32話 コインの相場を知るキグルミ幼女
カウンターに置かれた魔石を見てポカンと未亜は口を大きく開けてしまった。ジャラリと置かれた魔石の山は今まで見たことがない銀や金色だ。
「ひゃ、ヒャクアタミ! 100アタミ? こっちは1万アタミ! な、どこで手に入れたんですか、これ?」
魔石の価格は全国共通だ。単位は違っても、その効果は数字に依存するためである。
「どこって、アタミワンダーランドで手に入れたんだ。そこしかないだろ、嬢ちゃん?」
人を食ったような笑いを見せて午前に冒険者登録をしたハンスさんがカウボーイハットを手で直しながら言ってくる。当然そうだとは思うがそうじゃない。いや、意味がわからない。
「もしかして最下層近くに行ったんですか? 危険と聞いてますけど」
かなり強い敵なのに、ドロップは他のダンジョンと比べると数十分の一以下という最下層に向かったのだろうか? それなら話はわかるが、そんなに強そうには見えないから違うとわかる。
「アタミンを乱獲して、入り口を守るボスを倒しただけだ。まだ中にも入ってないな」
「そんな……。アタミンは1アタミですよ?」
子供でも倒せるのがアタミンだ。こんな金額の魔石を落とすわけがない。
「いや、あいつらは結構強かったな。ナイフを持っていたし、ちょっと動きが速かった」
「な、ナイフ? それにボス? ……信じられません」
「信じられないならそれでいい。早く換金してくれ」
こちらのことを意にも介さず、ハンスさんはひらひらと馬鹿にするように手を振る。ムッとするがお仕事である。魔石は換金額も簡単だ。
「1万アタミは1円、100アタミは10銭となりますね。なので1円640銭となりますね。税金を引きますと、656銭です」
お札を置いていく。一日の儲けとしては低い。だが、ホテルに一泊するぐらいのお金ではある。武器のメンテ代などを入れると厳しいかもしれないけど。
でも問題はそこではない。他のダンジョンだって最初の階層は1銭落とせば良い方なのに、その10倍。中に入っていないと言っていたので。中に入ればいくらの魔石がドロップすることやら……。
あんがとよと札を掴むと去っていくハンスさん。飄々とした足取りで去っていくのを見つめながら、これは大事件だと体を震わす。
もしかしたらアタミワンダーランドが復活したのかもしれないからだった。
未亜たちは次の日急遽調査隊をアタミワンダーランドに向かわせることにした。メンバーは支店長、鑑定の人、私である。お留守番が先輩だ。調査隊を行かせることにしたと言いながら、実際は人手がないので自分たちの出動だ。貧乏って悲しい。
鉄の長剣に革の兜と革の鎧。研修以外で始めて着たんじゃないだろうか。
目の前の森林を前に、多少体が震える。研修で何回か倒したとはいえ、魔物と戦うのだから緊張してしまう。
鬱蒼と生い茂る草木と、木の影で薄暗い道を見てゴクリと息を呑む。正直行きたくない。全員同じ考えである。
周りを窺いつつ、そろそろと中に入る。アタミワンダーランドの特徴はホラー。不気味な敵が多数いるが罠はなく、慣れれば稼ぎやすいと過去には言われていたらしい。しかも宝箱もあったとか。
「本当にアタミワンダーランドが復活したと思いますか、支店長?」
見た目はついこの間研修で入った時と変わらない。恐怖心を起こさせる人形アタミンが出現してくるが、子供でも勝てそうなほどに弱い。
「そのハンスとかいう奴。からかってきたんじゃないか? 昔のアタミワンダーランドの魔石をどこからか入手してよ」
半信半疑どころか信じていないだろう返しを支店長がしてくるけど、たしかにそっちのほうが納得できる。死にかけたダンジョンが復活するなんて聞いたことがないからだ。
「それはすぐにわかるんじゃねぇか? いたぞ」
真昼なのに、街灯が灯っておりその下に一見すると男の子が座り込んでいる。アタミンだ。ただ冒険者を驚かすためにいる弱い敵である。
「よし、攻撃をするぞ」
鑑定先輩がスリングを構えて狙い撃ち。小石がシュッと飛んでいき、いつもならこれでアタミンは片付くはずであったのだが……。
小石が当たる前に頭を上げるとアタミンはナイフで弾き返してきた。……ナイフ?
