
どうしようと、おててに魔石を握って困っちゃうアホなキグルミ幼女であった。




