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33話 キグルミ幼女、悪ノリする

 木漏れ日が整然とした通路に落ちて、気持ちの良いそよ風が吹く。空は雲一つない青空で深呼吸をすると緑の香りが身体に活力を与えてくる。


 森林の中の道路は森林浴かウォーキング、ピクニックにでも使われそうな散歩道に見かけは見えた。見知らぬ人がこの道を見たら、よく手入れをされた散歩道だと、もしかしたら自分も久しぶりに散歩をしてみるかと足を踏み入れてしまうかもしれない。


 だが足を踏み入れたことをすぐに後悔するだろう。草木ががさりと鳴ると道路の脇から、不気味な腹話術人形が大勢ナイフを持ちながら襲いかかって来るのだから。


 ここはダンジョン。命を掛け金に遊ぶ死のテーマパークなのだから。


 そんなダンジョンに踊るように銀閃を空中に奔らせて、次々と死の腹話術人形アタミンを倒す小柄な少女がいた。リーナ・ヤーダ伯爵令嬢である。


 リーナはワクワクしていた。こんなことに出くわすとは思ってもいなかった。こんなこととは、パワーアップしたアタミンたちである。しかもドロップする魔石も高品質だ。


 白銀の髪をたなびかせて、元気いっぱいの表情で、新たに現れたアタミンたちと戦う。アタミンたちはナイフを持って切り掛かってくるが、訓練を欠かさないリーナの敵ではない。切り掛かってくるナイフを弾き、もう一方の小剣でアタミンを攻撃する。


 『ひっとぽいんと』の効果で、ヒビが入る程度のダメージしか与えられないが構わない。すぐに切り返してもう片方の小剣を叩き込むからだ。それでアタミンは砕けるので、戦士ならば苦戦はしない相手である。これで100アタミとは美味しい相手だ。


 いつもの百匹分の価値がこいつらにはあるのだ。正直信じられない。たしかに強いのは認めるけど……。こいつらの強さを知って戦いを挑めば騎士たちなら遅れをとることはない。


 冒険者たちだってそうだ。1アタミは1厘。倒したって子供のお小遣いにもならない。でも100アタミなら10銭! パンだって買えちゃう。3匹倒せばもり蕎麦だって食べれちゃう!


 30匹倒せば、安宿なら普通に宿泊できる。そして30匹倒すのはそれほど無理な話じゃない。僅か1時間程で私たちは倒しているのだ。半日いれば……えっと、きっとたくさん稼げちゃうわ!


 クリフ兄様と違って算数は苦手なのだ。たぶんいっぱい稼げちゃうわ。ネムならわかるかしら? あの娘は掛け算できるし、きっとわかるからあとで計算して貰おうっと。下手にクリフ兄様たちに尋ねたら、ついでに算数の勉強もしようかという話になりかねないし。


 天使の化身のようなネムにもこの知らせを伝えればきっと喜ぶわ。今まで貧乏だったうちの領土のダンジョンでこれだけのドロップがあると知れれば冒険者たちが大挙するはずだし。


 ふふふと思わず顔がにやけてしまう。お父様もお母様もこの報告を聞いたら、きっと飛び上がって喜ぶわ。


 リーナはそう考えながら天賦の才と言われる剣さばきを見せながら次々とアタミンを屠っていく。


 八面六臂の活躍を見せるリーナの働きにより、他の面々は暇になってしまうほどだ。


「父様の武の才能はリーナにいったね〜」


 弱冠8歳。幼女と言っても良い歳であるのに、大人顔負けの力にクリフは苦笑する。剣聖の子供や大魔道士の子供はたまに小さい頃から騎士をも上回る力を見せることがある。それがリーナに当てはまっているのだろう。


「油断をせねば、剣術大会でも良いところまで行くでしょうな。はてさて、それよりもこの先が入り口ですが……ボスはいませんな」


 巨大なドームスタジアム。アタミワンダーランドだ。煌々と看板が光り、おいでませ〜おいでませ〜と、聞き慣れた音声を流している。入場料が高いので滅多に入場しないダンジョン。中に入っても一日で500アタミ稼げれば良い方なので、訓練以外には入ったことがない。