「ケタケタケタケタケタケタ」
顎がカクンと上下して、アタミンが不気味に嗤う。
「ケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタ」
「ひっ!」
同時に森から多数のアタミンが現れてケタケタと嗤う。その手にはナイフがあり、キラリと嫌な光り方をしていた。
「倒せっ! 囲まれているぞっ!」
支店長が怒鳴り、剣を駆け寄ってくるアタミンへと振るう。ノロノロとした動きしかしないはずのアタミンが駆けて来たことに、恐怖と混乱が心を占めて動きを鈍くした一撃であった。
だが、鉄剣の一撃なら簡単にアタミンは倒せる筈であった。……今までであれば。
胴体に命中した一撃はカキンと跳ね返されてしまった。アタミンには傷もついていない。この現象は見たことがある!
「こ、こいつら『ひっとぽいんと』がある! ぐわっ」
驚く支店長の膝がアタミンのナイフに裂かれる。小さいナイフだがら傷は浅そうだが血が出ている。
「わっ、こいつら」
鑑定先輩も数匹に囲まれて、足を切られて悲鳴をあげる。
およそ12体のアタミン。私のもとにも近づいてきて、笑いながらナイフで切りつけてくる。
一対一なら負けないだろうが、今は4対1。しかも囲まれており死角からも切りつけられてしまう。
「このっ!」
剣を振るうが、『ひっとぽいんと』に守られているアタミンは全く壊れる様子はない。話に聞いていたが『ひっとぽいんと』がこんなに厄介だなんてと驚き恐怖する。
ザクザクと切ってくるので、もはや覚えた剣の型など忘れてめちゃめちゃに剣を振るう。近寄らせないようにしようとするが、相手は冷静にこちらの隙を見て攻撃してくる。
助けを求めるが、支店長も鑑定先輩も同じように足をどんどん切られていた。このままだとまずいと命の危機を感じてしまう。だが、逃げようにも逃げられない。逃げようとした瞬間に飛びついて来られそうだからだ。
「離れなさいっ、こいつ! ああっ!」
「ケタケタケタケタ」
涙目になりながら剣を振るっていたが、背中にアタミンが飛びついてきたので、首を切られないように剣を捨てて、アタミンを離そうと藻掻く。
その隙を逃さずに他のアタミンたちも切り掛かってくる。
こんなところで死ぬのだろうかと、絶望感に心が支配されそうな時であった。
『小凍波』
力ある言葉が聞こえてきて、背中に乗ったアタミンも周りのアタミンも霜に覆われて動きを止める。チャンスだと、アタミンを引き剥がして投げ捨てると、落ちた剣を拾いなおす。
「どきなさいっ! 『双剣円舞』」
私とアタミンの間に入るように小柄な体躯の子がそれぞれの手に持つ赤く光る小剣を舞うように円を描いて振るう。残光が空中に残り、アタミンたちはその連撃を一撃は耐えるが2撃目で切り裂かれていく。その舞は美しくまだ幼いのに達人を彷彿させる動きであった。
「ちょっと僕の分も残しておいてよ、リーナ。『強撃』」
男の子が来ると、長剣による武技でアタミンを強き一撃で破壊していく。その後ろから見覚えのあるムキムキマッチョなお爺さんが戦いに加わり、態勢を戻した私たちも戦いに加わり、アタミンの群れを撃破するのであった。
はぁはぁと息を切らし汗だくになった顔をハンカチで拭いつつ、助けてくれた人たちに感謝を込めて頭を下げる。
「ありがとうございました、クリフ様、リーナ様、ジーライ様」