 静寂が辺りを包み、人っ子一人おらず、券売機がいらっしゃいませと寂しく言っていた。


 アタミワンダーランドの入り口に到着したが、その謎の冒険者が倒したというボスは見えず、ジーライは辺りを見渡す。戦ったあとも見えないので、訝しげに呟くが、冒険者ギルドの受付嬢が口を開いた。


「でもたしかにボスを倒したって言ってました! 1万アタミの魔石も持ってきました。昨日はボスを倒して引き返して来たって言ってましたから」


「ふむ……となるとポップしていないのだろう。ボスはだいたいは一週間に一回程度しか湧かないからの」


「え〜。それじゃ、ボス戦をしたかったら、一週間待たないといけないの?」


 リーナは後ろ手につまらなそうに口を尖らせる。強敵との戦いを期待していたのだろう。アタミンの戦闘力の著しい向上を見るに、ここのボスもそこそこ強いと期待していた模様。


 そして、そこそこ強いでは剣の申し子と呼ばれるリーナには敵わない。クリフとジーライもおり、危険な時はジーライが魔法で片付ける予定であったのだが、それを口にするほど無遠慮でもない。伯爵付き魔法使いの身分は伊達ではないのだ。


「中の様子も見てみたいですが、入場料がありませぬ。しばらくはアタミンを騎士団で殲滅していき、入場料の魔石を稼がないとならないでしょう」


「もちろん、私もその戦いには加わるわっ! こんな機会なんてないものね!」


「リーナ。母様は勉強の時間は削ることは許してくれないと思うよ?」


 意気込むリーナに苦笑混じりにクリフが注意すると、うぐっと背をリーナは反らせるので図星だったらしい。


「でも、中はどうなっているのかしら? 私は一度も入ったことないんだけど」


 チラチラとバリアの張られている入場口を見ながら、リーナが興味深そうに言うが、入場料が高すぎて、年に一回騎士団が様子を見るために入るだけだ。


「僕は昨年一度だけ入ったよ。ろくろ首人形だけが出てきただけだよ。呑み込みしかしてこない魔物で、それも口が小さいから大人ならまず呑み込まれない弱い敵だった。……2アタミしか落とさなかったけどね」


 しかも敵は弱く魔石も価値がない。慣習として一応入るだけの場所であったとクリフは思い出す。


「今は変わっているかもしれないんじゃないかしら?」


「たしかにそれは」


 あるかもしれない。そう答えようとした時であった。アタミワンダーランドの中から何か巨大な物が入場口のバリアに飛び込んできた。いや、ズズンと大きな音をたてて、床に倒れ込むので投げられたのだろうか。


 クリフたちは素早く武器を構えて、警戒する。


「きゃあっ」

「なんだ?」

「うげっ、なんだあれ?」


 冒険者ギルドの人たちが、飛んできたものを見て気持ち悪そうに呻く。


「なんと……これはいったい?」


 ジーライ老が杖を構えて魔力を込め始める。杖がふわりと青い光に覆われる。


 それは人の狂気を練り固めたような魔物だった。人間の胴体から手足を切り落とし、肉と皮を剥がした骨と内臓のみで作られた物。脊髄をまるで尻尾のように伸ばして、肋骨を虫の脚のように動かして、内臓が不気味に脈動する。頭はマネキンであり、開かれた口は巨大な爪切りのように刃が備えられている。


「うげっ。人形でもちょっと不気味ね」


 リーナがその狂気の造形に後退る。


 そう、それは人形であった。質感が、そして見た目も人形だとわかる硬質と光沢さ、全てが本物ではないとひと目でわかるようになっていた。それでも悪趣味なデッサンである。全高5メートル、全長15メートルといった巨大な人形だ。


「おいおい、少し殴っただけで、そんなに吹き飛ぶなよ。倒しにくいったらありゃしねぇ」


 そんな人形を追いかけるようにダンジョンの奥から、からかうような男の声が聞こえてきて、カウボーイハットに古そうなコートを着込んだ男が散歩でもするような足取りで現れたのだった。