目の前にいる人たちはこの地を治めるヤーダ伯爵の一門だ。さすがは伯爵様の子供たち。私より年下にもかかわらず、アタミンを寄せ付けない強さを見せていた。きっと『闘気』だ。あの歳で『闘気』を使いこなすとは、驚きである。やはり貴族は違うと言うことだろう。
「それよりもなにがあったのかしら? ナイフを持っているアタミンなんか初めて見たわ!」
「いや、姫よ。それよりも問題は……アタミンがドロップした魔石ですぞ。これを見てくだされ」
腰に手をあてて、胸を張るリーナ様に、ジーライ様が落ちていた魔石を手渡す。クリフ様も同じように魔石を拾い上げていて、銀色に光るそれに息を呑む。
「こ、これって100アタミじゃない! なんでアタミンがこれを落とすの?! 私、こんな魔石見たことないわっ!」
「儂も初めて見ました。このような魔石は儂が子供の頃に、下層の敵を倒すと落としたらしいです」
目を剥いて銀色の魔石を見て驚き叫ぶリーナ様に、唸るジーライ様。
「これは一大事だよ、リーナ。父様に早く伝えないと。君たちもこのことを知って調査に来たんだね、冒険者ギルドの皆さん?」
そして、クリフ様はにこやかな笑みでこちらを見る。冒険者ギルドのメンバーだとわかっていたみたい。次期領主様なので会ったことはあるが一回だけなのに……凄い記憶力だ。
「そのとおりです、クリフ様。昨日ダンジョンに入った男が持ってきたのです。それが信じられないことに、それらの魔石でした。しかもアタミンを倒したと言っておりましたので、真実かどうか急遽調査隊を組み、調査しに来た訳でして」
慎重に言葉を選びながら支店長が答える。ともすれば伯爵様に隠していたと思われてしまうからだろう。常に支援をしてくれた伯爵への背信行為になるからだ。そんな恩知らずなことはできるわけがない。
だけど、クリフ様はにこやかな笑みでウンウンと頷き
「まぁ、信じられないよね。そんな怪しい話を父様にするわけにもいかず、とりあえずは自分たちで調査しに来たんだね。僕たちが訓練に来ていて良かったよ」
うぅ、と恥ずかしくなる。鉄の剣と革鎧はともかく、まったくアタミンと戦えなかったからだ。八歳の少女が戦えたのに……研修通りとはいかなかった。
「その冒険者はどこの者だ? ダンジョンに入る物好きがいるとは思わなかったが」
こちらの考えを見抜くかのようなジーライ様の鋭い眼光に支店長は慌てて答える。私もあんな怖い視線で尋ねられたら黙っているのは無理。
「……外の者です。見ない顔でして、昨日フラリとやって来てダンジョンに潜ったところ、これが採れたと」
「儂らは四日前にダンジョンに訓練に来た。その時は普通のアタミンであった。それが昨日たまたま入った外の者が手に入れたと……。考えるまでもなく怪しい話だ」
「はい、そのとおりです。その男はダンジョンがこうなった理由を恐らくは知っているかと」
「それよりもどうするのジーライ? このまま先に行く?」
話に飽きたのか、リーナ様が聞いてくるが、入り口でこの強さなのだ。撤退するに決まっている。
「うむ。この程度の敵ならば問題ないでしょう。アタミンが強くなっただけならば遅れはとりますまい。調査隊を手伝いましょうぞ」
「そうだね。とりあえずは皆に『小体力付与』をかけておこうかな。それと『小治癒』もかけておくよ」
クリフ様も賛成して、支援魔法を唱え始める。リーナ様はやったと喜びジャンプして、私はと言えばもう帰りたいと嘆息するのであった。身体を癒やしてくれるのは嬉しいけど、帰りたいです。