「きじゃぁぁぁ!」


 肋骨脚を使い、倒れていた魔物が立ち上がり、その口から咆哮をあげる。その口から扇状に空気が歪み男へと当たる。男のコートがバタバタと煽られて、身体がビリビリと震える。だが、男は軽くカウボーイハットに手を添えて飛ばないように押さえるだけで、ゆっくりとした足取りを止めることはなかった。


「『麻痺咆哮スタンハウル』にしてはしょぼいな。まぁ、入場口にいる門番だ。ボーナスモンスターだから弱いのは当たり前か」


 クリフたちの目には『麻痺咆哮スタンハウル』と男が呼ぶ敵の攻撃が弱いとはとても思えなかった。ちらりとジーライ老を見ると厳しい目つきをしているので、男の言うことが嘘だとわかる。いや、男にとっては真実なのだろうか。


「ケタケタケタ」


 耳障りな鳴き声をあげて、肋骨脚を複雑に動かしながら、虫のように素早く魔物は男へと向かう。それを男は余裕の表情で見ており身構えることもない。


「ナナフシドール。そうネーミングしておくぞ。お似合いだろう?」


 飄々と男は迫るナナフシドールを見ても気にすることもないとばかりに軽口を叩く。その隙だらけの男へとナナフシドールは肋骨脚を振り上げる。破城鎚のような両前脚を振りかざして、風が巻き起こる程の速さで、男へと連続で叩き込む。


「きゃあっ!」


 串刺しにされたと思い、未亜が顔を手で覆い悲鳴をあげる。が、クリフたちは男の様子に瞠目した。


 ガンガンと前脚が連続で叩き込まれているのにもかかわらず、男はフラリフラリと身体を揺らすだけで、傷一つついていない。


「『ひっとぽいんと』だわ!」


「しかもかなりの『ひっとぽいんと』とみた! もしかしたらイアン様と同レベルクラス!」


 リーナが驚きで叫び、ジーライ老が目つきを鋭くし、その力を押し測ろうとする。ジーライ老がそこまで言うとは珍しいとクリフも驚く。あれだけの連撃を防ぐ『ひっとぽいんと』は魔法付与ではかなりの高レベル魔法か闘気となる。そこまでの相手なのかと。


「きじゃぁぁぁ!」


 まったくダメージを与えられないことに業を煮やしてか、ナナフシドールは口をパカリと開けて、男へと噛みつく。男の上半身が呑み込まれて、その鋭い爪切りのような刃で噛みちぎろうとガチガチと咀嚼をするが、男は微動だにしていない。


「見た目と違って、中身が軽くて簡単に吹き飛ぶもんだから、こっちの方が助かったぜ」


 それどころか、噛まれていても余裕の声が聞こえてきて


雷神鎚トールハンマー


 ナナフシドールの頭は内部から吹き飛んだ。白い2メートルの長さを持つハンマーが内部から突き出してきたのだ。


 バラバラと人形の破片が宙に飛ぶ。トンと巨大なハンマーを肩にかけて肩をすくめる男。


「まぁ、こんなもんだろうな。ここで入場料を返してくれるとは、良いダンジョンだぜ、まったく」


 クハハと楽しそうに笑いながら、消えていくナナフシドールを尻目に、床に落ちた魔石を男は拾う。


 やはり傷一つ負っていない。あれだけの攻撃を防げる『ひっとぽいんと』………。どれだけの魔力を持っているのだろうか。


「申し訳ありません。失礼ですが、少しお話を聞いてもよろしいかな?」


 入場口越しにクリフは危険な匂いのする男へとゴクリとつばを飲み込み声をかける。この男がダンジョンから高額の魔石を持ってきたのだろう。伯爵家の嫡男として情報を集めなければなるまい。


 こちらへと今気づいたとばかりに、ニヤニヤと笑みを浮かべて見てくる男を見つめながら。

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[一言] 幼女さん、ちょっとそのキャラ怪しすぎますよ。 街を歩いてると職質されるレベルで怪しいですよ。 あとアタミン系ちょっとグロすぎないですか、作った人一体何者なんでしょうか。
[一言] この幼女かなり危ない橋を渡ってるなあ、バレたらどうなるのか…。
[一言] それお宅の家の末娘ですよ! 携帯ゲーム機ってすげえなぁ……。
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